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金の章
12.獣の価値観
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神殿を出た一行は、死の森で2度魔物の襲撃を受けた後、予定よりも数時間遅れでリカと合流した。
なかなか戻ってこないことに不安を募らせていたリカは、ハナがデニスに抱えられていること、何よりもヨシがマリーを背負っていることに目を丸くし、一行から事情を聞くと涙ぐんで無事を喜んだ。
本来ならば、これから第16都市に向けて出発し、夜に到着するはずだったが、マリーの消耗が激しいこと、また死の森でも戦闘があったことでデニスの仲間2人も消耗していたため、今日もまた往路で野営した場所で夜を明かし、明日の早朝出発することに決めた。
1日伸びた護衛代を支払う必要はないし、デニスたちの1日分の護衛費用も破壊屋が負担するとマリーは言ったが、デニスたちはそれを拒否した。
「お前らは自分たちの手落ちだって言うけどよ、俺たちだって護衛を請け負っていて守り切れなかったのは同じだ。馬鹿にするのもいい加減にしろ。」
デニスの言葉にマリーは小さく頷くと、「そうね。悪かったわ。」と言った。
マリーは魔導車の荷台でそのまま糸が切れたように眠り、ハナも再び眠りの魔術を掛けられて荷台に横たえられた。
デニスたちからも「悪い。夕方まで休ませてくれ。」と言われたリョウは、「おい…神殿からここまで俺とトウコが一番働いてるって分かってるか?」と文句を言いつつも、トウコと2人で大人しく見張りについた。
夕方、見張りを交代するとハナが起きていて、マリーとヨシザキに花粉を吸って眠った後の事情を説明されていたが、さすがに疲れていたトウコとリョウはそれには参加せず、夕食もそこそこにすぐに仮眠を取ると、夜中に再び見張りに付いた。
「マジで。マジで俺はなんでまだここにいるんだ。」
トウコを後ろから抱きかかえて座っているリョウが煙草を咥えたまま嘆いた。
リョウの口から煙草を奪い、1口吸ってまたリョウの口に咥えさせたトウコが小さく笑う。
「今頃やりまくってるはずだったのにな。」
「ほんとだよ。なんで俺また見張りしてんだよ。意味分かんねえ。それもこれも全部ヨシザキが悪い。あいつがまた祭壇に行きたいとか言わなきゃよかったんだ。くそっ!」
「ちゃんと止めなかった私らも悪いさ。…ハナさんを守り切れなかったのはお前の責でもあるぞ。明日ちゃんと謝れよ。」
むっつりと黙り込んだリョウに、トウコが念を押すようにリョウの顔を見上げると、「…うるせーな。分かってるよ。」と不機嫌そうな声が返って来た。
しばらく不機嫌そうな顔で煙草を吸っていたリョウが、トウコの耳元に口を寄せて囁いた。
「…もうやっぱここで一発やろうぜ。毛布に包まってるし、この体勢ならわかんねーって。」
トウコが小さく笑い声を上げる。
「駄目だな。ハナさんが起きたみたいだ。早速謝るチャンスが来たな。」
「…知るかよ。」
短くなった煙草を焚火に投げ捨てたリョウがトウコの顔を掴むと、噛みつくように深く口付け、トウコもまたそれに応じたが、すぐにリョウの胸を押した。
リョウがしぶしぶ顔を離す。
不機嫌そうなリョウの瞳を覗き込みながら、宥めるように頭を撫でたトウコが後ろを振り返ると、魔導車の陰に隠れるようにして立っていたハナに声を掛けた。
「ハナさん。もう起きて大丈夫なのか?」
「…あの、すみません。覗くつもりはなくって…その。声をかけようと思ったのですが…。」
「いちゃついてたのは、マリーに黙っててくれると嬉しいな。こっぴどく叱られる。マリーは怒ると怖いんだ。」
