常世の彼方

ひろせこ

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金の章

13.夢の檻

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「トウコが目覚めない?」

護衛依頼の報告に来る予定だった破壊屋の3人が、約束の時間になっても現れず、結局その日は何の連絡もよこさないまま姿を見せなかった。
2日後、今度は約束なしで組合本部に破壊屋が来たと連絡を受けた組合長は、即座に組合長室に通すよう言った。
あの3人にしては珍しく護衛対象の腕を切り落とされるという失態を犯し、おまけに自分との約束をすっぽかした挙句に、約束無しでやってくるとは、次はどんな仕事を押し付けてやろうと微笑みながら待っていた組合長は、部屋に入って来たのがマリー1人だったこと、そして何よりも、マリーの尋常じゃない様子を見てとり、即座に秘書のミラを退室させた。

明らかに憔悴した様子でソファに座り、足に肘をついて頭を抱え込んだマリーが呻くように発した言葉が、一瞬意味が分からなかった。
マリーの言葉をオウム返しに尋ね返すと、マリーは頭を抱え込んだまま頷いた。
「遺跡から帰還した翌日から目覚めないのよ。」
「目覚めの魔法は?」
「もちろん掛けたわよ。でもダメなの。呪いの類かとも思って解呪もしたけどそれもダメ。何をしても起きないの。」
マリーが体を起こしてだらしなく足を投げ出すと、ソファに背中を預けて天井を見上げた。
「お手上げなのよ。組合員で腕のいい治療師がいたら紹介して欲しいの。もしくは、組合長のツテで誰かいないかと思って。トウコは色無しだから、見てくれる人間がそもそもいなくて。」
組合長が小さく頷く。
「事情は分かった。しかし…君以上の腕を持つ治療師は組合員にはいないね。都市内でも2区以上でないといないのではないかな。とりあえず当たってみよう。」
「助かるわ。早く手を打たないと、このままだと衰弱する一方よ…。」
両手で顔を覆い、震える声で言ったマリーから視線を外して組合長が静かに聞いた。
「リョウは大丈夫なのかい?」
「大丈夫なわけないでしょう。」
思いのほか強い口調になってしまったことをマリーが顔を隠したまま小さな声で謝り、言葉を続けた。
「…トウコが目覚めなくなった日から、あいつもほとんど寝てないわ。無理やりトウコの横に押し込んだら、抱きかかえて寝ようとするけど…。うとうとしたと思ったらすぐに起きて、トウコが息してるかどうか確認する。その繰り返しよ。」
「想像が付くね。」
大きく息を吐き出したマリーがソファから立ち上がる。
「悪かったわ。約束をすっぽかした挙句に、いきなり来て。」
「そのことは後日、3人揃ってここに来た時にゆっくり嫌味を言わせてもらうよ。楽しみにしているといい。」
「…助かるわ。それじゃ。」
大きな体が小さく見えるほどに悄然とした様子のマリーを見送り、1人になった室内で、組合長が珍しく頭を抱えて呻いた。
しかし、すぐにいつもの微笑を浮かべるとミラを呼び、指示を出した。

マリーが帰宅し、トウコの部屋のドアを小さくノックする。
返事は期待していなかったが、案の定部屋の中から応答はなく、マリーはそのまま部屋に入った。
相変わらずベッドに横たわったままトウコは眠り続けていた。
ベッドの側に置いた椅子に座り、水を含ませた布をトウコの口元に当てて、少しずつ水を飲ませているリョウの背中にマリーが静かに声を掛ける。
「トウコのことはちゃんと見ててあげるから、ちゃんと寝なさい。」
リョウは昏い目でトウコを見たまま返事をしなかったが、返事が返ってくることを期待していなかったマリーもまた、少し離れた場所に置いた椅子に腰かけた。
何もできないまま時間だけが過ぎ、結局この日もトウコは目覚めなかった。

