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69 蕾会(1)
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蕾会とは戦後日本の復興時に集まった婦人会に端を発する。従来の働き手が不足のまま立て直しを余儀なくされた環境において、中心となったのが戦前から弱者の権利を訴えていた萩原百合の団体だ。しかし華族廃止を始めとする民主化改革の波にのまれ一時的に勢力は下火となり、かわりに台頭したのが兵役資格のなかった男体オメガたちだった。兵隊として国の役に立てないことで非国民まがいの扱いを受けてきた彼らを引っ張ったのが紋一郎という元娼夫で、のちに同時期に名の広まった裏社会の親分のつれあいになったとされる。
婚約パーティーは避暑地の旅館を貸し切って行われた。招待客全員に露天風呂つきの客室があてがわれ、襖をあけ広げて解放した景観は筆舌に尽くしがたい見事さだったが、ロビーに到着してから客室に落ちつくのあいだに感じた視線の多さに息の詰まる思いをした。
「冬次さん、僕はこれから副会長の部屋に呼ばれてるので挨拶に行きますけど、くつろいで待っててもいいですよ?」
景色を眺めながらため息をこぼした冬次のわきに、七草が寄りそう。
「俺も行くよ。そのために来たんだしさ。遠慮せず俺のこともっと使ってよ」
「うん。ありがと冬次さん」
本番のパーティーは明日予定されており、前日から会場入りした招待客は自由時間を過ごしている。しかし館内にいるのは全員気の置けない身内なわけで、さっきの視線の集まりようを考えれば散歩ひとつするだけでも周りの目を気にしなければならず、彼らの常識から外れた行動を取れば変な目で見られるというのはあながち大袈裟でもなかった。
自分は別にいいとして、連れをそう思わせたら同伴者失格だ。
「でも無理しないでくださいね?」
頼りないアルファでごめんと、冬次は情けなさに苛まれた。
「善光くん、あれ貸して」
「あれ?」
七草はきょとんとした後、あぁと旅行鞄をガサゴソ漁る。
「はい僕のでよければタバコどうぞ。吸うと緊張ほぐれるよね」
「ん。これ吸ったら行こ」
自分の気持ちは騙してなんぼだ。できる男、できるアルファ。演じるなら理想は渋い大人のアルファ。
「おーけー、お待たせ」
「うわぁ、冬次さん大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。こう見えて余裕だから」
顔色はともかく足取りは確かだ。
「どっち?」
客室を出ると、七草に道案内を委ねる。
アルファの中に漠然と存在する上位下位の序列は生まれながらに決まっているが立ち向かい方なら兄貴と父親に鍛えられた。容易に覆せない上下関係と付き合うために必要なのは逃げないこと。
へこへこ下手に出るのが一番良くなくて、まず相手にされなくなる。プライドの高いアルファが最も嫌うのはオメガやベータじゃなく、オメガやベータみたいなアルファだ。これは思想の話ではなく立ち振る舞いの話なので、堂々としさえいれば対立する考え方をもった相手のことも若輩者だろうと尊重する生き物なのである。
「えっと、副会長のお部屋は」
「最初の挨拶は会長じゃなくていいの?」
冬次の質問に七草は部屋番号を数えながら振りかえった。
「当日いらっしゃるご予定なので。次こっちに曲がるみたいですよ」
「うん」
指示された方向に曲がり、副会長の客室へ続く廊下を進んでいくと、反対側から自分たちと同じようなペアが向かってきているのが視界に入る。
外見がはっきり見える近さになると、七草が弾むように息を吸い込んだ。
「エミリじゃないか」
七草が駆け出す。口にしたのは友人であるという新婦の名前だ。
「ごきげんよう、ヨシ兄様」
薄ピンクのワンピースに身を包んだエミリは花をあしらったネックレスがよく似合っていた。けれど兄のように慕っている七草と顔を合わせたのに彼女の顔は暗かった。
考えすぎだろうか。
新郎に肩へ手を置かれた瞬間に、にっこり微笑んだ。
「ご友人の七草善光さんだね。妻から話を聞いていますよ。私たち夫婦のために足を運んでいただいてありがとうございます」
冬次は一瞬で新郎が嫌いになった。なぜなら七草への挨拶を言葉にしながら、冬次に握手を求める手を伸ばしたからだ。
それで正しいのだと七草がそっと肘に触れたので、冬次は握手に応えた。
「この度はおめでとうございます」
握手を交わし終えると、エミリが背伸びをして新郎の耳に口を近づける。新郎は頷き、冬次に目礼するとエミリを残して去った。
「そんなに目で訴えなくても伝わるよヨシ兄。彼の前で言わないでくれてありがとう」
エミリが七草に苦笑いを向ける。
もう随分と痺れを切らしていた七草は我慢を爆発させた。
「なんで? なんで祥子さんじゃないの? しかもあれってエミリが嫌ってたいじめっ子だよね」
「やだなぁ。そんなの昔の話でしょ」
「まさかあの人を愛してるの?」
「もー、ヨシ兄ってば怖い顔しすぎ」
エミリの笑顔が消え、表情が暗く沈む。
「何があったのエミリ?」
「・・・・・・祥子ちゃんとの結婚はお爺様が許してくださらなかったの。でもね、決められた彼と結婚して子供を産んで役割を果たせば自由にしてよいと言ってくださった。祥子ちゃんとは関係を解消しなくていいの。お爺様はいつも私たちに優しいでしょ?」