魔導車の陰から赤い顔を覗かせたハナにトウコが少しお道化ながら言うと、ハナは小さな笑みを零した。
トウコが手招きすると、魔道車の陰からおずおずと出てきたハナは、焚火を挟んでリョウとトウコの向かいに座った。
トウコがお茶の入ったカップを渡す。
「腕の調子はどうだい?」
「大丈夫です。お2人が助けてくれたと聞きました。ありがとうございます。」
「礼はいらないよ。それが仕事だからね。それよりも、傷が残ってしまって悪いね。上級の治療師ならその傷も消せるってことだから帰ったら消してもらうといい。その費用は私たちが出すから、うんと腕のいい治療師を探すといいよ。」
「いえ。傷は別にこのままでもいいです。」
腕をさすりながら静かに言ったハナにトウコが眉を顰める。
「そんなわけにもいかないだろう。嫁入り前の体だぞ。」
「おい、それをお前が言うのかよ。」
即座にリョウが呆れたような声を出すと、トウコも即座に言い返した。
「私の傷は今更どうでもいいじゃないか。お前だって別に気にしてないだろ。」
「傷があろうがなかろうが別にどうでもいいけどよ…腑に落ちねえ…。」
言いながらリョウが煙草に火を付けると、トウコがそれを奪って口に咥えた。
「トウコさんも傷が…?」
「ああ。背中にね。見えないから別にいいかなと思ってそのままにしてる。」
リョウがトウコに奪われた煙草を恨めしそうに見ながら、新しく取り出した1本に火を付け煙を吐き出す。
トウコもまたうまそうに煙を吐き出すと、リョウの顔を見上げてじっと見つめた。
じっと見上げてくるトウコの顔を、リョウは嫌そうな顔をしてしばらく見下ろしていたが、観念したようにため息を吐くとハナを見た。
「悪かったな。守り切れなくて。傷はちゃんと治せよ。」
ハナは目を真ん丸にしてリョウの顔を凝視していたが、すぐに慌てて体の前で両手を振りながら、「あ、いえ、そんな、別に…こちらこそご迷惑おかけして…その、すみません。」としどろもどろに答えた。
「ちゃんと謝罪は受け取ってやってくれ。」
トウコがくすくす笑いながら言うと、ハナが小さく頷いた。
「はい。受け取りました。なので私のお礼も受け取ってください。助けていただいてありがとうございました。」
トウコが微笑を浮かべて頷き、仏頂面のリョウもまた小さく頷いた。
そのまま黙ってトウコとリョウは煙草をふかし、それを黙って見ていたハナだったが、何かを決意したかのように1つ頷くと口を開いた。
「あの…どうしても1つ聞きたいことがあって。今日を逃すと2度と聞けないと思ったので、お2人が私のことを嫌っているのは分かっているのですが、お邪魔してしまいました。」
ハナの言葉にトウコが目を丸くする。
「私たちがハナさんを嫌っている?別に嫌っちゃいないよ。」
その言葉にハナも目を丸くした。
「え。だって…。行きの魔導車の中で、その…エレナさんの方がましだったって仰っていたのでてっきり…。」
ハナの言葉を聞いたリョウが小さく舌打ちして顔を歪め、トウコが苦笑を浮かべた。
「聞かれてたのか。それは悪いことをしたな…。申し訳ない。」
困惑の表情を浮かべたハナをトウコが見つめる。
「エレナの件はヨシザキさんから聞いたのか?」
「少しだけ。」
「エレナは色無しの私が気に食わなかった。だから何かにつけて悪意を持って私につっかかってきた。でも、ハナさんはそうじゃないだろう?」
ハナがぶんぶんと首を横に振る。
「もちろんです!」
「だからエレナの方がましだって言ったのさ。悪意のある人間は無視するか、もしくはこっちも悪意で返せばいいだけだから。」
トウコが煙草を吸い、煙を吐き出す。
「でもハナさんは悪意があったわけじゃない。単純に意見の相違があっただけだ。私とリョウ、そしてハナさんの価値観が違い過ぎるんだ。」
