10 / 15
10
しおりを挟む
トウコが再び仕事に出る3日前。
仕事がない日は、以前と同じように家の雑用をしているトウコと一緒にミツルが洗濯をしていると、2人の元にクリフがやってきた。
少し真剣な顔をしたクリフがトウコを呼び出し、2人はミルツから少し離れたところでぼそぼそと何かを話し始めた。
やがて話が終わると、クリフはトウコの頭を撫で、そのまま家の中に入って行ってしまった。
「…どうした?」
戻ってきたトウコにミツルがそう聞くと、トウコは少し納得のいかなそうな顔で「次の仕事、私じゃなくてクリフが行くことになった」と答えた。
「3日前なのに…急だな。なんで?」
「分かんない」
トウコは少し硬い声でそう言うと、そのまま黙り込んでしまった。
仕事に行けなくなったことがトウコには不満そうだったが、ミツルは内心嬉しかった。
またしばらく、トウコと一緒にいられるのだから。
3日後、クリフは団長と、他の団員たちと共に護衛の仕事に出た。
帰還予定は8日後だった。
人が少なくなり静かになった家で、ミツルはトウコと2人、のんびりと仕事をしながら過ごしていた。
そんなある日、いつものように中庭の木の下で午後を過ごしている時、トウコがこんなことを言い出した。
「ねえミツル。ミツルはどこか違う街に行きたいって思ったことはある?」
違う街。
そんなこと考えたことすらなかった。
親の顔も知らず、生まれた場所がこの街かどうかも分からず孤児として育ち、団長に拾われてからこの家で暮らしてきた。
この街とこの家が自分の居場所であって、他の場所になど行けるはずがない。
トウコもそれは同じ。
色無しであるトウコも、自分と同じように他の場所で生きていけるはずがないと、ミツルは思っていた。
どうして突然そんなことを聞くのだろうと思いトウコを窺うと、トウコはどこか遠くを見ているような瞳をしており、その横顔に浮かんでいる感情がミツルには図りかねた。
ミツルが答えあぐねていると、トウコがにっこり笑ってこちらを見た。
「変なこと言ってごめん。私、ちょっと体動かしてくる」
ぴょこんと跳ねるように腰を上げたトウコは、そのまま走って中庭に出て体を動かし始めた。
動くトウコを見ながら、ミツルは言いようのない不安を覚えた。
クリフが仕事に出て8日目。
帰還予定日のその前夜から雨が降り出し、その日は朝から土砂降りだった。
朝からトウコは、少しそわそわしながら何度も窓の外を見ていた。
クリフもこうしてそわそわしていたが、トウコも同じだなと思いながら、「トウコ、クリフなら大丈夫だよ」と笑いながら言ったが、トウコは何も返さなかった。
そのトウコの様子に、何故かミツルも少し不安を覚えた。
帰還予定は午後だったが、結局その日は帰ってこなかった。
トウコはずっと窓の外を見続けていた。
その翌日も、雨脚は大分弱くなったものの、それでもまだ雨が降り続いていた。
昼を過ぎても帰って来ず、さすがにミツルも心配になり、仕事が手につかなくなった。
朝からずっと、玄関の前で膝を抱えて座り込み、門扉の向こうを見つめているトウコの隣にミツルも座り、2人で皆の帰りを待った。
残っていた団員たちも、何かあったのではと話し出し、誰か様子を見に出そうかと相談を始めた頃、雨でけむる通りの向こうに馬車が見えた。
トウコが駆け出し、ミツルもその後を追った。
止まった馬車から少し厳しい顔つきの団長が降り、それに続いて続々と団員たちが降りて来たが、いつもなら賑やかに降りてくるはずなのに、皆一様に暗い顔をしていた。
最後に袋が1つ降ろされた。
仕事から帰還した馬車から、稀に降ろされることがある、大人の男の大きさのその袋。
ミツルの心臓がやけにうるさく鳴った。
とうとうクリフは降りてこなかった。
帰還途中、ちょうど山道を進んでいた時に、雨脚が強くなり土砂降りになった。
間の悪いことに、魔物の群れに遭遇してしまった。
それほど強い魔物ではなく、普段ならば特に問題なく撃退できたはずだったが、降り続いた雨で足元がぬかるんでいたこと、そして土砂降りだったことが災いした。
団員の1人が魔物にやられそうになり、それを側に居たクリフが庇おうとした。
魔物の攻撃を受けたクリフは体勢を崩して足を滑らせた。
そのまま魔物と共に、崖下に落ちていった。
