常世の彼方

ひろせこ

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金の章

05.ヨシザキの想い

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 ヒュージパンサーの群れを撃退した後、魔導士の男はそのままリョウとトウコの側の座り込み、3人で雑談を続けていた。
ヨシザキやマリーたちも他愛無い会話をしており、車内に緩んだ空気が流れていた時、俯いていたハナが顔を上げた。
「やっぱり納得できません。」
固い表情でそう言ったハナに皆の視線が集まる。
トウコとリョウだけはハナを見なかったが、リョウは小さく舌打ちするとハナに背を向けるように座り直し、トウコも少し面倒くさそうな顔をしながらリョウの足の間に移動した。
リョウの後ろに座っていた魔導士の男が2人を見て苦笑を浮かべると、「大変だな。」と囁きながら、リョウの隣に座り直した。
トウコが男に向かって「エレナの方がまだマシだった。」と囁き返すと、リョウが「お前、エレナみたいにあいつを眠らせろよ。」と呟くと、男は小さく声を上げて笑った。

マリーがちらりとリョウの様子を確認し、少し安心したように1つ息を吐くとハナに話しかけた。
「ハナちゃん、何が納得いかないの?」
「集落の人に野盗の生き残りを引き渡すのなら、無闇に殺す必要はなかったと思います。」
ハナの言葉にマリーが少し首を傾げ、「どういうことかしら?」と問うと、ハナは少し苛立った様子で応えた。
「どういうことって…殺さないで済むのなら殺さない方がいいではないですか。規則でも決まっているのでしょう?できるかぎり捕縛するって。それに、引き渡す人数が多い方が手に入るお金も増えるのであれば、生き残りが多い方が集落の人にとってもいいではないですか。」
「別に集落の人は、それで生計を立てているわけじゃないのよ。そもそもこの辺りに野盗が出没することが稀なんだし。それにね、たまたま集落の近くで野盗が出たから放置したけど、そうでなかったら全員殺してたわよ。」
マリ―が少し冷たい口調で言ったが、ハナは引き下がらなかった。
「ですが、今回はたまたま集落の近くで野盗が出たのであれば、規則に従えばいいだけの話ではないですか。」

これまで黙って成り行きを見守っていたデニスが口を開いた。
「嬢ちゃんよお、何か勘違いしてんじゃねーかな。」
「どういうことですか?」
「あの2人、トウコとリョウが簡単に野盗を殺したと思ってねーか?」
デニスの言葉にハナは少し口籠ったが、小さく頷いた。
「…はい。ヨシザキ部長もおっしゃっていました。トウコさんとリョウさんは強いと。」
言葉を切ったハナがトウコとリョウを一瞥し、自分に言い聞かせるようにまた小さく頷き、言葉を続けた。
「野盗もそうですし、先ほどの魔物も簡単に撃退されているのを見て、確かにお強いのだなと思いました。」
「それが勘違いってんだ。」
そう言ったデニスは慌てたようにトウコを抱かかえているリョウの背中を見ると、「いや、確かにあの2人はつえーよ。それは間違いねえ。」と顔の前で手を振りながら少し早口で言った。
しかし、すぐに真顔になると「だけどな。」と続けた。

「ちょっとした油断で、死ぬときはあっさり死ぬんだよ。」
そこで言葉を切ったデニスが少し目を伏せて言葉を続けた。
「俺たちはな、本当はもう1人仲間がいたんだ。前回の遺跡調査の時に死の森であっけなく死んだ。それは俺も含めて油断してたからだ。そいつが死んだ時は俺も、そいつらも死んでおかしくなかった。」
デニスが言いながら仲間の2人を指さしながら言うと、ハナが小さく息を飲んだ。
「襲ってきた野盗は30人以上いたんだぞ?それをあの2人であっさり殺っちまったように見えるかもしれねーが、あいつらだって手抜いたら返り討ちにあうさ。…あうよな?」
最後は恐る恐るトウコとリョウを見て言ったデニスに、リョウが振り返らずに答えた。

「あの程度の奴らに誰が殺られるか、バーカ。」
「お前そこは、もしかしたらほんのちょっと、髪の毛の先ぐらいの可能性はあるかもしれない、ぐらい言ってくれよ。」
頭を掻きながら苦笑して言ったデニスに、リョウが鼻で笑って言葉を続けた。
「まあ、このバカ女は油断して死にかけて何度も俺に迷惑かけてるけどな。」
言われたトウコがやはり前を向いたまま言った。
「崖から落ちたり、ありえないところで転んだせいでお前の腹に穴が空いたな。」
「この野郎。この間の神殿でも障壁張り忘れて死にかけただろうが!このド阿呆!」
「そうだった。あの時は本当に死んだと思ったな。」
少し目を瞠ってリョウとトウコの会話を聞いていたハナに、デニスが再度語り掛けた。
「ほらな?規則でも出来る限り捕縛ってなってるのはそういうことだ。野盗はそう簡単に撃退できるもんじゃねーんだよ。今回みたいに向こうが30人超えてて、こっちは6人とかだと普通は逃げる。」
ハナが俯き、小さく呟いた。
「強ければ…殺さないで、動けないようにするとか、そういう手段が取れると…。」
「んなことしてたら、こっちが殺られちまうんだよ。…まあ嬢ちゃんはすぐには殺されないかもしれないけどな。」
ハナが顔を上げ、困惑した顔でデニスを見る。
「連れ去られて今頃、野盗どものおもちゃだ。散々犯されて最後は魔物の餌だな。」
デニスの言葉にハナが少し顔を青ざめさせると、俯いて唇を噛んだ。

