常世の彼方

ひろせこ

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金の章

07.赤い花

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 何事もなく1日目の調査が終わった、翌日の昼。
トウコとリョウが、拠点で昼食の準備をしているヨシと雑談を交わしながらのんびりと過ごしていると、そこへ昼休憩を取りに護衛についているマリーたちを伴って、ヨシザキとハナが戻って来た。
にこにこ顔のヨシザキが「お腹がぺこぺこで、お腹と背中がくっついちゃいそうです。」と言いながら焚火を挟んでトウコとリョウの向かいに座る。
すかさずリョウが「どこがだよ。」と言うと、ヨシザキは笑い声を上げながら、腹の肉を掴んだ。
トウコとリョウが拠点にいることに気付いたハナが少し硬い顔をしてヨシザキの隣に座り、マリーとデニスもトウコたちの隣に座った。
ヨシがすぐにスープとパンという簡単な昼食を配り、皆で食べ始める。
美味そうに食べていたヨシザキが、トウコを見て話し始めた。

「そういえばトウコさん、以前おっしゃっていたでしょう?光と闇の2柱を奉った神殿の可能性はないのかと。」
その言葉にトウコは一瞬何かを思い出すような素振りを見せたがすぐに頷いた。
「…ああ。そういえばそんなことを言った気がするな。」
ハナが小さく「え。」と声を出し、ヨシザキがハナを見る。
「そうなのです。あれは実はトウコさんが言い出したんですよ。」
少し戸惑った様子で、ハナはトウコを見たがすぐに目を逸らして「そうですか。」と呟いた。
ヨシザキは微笑みながらハナを見ていたが、少し怪訝そうに小首を傾げているトウコに気付くと口を開いた。
「実は今、それについてハナが中心となって研究を進めているのです。」
「…何も知らない素人の私が思い付きで言ったことなのに。なんだか申し訳ないな。」
トウコが苦笑しながらそう言うと、ハナが顔を上げて捲し立てた。
「そ、そんなことはありません!今までそんなこと思ってもいなかったので、ヨシザキ部長から2柱を奉った可能性がないか再調査するように言われた時は目から鱗が落ちる思いでした!」
ハナの勢いにトウコたちが目を丸くすると、ハナもはっとした顔をしてまた俯いてしまった。
その様子にヨシザキが少し眉を下げて困ったような笑みを浮かべていると、リョウがにやにやしながら口を開いた。
「なんだよ、ヨシザキ。トウコの発想を自分の手柄にしてたのかよ。」
「しまった。その手がありましたか。ハナ、もしも研究が進んで2柱を奉った神殿だと判明した場合には、私が言い出したことにしてくださいね。」
ヨシザキが、芝居がかった口調でそう言うと、ハナは困ったように目を泳がせていたが、トウコをちらりと見ると、「そのようなことできません。」と小声で、しかしきっぱりと言った。
ヨシザキが気持ちのいい笑い声を上げる。
「ハナは真面目ですね。でも、そこがいいところです。」
面白くなさそうな顔でハナを見ていたリョウが、大して興味のなさそうな口ぶりで問う。

「そういえば、あれはどうなんだよ。光の女神と光の騎士が結婚したかどうかってやつ。」
リョウの質問にヨシザキはにっこり笑うと、「それは今、私が研究しているところです。」と答え、ハナがまた驚いたようにヨシザキを見た。
「なんだよ。お前、これも自分の手柄にしようとしてたのかよ。」
「えへへ。バレちゃいましたね。そうなのです。実はこれもトウコさんが言い出したことなのですよ。」
わざとらしく頭を掻きながらヨシザキがハナに言うと、ハナはトウコを見つめながら「すごいですね。」と呟いた。
トウコが苦笑しながら「学のない私のくだらない思い付きだよ。」と言ったが、ハナは真剣な目をして「そのようなことはありません。」と首を振った。
「で、何か分かったのか?」
リョウが、やはりあまり興味がなさそうな口調でヨシザキに聞くと、ヨシザキは少し眉を下げて、「それがさっぱり分かりません。まだこれからです。」と言ったが、すぐに満面の笑みを浮かべると、「でも。」と続けた。
「ハナの方は少し分かったことがあるのですよ。ね、ハナ。」

