常世の彼方

ひろせこ

文字の大きさ
98 / 100
金の章

29.幸せの権利

しおりを挟む
 誰かに呼ばれた気がしたトウコは目を覚ました。
カンテラの明かりにぼんやりと浮かび上がる白い柱が目に入り、一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、神殿で夜を明かすことにしたのだったとすぐに思い至った。
見張りをしていたはずだったのにいつの間に眠ってしまったのだろうと思いながら体を起こし、マリーとリョウを見ると2人はぐっすりと眠っているようだった。
呼ばれたのは気のせいだったのかと内心首を捻りながら、傍らで眠るリョウの顔に手を伸ばした。
起こさないようにそっと薄い金の前髪を梳く。
大分顔色が良くなっていることに、静かに安堵の息を吐いた。
出会ってからこの方、リョウの魔力が枯渇したことはなく、今回は随分無茶をさせてしまったなと思った時、ふとトウコの頬を柔らかな風が撫でた。
頬を撫でた風に導かれるようにトウコが後ろを振り返る。
祭壇の、あの離宮があった場所へと続く穴から乳白色の柔らかな光が漏れていた。
しばし逡巡していたトウコだったが、やがて立ち上がると静かに光の方へと歩き出した。

1人で向かうべきではないと分かっていたが、それでも歩みを止めることができず、トウコは穴の中に入った。
柔らかな光は洞窟の奥まで続いており、光に導かれるようにトウコはそのまま進んだ。
もう少しで洞窟を出るというところで右腕を掴まれ、突然ことによろけたトウコの体が乱暴に引き寄せられる。
すっかり馴染んだ体温と匂いに包まれた時、声を殺してはいるものの、明らかに怒りを含んだ声が頭の上から振って来た。
「このド阿呆!お前なにやってんだ!」
見上げると、トウコが好きな夏の空のような明るい青色の瞳を釣り上げているリョウの顔があった。
「何考えてんだ!1人でふらふら動きやがって!」
どうしてここにリョウがいるのだろうと、ぼんやり見上げていたトウコだったが、はっとした顔をするとゆるゆると頭を振り「悪い。どうかしてた。」と呟いた。
「起きたらお前がいないから肝が冷えた。」
そう言ったリョウがトウコを抱き締める。
ごめんというトウコの言葉にリョウが小さく息を吐き、戻るぞと言いかけたところで体を強張らせて動きを止めた。
不審に思ったトウコが体を離してリョウを見上げると、リョウは唖然とした顔で洞窟の奥を見ていた。
リョウの視線を追って振り返ったトウコもまた目を見開いて動きを止めた。
やがてどちらからともなく静かに歩き出した2人が、洞窟の外に出る。

満点の星空の下、紫の小花が一面に咲き誇っていた。

「綺麗だな。」
「うん。」
トウコとリョウは紫の小花の草原に並んで腰を下ろし、星空を見上げていた。
「…今って夢と現実どっちかな。」
「わかんねえ。…夢でもお前ちゃんと覚えとけよ。」
リョウの言葉にトウコがくすくす笑う。
「カインと黒の巫女の仕業かな?」
「あいつらの仕業だと思ったら、なんか喜べねえな。」
何とも言えない表情を浮かべて言ったリョウに、トウコがまた小さく笑い声を上げる。

「なあ、トウコ。」
「うん。」
「お前、幸せか?」
質問の意図を掴み損ね、どう答えたものかと考えあぐねていると、星空を眺めたままリョウがトウコの手を握った。
少しかさついた、ごつごつとした節くれだった手。
この好ましい手の持ち主が自分の側にいてくれることは、幸せに違いないのだろうと思う。
しかし。
「…どうかな。リョウとマリーと過ごすのは楽しいし、好き勝手できる自分は幸せなんだと思う。でも、正直よくわからない。」
「そうか。」
「うん。…リョウは?」
「マリーと3人でバカやって過ごす毎日は楽しい。お前を抱いてる時は幸せだ。」
トウコが小さく笑みを浮かべ、「じゃあ、リョウは幸せなんだな。」と言ったが、リョウは星空を見上げたまま何も答えなかった。
隣に座る、黙り込んだ男の横顔に浮かんだ感情をはかり損ね、トウコがその横顔から視線を外そうとしたとき、リョウがトウコを見た。
その明るい青の瞳の奥に、いつにない感情が浮かんでいるのを見てとったトウコの紫の瞳が不安げに揺れる。


「トウコ、愛してる。結婚しよう。」


自分を凝視したまま動きを止めたトウコを見て、リョウがにやりと笑う。
「お。速攻で断ってこなかったな。一歩前進だ。」
「…本気か?」
「嫌なこと言うなよ。俺はずっと本気だぞ。」
「嘘つき。」
即座に返された言葉にけらけら笑ったリョウが、「おう、嘘だな。」とあっさり言った後、トウコの頬に手を添えると、親指で頬を撫でながら続けた。

ずっと求婚し続けていたのは、トウコがいつか自分の側から離れていく気がしており、それが怖くて少しでも引き留めたいという自分本位な思いと、それとは別に、この世界に居場所がないと感じているトウコに、居場所はあると思ってほしかったから。
だから、求婚し続けること自体に意味があるだけで、別段トウコとの結婚自体は重要ではなかった。
恐らくそれを分かっているから断り続けていたのだろうし、それでいいと思っていたとリョウは語り、最後に「ごめんな。」と静かに言った。

「…謝らなくていい。リョウの優しさは理解してたから。でも、だからこそ。」
もう自分は孤独じゃないと分かった。リョウの側から離れないとも言ったし、言葉だけじゃなくずっと側にいるから、もう求婚する必要はないではないかとトウコが言うと、リョウはあっさりと「気が変わった。」と言った。
「は?気が変わった?」
「おう。俺はお前と幸せになりたい。俺だけじゃだめなんだ。お前が幸せじゃないと俺も幸せじゃない。」

だから。

「俺を幸せにしてくれ。お前が幸せかどうか分からないというのなら、俺がお前を幸せにしてやる。」
リョウがトウコの頬を両手で優しく包んだ。
「諦めるな。幸せになっていいんだ、トウコ。俺も、お前も。幸せになる権利はちゃんとある。」

ざあっと風が吹き抜け、紫の花弁が舞い散る。


「トウコ、結婚しよう。」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

チョイス伯爵家のお嬢さま

cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。 ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。 今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。 産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。 4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。 そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。 婚約も解消となってしまいます。 元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。 5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。 さて・・・どうなる? ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処理中です...