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金の章
09.落ちた腕
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「はあああああ。もう帰る日なのですねえ…。」
朝食を食べながらヨシザキが盛大にため息を吐いて嘆いた。
「せめてあと1日。あと1日調査したかったです。」
がっくりと項垂れたヨシザキを見て、デニスが不思議そうな顔をした。
「前は調査期間3日あったじゃねーか。何で今回は2日なんだ?」
「破壊屋さんの指名依頼料が値上がりしたせいです。」
恨めしそうなヨシザキの声を聞いてデニスが首を傾げる。
「こいつらが高額なのはまあ分かるが…。それでも前回は3日分支払えたんだろ?」
「理由は知りませんが、前回より指名依頼料が倍になったのです。因みに、破壊屋さんの指名依頼料はデニスさんたちの5倍です。」
ヨシザキの言葉にデニスたちが目を剥く。
「はあああ!?お前らそんなに貰ってんのかよ!!信じらんねえ!」
「てめーらとは違うんだよ。」
リョウの心底馬鹿にしたような顔を見ながらデニスが更に言葉を続けた。
「つーか、前回と今回でお前ら何したんだよ…。何したら2倍になるんだ?はっ!もしかしてあれか!?要人の…。」
トウコが妖しげな微笑を浮かべ、リョウもまた冷たい笑みを浮かべてデニスを見た。
「嘘だと思ってたが、やっぱ暗殺依頼ってあるのか…。そうか南0都市…。」
「トウコ!リョウ!このおバカ!デニスが勘違いしてるじゃないのよ!デニス!私たちは要人暗殺なんてしてないわよ!」
トウコとリョウが揃って意味深な笑みを浮かべる。
「…いや、悪かった。俺たちゃなんも聞いてねえ。」
目を丸くしているヨシザとハナに、「本当にしてないわよ。暗殺なんてしてないのよ。」と必死に言い募るマリーを見て、トウコとリョウはけらけら笑っていた。
朝食後、帰還するために片づけを始めようとしたところで、ヨシザキが「あのう…。」と言い出した。
「最後に…祭壇に行ってきてもいいですか?」
その言葉にトウコたちがげんなりとした顔をする。
「てめえ…前回のこと忘れたのか?本気で毟るぞ?」
「すみません!すみません!でも、本当に本当にお願いです。ほんのちょっとでいいのです。」
「私からもお願いします。」
ヨシザキとハナが深々と頭を下げる。
「んもう…。仕方ないわねぇ…。本当にちょっとだけよ?」
「マリー、いいのか?」
腰に手を当てて諦めたように頷いたマリーに、それを少し咎める口調でトウコが口を挟んだ。
「普通に考えてそう何度もあんな異常事態が起こるわけないでしょう?私たちがびくびくし過ぎなのよ。」
「まあ…そうかもしれないが…。」
その時、成り行きを見守っていたヨシがおずおずと手を上げた。
「あ、あの…。もし最後にヨシザキさんたちが祭壇に行かれるなら、僕も行っていいですか?僕、前回も今回もずっと拠点にいたので、皆さんが話されていた2体の女神様を見たことがないのです。立っている女神像は遠目には見えるのですが、壊れているという方はここからだと見えないので…。だから…ちょっと一目でいいので見てみたいなと…。」
「なんと!ヨシ君は見ていなかったのですか!それはもったいない!絶対に見た方がいいですよ!さあ、行きましょう。是非とも行きましょう!」
ヨシザキがぐいぐいとヨシの腕を引っ張って走り出し、それを見たハナもヨシザキとは反対側の腕を掴んで走り出した。
慌ててデニスがその後を追い、マリーもまた「すぐに戻るからよろしくね!」と言いながら後を追った。
ヨシが後ろを振り返ると、ペコペコと申し訳なさそうに何度も頭を下げ、「す、すみません…すぐ戻って片づけの手伝いしますので!」と言いながら、腕を引っ張られながら去っていった。
「ヨシザキの野郎…。」
リョウが低く呟き、トウコも呆れたように頭に手をやりため息を吐いたが、「仕方ない。とっとと片付けてあいつらが戻ってきたらすぐに撤収できるようにしておこう。」と言い、片づけを始めた。
残されたデニスの仲間2人も呆れたように首を振ったが、すぐに諦めたように片づけを始めた。
祭壇に着いた途端、さっさとヨシの腕を離したヨシザキは、祭壇に上がると破壊された女神像の傍らにしゃがみ込み、手帳にせっせと書き付け出した。
