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西の辺境都市―第16都市。
その南門の一角にミツルは立っていた。
この街には1週間ほど前に到着したばかりだった。それまでは第4都市で組合員として活動していたが、第4都市の軍がこの都市に視察に行くのに合わせて、他の組合員や移民とともに移動してきた。
荷物持ちとして長く働いてきたが、この街での活動実績はないためすぐに仕事は見つからないだろうと思っていたが、思いのほかすぐに見つかった。
同じく第4都市から仕事で来た研究員が、遺跡調査のために人を探していたのだ。
出発までに時間があまりなかったこと、それに報酬がよくなかったことで受ける組合員がいなかったようだ。
活動実績作りに丁度いいと思い、ミツルはこの仕事を受けた。
東の辺境にほど近い第13都市から、流れに流れて8年。
ついに西の辺境に辿り着いてしまったが、特に感慨はなかった。
ミツルは24歳になっていた。
あれからあの護衛団は内部分裂を起こした。
団長を筆頭に、トウコを囲おうとしていた団員と、それを知って反対していた団員とで、当時密かに揉めていたらしいことを、ミツルは後から知った。
反対していた筆頭がクリフだった。
トウコの代わりにクリフが出た護衛の仕事は、反対していた団員が全て残されていたということだった。
クリフが戻らなかったこと、団長が殺され、そしてトウコが消えた結果、反対していた団員は全て団から離れた。
その時にミツルも一緒に離れた。
しばらくは彼らと一緒に行動していたが、そこからもミツルは離れて1人になった。
1つの街に長くは留まらず、西へ西へと移動し続けた。
あんなにも、あの場所以外に居場所はないと思っていたのに。
色無しで紫の瞳の女。
全ての街でトウコの情報が手に入ったわけではなかったが、それでもいくつかの街では確かにトウコがいた痕跡があった。
西へ移動し続ければ、どこかの街で見つけることができるかもしれないと最初のうちは思っていたが、なかなかその機会は訪れなかった。
そしてある街を境に、ぷっつりとトウコの痕跡が消えた。
どこの街でも、色無しで紫の瞳の女の情報は手に入らなくなった。
いくら力があったとは言え、色無しの女が1人で生きていけるわけがない。もうトウコは死んだのだろうと、そう思った。
かと言って東へ戻る気にも、同じ街に留まる気にもなれず、ただ流されるようにミツルは西へ移動し続けた。
今回の仕事の依頼人は、黄味がかった金髪と、薄い青の瞳をした高飛車で傲慢な女だった。
こげ茶の髪のミツルのことを鼻で笑うような女だったが、これまでにも何度も同じような依頼人に出会ってきたため、特に何とも思わなかった。
ただ、やはり少し俯きがちになってしまった。
既に、依頼人の他に護衛を請け負った組合員4人とドライバーは揃っており、本当ならば出発できるのだが、依頼人の女の他にもう1人別の研究員の男がいるとのことで、本来ならば2人を他の組合員チームが護衛することになっていたらしいのだ。
しかし、ミツルの依頼人が何故か別途護衛を雇ったとのことだった。
そのため、その別チームと合流するために、ミツルたちはこれから出発するのであろう組合員や商隊でごった返している南門で、その別チームを待っていた。
「ああ、あれよ。あれがもう1人の研究員」
依頼人の女が指さしながらそう言い、護衛を請け負った組合員の1人、デニスという男がそちらを見た瞬間、忌々しそうに舌打ちして顔を顰めた。
「おい、あいつら」
デニスの仲間たちも顔を顰めており、何事かとミツルはそちらを見た。
最初に目に入ったのは、こちらを少し鋭い目で見ているスキンヘッドの大男だった。
次にその隣に立っている、褐色の肌に金髪の男。
組合員では珍しい少し白みがかった金髪で、整った顔立ちをしていたが、酷薄で冷たい印象を受ける男だった。
その男は馬鹿にするような顔をしてこちらを見ていた。
そして、その男が左腕で腰を抱いている女が目に入り、ミツルは息を飲んだ。
白いTシャツにデニムのショートパンツ、黒のレギンスを身に着けた長身の女。
長い手足に均整の取れた体。
意志の強そうな眉と少し吊り上がったアーモンド形の大きな瞳。
