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72 駆け引き
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葉羽は考えるように間をあけてから微笑んだ。
「そのような口説き文句は初めてです。奈良林様はご冗談がお上手なんですね」
話は終わり。残りの時間はアルファたちに催促されお酌をしてまわる葉羽の後ろ姿を見ているだけになった。
横に入れ替わり立ち替わりコンパニオンのオメガが座ったが、冬次がおざなりな相槌を返すことしかしないので全員退屈そうに去っていく。それでも粘った子がいたが、最終的には傷つき怒って、来るもの拒まずな庄司の膝の上に移動していった。
出席しているアルファの誰かと話したいわけでもないので、一時間ほど我慢して地蔵していた席を立つ。ラウンジから冬次が出ていこうがもはや顔見知りすら気に留めなかった。
気づかれずにラウンジの外に出ることに成功すると、空気清浄機で空気を全部入れ替えたくらいの清涼感に呑まれた。それくらいに中の空気は汚く感じられ息を吸うのすら嫌だと思っていたということだ。冬次は七草と祥子の様子が気がかりで、今は嫌な気分を忘れ足を早めた。
「・・・・・・奈良林様お待ちください」
ひっそりと追いかけてきた声に飛び上がり、足を止める。
笑みを引き攣らせてふり返ると、葉羽が立っていた。
「すいません、俺が途中で帰ったこと秘密にしてもらえますか?」
冬次は汗をかいた額を掻く。
「咎めるつもりはありません。参加も帰宅もアルファの方々の自由ですよ」
「助かります」
掻いた手を首の後ろに置き、葉羽を見やった。
「俺に用ですか?」
「・・・・・・。先ほどお話していたことですが、詳しく聞かせてもらえますか」
「えっと、なんでしたっけ」
「私に似た人がいるとおっしゃった話です」
「あぁ、それはどうしようかな」
冬次は唇に拳をあて、一瞬黙りこみ訊ねる。
「気になるんですか?」
「聞いたことがない話だったものですから」
「ふぅん。話したら俺の頼みも聞いてくれますか?」
葉羽が眉をひそめた。不可解と顔に書いてある。
「交換条件が必要な話なんですか。その割にはうっかり口を滑らせましたよね」
「あはは、痛いとこ突くな。でもちょっとあんた達に腹立ってるので意地悪です。俺、心狭いんで」
もちろんそれだけじゃないが。南雲のことを話すかどうかは悩ましい問題だ。
しかし他人の空似と片付けられない目の前の男から話を聞きたいと思っていたのは冬次もそうで、あちらから追いかけてきた時に、この男と話をするべきという何らかの運命を感じる。
「では結構です。お手間取らせました」
葉羽はあっさり引いた。
「怪しいので遠慮しますよ」
「待って、気になってるんでしょ?」
「本日はありがとうございました」
駆け引きするには相手が悪かった。アルファたちの接待を数多くこなしてきた葉羽はいわば色白な痩身の中に歴戦の猛者を飼っている。ふらりふらり飛びまわる蝶のように相手をいなすことにかけたらこの人の右に出るものはいないだろう。
「話をさせてください」
と冬次は言わされた。
「・・・・・・」
葉羽の返答はない。
「お願いします」
「そこまでおっしゃるなら時間を取りましょうか」
完全に女王様のペースだ。
「ではこの件は日を改めて」
こてんぱんにしてやられた後は急いで客室に戻った。室内では瞼にほんのり赤いが差した祥子と七草が和やかなムードでお喋りしている。祥子は七草の前で少しは涙を発散できたようだ。
冬次の帰宅を知ると、祥子が帰り支度をはじめる。
「俺のことはおかまいなく」
「いえ、もうすっきりしました。もう大丈夫だと思います」
すると祥子に目配せされた七草がうなずいた。
「祥子さんなら乗り越えられるよ」
七草のお墨つきどおり、パーティ会場では自害を決意した人間を彷彿とさせる青白い顔だった祥子の頬には生気が戻っている。
「私たちのこれからはエミリと真剣に話し合ってみることにする。もちろん冷静にね」
「そうですか。きっと上手くいきます」
「ありがとう」
彼女たちに幸多からんことを願って、冬次は祥子と握手を交わした。祥子をロビーまで送り、その帰りに七草と二十四時間営業の売店で飲み物を買い、ロビーの椅子に座って飲んだ。
「遅い時間に女性だけで帰しちゃったけど平気かな」
「祥子さんの車はスピードがいかつすぎて変態の方が逃げてくんじゃないですかね」
「ほぇー」
サングラスをかけてド派手なスポーツカーのハンドルを握る姿を想像する。
「かっけぇな」
「はい」