そこでトウコがニヤっと笑った。
「だから、ハナさんのことを面倒だとは思うけれど、嫌ってはいないよ。」
ハナが虚を突かれた顔をした後に苦笑を零した。
「…なるほど。」
「私もリョウも面倒くさがりでね。分かり合おうとしない…できないから。だから、一番簡単な避けるって方法を取ってしまうんだ。悪いね、誤解させてしまって。」
ハナはトウコを見つめて頷くと、お茶を1口飲んだ。
そのまま両手で握ったカップを見下ろしていたが、静かに口を開いた。
「ずっと気になっていたんです。トウコさんがおっしゃったこと。」
トウコが小さく首を傾げる。
「暴力はよくないって私が言った時、私の言うことも正しいし、トウコさんとリョウさんも正しいって。」
「…ああ、それか。言ったね。」
「はい。私、その意味をずっと考えていたのですが、分からなくって。価値観の違いと言ってしまえばそうなのですけど…。」
それまで黙っていたリョウが面倒くさそうな口調で言った。
「その通り価値観の違いだろ。気にするだけ無駄だ。俺たちとお前は相容れない。それだけだ。」
リョウの言葉にハナは俯いてしまい、トウコが少し非難するようにリョウを見上げた。
リョウは鼻で笑うと、トウコを冷めた目で見下ろした。
「本当のことだろ?トウコ、お前だって相容れないって分かってるくせに、そんな目で俺を見るのはずるいぞ。」
「そうだけど…言い方ってもんがあるだろ。」
苦笑を浮かべて言い返したトウコが、ハナを見つめて静かに言った。
「ハナさん、私はね、人間は所詮獣だと思っている。誰でも獣性を持っていて、ちょっとしたきっかけでそれが表に出てきてしまうのさ。そしてそんな奴らはそこら中に転がっているし、私もリョウもとっくの昔にそうさ。マリーもデニスもね。」
小さく笑みを浮かべたトウが続ける。
「ハナさんは、今のままでいい。ハナさんの世界ではその考えが正しいんだよ。だけど、私たちはその価値観だと生きていけないんだ。獣の価値観が必要なんだよ。」
ハナが悲しい目をしてトウコを見つめたが、トウコはそれを見て屈託なく笑った。
「別にそんな顔しなくていいよ。組合員なんてそんな奴ばっかりだ。ハナさんがこっちに来なくていいように、暴力装置として私らがいるんだよ。」
リョウがトウコの顔をニヤニヤしながら覗き込む。
「お前、えっらそうなこと言ってるけどよ。正直なところ、お前が言うその獣の価値観以外の人生はつまんねえって思ってるだろ。」
「そうだな。想像しただけで退屈過ぎて死にそうだ。」
けらけら笑い声を上げたトウコの頭を愛おしそうに撫でながら、リョウがハナを見た。
「こいつも俺も血まみれだ。そんな俺たちのことを理解しようとするな。理解できたら、お前もトウコが言う獣になったってことだ。そんときゃ仲良くしよーぜ。」
皮肉気に口を歪めて笑ったリョウを静かに見つめていたハナだったが、突然挑むような顔をして言った。
「あの!お願いがあります!煙草を1本ください!」
トウコとリョウが目を丸くする。
「お2人が…マリーさんもデニスさんも、獣のみなさんが美味しそうに煙草を吸うので!まずはそこから理解してみようかと思いまして!」
「バカだろお前…。」
トウコが声を上げて笑い、リョウが脱力したように言ったが、ハナが引き下がらなかったのでリョウが面倒くさそうに煙草の箱をハナに放り投げた。
1本抜き取り火を付けたハナが、恐る恐る煙草を吸い、盛大に咽る。
目に涙を浮かべながら、「まずいです…。」と呟き、それを見てトウコがまた笑い声を上げた。
「お子様にははえーんだよ。」
「私はリョウさんと同じ年です!」