話を振られたハナは少し緊張した様子でトウコとリョウの顔を見た後に、話し出した。
ヨシザキから、これまで旧跡化した神殿で2柱を奉ったものが存在しないか調査するよう言われ、すぐに各神殿に関するすべての資料を読み直した。
しかし、神殿=光の女神の神殿という既成事実の元で調査・報告された資料では意味がないとすぐに悟った。
そこで、研究員が神殿を調査した際に書き写したレリーフに着目したという。書き写されたレリーフの1つ1つを丹念に調べた結果、これまで光の女神だと思われていた女性の意匠の中に僅かな違いが存在するものがあった。
それは、女性の髪であったり衣服であったり、または表情であるという。
これらのことから、実はこれまで光の女神だと思われていた女性の意匠の中に、闇の女神も含まれているのではないかと推察されるとハナは締めくくった。

話を聞き終えたトウコが感心したような声を上げた。
「凄いな。そんな根気のいる作業、私には絶対無理だ。」
「だろうな。」
馬鹿にしたような口調で即答したリョウの頭を小突いたトウコが更にハナに聞いた。
「意匠の違いって例えばどんなのがあったんだ?」
「そうですね、1番分かりやすいものでは、髪の長さや髪形です。」
そこで、ヨシがお茶の入ったカップを皆に配り、それを礼を言って受け取ったハナが1口飲むと再び話し始めた。

髪の長さは、腰のあたりまで描かれていることがほとんどだが、稀にそれよりも短い背中のあたりまでしか描かれていなかったり、逆に尻のあたりまで描かれているものもあったという。しかし、それは書き写した研究員の手技に左右されていると思われるので、除外した方がいいと考えている。
髪形に関しては、これまで光の女神は少し緩やかなウェーブの髪をしていると考えられていた。実際に、レリーフに彫られている女性はウェーブの髪をしている。
しかし、その中に癖のないストレートの髪をした女性のレリーフが見つかったのだという。
また、その他にも表情に違いがあるものも見つかった。
ほとんどが穏やかな優しそうな表情をしているのに対し、少し険のある、気の強そうな顔をしたものもあった。
これまでに見つかった物の中だけで言えば、ウェーブの髪の女性は穏やかな顔と気の強そうな顔の2種類があるという。
そのように見えるだけなのかもしれないし、髪の長さと同じように研究員の手技によるものかもしれないので、断定はできないとハナは締めくくった。

話し終えたハナを、ヨシザキが優しい笑みを浮かべて見つめ、皆も感心したようにハナを見た。
トウコが神殿の出入り口の方を指さしながら口を開いた。
「あそこに恋人同士だと思われるレリーフがあるけど、あの女性は真っ直ぐな髪で穏やかな顔をしていたな。」
「お前ホントよく見てるな。」
呆れたようなリョウの言葉に、「リョウだって一緒に見てるのになんで覚えていないんだ。昨日見たばかりじゃないか。」とトウコが少しむくれて言い返す。
それを見たハナが少し笑みを零したが、すぐに慌てたように表情を取り繕うとトウコに頷いた。
「ええ、その通りです。そして、祭壇に立っている女神像もまた、真っ直ぐな髪をしています。少し悲しげなお顔をされているので何とも言えませんが、険のある表情でないことは確かですね。」
黙って話を聞いていたマリーが口を開いた。
「もう1体の方は…あれは険しいとかそれ以前の問題ね。髪も長いってことしか分からないわねぇ。」
「そうですね。祭壇のもう1人の方は…もはや憎しみに染まったお顔をしていますね。」
「結局、どっちが光でどっちが闇なんだ?」
リョウがハナに聞くと、ハナは少し強張った顔でリョウを見ると、「まだ分かりません。」と答えた。
「あの祭壇の惨状をみりゃあ、真っ直ぐな髪の女が光の女神に思えるよなあ。」
デニスの言葉にマリーも「そうねえ。」と頷いたが、ハナは小さく首を振った。
「普通に考えるとそうですが、これまでの先入観をなくして、ストレートの髪の女性を闇の女神と仮定する必要もあるのではないかと思っています。」
「そうなると…。」
トウコが神殿の出入り口の方を見ながら静かに言った。