ハナもまた腕を離して、「あれが破壊された女神像ですよ。」とだけ言うと、祭壇に上がって破壊されていないもう1体の女神像の元へと向かった。
ヨシは苦笑しながら2人を見送り、破壊された女神像に視線を向けると、すぐに顔を顰めた。
「酷い有様よね。」
後ろから追いついたマリーが声をかけると、ヨシは破壊された女神像を見たまま頷いた。
「本当に…破壊されているのもそうですけど、ここまで憎しみに満ちた顔をしていると思わなかったです。何をどこまで憎めばこんな顔になるんでしょうね。」
静かに言ったヨシが、破壊された女神像の傍らに立つもう1体の像に目をやると、少し小首を傾げた。
「…この女神様。なんだか少しトウコさんに似ていませんか?」
「あら。ヨシ君もそう思う?実は私もそう思っていたのよ。」
「はあ?お前らの目は節穴か?あの女がこんな顔するかよ。」
呆れたようなデニスの言葉にヨシが苦笑しながら首を振った。
「リョウさんといる時のトウコさんは、たまに優しい顔をするんですよ。」
「ヨシ君の言う通りよ。本人は気づいてないと思うけどね。」
マリーが肩をすくめて言うと、デニスは「マジかよ…。全く想像できねえ。」と慄いたような引き攣った顔でトウコの方を振り返った。
「僕、もう戻りますね。無理いってすみませんでした。」
ヨシが深々と2人に頭を下げ、その場を走り去ろうとした時、「あれ?」と祭壇にいるヨシザキが声を上げた。
「あの花、こんなに咲いていたかなあ?」
その声に、マリーが祭壇に近付き「どうしたの?」と声を掛ける。
「あ、マリーさん。あそこ。祭壇の奥に赤い花が咲いているのですが、昨日はあんなに沢山咲いていなかったと思うのですけど…。」
マリーが表情を強張らせ、慌てて祭壇に上ると、ヨシザキが指さした方を見た。
途端、マリーが叫んだ。
「全員息を止めて今すぐ走って!早く!」
驚いたヨシザキが体を硬直させてマリーを見上げる。
「早くっ!」
マリーがヨシザキを抱え上げようとした時、祭壇の奥―赤い花が咲いていた壁を吹き飛ばし、瓦礫と共に巨大な魔物が3体現れた。
根のようなものをウネウネと動かし、寸胴の胴体からは細長い―それでも大人の腕ほどの太さのツタが複数伸びており、ツタには赤い花がいくつも咲いていた。ツタとは別に胴体部分から茎が伸びており、茎の先はギザギザした鋭い牙を持った2枚貝のような葉になっていた。
体長は3メートルほどで、牙を持つ葉は人間を飲み込める大きさだった。
「なんだありゃあ!」
デニスが叫びながら大剣を抜き、祭壇に駆け寄ってくる。
それを見たマリーがヨシザキを抱え上げながら叫ぶ。
「来ちゃダメ!バイティングプラントよ!花粉を吸ったら眠るの!眠った獲物を捕食する魔物よ!魔力が弱いと障壁も貫通しちゃうから、障壁を張った上で息を止めてヨシを連れてトウコたちの元へ走って!」
デニスとヨシが障壁を張った瞬間、3体のバイティングプラントのツルが震えだし、一斉に赤い花から毒々しい紫色をした花粉が舞った。
ヨシとハナが、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
異変を察知してすぐにトウコたちは祭壇に向かって走っていた。
トウコとリョウは、並走するデニスの仲間2人に、バイティングプラントの説明をマリーがデニスにした内容と同じことを話した。
「おい、お前炎以外は使えるか?」
聞かれた魔導士が首を振る。
「いや、炎しか使えない。」
「それならお前は護衛対象を誰か1人保護したら、すぐに祭壇から撤退しろ。バイティングプラントは草の見た目と裏腹に、風か氷しか効かない。炎はダメだ。」
リョウがデニスの仲間のもう1人、中衛だと言っていた男に目を向ける。
「俺はこれがある。氷の弾丸も用意してあるが…数はあまりない。」
腰のホルスターに差した小銃を示しながら言った男に、リョウは頷いた。
「それならお前は花粉の届かない位置で援護しろ。ただ、護衛対象の保護を第一優先に動けよ。」
男が頷くのを見たリョウがトウコを見る。
「お前は障壁張るの忘れるなよ。眠り込んでも喰われても助けねーからな。行くぞ!」
リョウがスピードを上げ、すぐに3人を引き離した。リョウの言葉にトウコが少し苦笑を浮かべたがすぐに真剣な表情になると、「私も先に行く。」と男たちに言い残して、地を蹴って大きく前に跳躍しながらリョウを追った。