「分かったから、理解しようとすんな。面倒だからこっち来んな…マジで。」
「いえ!獣にならずに理解して見せます!」
ハナの盛大に咳き込む音と、リョウのうんざりした声、そしてトウコの笑い声がしばらく続いた。
なかなか戻ってこないことに不安を募らせていたリカは、ハナがデニスに抱えられていること、何よりもヨシがマリーを背負っていることに目を丸くし、一行から事情を聞くと涙ぐんで無事を喜んだ。
本来ならば、これから第16都市に向けて出発し、夜に到着するはずだったが、マリーの消耗が激しいこと、また死の森でも戦闘があったことでデニスの仲間2人も消耗していたため、今日もまた往路で野営した場所で夜を明かし、明日の早朝出発することに決めた。
1日伸びた護衛代を支払う必要はないし、デニスたちの1日分の護衛費用も破壊屋が負担するとマリーは言ったが、デニスたちはそれを拒否した。
「お前らは自分たちの手落ちだって言うけどよ、俺たちだって護衛を請け負っていて守り切れなかったのは同じだ。馬鹿にするのもいい加減にしろ。」
デニスの言葉にマリーは小さく頷くと、「そうね。悪かったわ。」と言った。
マリーは魔導車の荷台でそのまま糸が切れたように眠り、ハナも再び眠りの魔術を掛けられて荷台に横たえられた。
デニスたちからも「悪い。夕方まで休ませてくれ。」と言われたリョウは、「おい…神殿からここまで俺とトウコが一番働いてるって分かってるか?」と文句を言いつつも、トウコと2人で大人しく見張りについた。
夕方、見張りを交代するとハナが起きていて、マリーとヨシザキに花粉を吸って眠った後の事情を説明されていたが、さすがに疲れていたトウコとリョウはそれには参加せず、夕食もそこそこにすぐに仮眠を取ると、夜中に再び見張りに付いた。
「マジで。マジで俺はなんでまだここにいるんだ。」
トウコを後ろから抱きかかえて座っているリョウが煙草を咥えたまま嘆いた。
リョウの口から煙草を奪い、1口吸ってまたリョウの口に咥えさせたトウコが小さく笑う。
「今頃やりまくってるはずだったのにな。」
「ほんとだよ。なんで俺また見張りしてんだよ。意味分かんねえ。それもこれも全部ヨシザキが悪い。あいつがまた祭壇に行きたいとか言わなきゃよかったんだ。くそっ!」
「ちゃんと止めなかった私らも悪いさ。…ハナさんを守り切れなかったのはお前の責でもあるぞ。明日ちゃんと謝れよ。」
むっつりと黙り込んだリョウに、トウコが念を押すようにリョウの顔を見上げると、「…うるせーな。分かってるよ。」と不機嫌そうな声が返って来た。
しばらく不機嫌そうな顔で煙草を吸っていたリョウが、トウコの耳元に口を寄せて囁いた。
「…もうやっぱここで一発やろうぜ。毛布に包まってるし、この体勢ならわかんねーって。」
トウコが小さく笑い声を上げる。
「駄目だな。ハナさんが起きたみたいだ。早速謝るチャンスが来たな。」
「…知るかよ。」
短くなった煙草を焚火に投げ捨てたリョウがトウコの顔を掴むと、噛みつくように深く口付け、トウコもまたそれに応じたが、すぐにリョウの胸を押した。
リョウがしぶしぶ顔を離す。
不機嫌そうなリョウの瞳を覗き込みながら、宥めるように頭を撫でたトウコが後ろを振り返ると、魔導車の陰に隠れるようにして立っていたハナに声を掛けた。
「ハナさん。もう起きて大丈夫なのか?」
「…あの、すみません。覗くつもりはなくって…その。声をかけようと思ったのですが…。」
「いちゃついてたのは、マリーに黙っててくれると嬉しいな。こっぴどく叱られる。マリーは怒ると怖いんだ。」
魔導車の陰から赤い顔を覗かせたハナにトウコが少しお道化ながら言うと、ハナは小さな笑みを零した。
