常世の彼方

ひろせこ

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金の章

10.女神の睫毛

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 「大失態だ。」

ハナを喰ったバイティングプラントが、根のような足を蠢かせながら後退し、破壊された祭壇の奥の穴へと向かうのを、顔を歪ませたリョウが低く呟きながら追った。
「ハナ!ハナ!」
ヨシザキが手足をばたつかせながら叫び、リョウ同様に顔を顰めたマリーがそれを諫める。
「ハナさんは大丈夫!まだ生きてるわ!すぐには死なないから安心して!」
「でも、でも腕が!」
「あとで私が絶対にくっつけてあげるから!だから大事に持ってて!」
言いながらマリーが、地面に落ちた血まみれのハナの腕を拾うと、それをヨシザキに押し付ける。
「マリー!もう引け!あとはリョウに任せろ!ハナさんの治癒に魔力を残すんだ!」
蹴り倒されたバイティングプラントが起き上がり、その攻撃をトウコが避けながらマリーへと叫んだ。
マリーは悔しそうな顔をしながらも頷くと、トウコの言葉通り祭壇を飛び降りて走り出した。
「デニス!お前もヨシを抱えて引け!」
「んなことできるかよ!」
「いいから早く行け!ハナさんのことはリョウに任せておけば大丈夫だ!」
「ハナもお前らも本当に大丈夫なんだな!?」
「ハナさんを助けたらリョウがでかいのをぶちかます!お前の魔力じゃ障壁が耐えきれない!邪魔だ!」
邪魔だと言われたデニスは少し納得のいかない顔をしたが、しぶしぶ頷くとヨシを抱え上げて走り出した。
それを追うようにバイティングプラントがツタを伸ばす。
一本はトウコが掴んだが、掴み損ねた1本が、デニスが肩に抱えたヨシに巻きついた。
「くそっ」
デニスが焦りに顔を歪め、トウコが太ももの投げナイフに手を伸ばした時、ヨシに巻き付いたツタの中央部辺りが凍り付いた。
すかさずトウコが凍り付いた箇所に投げナイフを投げつけ、氷を砕いた。
「デニス!早く来い!」
氷の弾丸を放ったデニスの仲間の男が叫び、デニスが「助かった!」と言いながら再び走り出した。

しかし、バイティングプラントはそれでも諦めずにデニスの背中に向かってツタを伸ばす。
「お前の相手は私だ。」
トウコが再びバイティングプラントの胴体に蹴りを入れた。
後ろに吹き飛んだバイティングプラントが、こちらに移動して来ていたもう1体にぶつかる。
ぶつかった2体が祭壇を破壊しながら倒れ込んだ。

リョウは、ハナを喰ったバイティングプラントに追いつくと、ツタの攻撃を避けながらバイティングプラントの体を駆け上がった。
ぴったりと閉じた葉の上まできたリョウは、茎に向かって短剣を振るった。
茎と葉が切断され、ハナを喰った葉が地面に落ちる。
トウコが走り込んできて、その葉を抱えると全力でマリーたちの方へと投げた。

「リョウ!やれ!」
リョウがバイティングプラントの体を蹴って後ろに大きく飛ぶ。
「きっちり張れよ!巻き込まれるぞ!」
タクティカルベストからいつもより大きめの魔力石を3つ取り出したリョウが、トウコに怒鳴り返しながらそれを投げた。

デニスたちはヨシを抱えてマリーとヨシザキ、そしてもう1人の仲間が待つ場所へと必死に走っていた。
後ろから何かが凄い勢いで飛んできて地面に激突すると、そのまましばらく地面を滑り、マリーたちがいる辺りで止まった。
驚いたデニスたちが後ろを振り返った瞬間、祭壇一帯が猛吹雪に包まれた。
「なんだありゃあ!?」
「リョウの魔力石よ。」
思わず足を止めて叫んだデニスに、マリーが少し悄然とした声で言った。
「マジか…。邪魔ってそういうことだったのかよ…。」
デニスが呆然と祭壇を見つめていると、後ろから「ハナ!」というヨシザキの叫びが聞こえた。
見ると、地面に激突した衝撃でボロボロになった葉から、片腕を無くしたハナの体がはみ出ていた。
「ヨシザキさん、腕を。」
震える手でヨシザキが抱え込んでいたハナの腕をマリーに渡す。
マリーはすぐに治癒を始めた。

視界が真っ白になり、猛吹雪に包まれたトウコは障壁の中で身震いしていた。
「寒い…。やりすぎだろ、あのバカ。」
リョウに悪態をついていると徐々に吹雪が収まり、視界も晴れてきた。
未だにうっすらと白い世界の中に、完全に凍り付いた3体のバイティングプラントの姿が浮かび上がる。
トウコは小さく息を吐くと、凍り付いたバイティングプラントを次々に殴りつけて、氷の破片へと変えた。
「大丈夫だったか?」
「大丈夫じゃない。寒い。」
背中から掛けられた声にトウコが振り向く。
「お前、睫毛凍ってるぞ。」
トウコの顔を見たリョウが愉快そうに言い、トウコがその言葉に目を擦る。
「もうちょっと加減してよかっただろ。障壁抜かれるかと思った。」
「きっちり張れっていっただろバカ。それよりお前、あれ骨折れてんじゃねーか…?」
リョウが後ろを振り返って呆れたように呟くと、トウコもリョウの視線の先を見た。
「…思いっきり投げてしまった。ハナさん大丈夫かな…。」
必死の形相で治癒をしているマリーを見たトウコが、少し後悔の滲む声で呟いた。