トウコがリョウに追いついた時、マリーたちの周囲に紫色の粉が舞い、ヨシとハナが崩れ落ちるのが目に入った。
ヨシとハナがどさりと地面に倒れる。
その瞬間、バイティングプラントのツルが一斉に2人に殺到した。
ヨシの体を巻き取ろうとするツルをデニスが2本まとめて切り落とす。
また別のツルが襲ってきたのをデニスが更に切り落とした。
マリーもまた、ハナに向かって殺到したツルをバトルハンマーを振り回して撃退していた。
しかし、小脇にヨシザキを抱えており、片手でバトルハンマーを扱っているため、思うように動けていなかった。
祭壇のすぐ近くまで来ていたトウコとリョウの顔に少し焦りが浮かぶ。
「俺はマリーだ。お前はデニスに行け。」
リョウが短剣を抜いてマリーの元へと向かい、トウコがデニスの方へ大きく跳躍する。
デニスに複数のツルを切り落とされたバイティングプラントは、伸ばしたツルを一度引くと、根のような足をしならせると飛び上がり、デニスの目前に地響きと共に着地した。
デニスがヨシを守るように立ち、大剣を構えた時、複数のツルが一斉にデニスに襲い掛かった。
デニスがツルを切り落とそうとしたとき、デニスの目の前の茎が伸び、茎の先の葉が牙をむき出しにしてデニスに喰らいついてきた。
「こいつ茎まで動くのかよ…!」
デニスの障壁が砕け、牙をむき出しにした歯がデニスに喰らいつこうとしたその瞬間。
衝撃音と共に、バイティングプラントの体が後ろに倒れた。
「無事なら早く障壁を張れ。お前にまで寝られるとさすがにまずい。」
バイティングプラントに蹴りを叩きこんだトウコが、着地しながらデニスを振り返ることなく言った。
「わりい。助かった。」
トウコがデニスに指示を出そうと口を開いた、その時。
「ハナ!」
ヨシザキの悲痛な叫びが響き渡った。
デニスが思わずそちらに目をやると、リョウが切り落としたのであろうツタの残骸が舞う中、ツタの1本に体を巻き取られたハナが、ぱっくりと開いた牙のある葉の真上に持ち上げられているところだった。
ハナの体に巻き付いていたツタがするすると解ける。
牙の生えた歯がパタンと閉じた。
ハナの体が葉の中に消える。
ハナの華奢な腕が、地面にぼとりと落ちた。
朝食を食べながらヨシザキが盛大にため息を吐いて嘆いた。
「せめてあと1日。あと1日調査したかったです。」
がっくりと項垂れたヨシザキを見て、デニスが不思議そうな顔をした。
「前は調査期間3日あったじゃねーか。何で今回は2日なんだ?」
「破壊屋さんの指名依頼料が値上がりしたせいです。」
恨めしそうなヨシザキの声を聞いてデニスが首を傾げる。
「こいつらが高額なのはまあ分かるが…。それでも前回は3日分支払えたんだろ?」
「理由は知りませんが、前回より指名依頼料が倍になったのです。因みに、破壊屋さんの指名依頼料はデニスさんたちの5倍です。」
ヨシザキの言葉にデニスたちが目を剥く。
「はあああ!?お前らそんなに貰ってんのかよ!!信じらんねえ!」
「てめーらとは違うんだよ。」
リョウの心底馬鹿にしたような顔を見ながらデニスが更に言葉を続けた。
「つーか、前回と今回でお前ら何したんだよ…。何したら2倍になるんだ?はっ!もしかしてあれか!?要人の…。」
トウコが妖しげな微笑を浮かべ、リョウもまた冷たい笑みを浮かべてデニスを見た。
「嘘だと思ってたが、やっぱ暗殺依頼ってあるのか…。そうか南0都市…。」
「トウコ!リョウ!このおバカ!デニスが勘違いしてるじゃないのよ!デニス!私たちは要人暗殺なんてしてないわよ!」
トウコとリョウが揃って意味深な笑みを浮かべる。
「…いや、悪かった。俺たちゃなんも聞いてねえ。」
目を丸くしているヨシザとハナに、「本当にしてないわよ。暗殺なんてしてないのよ。」と必死に言い募るマリーを見て、トウコとリョウはけらけら笑っていた。
朝食後、帰還するために片づけを始めようとしたところで、ヨシザキが「あのう…。」と言い出した。
「最後に…祭壇に行ってきてもいいですか?」
その言葉にトウコたちがげんなりとした顔をする。
「てめえ…前回のこと忘れたのか?本気で毟るぞ?」
「すみません!すみません!でも、本当に本当にお願いです。ほんのちょっとでいいのです。」