冬次が七草の顔色をうかがうと、彼は言い返すことができないでいる。
「もう行かなくちゃ、ごめんなさい」
「うん。エミリ」
「なぁに?」
「幸せになってよ」
意地になっているように聴こえる七草の言葉をエミリはにっこりと受け止めた。
「私はちゃんと幸せよ」
婚約パーティーは避暑地の旅館を貸し切って行われた。招待客全員に露天風呂つきの客室があてがわれ、襖をあけ広げて解放した景観は筆舌に尽くしがたい見事さだったが、ロビーに到着してから客室に落ちつくのあいだに感じた視線の多さに息の詰まる思いをした。
「冬次さん、僕はこれから副会長の部屋に呼ばれてるので挨拶に行きますけど、くつろいで待っててもいいですよ?」
景色を眺めながらため息をこぼした冬次のわきに、七草が寄りそう。
「俺も行くよ。そのために来たんだしさ。遠慮せず俺のこともっと使ってよ」
「うん。ありがと冬次さん」
本番のパーティーは明日予定されており、前日から会場入りした招待客は自由時間を過ごしている。しかし館内にいるのは全員気の置けない身内なわけで、さっきの視線の集まりようを考えれば散歩ひとつするだけでも周りの目を気にしなければならず、彼らの常識から外れた行動を取れば変な目で見られるというのはあながち大袈裟でもなかった。
自分は別にいいとして、連れをそう思わせたら同伴者失格だ。
「でも無理しないでくださいね?」
頼りないアルファでごめんと、冬次は情けなさに苛まれた。
「善光くん、あれ貸して」
「あれ?」
七草はきょとんとした後、あぁと旅行鞄をガサゴソ漁る。
「はい僕のでよければタバコどうぞ。吸うと緊張ほぐれるよね」
「ん。これ吸ったら行こ」
自分の気持ちは騙してなんぼだ。できる男、できるアルファ。演じるなら理想は渋い大人のアルファ。
「おーけー、お待たせ」
「うわぁ、冬次さん大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。こう見えて余裕だから」
顔色はともかく足取りは確かだ。
「どっち?」
客室を出ると、七草に道案内を委ねる。
アルファの中に漠然と存在する上位下位の序列は生まれながらに決まっているが立ち向かい方なら兄貴と父親に鍛えられた。容易に覆せない上下関係と付き合うために必要なのは逃げないこと。
へこへこ下手に出るのが一番良くなくて、まず相手にされなくなる。プライドの高いアルファが最も嫌うのはオメガやベータじゃなく、オメガやベータみたいなアルファだ。これは思想の話ではなく立ち振る舞いの話なので、堂々としさえいれば対立する考え方をもった相手のことも若輩者だろうと尊重する生き物なのである。
「えっと、副会長のお部屋は」
「最初の挨拶は会長じゃなくていいの?」
冬次の質問に七草は部屋番号を数えながら振りかえった。
「当日いらっしゃるご予定なので。次こっちに曲がるみたいですよ」
「うん」
指示された方向に曲がり、副会長の客室へ続く廊下を進んでいくと、反対側から自分たちと同じようなペアが向かってきているのが視界に入る。
外見がはっきり見える近さになると、七草が弾むように息を吸い込んだ。
「エミリじゃないか」
七草が駆け出す。口にしたのは友人であるという新婦の名前だ。
「ごきげんよう、ヨシ兄様」
薄ピンクのワンピースに身を包んだエミリは花をあしらったネックレスがよく似合っていた。けれど兄のように慕っている七草と顔を合わせたのに彼女の顔は暗かった。
考えすぎだろうか。
新郎に肩へ手を置かれた瞬間に、にっこり微笑んだ。
「ご友人の七草善光さんだね。妻から話を聞いていますよ。私たち夫婦のために足を運んでいただいてありがとうございます」
冬次は一瞬で新郎が嫌いになった。なぜなら七草への挨拶を言葉にしながら、冬次に握手を求める手を伸ばしたからだ。
それで正しいのだと七草がそっと肘に触れたので、冬次は握手に応えた。
「この度はおめでとうございます」
握手を交わし終えると、エミリが背伸びをして新郎の耳に口を近づける。新郎は頷き、冬次に目礼するとエミリを残して去った。
「そんなに目で訴えなくても伝わるよヨシ兄。彼の前で言わないでくれてありがとう」
エミリが七草に苦笑いを向ける。
もう随分と痺れを切らしていた七草は我慢を爆発させた。
「なんで? なんで祥子さんじゃないの? しかもあれってエミリが嫌ってたいじめっ子だよね」
「やだなぁ。そんなの昔の話でしょ」
「まさかあの人を愛してるの?」
「もー、ヨシ兄ってば怖い顔しすぎ」
エミリの笑顔が消え、表情が暗く沈む。
「何があったのエミリ?」
「・・・・・・祥子ちゃんとの結婚はお爺様が許してくださらなかったの。でもね、決められた彼と結婚して子供を産んで役割を果たせば自由にしてよいと言ってくださった。祥子ちゃんとは関係を解消しなくていいの。お爺様はいつも私たちに優しいでしょ?」
冬次が七草の顔色をうかがうと、彼は言い返すことができないでいる。
「もう行かなくちゃ、ごめんなさい」
「うん。エミリ」
「なぁに?」
「幸せになってよ」
意地になっているように聴こえる七草の言葉をエミリはにっこりと受け止めた。
「私はちゃんと幸せよ」
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