常世の彼方

ひろせこ

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金の章

14.見つめる死

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 「ここは…。これがトウコの夢か…?」

気づいた時には見覚えのない廊下にリョウは1人立っていた。
薄暗く、ところどころ壁紙が剥がれた壁に、掃除が行き届いていない埃の溜まった廊下。
さほど長くはないその廊下に、いくつかのドアが見える。
1番近いドアにそっと近づくと、中から女の嬌声が聞こえた。
娼館かと一瞬思い、すぐに連れ込み宿の類だと思い当たったリョウが、小さく眉を顰める。
「なんてとこにいる夢を見てやがんだ…。」
忌々しそうにリョウが小さく呟いた時、廊下の奥から女の悲鳴のような叫び声が微かに聞こえた。
リョウがそちらの方へ静かに歩いて行くと、今度は女と男が言い争うような声と、何かが倒れる男が聞こえてきた。
音が聞こえたドアの前まで来たリョウが、色の剥げた、見るからに安っぽいドアノブに手を掛け、一瞬ためらった。
どさりとまた何かが倒れる音がドアのすぐ向こうから聞こえ、リョウは目を閉じた。
小さく息を吸ったリョウは目を開けると、1つの確信をもって一気にドアを開けた。

「…やっぱりな。」

ドアの向こうは、粗末なベッドとサイドテーブルだけでいっぱいになるような、部屋の隅に埃とカビがこびりついた、廊下と同様に薄汚れた小さな部屋だった。
つい今しがたまで使用されていたのが分かる乱れた寝台には、女物の下着。
部屋の中に充満する生臭い鉄の臭い。
ベッドのすぐ側に背中を切られ喉から血を流した男が、驚愕に顔を歪めて横向きに倒れ、事切れていた。
リョウの足元にじわじわと広がり続ける赤い液体。
赤い液体の中に散った長い黒髪。
憎悪に満ちた紫の瞳から涙を流しながら、短剣を喉に突き刺し、白い胸元を真っ赤に染めた全裸の女―トウコが倒れていた。

リョウは片手で目を押さえ、少し上を向いてそのまま立っていたが、やがて静かに手を降ろすと、トウコの血だまりに1歩足を踏み出した。
死んでいる男の体を足で押しのけ、ベッドの上の掛布を手に取ると、片膝をついてトウコの側にしゃがみ込んでその体を掛布で包んだ。
トウコの血で汚れた頬をそっと撫でる。
「結婚を約束した女をこんなしけた場所で抱くわけねーだろ。このボケ。」
言葉とは裏腹に優しい声音で呟くと、トウコの紫の瞳を閉じさせた。
トウコの体を抱きかかえたリョウは、静かに立ち上がり部屋を出た。
トウコの血で足跡を付けながら廊下を進むリョウの足元が、突然ぐにゃりと歪む。
はっと足元を見たリョウだったが、すぐに体が浮遊感に包まれた。
リョウの体は奈落へと落ちた。


「っ…!」
落下の衝撃に身構えたリョウだったが、奈落へと落ちたはずの体はしっかりと地面に足を付けており、きつく抱きかかえていたはずのトウコの体も、腕にべったりとついていたトウコの血も全てが跡形もなく消えていた。
未だに残るトウコの重みと感触を、名残惜しむように両手を見下ろしていたリョウだったが、頬を撫でる風の感触に気付き顔を上げた。
そこは先ほどのどこか陰鬱とした雰囲気とは異なる、抜けるような青空の下、石畳の通りにレンガ造りの家々が立ち並ぶ、朴訥とした村だった。

気持ちを切り替えるかのように小さく頭を振ったリョウが、顔を上げて辺りを見渡す。
それなりの数の家が立ち並んでいるが通りに人の姿はなく、辺りはしんと静まり返っており、また、心地のいい風が吹いている天気のいい昼間だというのに、どの家の窓もぴったりと閉ざされ、ご丁寧にカーテンまできっちりと閉められていた。
そのため、明るい陽射しとは裏腹にどこか異様な雰囲気を醸し出していた。
「あいつには似合わない退屈な場所だな。」
小さく呟いたリョウは、石畳を歩き始めた。