「私からもお願いします。」
ヨシザキとハナが深々と頭を下げる。
「んもう…。仕方ないわねぇ…。本当にちょっとだけよ?」
「マリー、いいのか?」
腰に手を当てて諦めたように頷いたマリーに、それを少し咎める口調でトウコが口を挟んだ。
「普通に考えてそう何度もあんな異常事態が起こるわけないでしょう?私たちがびくびくし過ぎなのよ。」
「まあ…そうかもしれないが…。」
その時、成り行きを見守っていたヨシがおずおずと手を上げた。
「あ、あの…。もし最後にヨシザキさんたちが祭壇に行かれるなら、僕も行っていいですか?僕、前回も今回もずっと拠点にいたので、皆さんが話されていた2体の女神様を見たことがないのです。立っている女神像は遠目には見えるのですが、壊れているという方はここからだと見えないので…。だから…ちょっと一目でいいので見てみたいなと…。」
「なんと!ヨシ君は見ていなかったのですか!それはもったいない!絶対に見た方がいいですよ!さあ、行きましょう。是非とも行きましょう!」
ヨシザキがぐいぐいとヨシの腕を引っ張って走り出し、それを見たハナもヨシザキとは反対側の腕を掴んで走り出した。
慌ててデニスがその後を追い、マリーもまた「すぐに戻るからよろしくね!」と言いながら後を追った。
ヨシが後ろを振り返ると、ペコペコと申し訳なさそうに何度も頭を下げ、「す、すみません…すぐ戻って片づけの手伝いしますので!」と言いながら、腕を引っ張られながら去っていった。
「ヨシザキの野郎…。」
リョウが低く呟き、トウコも呆れたように頭に手をやりため息を吐いたが、「仕方ない。とっとと片付けてあいつらが戻ってきたらすぐに撤収できるようにしておこう。」と言い、片づけを始めた。
残されたデニスの仲間2人も呆れたように首を振ったが、すぐに諦めたように片づけを始めた。
祭壇に着いた途端、さっさとヨシの腕を離したヨシザキは、祭壇に上がると破壊された女神像の傍らにしゃがみ込み、手帳にせっせと書き付け出した。
ハナもまた腕を離して、「あれが破壊された女神像ですよ。」とだけ言うと、祭壇に上がって破壊されていないもう1体の女神像の元へと向かった。
ヨシは苦笑しながら2人を見送り、破壊された女神像に視線を向けると、すぐに顔を顰めた。
「酷い有様よね。」
後ろから追いついたマリーが声をかけると、ヨシは破壊された女神像を見たまま頷いた。
「本当に…破壊されているのもそうですけど、ここまで憎しみに満ちた顔をしていると思わなかったです。何をどこまで憎めばこんな顔になるんでしょうね。」
静かに言ったヨシが、破壊された女神像の傍らに立つもう1体の像に目をやると、少し小首を傾げた。
「…この女神様。なんだか少しトウコさんに似ていませんか?」
「あら。ヨシ君もそう思う?実は私もそう思っていたのよ。」
「はあ?お前らの目は節穴か?あの女がこんな顔するかよ。」
呆れたようなデニスの言葉にヨシが苦笑しながら首を振った。
「リョウさんといる時のトウコさんは、たまに優しい顔をするんですよ。」
「ヨシ君の言う通りよ。本人は気づいてないと思うけどね。」
マリーが肩をすくめて言うと、デニスは「マジかよ…。全く想像できねえ。」と慄いたような引き攣った顔でトウコの方を振り返った。
「僕、もう戻りますね。無理いってすみませんでした。」
ヨシが深々と2人に頭を下げ、その場を走り去ろうとした時、「あれ?」と祭壇にいるヨシザキが声を上げた。
「あの花、こんなに咲いていたかなあ?」
その声に、マリーが祭壇に近付き「どうしたの?」と声を掛ける。
「あ、マリーさん。あそこ。祭壇の奥に赤い花が咲いているのですが、昨日はあんなに沢山咲いていなかったと思うのですけど…。」
マリーが表情を強張らせ、慌てて祭壇に上ると、ヨシザキが指さした方を見た。
途端、マリーが叫んだ。
「全員息を止めて今すぐ走って!早く!」
驚いたヨシザキが体を硬直させてマリーを見上げる。
「早くっ!」
マリーがヨシザキを抱え上げようとした時、祭壇の奥―赤い花が咲いていた壁を吹き飛ばし、瓦礫と共に巨大な魔物が3体現れた。
根のようなものをウネウネと動かし、寸胴の胴体からは細長い―それでも大人の腕ほどの太さのツタが複数伸びており、ツタには赤い花がいくつも咲いていた。ツタとは別に胴体部分から茎が伸びており、茎の先はギザギザした鋭い牙を持った2枚貝のような葉になっていた。