「あのレリーフの男。あの女が闇の女神なら、あの男は光の騎士じゃないってことになるのかな。…あの男は誰なんだろうな。」
皆もまた、トウコの言葉につられたように出入り口を見たが、リョウだけはトウコの肩を抱いてニヤニヤしながら言った。
「あの男は光の騎士で、光と闇、2人の女と浮気してたんだよ。」
むっとした顔でトウコが言い返す。
「恋人同士のレリーフは色んな神殿で見つかっているんだろう?だったら各神殿のそのレリーフの女の意匠が同じかどうか調べたら、浮気してたかどうかも分かるんじゃないか。全部真っ直ぐな髪の女だったら浮気してないってことだ。」
「お、それならついでに男の方も調べりゃいいじゃねーか。女が全部真っ直ぐな髪で、男に違いが出たら女が浮気してたってことになるな。」
トウコが呆れた顔をして言い返そうとした時、ハナが突然立ち上がった。
「やだ!私ったらどうしてそんな初歩的なことに気付かなかったんだろう!あのレリーフはどの神殿でも見つかっているっていうのに!違いを見つけるのに必死で、同じレリーフ同士を比較するのを忘れちゃうなんて!」
皆が目を丸くしてハナを見つめたが、ハナはそれに気づくことなく「今すぐ資料を見直さなくっちゃ!」と言いながら、自分の天幕の方へ走って行ってしまった。
ヨシザキが苦笑しながら立ち上がる。
「ハナ!今は資料の見直しよりこの神殿の調査が先ですよー!」
言いながらハナを追いかかける素振りを見せたヨシザキだったが、振り返るとリョウを見た。

「因みに、恋人同士のレリーフに描かれた男性に違いはありませんでした。女性もです。皆、同一人物と思って間違いありません。ハナには内緒ですよ。」
不器用なウィンクをして、ヨシザキは天幕の方へと歩いて行った。
マリーとデニスも苦笑を浮かべると立ち上がり、護衛のためにヨシザキの後を追った。

面白くなさそうな顔をしたリョウに向かってトウコが少し勝ち誇った顔を向けた。
「浮気してなかったな。」
リョウは鼻を鳴らすと立ち上がり、「交代まで寝る。」と言って天幕の方へと歩いて行ってしまった。
トウコもまた、くすくす笑いながら立ち上がるとリョウの後を追った。残されたヨシは、それを微笑みながら見送った。

神殿内部が薄暗くなってきた夕方。
そろそろ調査も切り上げ時かという頃、ヨシザキとハナは祭壇を調査していた。
破壊された闇の女神と思われている像の側に座り込んで、手帳に何かを必死に書き込んでいたヨシザキの視界の隅に、赤い色をした何かが入り込んだ。
ヨシザキがそちらを見ると、祭壇の端の方に小さな赤い花がいくつか咲いているのが見えた。
あんなところに花なんて咲いていたかなと不思議に思ったヨシザキだったが、前回銅像が動いたことによって祭壇には瓦礫がいくつか散乱しており、その瓦礫のせいで見えなかったのだろうとヨシザキは思った。
そのまま特に気にすることなくヨシザキは手元に視線を戻すと、また手帳に書き付ける作業に集中した。

そのまま赤い花の存在は忘れ去った。
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