その後は魔物の襲撃もなく、またハナも俯いて黙り込んだまま、予定より少し遅れて死の森付近の前回、前々回に野営した場所へと到着した。
「ずっと見張りをしてくれてたし、戦闘もしたからあんたたちは休んでていいわよ。」と言うマリーの言葉に甘えて、トウコとリョウが魔導車に寄り掛かってぼんやりと野営の準備をする皆を見ていると、ヨシザキがやってきた。
ヨシザキも魔導車に寄り掛かると、懐から煙草を取り出して火を付けた。
トウコが面白そうに眉を上げる。
「ヨシザキさん、前は吸ってなかったと思ったけど?」
「ええ。禁煙していたのですが、破壊屋の皆さんが美味しそうに吸うのを見ていたら我慢できなくなりました。」
その言葉にトウコが楽しそうに笑い声を上げて煙草に火を付けると、リョウもまた煙草に火を付けた。
「妻には内緒です。」
いたずらっ子のような顔で言ったヨシザキに、リョウが少し驚いたように言った。
「ヨシザキ、お前結婚してたのか。」
「そうですよ。こう見えても妻子持ちです。男の子と女の子。どちらも僕に似ず、可愛いです。」
トウコがまた声を上げて笑う。
「トウコ、ヨシザキですら結婚してんだぞ。やっぱ結婚しよう。」
「しないぞ。ヨシザキさんですらって失礼だろ、お前。」
即答したトウコにヨシザキが少し目を丸くする。
「ひでえだろ?こいつ俺の求婚を即答で断り続けるんだよ。」
言葉とは裏腹に楽しそうに言いながら、リョウがトウコを抱き寄せて唇に軽く口付けを落とし、それをヨシザキはニコニコしながら見ていた。

そこへ荷物を持ったハナが通り掛かり、トウコとリョウを見て軽く眉を顰めたが、すぐに目を逸らすと何も言わずにマリー達のいる方へ向かった。
「随分嫌われたな。」
苦笑しながらトウコが言い、リョウがうんざりした顔をヨシザキに向けた。
「何でお前が連れてくる女はどいつも面倒な奴ばっかなんだよ。研究員にまともな女いねーのかよ。」
「色々とご迷惑をおかけしてすみません。…ハナは悪い子ではないのですよ。」
苦笑しながらペコリと頭を下げたヨシザキは、ハナを今回連れて来た理由を話した。
ハナは2区の裕福な家の生まれで、両親は2人とも学者。ハナ本人も優秀で、将来を有望されている研究員だという。しかし、少し先入観が強く、また自分の意見を曲げない傾向があり、他の研究員と衝突することも少なくない。ほとんど2区から出ないこともあり、いい機会なので今回の遺跡調査に同行させて、少し外の世界を見せたかったのだとヨシザキは言った。

「先入観が強いのも、自分の意見を曲げないのも悪い事ではありません。自分をしっかり持っているということでもありますからね。ただ、ちょっぴりでもいいので、自分の知らない世界を知って欲しいなと思ったのです。」
そう言ってニッコリ笑ったヨシザキに、トウコが苦笑しながら口を開いた。
「ハナさんと衝突させる役は私たちではダメだろう。」
「お前なあ、もっとまともな組合員を選んでやれよ。マリーの野郎は常識ぶってるけど、あいつも相当イカれてるからな。」
リョウもまた呆れたように言うと、ヨシザキは愉快そうに笑った。
「私は別に皆さんとハナと衝突させたかったわけじゃないですよ。」
「ふざけんな。絶対こうなるって分かってただろ。」
「…まあ多少は。」
小さく笑いながらそう答えたヨシザキに、リョウが舌打ちする。
「デニスたちにも護衛を任せるなら、私らを呼ばなければよかったんだ。あいつらの方がよっぽどまともじゃないか。」
トウコがそう言うと、ヨシザキは少し声を潜めて言った。
「私だってもう1度あの神殿に行くのであれば、まずは自分の命を優先したいです。」
トウコが小さく声を上げて笑い、リョウもまた笑いながら、「そりゃそーだな。」と言った。
煙草の煙をうまそうに吐き出しながら、未だに硬い表情で野営の準備を手伝うハナを見つめ、「でも。」とヨシザキが言った。
「破壊屋の皆さんほど頭がおかしくて魅力的な人たちはいません。ハナにとって良い機会になると思っています。」
そう締めくくったヨシザキは目を細めると、またうまそうに煙を吐き出した。
トウコは苦笑しただけで何も言わなかったが、リョウが少し冷たい目でヨシザキを見た。

「お前が何を企んでんのかはしらねーけどな。」
そこで言葉を切ったリョウは、表情を消して静かに言った。
「少なくとも俺は、誰に、何と、言われようとも、この生き方を、変える気はない。」
「はい。もちろんです。」
ヨシザキはリョウを見つめてにっこりほほ笑むと、言葉を続けた。
「でも、ほんの少し、人ではなく世界を憎めるようになりましたか?」
リョウはヨシザキから目を逸らし、トウコの肩を抱いて引き寄せると、誰にともなく言った。

「この世界と俺たち。狂ってるのはどっちだろうな。」
言いながらリョウがトウコの頭を撫で、トウコが気持ちよさそうに目を細めた。

ヨシザキは眼鏡の奥の瞳を優しげに細めて2人を見つめた。
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