人影が見当たらない通りをしばら歩いていると、複数の人のさざめきが聞こえてきた。
リョウがそちらに足を向けて進むと、さざめきは徐々に大きくなり、その声が負の感情を帯びていることに気付いたリョウは、歩く速度を速めた。
通りの先、広場のような場所に群衆が集まっているのが目に入り、リョウは駆け足でその場所に入った。
町中の住民が集まっているのではないかと思えるほどの数の人間が、何かを取り囲み口々に罵りながら石を投げている。
「お前のせいで!」
「俺の母親が死んだのはお前のせいだ!」
「お前が俺の親父を殺したんだ!この魔女め!」
「私の可愛い息子を返して!」
「あんたがいなければ私の旦那も子供も死ぬことはなかったんだ!」
その光景を見たリョウが顔を歪ませたとき、女の悲鳴のような叫びが響いた。
「私じゃない!私は魔女なんかじゃないの!」
女の声を聞いたリョウが群衆をかき分けながら前へ前へと進む。
その時、前方でわっと歓声が上がった。
「やった!やったぞ!魔女をやった!」
その声に周りの人間が快哉を叫び、それは徐々に伝播し広場中の人間が喜びに沸いた。
喜びの声を上げる人々をかき分けたリョウが、ようやく人波を抜けた。

黒髪をべったりと血で汚し、元は灰色だったのだろうノースリーブの地味なワンピースを血で染めたトウコが石畳の上に大量の石と共に倒れ伏していた。
ワンピースの裾が膝までまくれ、剥き出しになった足はいたるところが紫に腫れ上がり、また裂けて血が流れていた。
ノースリーブから伸びた腕も、足と変わらない有様だった。
トウコの側に複数の男が興奮した様子で立っており、その中の1人がトウコの黒髪を掴んで引き起こす。
露わになった顔は潰れ、腫れ上がっており、美しかった顔は見る影もなかった。
人々がまた快哉を上げる中、リョウが駆けた。
トウコの髪を掴んでいた男の腕と首が舞い、ぐらりと傾いたトウコの体を抱きとめたリョウは、そのまま次々と男たちの首を刎ねた。
一瞬の静寂の後、悲鳴を上げて群衆が逃げ出す。
幾人かがリョウを取り押さえようと向かってきたが、その全てを切り伏せたリョウは、動くものがいなくなった広場で、血だまりの中しばらくトウコの体を抱き締めていた。

「…そういえばお前がスカート履いてるの初めてみたな。なのになんだよそれ。だっせえワンピース。おまけに壊滅的に灰色が似合ってねえ。今度俺が似合うやつ買ってやるからそれ着ろよ。」
トウコの潰れた顔を肩に押し付けるように抱きかかえたリョウが、静かに歩き出す。
再びリョウの足元がぐにゃりと歪み、浮遊感に包まれる。
きつく目を閉じ、大きく息を吸って吐き出したリョウが、次に目にするものに挑むかのように目を開けた。

その後も、次々と現れる夢の中でリョウはトウコの死を見続けた。
全ての夢で、トウコは20代前半から半ばの姿で現れ、そしてその全てが非業の死を遂げていた。
未だに1人も生きているトウコを出会うことなく、リョウはまたトウコの死体を抱きかかえていた。
血にまみれたトウコの体を抱き締めたまま、リョウが座り込んで項垂れる。

「助けようとするなだと?助けようにも、どいつもこいつも死んでるじゃねーか。」

力なく座り込んでいた地面がぐにゃりと歪む。
リョウは顔を上げ、疲れたように息を吐き出すと目を閉じた。
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