そして腰まで伸ばされた真っ直ぐな黒い髪。
記憶の中よりも背が高く、体つきも明らかに女のそれになっていたが、間違いようがなかった。
トウコだった。
トウコもじっとデニスたちを見ていたが、スキンヘッドの大男がトウコと金髪の男に何やら話しかけると、2人は揃ってどこか嘲るような表情を浮かべた。
大男はそんな2人に更に何かを言うと、こちらに向かって歩いて来た。
それを見たデニスが舌打ちしながらその大男の元に歩いて行くと、トウコがデニスたちから視線を逸らした。
そして、ミツルを見た。
トウコはほんの少し不思議そうな顔をしたが、すぐに興味を無くしたように視線を逸らしてしまった。
その瞬間、ミツルの胸にぶわりと何かが沸き上がった。
1人だと思った。
居場所がないと思った。
守ってやらなければと思った。
死んだと思った。
一目見て分かった。
1人でなかった。
居場所があった。
守られていた。
生きていた。
自分のことが分からなかった。
トウコのせいであの人は死に、自分は居場所をなくしたのに。
大男とデニスが話しているのを、トウコは金髪の男に腰を抱かれながら退屈そうに見ていた。
ふいに金髪の男が射殺しそうな目でこちらを見てトウコに何かを言うと、トウコもミツルを見てきた。
何も映していないような、それでいてどこか値踏みするような瞳でじっとミツルを見つめたまま、トウコもまた金髪の男に何かを言い、そしてまた目を逸らした。
「トウコさーん!リョウさーん!」
近づいてきたピックアップトラック式の魔道車から、助手席の男がトウコと金髪の男に手を振っていた。
トウコの顔が少し綻び、未だ射殺しそうな目でミツルを見ている金髪の男に何かを言うと、再びミツルを見てきた。
綻んでいたトウコの顔からすっと表情が消える。
すぐにまた目を逸らしたトウコが金髪の男の頭に手を伸ばし、ミツルを見た時の顔とは全く違う表情で何かを言うと、男の頭を乱暴に撫でた。
金髪の男に腰を抱かれたまま、トウコは髪を頭の高い位置で乱雑に結びながら、声を掛けてきた魔道車の方へ歩いて行った。
どれだけ伸ばせと言われても頑なに伸ばさなかった髪。
やはりトウコは長い髪が似合っていた。
その南門の一角にミツルは立っていた。
この街には1週間ほど前に到着したばかりだった。それまでは第4都市で組合員として活動していたが、第4都市の軍がこの都市に視察に行くのに合わせて、他の組合員や移民とともに移動してきた。
荷物持ちとして長く働いてきたが、この街での活動実績はないためすぐに仕事は見つからないだろうと思っていたが、思いのほかすぐに見つかった。
同じく第4都市から仕事で来た研究員が、遺跡調査のために人を探していたのだ。
出発までに時間があまりなかったこと、それに報酬がよくなかったことで受ける組合員がいなかったようだ。
活動実績作りに丁度いいと思い、ミツルはこの仕事を受けた。
東の辺境にほど近い第13都市から、流れに流れて8年。
ついに西の辺境に辿り着いてしまったが、特に感慨はなかった。
ミツルは24歳になっていた。
あれからあの護衛団は内部分裂を起こした。
団長を筆頭に、トウコを囲おうとしていた団員と、それを知って反対していた団員とで、当時密かに揉めていたらしいことを、ミツルは後から知った。
反対していた筆頭がクリフだった。
トウコの代わりにクリフが出た護衛の仕事は、反対していた団員が全て残されていたということだった。
クリフが戻らなかったこと、団長が殺され、そしてトウコが消えた結果、反対していた団員は全て団から離れた。
その時にミツルも一緒に離れた。
しばらくは彼らと一緒に行動していたが、そこからもミツルは離れて1人になった。
1つの街に長くは留まらず、西へ西へと移動し続けた。
あんなにも、あの場所以外に居場所はないと思っていたのに。
色無しで紫の瞳の女。
全ての街でトウコの情報が手に入ったわけではなかったが、それでもいくつかの街では確かにトウコがいた痕跡があった。
西へ移動し続ければ、どこかの街で見つけることができるかもしれないと最初のうちは思っていたが、なかなかその機会は訪れなかった。
そしてある街を境に、ぷっつりとトウコの痕跡が消えた。
どこの街でも、色無しで紫の瞳の女の情報は手に入らなくなった。