雨が止んだら、クリフを探しに団員を出す
しかし、喉元に噛みつかれていたから、恐らく死んだだろう。
団長は静かにそう語った。
結局、この魔物の襲撃でクリフの他に団員が1名死んだ。
馬車から降ろされた袋―死体袋はその団員のものだった。
号泣しながらミツルがトウコを見ると、トウコは茫洋とした目で門扉の外を見ていた。
雨に濡れた黒髪から、ぽたぽたと雨粒がトウコの頬を濡らしていたが、トウコが涙を流していたのか、ミツルに分からなかった。
まるでクリフの帰りを待つかのように、トウコはいつまでも雨の中じっと通りを見つめたまま佇んでいた。
ミツルや他の団員が中に入れようとしても頑として動かず、最終的に団長が引きずるように家の中に入れるまで、トウコは佇み続けていた。
翌日。
クリフがいなくなっても日常は続く。
泣きはらした真っ赤な目でミツルは黙々と仕事をこなした。
しばらくの間、仕事を手伝う必要はないとミツルはトウコに言ったが、トウコは黙って首を振って仕事を手伝った。
トウコの顔には涙の跡1つなかったが、何の表情もまた浮かんでいなかった。
そして、出会った当初のように、トウコは何も言葉を発さなくなった。
クリフがいなくなって数日後、あの仕事に出ていなかった団員たちが、クリフを探しに翌日出発することが決まった。
トウコはその中に入ると思っていたが、ミツルの予想に反してトウコは待機となり、トウコもまたそれに対して何も言わなかった。
そのことがミツルを苛立たせた。
行けるものなら自分が行きたいのに。
探しに行くことができるトウコが、何故何も言わないのか。
内心の不満を隠そうともせずに、ミツルは不機嫌な口調で問うた。
「…トウコは、クリフを探しに行きたくないのか」
トウコの答えは期待していなかったが、予想に反してトウコは口を開いた。
しかし、その言葉はミツルが全く想像していなかったものだった。
「どうして私は、人はあっさり死んでいなくなるっていう、分かり切ったことを忘れてしまっていたんだろう」
思いもよらなかった言葉と、感情が抜け落ちたかのようなトウコの顔を見て、ミツルは何も言えずに固まってしまった。
「クリフの薄焼きパンが食べたいな」
感情の乗っていない顔でそう呟いたトウコは、ミツルに背を向けて歩き出した。
翌日、クリフを探しに出る団員たちの見送りの場に、トウコは来なかった。
その日の夜、ミツルは部屋代わりの小さな物置で眠れない夜を過ごしていた。
数年前からトウコには個室が与えられており、2人は以前のように同じ部屋で寝起きすることはなくなっていた。
眠れずに何度も寝がえりを打っているうちにどんどん目が冴えてしまい、諦めて体を起こしたミツルは、牛乳でも温めて飲もうと思い台所へ向かった。
その途中、トウコらしき人影が2階に上がって行くのが見えた。
しかし、トウコの部屋は1階にあり、2階へは昼間に掃除をするときぐらいにしか上がらない。おまけに夜の遅い時間にトウコが2階に上がるとは考えられず、少し気にはなかったが見間違いだろうと思い、ミツルはそのまま台所へ向かった。
誰もいないと思った台所に明かりが灯っており、そっと中を覗き込むと、いつもミツルのことを色無しと馬鹿にしてくる団員たちがいた。
小さく顔を顰め、諦めて部屋に戻ろうとしたミツルの耳に、ぼそぼそと話す声が聞こえてきた。
「クリフの野郎やっぱ強かったなあ」
「1人、殺られたもんな」
「強かったけど馬鹿な奴だよな」
「目も耳も塞いでなーんにも知らない振りしときゃよかったんだ」
「トウコと一緒にここを抜けるつもりだったんだろ?余計なことしようとしなけりゃ殺されずに済んだのによ」
「あいつトウコのこと随分可愛がってたから、案外自分が先に手ぇ出したかったんじゃねえか?」
げらげらと下品な男たちの笑い声。
こいつらは何を言っているのだろう。
叫び出しそうになる口を、ミツルは必死に抑えた。
「トウコの奴、もう団長にヤられたかな」
「今頃ひいひい言ってんじゃねーか。所詮色無しだ」
「ここ以外行き場がねえんだし、喜んで腰振ってるかもな」
「ガキの頃はガリガリで不細工だったけどよ、近頃はいい女になってきたしなあ」
「色無しの女はたけえのに、これからタダでヤれるとか最高だな」
「2人死んだ分、新しい奴探さなきゃなんねーけど、すぐに見つかるだろうな。団専用の色無しの奴隷がいるとか最高だろ」