翌日。
厚い雲が空を覆い、朝から雨が降り続いていた。
昼間だというのに薄暗く、じっとりと纏わりつくような空気の中、リョウは相変わらず昏い目でトウコを見下ろし、少し削げたトウコの頬を指でなぞっていた。
その時、リョウの目が細くなり、口元に酷薄な笑みが張り付いた。
小さなノックの後、マリーが部屋に入ってくる。
そしてもう1人、部屋に入ってくる気配。
躊躇いがちにマリーがリョウの名を呼び、リョウが笑みを張り付けたまま振り返った。
「よう。遅かったな。」
雨に濡れた、黒にも見える濃紺の外套を頭からすっぽりと被った青年は、リョウの言葉には何も返さず、黙って外套を脱いだ。
露わになった青年の素顔にマリーが息を飲む。
しかし、リョウは薄い笑みを浮かべたまま、青年の紫の瞳を見据えた。
相変わらず抑揚のない声で青年が口を開く。
「驚かないのだね。トウコに聞いたのかな。」
「トウコに聞く前から察しは付いてた。そして、気安くトウコの名を呼ぶな。不愉快だ。」
「けれど、トウコは名前を呼んでいいと言ってくれたよ。僕の名前も呼んでくれた。」
一瞬、感情が抜け落ちた能面のような表情になったリョウだったが、すぐにまた酷薄な笑みを張り付け、断定する口調で言った。
「カイン。それがお前の名だ。」
「トウコに?」
「喜べ。お前は、俺が、この世で、2番目に殺したい男だ。」

リョウの言葉に初めて外套の青年―カインの表情が僅かに動いた。
「うぬぼれていたかな。てっきり1番は僕だと思っていたのだけれど。1番が誰か聞いても?」
リョウがトウコの顔を見下ろして呟いた。
「今すぐ殺したい男に、自分の女を助ける方法を聞かなければならない、役立たずの俺だ。」
カインが小さく頷くと、ドアの前から動く素振りを見せ、それを制止するようにマリーが声を上げた。
「待って。どういうことなの。だってカインって…。リョウ、この男が何者か知ってるの?」
「黙れマリー。こいつの正体は今はどうでもいい。今大事なのはトウコを助ける方法だ。違うか。」
カインを見据えたまま低い声で言ったリョウに、マリーが右手を上げると、腕を組みドアにもたれ掛かって、静観の構えを取った。
カインが音もなく歩いてリョウの隣に立ち、トウコを見つめると、「トウコは今、夢に囚われている。」と静かに話し始めた。

例の神殿で、悪意の種を植え付けられたトウコは、その種が芽吹き悪意の花が開花したせいで、己の夢から抜け出せないでいる。
トウコが夢から抜け出す方法は、夢だと気づき、そして開花した花を破壊する必要がある。
しかし、夢にすっかり囚われてしまっているトウコが、自分自身で夢だと気づくことはない。また、気づいても悪意の花の存在を知らないトウコに、花を破壊することはでいない。そのため、トウコの夢の中に誰かが入り、トウコに夢だと気づかせた上で、花を破壊する必要がある。
ただし、花が枯れるまでに破壊する必要があり、花が枯れてしまうと2度とトウコは目覚めない。
そして、トウコが眠りについて数日経っていることから、花が枯れるまで残された時間はあまりない、とカインは説明した。

「その悪意の花とやらの色や形を教えろ。」
「それは分からない。でも、見たらこれがそうだと分かるはずだよ。」
「どう破壊すればいいんだ。」
「好きに壊していい。抜いてもいいし、燃やしても、切っても、どんな方法でも大丈夫だ。」
「夢の中に入る方法は?」
眠るトウコを見下ろしたまま言葉を交わしていたリョウとカインの視線が交わる。
紫の瞳を少し細めたカインが、ほんの少し感情が乗った口調で言った。
「僕が行くと言ったら?」
「俺が行く。」
「それはどうして?君がトウコを愛しているから?」
「トウコは俺の女だ。だから俺が行く。」

そのまま青と紫の瞳を交差させていた2人だったが、カインが視線をトウコに移した。
「夢には僕が入れてあげよう。君は眠るだけでいい。すぐにでも行くのだろう?」
リョウもまたトウコに視線を移し、頷いた。
「君も夢に囚われないよう注意するといい。君が囚われても僕は助けない。」
言いながら、カインが右手をリョウの頭の上でひらりと振った。

「肝に銘じておくことだ。夢に現れるトウコは、君の眼にはトウコに映るだろう。しかし、それはトウコであってトウコではない。そして、全て過ぎ去った過去であり、既に終わってしまった物語だ。助けようなどと思わない方がいい。…心が壊れる。」

カインの抑揚のない声を聞きながら、リョウの意識はぷっつりと途切れた。
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