未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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68 偶然のバッティング

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 長埜からもらった母の手紙を携えて、南雲はあっさり軟禁部屋に帰った。冬次は自分がいるとややこしい事態になると危惧したので近所まで送った後は陰から見守っていた。
 自ら帰ってきた南雲を目にした時の兄貴の顔といったら爆笑ものだ。座間にいたっては失神しかけた。家政婦は表に出ていなかった。
 長埜と別れる前。冬次は長埜に引き留められ少し話をした。

「あなたのことは家政婦として働いてもらってる子から聞いてました。なぜ涼さんに固執するんですか」
「涼くんが生まれる前からずっと探し求めてた人だからです」

 冬次の答えに長埜は家政婦の連絡先を教えた。

「涼さんに連絡したい時に使ってください」

 そう言い、頭を下げたのだった。
 丁寧にお願いされる立場じゃないのに、むしろどうかお願いしますと頭を下げるのはこちらの方なのに。
 彼女が、南雲親子を保護して世話し、荒唐無稽な話を信じ、今も世話を続けているお人好しな人でよかった。彼女が親子の命を繋いでくれたにちがいなく、すでに南雲の母親が亡くなっているとしても、本来の寿命より多く生きたはずなのだ。南雲さん・・・・が過去の時間軸でやりたかったことは成し遂げられた。藤井とは決裂してしまったけれど、冬次の知らないところで満足して消えたんだろうか。
 あー。嫌だな。胸がもやもやしてぐるぐるする。
 まだやり残したことがあったなら、なんで言ってくれなかったんだろうか。険悪なあの状況では独りで出ていくしかなかったとわかっていても、言ってほしかった。頼ってほしかった。
 何も持っていなかった子供だったくせに、南雲のことになると自分は我儘になる。
 でもまだこんなに南雲さんが好きなんだよ。
 俺は・・まだ終わりにできないんだよ。

「すみませんね、お兄さんそこで何してますか」

 警官に不意に話しかけられ、冬次は青ざめた。南雲たちはとっくに邸宅の中に入ってしまった後だ。

「えっと、道に迷ったので地図を確認してました」
「そう。念のため身分証見せてくれるかな?」
「大丈夫です、はい」

 起動してあった地図アプリに助けられた。身分証を提示すると、警官は納得したようだった。

「今後は怪しまれる行動を取らないよう気をつけてね」
「ご迷惑おかけしました」

 警官が走り去っていくと、その瞬間に冷や汗がドバッと出た。人生で一番緊張した体の反応がおかしくて、冬次は失笑がこぼれる。これまで違法すれすれの潜入劇を演じたりしてきたのに、その時よりずっと心臓が跳ねて暴れている。
 やがて鼓動が落ち着くと、冬次は帰路に着いた。また警官が見回りにきたら面倒だ。
 帰り道は別の考えごとをして運転する。
 デートを途中で放り出した言いわけはどうしようか。

「そういや善光くんから連絡ないな」

 正直なところすぐ何度も電話かメッセージを入れてくると思っていた。冬次はそれを期待してあまつさえどう対処すべきか考えることを鬱陶しくも感じていたのだ。
 しかしスマホは沈黙し、着信はおろかスタンプ一つすら寄こさない。
 赤信号で停止した車。冬次はグローブボックスをちらりと見やる。七草にプレゼントしようとデート中に買った恐竜のペーパーウェイトがしまってあった。

「どうしようもないな俺は」

 ため息をこぼし、肩を落とす。
 これを届ける口実で謝りに行くしかない。家に行く前にお伺いをたてるべきだが、なんて送る・・・・・・、急に具合が悪くなって? 急用で?
 兄貴がいた時点でバレバレだろう。
 結局、事前連絡を入れないで家に来てしまった。
 インターホンを鳴らす。モニターに映った冬次を確認してから七草が出てきた。読めない表情の彼の後ろを覗くと、玄関に先客の靴が並んでいる。