昨日からたくさんの人に会い慣れない付き合い方をした反動が肩にのしかかる。やっと静かな夜を迎えられ、冬次にどっと疲れが押し寄せた。
「そのような口説き文句は初めてです。奈良林様はご冗談がお上手なんですね」
話は終わり。残りの時間はアルファたちに催促されお酌をしてまわる葉羽の後ろ姿を見ているだけになった。
横に入れ替わり立ち替わりコンパニオンのオメガが座ったが、冬次がおざなりな相槌を返すことしかしないので全員退屈そうに去っていく。それでも粘った子がいたが、最終的には傷つき怒って、来るもの拒まずな庄司の膝の上に移動していった。
出席しているアルファの誰かと話したいわけでもないので、一時間ほど我慢して地蔵していた席を立つ。ラウンジから冬次が出ていこうがもはや顔見知りすら気に留めなかった。
気づかれずにラウンジの外に出ることに成功すると、空気清浄機で空気を全部入れ替えたくらいの清涼感に呑まれた。それくらいに中の空気は汚く感じられ息を吸うのすら嫌だと思っていたということだ。冬次は七草と祥子の様子が気がかりで、今は嫌な気分を忘れ足を早めた。
「・・・・・・奈良林様お待ちください」
ひっそりと追いかけてきた声に飛び上がり、足を止める。
笑みを引き攣らせてふり返ると、葉羽が立っていた。
「すいません、俺が途中で帰ったこと秘密にしてもらえますか?」
冬次は汗をかいた額を掻く。
「咎めるつもりはありません。参加も帰宅もアルファの方々の自由ですよ」
「助かります」
掻いた手を首の後ろに置き、葉羽を見やった。
「俺に用ですか?」
「・・・・・・。先ほどお話していたことですが、詳しく聞かせてもらえますか」
「えっと、なんでしたっけ」
「私に似た人がいるとおっしゃった話です」
「あぁ、それはどうしようかな」
冬次は唇に拳をあて、一瞬黙りこみ訊ねる。
「気になるんですか?」
「聞いたことがない話だったものですから」
「ふぅん。話したら俺の頼みも聞いてくれますか?」
葉羽が眉をひそめた。不可解と顔に書いてある。
「交換条件が必要な話なんですか。その割にはうっかり口を滑らせましたよね」
「あはは、痛いとこ突くな。でもちょっとあんた達に腹立ってるので意地悪です。俺、心狭いんで」
もちろんそれだけじゃないが。南雲のことを話すかどうかは悩ましい問題だ。
しかし他人の空似と片付けられない目の前の男から話を聞きたいと思っていたのは冬次もそうで、あちらから追いかけてきた時に、この男と話をするべきという何らかの運命を感じる。
「では結構です。お手間取らせました」
葉羽はあっさり引いた。
「怪しいので遠慮しますよ」
「待って、気になってるんでしょ?」
「本日はありがとうございました」
駆け引きするには相手が悪かった。アルファたちの接待を数多くこなしてきた葉羽はいわば色白な痩身の中に歴戦の猛者を飼っている。ふらりふらり飛びまわる蝶のように相手をいなすことにかけたらこの人の右に出るものはいないだろう。
「話をさせてください」
と冬次は言わされた。
「・・・・・・」
葉羽の返答はない。
「お願いします」
「そこまでおっしゃるなら時間を取りましょうか」
完全に女王様のペースだ。
「ではこの件は日を改めて」
こてんぱんにしてやられた後は急いで客室に戻った。室内では瞼にほんのり赤いが差した祥子と七草が和やかなムードでお喋りしている。祥子は七草の前で少しは涙を発散できたようだ。
冬次の帰宅を知ると、祥子が帰り支度をはじめる。
「俺のことはおかまいなく」
「いえ、もうすっきりしました。もう大丈夫だと思います」
すると祥子に目配せされた七草がうなずいた。
「祥子さんなら乗り越えられるよ」
七草のお墨つきどおり、パーティ会場では自害を決意した人間を彷彿とさせる青白い顔だった祥子の頬には生気が戻っている。
「私たちのこれからはエミリと真剣に話し合ってみることにする。もちろん冷静にね」
「そうですか。きっと上手くいきます」
「ありがとう」
彼女たちに幸多からんことを願って、冬次は祥子と握手を交わした。祥子をロビーまで送り、その帰りに七草と二十四時間営業の売店で飲み物を買い、ロビーの椅子に座って飲んだ。
「遅い時間に女性だけで帰しちゃったけど平気かな」
「祥子さんの車はスピードがいかつすぎて変態の方が逃げてくんじゃないですかね」
「ほぇー」
サングラスをかけてド派手なスポーツカーのハンドルを握る姿を想像する。
「かっけぇな」
「はい」
昨日からたくさんの人に会い慣れない付き合い方をした反動が肩にのしかかる。やっと静かな夜を迎えられ、冬次にどっと疲れが押し寄せた。
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