脂汗を額に滲ませたマリーが、手を後ろに付いて大きく息を吐いた。
「私の腕じゃここまでが限界よ。ごめんなさい。」
ハナの腕は接合されていたが、接合部分の肉が少し盛り上がって傷跡が残っていた。
「ハナは…ハナはもう大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。バイティングプラントは喰った獲物を徐々に溶かすの。喰われてから時間が経っていなかったから大丈夫。少し表面が解かされていたけど、その傷はちゃんと消したわ。ちょっと服が解けちゃってるけど。」
泣きそうな声で問うたヨシザキが、マリーの言葉に顔を覆う。
「よかった…本当によかったです。助けていただいてありがとうございます。」

一同にほっとした空気が流れた時、トウコとリョウが戻って来た。
「ハナさんは大丈夫か?」
「トウコが思いっきり投げたみてーだけど大丈夫だったか?」
トウコとリョウを見たマリーが、安心したように仰向けで大の字に倒れこむ。
「腕が一本折れてたのと、肋骨にひびが入ってたわよ。そのせいで余計に魔力使っちゃったじゃないの。もう、私、無理…。」
「悪い。焦ってたからつい。ヨシザキさんも申し訳なかった。ハナさんを危険な目に合わせてしまって。」
トウコがヨシザキに謝罪すると、ヨシザキは大きく首を振った。
「いいえ!そもそもは私たちが祭壇に行きたいと言ったのが悪いのです。トウコさんたちは悪くありません!」
ヨシザキはそう言って頭を下げたが、それをマリーが遮った。
「今回は私たちの手落ちよ。ハナさんの腕の傷は上級の治癒士に頼めば無くなるわ。その時の治療費はこっちに回してちょうだい。」
「いえ、そういうわけには…!」
「反省会は後だ。早く撤収するぞ。また次が来ないとは限らない。」
リョウがそう言いながら祭壇の方を見る。
バイティングプラントが破壊した祭壇奥の壁にはぽっかりと大きな穴が空いており、その先は洞窟のようになっていた。
それを見た全員が顔を顰め、頷いた。

その後、眠っていたヨシを起こし、魔力が枯渇しかけていて動けないマリーをヨシが担ぎ、デニスがハナを担いで移動することになった。
血を失って消耗していることを考慮して、ハナには眠りの魔術がかけられた。
ヨシが荷物を担げないため、必要最低限の荷物以外―天幕等はそのまま放置することになった。
リョウが先頭を行き、その後ろにハナを担いだデニスとマリーを担いだヨシが続き、2人を囲むようにデニスの仲間2人、そして殿にトウコという配置で帰還することにした一行は、早速移動を開始した。

「ごめんなさいねぇ…ヨシ君。重いでしょう…。」
マリーがヨシの背中で悄然とした声を出す。
「いいえ。強化すればマリーさんくらい大丈夫ですよ。なんてったって僕は荷物持ちですから。それよりも、僕の方こそご迷惑をおかけしてしまってすみません…。」
「そもそも、迷宮化した旧跡に魔物は入ってこないって嘘ついたヨシザキが悪いんだよ。」
リョウが先頭を進みながら悪態を付くと、ヨシザキは「嘘ではなかったのです。本当に不思議です。これまでに例がないことです…。」と言った。
「バイティングプラントは死の森の中層…深層に近い場所に出る魔物なんだ。こんな表層に出る魔物じゃない。祭壇の奥に空いたあの穴。深層に繋がってるのかもしれないな。」
トウコの言葉にデニスが顔を顰める。
「深層近くに出る魔物なのかよ。」
「ああ、この神殿の周りには出ないからデニスたちにバイティングプラントの情報を伝えていなかったんだ。悪い。とは言っても表層の魔物くらい弱いけどな。」
「あいつらが弱いって嘘だろ…。」
「本当だぞ。花粉が厄介なだけで大して強くない。ま、知らなきゃ眠らされて全滅だけどな。知ってても魔力が弱けりゃ、花粉が障壁を貫くからやっぱ全滅だな。」
何でもないことのように言ったリョウに、デニスが「それ弱いって言うのか?」と言ったが、「魔力が弱い組合員はそもそも深層までいかねーし。」とあっさり言い返され、デニスは微妙な顔をして黙った。
「想定外の事態が重なったとは言え、ハナさんを危険な目に合わせてしまった。だからさっきマリーが言った通り、私たちの手落ちだ。」
トウコの言葉に、ヨシザキが「ですが…。」と言い返そうとしたが、それをヨシの背中のマリーが遮る。
「高い報酬を貰っているのはそういうことよ。ハナさんだけじゃなくヨシザキさんも危なかったわ。護衛対象を守り切れなくて腕が切断されるなんてありえない失態だわ。油断した私が一番悪いの…。」
「おう、マリー、おめーが一番悪い。置いてきた荷物やらなんやらの経費は、お前の報酬からさっぴけよ。…おしゃべりはこの辺でおしまいだ。神殿を出たら一気に死の森を抜けるぞ。」
リョウの言葉に口を閉じた一行は、静かに神殿の出口を潜り、死の森へと続く洞窟へと入った。
最後尾を進んでいたトウコが出口を潜ろうとした時、出口の上に彫られた恋人同士のレリーフの破損した中央部で何かが動いた。
小さな赤いそれが微かに動き、金色の粉をぽんっと散らすと、するするとレリーフの奥へと消える。
視界の隅で何かが動いた気がしたトウコが足を止めて、レリーフを見上げる。
数舜じっとレリーフを見上げていたトウコだったが、見間違いかと内心首を傾げながら神殿を出ると、皆の後を少し足早に追った。

誰もいなくなった神殿で、女の忍び笑いが微かに響いて消えた。
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