トウコが手招きすると、魔道車の陰からおずおずと出てきたハナは、焚火を挟んでリョウとトウコの向かいに座った。
トウコがお茶の入ったカップを渡す。
「腕の調子はどうだい?」
「大丈夫です。お2人が助けてくれたと聞きました。ありがとうございます。」
「礼はいらないよ。それが仕事だからね。それよりも、傷が残ってしまって悪いね。上級の治療師ならその傷も消せるってことだから帰ったら消してもらうといい。その費用は私たちが出すから、うんと腕のいい治療師を探すといいよ。」
「いえ。傷は別にこのままでもいいです。」
腕をさすりながら静かに言ったハナにトウコが眉を顰める。
「そんなわけにもいかないだろう。嫁入り前の体だぞ。」
「おい、それをお前が言うのかよ。」
即座にリョウが呆れたような声を出すと、トウコも即座に言い返した。
「私の傷は今更どうでもいいじゃないか。お前だって別に気にしてないだろ。」
「傷があろうがなかろうが別にどうでもいいけどよ…腑に落ちねえ…。」
言いながらリョウが煙草に火を付けると、トウコがそれを奪って口に咥えた。
「トウコさんも傷が…?」
「ああ。背中にね。見えないから別にいいかなと思ってそのままにしてる。」
リョウがトウコに奪われた煙草を恨めしそうに見ながら、新しく取り出した1本に火を付け煙を吐き出す。
トウコもまたうまそうに煙を吐き出すと、リョウの顔を見上げてじっと見つめた。
じっと見上げてくるトウコの顔を、リョウは嫌そうな顔をしてしばらく見下ろしていたが、観念したようにため息を吐くとハナを見た。
「悪かったな。守り切れなくて。傷はちゃんと治せよ。」
ハナは目を真ん丸にしてリョウの顔を凝視していたが、すぐに慌てて体の前で両手を振りながら、「あ、いえ、そんな、別に…こちらこそご迷惑おかけして…その、すみません。」としどろもどろに答えた。
「ちゃんと謝罪は受け取ってやってくれ。」
トウコがくすくす笑いながら言うと、ハナが小さく頷いた。
「はい。受け取りました。なので私のお礼も受け取ってください。助けていただいてありがとうございました。」
トウコが微笑を浮かべて頷き、仏頂面のリョウもまた小さく頷いた。
そのまま黙ってトウコとリョウは煙草をふかし、それを黙って見ていたハナだったが、何かを決意したかのように1つ頷くと口を開いた。
「あの…どうしても1つ聞きたいことがあって。今日を逃すと2度と聞けないと思ったので、お2人が私のことを嫌っているのは分かっているのですが、お邪魔してしまいました。」
ハナの言葉にトウコが目を丸くする。
「私たちがハナさんを嫌っている?別に嫌っちゃいないよ。」
その言葉にハナも目を丸くした。
「え。だって…。行きの魔導車の中で、その…エレナさんの方がましだったって仰っていたのでてっきり…。」
ハナの言葉を聞いたリョウが小さく舌打ちして顔を歪め、トウコが苦笑を浮かべた。
「聞かれてたのか。それは悪いことをしたな…。申し訳ない。」
困惑の表情を浮かべたハナをトウコが見つめる。
「エレナの件はヨシザキさんから聞いたのか?」
「少しだけ。」
「エレナは色無しの私が気に食わなかった。だから何かにつけて悪意を持って私につっかかってきた。でも、ハナさんはそうじゃないだろう?」
ハナがぶんぶんと首を横に振る。
「もちろんです!」
「だからエレナの方がましだって言ったのさ。悪意のある人間は無視するか、もしくはこっちも悪意で返せばいいだけだから。」
トウコが煙草を吸い、煙を吐き出す。
「でもハナさんは悪意があったわけじゃない。単純に意見の相違があっただけだ。私とリョウ、そしてハナさんの価値観が違い過ぎるんだ。」
そこでトウコがニヤっと笑った。
「だから、ハナさんのことを面倒だとは思うけれど、嫌ってはいないよ。」