体長は3メートルほどで、牙を持つ葉は人間を飲み込める大きさだった。
「なんだありゃあ!」
デニスが叫びながら大剣を抜き、祭壇に駆け寄ってくる。
それを見たマリーがヨシザキを抱え上げながら叫ぶ。
「来ちゃダメ!バイティングプラントよ!花粉を吸ったら眠るの!眠った獲物を捕食する魔物よ!魔力が弱いと障壁も貫通しちゃうから、障壁を張った上で息を止めてヨシを連れてトウコたちの元へ走って!」
デニスとヨシが障壁を張った瞬間、3体のバイティングプラントのツルが震えだし、一斉に赤い花から毒々しい紫色をした花粉が舞った。
ヨシとハナが、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
異変を察知してすぐにトウコたちは祭壇に向かって走っていた。
トウコとリョウは、並走するデニスの仲間2人に、バイティングプラントの説明をマリーがデニスにした内容と同じことを話した。
「おい、お前炎以外は使えるか?」
聞かれた魔導士が首を振る。
「いや、炎しか使えない。」
「それならお前は護衛対象を誰か1人保護したら、すぐに祭壇から撤退しろ。バイティングプラントは草の見た目と裏腹に、風か氷しか効かない。炎はダメだ。」
リョウがデニスの仲間のもう1人、中衛だと言っていた男に目を向ける。
「俺はこれがある。氷の弾丸も用意してあるが…数はあまりない。」
腰のホルスターに差した小銃を示しながら言った男に、リョウは頷いた。
「それならお前は花粉の届かない位置で援護しろ。ただ、護衛対象の保護を第一優先に動けよ。」
男が頷くのを見たリョウがトウコを見る。
「お前は障壁張るの忘れるなよ。眠り込んでも喰われても助けねーからな。行くぞ!」
リョウがスピードを上げ、すぐに3人を引き離した。リョウの言葉にトウコが少し苦笑を浮かべたがすぐに真剣な表情になると、「私も先に行く。」と男たちに言い残して、地を蹴って大きく前に跳躍しながらリョウを追った。
トウコがリョウに追いついた時、マリーたちの周囲に紫色の粉が舞い、ヨシとハナが崩れ落ちるのが目に入った。
ヨシとハナがどさりと地面に倒れる。
その瞬間、バイティングプラントのツルが一斉に2人に殺到した。
ヨシの体を巻き取ろうとするツルをデニスが2本まとめて切り落とす。
また別のツルが襲ってきたのをデニスが更に切り落とした。
マリーもまた、ハナに向かって殺到したツルをバトルハンマーを振り回して撃退していた。
しかし、小脇にヨシザキを抱えており、片手でバトルハンマーを扱っているため、思うように動けていなかった。
祭壇のすぐ近くまで来ていたトウコとリョウの顔に少し焦りが浮かぶ。
「俺はマリーだ。お前はデニスに行け。」
リョウが短剣を抜いてマリーの元へと向かい、トウコがデニスの方へ大きく跳躍する。
デニスに複数のツルを切り落とされたバイティングプラントは、伸ばしたツルを一度引くと、根のような足をしならせると飛び上がり、デニスの目前に地響きと共に着地した。
デニスがヨシを守るように立ち、大剣を構えた時、複数のツルが一斉にデニスに襲い掛かった。
デニスがツルを切り落とそうとしたとき、デニスの目の前の茎が伸び、茎の先の葉が牙をむき出しにしてデニスに喰らいついてきた。
「こいつ茎まで動くのかよ…!」
デニスの障壁が砕け、牙をむき出しにした歯がデニスに喰らいつこうとしたその瞬間。
衝撃音と共に、バイティングプラントの体が後ろに倒れた。
「無事なら早く障壁を張れ。お前にまで寝られるとさすがにまずい。」
バイティングプラントに蹴りを叩きこんだトウコが、着地しながらデニスを振り返ることなく言った。
「わりい。助かった。」
トウコがデニスに指示を出そうと口を開いた、その時。
「ハナ!」
ヨシザキの悲痛な叫びが響き渡った。
デニスが思わずそちらに目をやると、リョウが切り落としたのであろうツタの残骸が舞う中、ツタの1本に体を巻き取られたハナが、ぱっくりと開いた牙のある葉の真上に持ち上げられているところだった。
ハナの体に巻き付いていたツタがするすると解ける。
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