いくら力があったとは言え、色無しの女が1人で生きていけるわけがない。もうトウコは死んだのだろうと、そう思った。
かと言って東へ戻る気にも、同じ街に留まる気にもなれず、ただ流されるようにミツルは西へ移動し続けた。
今回の仕事の依頼人は、黄味がかった金髪と、薄い青の瞳をした高飛車で傲慢な女だった。
こげ茶の髪のミツルのことを鼻で笑うような女だったが、これまでにも何度も同じような依頼人に出会ってきたため、特に何とも思わなかった。
ただ、やはり少し俯きがちになってしまった。
既に、依頼人の他に護衛を請け負った組合員4人とドライバーは揃っており、本当ならば出発できるのだが、依頼人の女の他にもう1人別の研究員の男がいるとのことで、本来ならば2人を他の組合員チームが護衛することになっていたらしいのだ。
しかし、ミツルの依頼人が何故か別途護衛を雇ったとのことだった。
そのため、その別チームと合流するために、ミツルたちはこれから出発するのであろう組合員や商隊でごった返している南門で、その別チームを待っていた。
「ああ、あれよ。あれがもう1人の研究員」
依頼人の女が指さしながらそう言い、護衛を請け負った組合員の1人、デニスという男がそちらを見た瞬間、忌々しそうに舌打ちして顔を顰めた。
「おい、あいつら」
デニスの仲間たちも顔を顰めており、何事かとミツルはそちらを見た。
最初に目に入ったのは、こちらを少し鋭い目で見ているスキンヘッドの大男だった。
次にその隣に立っている、褐色の肌に金髪の男。
組合員では珍しい少し白みがかった金髪で、整った顔立ちをしていたが、酷薄で冷たい印象を受ける男だった。
その男は馬鹿にするような顔をしてこちらを見ていた。
そして、その男が左腕で腰を抱いている女が目に入り、ミツルは息を飲んだ。
白いTシャツにデニムのショートパンツ、黒のレギンスを身に着けた長身の女。
長い手足に均整の取れた体。
意志の強そうな眉と少し吊り上がったアーモンド形の大きな瞳。
そして腰まで伸ばされた真っ直ぐな黒い髪。
記憶の中よりも背が高く、体つきも明らかに女のそれになっていたが、間違いようがなかった。
トウコだった。
トウコもじっとデニスたちを見ていたが、スキンヘッドの大男がトウコと金髪の男に何やら話しかけると、2人は揃ってどこか嘲るような表情を浮かべた。
大男はそんな2人に更に何かを言うと、こちらに向かって歩いて来た。
それを見たデニスが舌打ちしながらその大男の元に歩いて行くと、トウコがデニスたちから視線を逸らした。
そして、ミツルを見た。
トウコはほんの少し不思議そうな顔をしたが、すぐに興味を無くしたように視線を逸らしてしまった。
その瞬間、ミツルの胸にぶわりと何かが沸き上がった。
1人だと思った。
居場所がないと思った。
守ってやらなければと思った。
死んだと思った。
一目見て分かった。
1人でなかった。
居場所があった。
守られていた。
生きていた。
自分のことが分からなかった。
トウコのせいであの人は死に、自分は居場所をなくしたのに。
大男とデニスが話しているのを、トウコは金髪の男に腰を抱かれながら退屈そうに見ていた。
ふいに金髪の男が射殺しそうな目でこちらを見てトウコに何かを言うと、トウコもミツルを見てきた。
何も映していないような、それでいてどこか値踏みするような瞳でじっとミツルを見つめたまま、トウコもまた金髪の男に何かを言い、そしてまた目を逸らした。
「トウコさーん!リョウさーん!」
近づいてきたピックアップトラック式の魔道車から、助手席の男がトウコと金髪の男に手を振っていた。
トウコの顔が少し綻び、未だ射殺しそうな目でミツルを見ている金髪の男に何かを言うと、再びミツルを見てきた。
綻んでいたトウコの顔からすっと表情が消える。
すぐにまた目を逸らしたトウコが金髪の男の頭に手を伸ばし、ミツルを見た時の顔とは全く違う表情で何かを言うと、男の頭を乱暴に撫でた。
金髪の男に腰を抱かれたまま、トウコは髪を頭の高い位置で乱雑に結びながら、声を掛けてきた魔道車の方へ歩いて行った。
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