ハナが虚を突かれた顔をした後に苦笑を零した。
「…なるほど。」
「私もリョウも面倒くさがりでね。分かり合おうとしない…できないから。だから、一番簡単な避けるって方法を取ってしまうんだ。悪いね、誤解させてしまって。」
ハナはトウコを見つめて頷くと、お茶を1口飲んだ。
そのまま両手で握ったカップを見下ろしていたが、静かに口を開いた。
「ずっと気になっていたんです。トウコさんがおっしゃったこと。」
トウコが小さく首を傾げる。
「暴力はよくないって私が言った時、私の言うことも正しいし、トウコさんとリョウさんも正しいって。」
「…ああ、それか。言ったね。」
「はい。私、その意味をずっと考えていたのですが、分からなくって。価値観の違いと言ってしまえばそうなのですけど…。」
それまで黙っていたリョウが面倒くさそうな口調で言った。
「その通り価値観の違いだろ。気にするだけ無駄だ。俺たちとお前は相容れない。それだけだ。」
リョウの言葉にハナは俯いてしまい、トウコが少し非難するようにリョウを見上げた。
リョウは鼻で笑うと、トウコを冷めた目で見下ろした。
「本当のことだろ?トウコ、お前だって相容れないって分かってるくせに、そんな目で俺を見るのはずるいぞ。」
「そうだけど…言い方ってもんがあるだろ。」
苦笑を浮かべて言い返したトウコが、ハナを見つめて静かに言った。
「ハナさん、私はね、人間は所詮獣だと思っている。誰でも獣性を持っていて、ちょっとしたきっかけでそれが表に出てきてしまうのさ。そしてそんな奴らはそこら中に転がっているし、私もリョウもとっくの昔にそうさ。マリーもデニスもね。」
小さく笑みを浮かべたトウが続ける。
「ハナさんは、今のままでいい。ハナさんの世界ではその考えが正しいんだよ。だけど、私たちはその価値観だと生きていけないんだ。獣の価値観が必要なんだよ。」
ハナが悲しい目をしてトウコを見つめたが、トウコはそれを見て屈託なく笑った。
「別にそんな顔しなくていいよ。組合員なんてそんな奴ばっかりだ。ハナさんがこっちに来なくていいように、暴力装置として私らがいるんだよ。」
リョウがトウコの顔をニヤニヤしながら覗き込む。
「お前、えっらそうなこと言ってるけどよ。正直なところ、お前が言うその獣の価値観以外の人生はつまんねえって思ってるだろ。」
「そうだな。想像しただけで退屈過ぎて死にそうだ。」
けらけら笑い声を上げたトウコの頭を愛おしそうに撫でながら、リョウがハナを見た。
「こいつも俺も血まみれだ。そんな俺たちのことを理解しようとするな。理解できたら、お前もトウコが言う獣になったってことだ。そんときゃ仲良くしよーぜ。」
皮肉気に口を歪めて笑ったリョウを静かに見つめていたハナだったが、突然挑むような顔をして言った。
「あの!お願いがあります!煙草を1本ください!」
トウコとリョウが目を丸くする。
「お2人が…マリーさんもデニスさんも、獣のみなさんが美味しそうに煙草を吸うので!まずはそこから理解してみようかと思いまして!」
「バカだろお前…。」
トウコが声を上げて笑い、リョウが脱力したように言ったが、ハナが引き下がらなかったのでリョウが面倒くさそうに煙草の箱をハナに放り投げた。
1本抜き取り火を付けたハナが、恐る恐る煙草を吸い、盛大に咽る。
目に涙を浮かべながら、「まずいです…。」と呟き、それを見てトウコがまた笑い声を上げた。
「お子様にははえーんだよ。」
「私はリョウさんと同じ年です!」
「分かったから、理解しようとすんな。面倒だからこっち来んな…マジで。」
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