こいつらは何を言っているのだろう。
理解したくない。
けれど理解できてしまった。
さっき見た2階へ上がって行く人影。
見間違いではなかった。
助けないと。
クリフが助けようとしていたトウコを、自分が助けないと。
震える足で、そっとその場からミツルは離れた。
階段を上がってすぐにある団長の部屋。
心臓が早鐘のように打っていた。
震える手で扉の取っ手に触れようとした時、部屋の中から微かに女の呻くような声が聞こえた。
助けないと。
けれど、どうしよう。
ここ以外に行き場のないトウコ。
もし、もしも本当にあいつらが言っていたように。
そんなトウコ、見たくない。
扉を開けられないままミツルが逡巡していると、再び部屋の中からゴトンと何かがぶつかる音がした。
次いで、部屋の中からこちらに近づいてくる足音。
思わずミツルは扉の前から離れ、近くの柱の陰に身を隠した。
扉が開き、誰かが出てくる気配。
そっと柱から覗き見ると、出てきたのはトウコだった。
殴られたのか、頬を腫らして唇に血を滲ませたトウコのその顔。
能面のような無機質な顔に、昏い穴のような目。
トウコは静かに階段を降りて行った。
ミツルはその場から動けなかった。
どの位そうしていたのか、台所で話していた団員たちが2階へ上がって来て、団長の部屋の扉が開いていることを不審に思い、入っていくのをミツルは柱の陰から見ていた。
すぐに部屋の中から慌てた様子で団員たちが出て来て、トウコはどこだと叫びながら走って行った。
騒ぎに気付いたと団員たちが次々と起きだしてきて、ようやくミツルも動くことができた。
団長の部屋の中を覗き込む団員たちの間から、ミツルも部屋の中を見た。
半裸の団長が、首をねじ折られて死んでいた。
そして、トウコは消えた。
この日、色無しと呼ばれた少年は、恋した色無しの少女を失った。
仕事がない日は、以前と同じように家の雑用をしているトウコと一緒にミツルが洗濯をしていると、2人の元にクリフがやってきた。
少し真剣な顔をしたクリフがトウコを呼び出し、2人はミルツから少し離れたところでぼそぼそと何かを話し始めた。
やがて話が終わると、クリフはトウコの頭を撫で、そのまま家の中に入って行ってしまった。
「…どうした?」
戻ってきたトウコにミツルがそう聞くと、トウコは少し納得のいかなそうな顔で「次の仕事、私じゃなくてクリフが行くことになった」と答えた。
「3日前なのに…急だな。なんで?」
「分かんない」
トウコは少し硬い声でそう言うと、そのまま黙り込んでしまった。
仕事に行けなくなったことがトウコには不満そうだったが、ミツルは内心嬉しかった。
またしばらく、トウコと一緒にいられるのだから。
3日後、クリフは団長と、他の団員たちと共に護衛の仕事に出た。
帰還予定は8日後だった。
人が少なくなり静かになった家で、ミツルはトウコと2人、のんびりと仕事をしながら過ごしていた。
そんなある日、いつものように中庭の木の下で午後を過ごしている時、トウコがこんなことを言い出した。
「ねえミツル。ミツルはどこか違う街に行きたいって思ったことはある?」
違う街。
そんなこと考えたことすらなかった。
親の顔も知らず、生まれた場所がこの街かどうかも分からず孤児として育ち、団長に拾われてからこの家で暮らしてきた。
この街とこの家が自分の居場所であって、他の場所になど行けるはずがない。
トウコもそれは同じ。
色無しであるトウコも、自分と同じように他の場所で生きていけるはずがないと、ミツルは思っていた。
どうして突然そんなことを聞くのだろうと思いトウコを窺うと、トウコはどこか遠くを見ているような瞳をしており、その横顔に浮かんでいる感情がミツルには図りかねた。
ミツルが答えあぐねていると、トウコがにっこり笑ってこちらを見た。
「変なこと言ってごめん。私、ちょっと体動かしてくる」
ぴょこんと跳ねるように腰を上げたトウコは、そのまま走って中庭に出て体を動かし始めた。
動くトウコを見ながら、ミツルは言いようのない不安を覚えた。
クリフが仕事に出て8日目。
帰還予定日のその前夜から雨が降り出し、その日は朝から土砂降りだった。
朝からトウコは、少しそわそわしながら何度も窓の外を見ていた。
