未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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70 蕾会(2)

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 エミリがいなくなった後、七草が失意で自室へ戻るかと思いきや、当初の段取りどおり挨拶まわりを再開した。

「偉い人に意見しにいくの?」

 そう訊くと、七草は本気で驚いてみせた。

「えっ、ちがうんだ。エミリさんの話、相当ショックだったんじゃない?」
「僕の抗議でなんとかなるならエミリはああなってないでしょ」

 と真顔になる。

「おう、なんかごめんなさい」
「幸せになろうとしてるエミリに失礼ですし」
「そういうもんかぁ」
「ですよ。気合い入れ直してくださいね。これから挨拶する人たちも大方した感じなんで、びっくりすると思います。僕は大丈夫なので冬次さんは」
「うん。わかってるよ。俺は俺の仕事をする」
「それでいいんです」

 七草は落ち着いた様子で呼び鈴を鳴らした。
 訪問した客室では二人いる副会長夫婦が歓談中だった。

「廊下が騒がしかったようね。平気かしら?」

 冬次らを見咎めたのは庄司というアルファの妻。この前、七草の家にいたオメガ集団の筆頭だったマダムである。
 七草が反射的に謝罪する。

「遅れて申しわけありませんでした。そこでエミリとお相手にばったり会ったものですから」
「あらそうなの。お相手のこともう知ってるのね。私が教えてさしあげようかと思ってたのに」

 おっと、この派手なオバサンは優しさと見せかけてネチネチした嫌がらせをしてくる。

「やめなさいお前。事情を知っているなら複雑な心境だろう。新婦と親しくしていたそうじゃないか」

 彼女の口を止めたのは夫。

「あなた、ごめんなさい」
「君の面倒みの良さは素敵な魅力だよ。あっちでお茶しておいで」
「ええ。ふふ、善光さん、こちらに来てお紅茶でもいかが?」

 夫に従順なマダムは七草を誘い、広い客室の離れた位置にあるテーブルに移動する。
 かくして冬次は夫陣と相対する形となり、ここのやり方に背くことをしてしまわないよう彼らに倣った。
 彼らは客室に設けられたバーカウンターに冬次を座らせる。

「何か飲むかい。事前に色々揃えさせてあるんだが」
「俺がやります」

 最年少の冬次は腰を浮かすと、他の二人がおのおの目を細めた。

「ご馳走するよ。座ってなさい」

 申し出を断られ、冬次は自分の能力を見定められている居心地の悪さを感じながら腰を戻した。

「かしこまらないでくつろいでくれ。冬次くんといったね」
「はい。自己紹介もしないで大変失礼いたしました」
「君のことは知っているよ。お父さんは息災かな」
「・・・・・・父ですか?」
「奈良林さんには世話になった。若い頃を支え合った戦友みたいなものさ。冬次くんとも君が歩き始めたくらいの年頃に一度面識があるんだよ。近頃は交流の場に顔を出されないので心配していてね」
「そうですか。でもすみません、答えられません。父とは滅多に顔を合わせないんです。近況を兄を通して知る程度なので」
「お父さんから引き継いで奈良林グループを纏めているんだったね。とても優秀なお兄さんだとか。しかしお兄さんは婿入りされ別の家の人間になったんだろう? お父さんは冬次くんに家を継がせたいんじゃないのかな」
「僕をそのように評価してるでしょうか」
「これから君も家庭を持つんだから謙遜してばかりじゃいけない。善光くんだっけ、彼も良いご縁をもらったね」
「いえ、恐縮です」

 たあいない言葉を交わすことに神経を使う。殊に家族の話題はしたくない。

お二人・・・は蕾会の副会長でいらっしゃると聞きましたが」

 冬次はチラと会話に入ってこない男を見た。

「副会長をしてるのは家内だよ」

 ようやく声を発するのを聞けたが、あまり会話に参加したくないらしい。庄司に冬次の相手を丸投げして口を閉じてしまう。

「蕾会の会員はオメガだけと決まっているからね。私たちはまぁ付き添いというか見せびらかすために連れてこられてるようなもんかな」
「はぁ」
「毎度まいどくだらないお喋りのために仕事の調整をつけなくてはならず迷惑してるよ。冬次くんも愚痴が溜まったら飲みに連れてってあげよう。いいお店を知ってる」

 いらぬ世話だと口から滑り出そうになったものの、冬次は愛想笑いで話を納める。
 しかしそれだけで庄司は気を良くした。

「この前、久遠くんを連れていったクラブに冬次くんもどうかな。若いアルファなら精力が有り余っているだろう」
「久遠くん?」
「なんだね知らなかったのか。婚約パーティーの主役だよ、新郎の方」

 冬次が受けた奴の印象が最悪のどん底に押しやられる。

「最後にハメを外したかったんでしょうね」

 オブラートに包みまくりフォローしたが、暴露した口は酒臭い息を吐いて笑った。

「いやいや、とても気に入っていたようだよ」

 久遠への嫌悪感を包むオブラートが剥がれる。

「あんなに可愛い奥さんをもらうのに?」

 鼻に皺を寄せた冬次はハッとする。この話をふってきた庄司が久遠よりの人間性に近いだろうということを失念してた。

「冬次くんは少々変わった考えをしているのかな」
「実は隠してたのですが、僕も興味があります」

 空気を壊してしまう前に、冬次は慌てて機嫌をとる。

「そうかそうか。いつでも連絡してくれたまえ」

 冬次は着実に心が悲鳴を上げていた。やはり客室で待っているべきで、調子に乗って七草についてきたのは失敗だったと思わらざる得ない。マウントの取り合いなら我慢できるが、接待まがいの酒の付き合いはだるいし気が滅入る。
 七草はどうかと見たが、あちらのテーブルもあちらテーブルで悪絡みされ退席できない様子。冬次は愛想笑いに疲れてきており、幼稚な適当癖が顔を覗かせる。
 アルコールで濡らした唇が、愛想笑いじゃない笑みで歪んだ。

「夫婦共に自由奔放なふるまいが許されて蕾会は寛容で素晴らしいですね」

 大きな声で話したのでギョッとする七草の顔が見えたが、冬次は裏腹に面白くなってきた。

「わかってるじゃないか。冬次くんは一流になる素質がある」

 予想を裏切らないクソ回答に吐き気をもよおしつつ、ニンマリする。

「ありがとうございます」
「明日のパーティーが終わった後また来なさい。アルファだけの集まりがあるから君も参加するといい」
「よろしいんですか。では、後の愉しみは明日に取っておくとします」

 冬次は席を立った。七草を呼び戻して退室すると、緊張がフッと軽くなる。

「僕は終わったと思いました」

 珍しく七草が冬次を睨んだ。

「本心じゃないよ~?」
「疑ってないです」

 七草はため息をつき、泣きそうな顔をする。

「もうめちゃくちゃヒヤヒヤした」
「あはは、だよね、ごめんごめん」

 冬次が七草の肩を抱くと、七草は体を寄せ、ぽつりと呟いた。

「エミリと祥子さんのこと、なんとかしようとしてくれてるんですよね?」
「そこまでいい人に見える?」

 関係ない他人を救ってやろうとするほどヒーロー気取りがしたいんじゃない。
 困惑する七草が不安げに見つめてくる。冬次は宥めるようにその肩を撫でた。
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