「冬次さん、今はちょっと」
「そうっぽいね。出直すよ」

 玄関に上がらず踵を返そうとした直後、室内から複数の男女が現れた。年齢は様々だが全員身なりがよく、七草と住む世界が同じ、つまりいいとこの家の者。さらには多分みんなオメガだ。若者たちは見てくれで判断できなくなってきたものだが、ここに集まった彼らはそれがわかる。匂いからではなく雰囲気から察せられ、オメガ特有の美しさと異様さにゾッとさせられた。
 そしてうちの一人、おそらく筆頭と思われる女性がにこりと微笑んだ。

「お気になさらないで。我々はお暇いたしますわ。今日は近くまで用事があったので寄っただけですの」

 冬次の母くらいの歳の頃だろうか。多数のオメガに圧倒される冬次だったが、筆頭女性は礼節をわきまえた態度で冬次に接した。
 てっきり高飛車な物言いをされると思い込んでいたせいか、ますます開いた口が塞がらない。

「では善光さん、ごきげんよう」

 彼女の一声で皆がコピーを貼りつけたような挨拶をし帰っていった。

「よかったの? 話の途中だったんじゃ」

 薄気味悪さを感じたのは冬次の主観。気を使わせてしまったなら、やはり時を改めるべきだった。

「むしろ助かっちゃった。あの人たちは僕が所属するオメガの集まり、蕾会の幹部です。いつもあんな風に抜き打ち検査的な感じで押しかけてくるから困っちゃって」
「えっ、抜き打ち? 俺も査定されてたのかな」
「ふふ、僕の私生活を見にきてたんですよ。それよりどうしたんですか?」
「ほら、デート、ごめんね。置いて帰っちゃったでしょ」

 さすがにバツが悪いため目が泳ぎがちになり、ペーパーウェイトの入った紙袋を差し出した。

「へ?」

 七草はきょとんと目を丸くし、今思い出したという顔つきだ。

「あ、あー! うん、大丈夫だよ! お兄さんから聞いてる」
「そ、う。兄貴が」

 紙袋を不思議そうに持ちあげる七草を見やり、額をポリポリと掻く。

「兄貴はなんて言ったのかな?」

 問いを七草は聞いていなかった。
 紙袋の店のロゴに気づいたらしく、中身を手にのせ、綺麗にラッピングされた立方体に目を輝かせている。
 ガラスのボディが破損しないよう箱に入れたまま包装されているので、まだ恐竜のフォルムは現れてない。けれど、七草にはわかってしまっただろう。

「冬次さんこれ僕に?」
「この部屋のインテリアには合わなかったかな。もしいらなかったら俺のとこ置くから、遠慮なく言っ」
「嬉しい」

 最後まで冬次が言い切る前に、七草は冬次の胸に頭をコトンと預けた。

「おりいってお願いがあります」
「お願い?」
「僕と椿会に顔を出してもらえませんか」

 冬次は言葉に詰まる。

「・・・・・・嫌ですよね」
「そんなことない。わかった」

 慌てて訂正した。これにて言質をとる形となった七草はニコニコと冬次を見上げる。

「わぁ、実は蕾会で妹のように可愛がってる子が祝言をあげると報告があったんです。会内で催される婚約パーティーに参加する予定なんですけど、パートナーがいる会員は必ず同伴で参加するのが暗黙の了解みたいなところがあって」

 心の中でもんもんと唱えていたのか、口から詳細がスラスラ出てくる。

「それはおめでたいことだね。おめでとうでいいのかな?」

 パートナーという単語には抵抗がまだあるが、協力してあげるくらい平気だ。

「うん、うん!」

 七草がしみじみと頷く。

「お相手のことも僕はよく知ってるんですよ。女同士のアルファとオメガなんですけど、大切にお互いの想いを育んできた二人だから、僕も自分のことのように嬉しくて。きっとああいうのを運命の番っていうんだろうなぁ」
「そうなんだね」
「はい!」

 笑顔を咲かせた顔に冬次も思わず微笑んだ。
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