クリフもこうしてそわそわしていたが、トウコも同じだなと思いながら、「トウコ、クリフなら大丈夫だよ」と笑いながら言ったが、トウコは何も返さなかった。
そのトウコの様子に、何故かミツルも少し不安を覚えた。
帰還予定は午後だったが、結局その日は帰ってこなかった。
トウコはずっと窓の外を見続けていた。
その翌日も、雨脚は大分弱くなったものの、それでもまだ雨が降り続いていた。
昼を過ぎても帰って来ず、さすがにミツルも心配になり、仕事が手につかなくなった。
朝からずっと、玄関の前で膝を抱えて座り込み、門扉の向こうを見つめているトウコの隣にミツルも座り、2人で皆の帰りを待った。
残っていた団員たちも、何かあったのではと話し出し、誰か様子を見に出そうかと相談を始めた頃、雨でけむる通りの向こうに馬車が見えた。
トウコが駆け出し、ミツルもその後を追った。
止まった馬車から少し厳しい顔つきの団長が降り、それに続いて続々と団員たちが降りて来たが、いつもなら賑やかに降りてくるはずなのに、皆一様に暗い顔をしていた。
最後に袋が1つ降ろされた。
仕事から帰還した馬車から、稀に降ろされることがある、大人の男の大きさのその袋。
ミツルの心臓がやけにうるさく鳴った。
とうとうクリフは降りてこなかった。
帰還途中、ちょうど山道を進んでいた時に、雨脚が強くなり土砂降りになった。
間の悪いことに、魔物の群れに遭遇してしまった。
それほど強い魔物ではなく、普段ならば特に問題なく撃退できたはずだったが、降り続いた雨で足元がぬかるんでいたこと、そして土砂降りだったことが災いした。
団員の1人が魔物にやられそうになり、それを側に居たクリフが庇おうとした。
魔物の攻撃を受けたクリフは体勢を崩して足を滑らせた。
そのまま魔物と共に、崖下に落ちていった。
雨が止んだら、クリフを探しに団員を出す
しかし、喉元に噛みつかれていたから、恐らく死んだだろう。
団長は静かにそう語った。
結局、この魔物の襲撃でクリフの他に団員が1名死んだ。
馬車から降ろされた袋―死体袋はその団員のものだった。
号泣しながらミツルがトウコを見ると、トウコは茫洋とした目で門扉の外を見ていた。
雨に濡れた黒髪から、ぽたぽたと雨粒がトウコの頬を濡らしていたが、トウコが涙を流していたのか、ミツルに分からなかった。
まるでクリフの帰りを待つかのように、トウコはいつまでも雨の中じっと通りを見つめたまま佇んでいた。
ミツルや他の団員が中に入れようとしても頑として動かず、最終的に団長が引きずるように家の中に入れるまで、トウコは佇み続けていた。
翌日。
クリフがいなくなっても日常は続く。
泣きはらした真っ赤な目でミツルは黙々と仕事をこなした。
しばらくの間、仕事を手伝う必要はないとミツルはトウコに言ったが、トウコは黙って首を振って仕事を手伝った。
トウコの顔には涙の跡1つなかったが、何の表情もまた浮かんでいなかった。
そして、出会った当初のように、トウコは何も言葉を発さなくなった。
クリフがいなくなって数日後、あの仕事に出ていなかった団員たちが、クリフを探しに翌日出発することが決まった。
トウコはその中に入ると思っていたが、ミツルの予想に反してトウコは待機となり、トウコもまたそれに対して何も言わなかった。
そのことがミツルを苛立たせた。
行けるものなら自分が行きたいのに。
探しに行くことができるトウコが、何故何も言わないのか。
内心の不満を隠そうともせずに、ミツルは不機嫌な口調で問うた。
「…トウコは、クリフを探しに行きたくないのか」
トウコの答えは期待していなかったが、予想に反してトウコは口を開いた。
しかし、その言葉はミツルが全く想像していなかったものだった。
「どうして私は、人はあっさり死んでいなくなるっていう、分かり切ったことを忘れてしまっていたんだろう」
思いもよらなかった言葉と、感情が抜け落ちたかのようなトウコの顔を見て、ミツルは何も言えずに固まってしまった。
「クリフの薄焼きパンが食べたいな」
感情の乗っていない顔でそう呟いたトウコは、ミツルに背を向けて歩き出した。
翌日、クリフを探しに出る団員たちの見送りの場に、トウコは来なかった。
その日の夜、ミツルは部屋代わりの小さな物置で眠れない夜を過ごしていた。
数年前からトウコには個室が与えられており、2人は以前のように同じ部屋で寝起きすることはなくなっていた。
眠れずに何度も寝がえりを打っているうちにどんどん目が冴えてしまい、諦めて体を起こしたミツルは、牛乳でも温めて飲もうと思い台所へ向かった。
その途中、トウコらしき人影が2階に上がって行くのが見えた。
しかし、トウコの部屋は1階にあり、2階へは昼間に掃除をするときぐらいにしか上がらない。おまけに夜の遅い時間にトウコが2階に上がるとは考えられず、少し気にはなかったが見間違いだろうと思い、ミツルはそのまま台所へ向かった。
誰もいないと思った台所に明かりが灯っており、そっと中を覗き込むと、いつもミツルのことを色無しと馬鹿にしてくる団員たちがいた。
小さく顔を顰め、諦めて部屋に戻ろうとしたミツルの耳に、ぼそぼそと話す声が聞こえてきた。
「クリフの野郎やっぱ強かったなあ」
「1人、殺られたもんな」
「強かったけど馬鹿な奴だよな」
「目も耳も塞いでなーんにも知らない振りしときゃよかったんだ」
「トウコと一緒にここを抜けるつもりだったんだろ?余計なことしようとしなけりゃ殺されずに済んだのによ」
「あいつトウコのこと随分可愛がってたから、案外自分が先に手ぇ出したかったんじゃねえか?」
げらげらと下品な男たちの笑い声。
こいつらは何を言っているのだろう。
叫び出しそうになる口を、ミツルは必死に抑えた。
「トウコの奴、もう団長にヤられたかな」
「今頃ひいひい言ってんじゃねーか。所詮色無しだ」
「ここ以外行き場がねえんだし、喜んで腰振ってるかもな」
「ガキの頃はガリガリで不細工だったけどよ、近頃はいい女になってきたしなあ」
「色無しの女はたけえのに、これからタダでヤれるとか最高だな」
「2人死んだ分、新しい奴探さなきゃなんねーけど、すぐに見つかるだろうな。団専用の色無しの奴隷がいるとか最高だろ」
こいつらは何を言っているのだろう。
理解したくない。
けれど理解できてしまった。
さっき見た2階へ上がって行く人影。
見間違いではなかった。
助けないと。
クリフが助けようとしていたトウコを、自分が助けないと。
震える足で、そっとその場からミツルは離れた。
階段を上がってすぐにある団長の部屋。
心臓が早鐘のように打っていた。
震える手で扉の取っ手に触れようとした時、部屋の中から微かに女の呻くような声が聞こえた。
助けないと。
けれど、どうしよう。
ここ以外に行き場のないトウコ。
もし、もしも本当にあいつらが言っていたように。
そんなトウコ、見たくない。
扉を開けられないままミツルが逡巡していると、再び部屋の中からゴトンと何かがぶつかる音がした。
次いで、部屋の中からこちらに近づいてくる足音。
思わずミツルは扉の前から離れ、近くの柱の陰に身を隠した。
扉が開き、誰かが出てくる気配。
そっと柱から覗き見ると、出てきたのはトウコだった。
殴られたのか、頬を腫らして唇に血を滲ませたトウコのその顔。
能面のような無機質な顔に、昏い穴のような目。
トウコは静かに階段を降りて行った。
ミツルはその場から動けなかった。
どの位そうしていたのか、台所で話していた団員たちが2階へ上がって来て、団長の部屋の扉が開いていることを不審に思い、入っていくのをミツルは柱の陰から見ていた。
すぐに部屋の中から慌てた様子で団員たちが出て来て、トウコはどこだと叫びながら走って行った。
騒ぎに気付いたと団員たちが次々と起きだしてきて、ようやくミツルも動くことができた。
団長の部屋の中を覗き込む団員たちの間から、ミツルも部屋の中を見た。
半裸の団長が、首をねじ折られて死んでいた。
そして、トウコは消えた。
この日、色無しと呼ばれた少年は、恋した色無しの少女を失った。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を編み帽で覆う女性・カレン。
彼女は北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
車窓を眺めながらカレンは、夫と婚姻してから三年という時間を振り返る。
その三年の間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる