未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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77 小さな希望

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 冬次は苛立ちを収め、うなずいた。

「でも兄貴は俺に関わってほしくないんじゃなかったか?」
「そうしたかったが、私も涼くんの未来を守りたいからね」

 冬次は目をかっぴらいて首を横にふった。

「いやぁ、槍でも降るんじゃね」
「心外だな、私にも若者の幸せを願う心くらいあるんだが」
「てっきり道具みたいな認識なのかと思ってた」
「彼と私は対等だと思ってるよ」

 兄貴の言葉はよどみない。

「ふぅん」

 冬次は目を逸らす。兄貴はかまわず発言をつづけた。

「涼くんが薬の開発後に死を望んでることは知ってる。なんとかしてやりたい」

 息を呑んだ音が個室に響いたんじゃないかと思うほど、冬次は自覚してる以上に過敏に反応していた。テーブルにのせた手が汗をかいている。

「⋯⋯何ができるってんだよ」
「わからないから考える。涼くんが作ろうとしてる世界はきっと素晴らしい世界になる。その世界で彼にもちゃんと生きてほしい。だからなぜかやたらと親しいお前にも知恵を借りたい」

 冬次は何も言えず奥歯を噛む。

「生きるために家族が必要なら私がなります」

 そう声にしたのは葉羽。
 冬次は先日話した時に聞いた葉羽と南雲の母親の事情を思い出す。

“「私と夕貴は座間家で雇われてた給仕の子供で、父親は座間家の人間。オメガだと判明した直後に普通の暮らしから引き離され、この世界に身を置くようになりました。特別なことなのだとむしろ喜んだ私とは正反対に夕貴は元の暮らしを恋しがっていたんです。夕貴が妊娠して苦しんでた時、私は理解するどころか突き放し追い詰めた。ずっと後悔して責任を感じてる」”

 冬次は兄貴を受け入れられない気持ちもあったが、ここにいる全員の目的は一致する。

「俺が涼くんに会いにいってもいいんだな?」

 そう念を押すと、兄貴がうなずく。

「わかった。協力しよう。兎沢さんと谷峨さんにも話すよね?」

 兄貴と葉羽が訳ありな様子で視線を合わせた。

「そのことなんだが」

 兄貴が言う。

「谷峨くんの身元を調べた」
「は? なんで?」
「彼は座間家の養子だ」
「だから何。もう縁を切ったって」
「本当にそうかな」

 冬次は困惑し、葉羽に救いを求める。

「嘘じゃないって兄貴に教えてあげてくださいよ」
「ごめんなさい。わからなかったんです」

 葉羽が首を横にふる。

「ひとつ確実なのは、谷峨帯人は私を謀ろうとした人物の養子だということ」
「親子?」
「そうです。表向きは縁切りして家に寄りつきませんが裏でどうしているかはわかりません」
「谷峨先輩もグルになって政治家のクソ事業にのっかってるかもしれないってこと?」

 葉羽が今度は首を縦にふった。

「マズいじゃん⋯⋯」

 冬次は兄貴を見た。

「マズいな。涼くんとすすめてる極秘の計画を明かしてしまった」
「詰みかよ。打開策はあんだろうな」

 しかし兄貴は肩をすくめただけだった。

「お得意の根回しは?」
「万策尽きたところだ。やられたよ。俺は仁科議員の立場上ギリギリまで動かないし動けない。涼くんの保護を名目に金と人員を使えるが正直いつ解任されるかという危機的状況だ」
「葉羽さんはどう?」
「とにかくあちらは事業を失敗させないためになりふりかまわないでしょう。掴まれる尻尾を残さないことが重要なんじゃないでしょうか」
「うん、うん、ですね」

 焦る冬次に葉羽が微笑んだ。

「今日はお祝いの席なんですよ」
「へ?」
「小さな希望が生まれた日のお祝い。私の願いが誰かの願いと重なった日なんですから。こうなる日がくると思ってなかったので嬉しいです。一生私だけで抱えていくものかと思ってた」

 葉羽は新しいグラスにシャンパンを注いで配ると、控えめに持ちあげる。

「改めまして、乾杯」

 かけ声に合わせて冬次もグラスをぶつけ、軽やかな音を立てた。
 この会食が終わってから、冬次は兎沢にことの成り行きを全て話した。場所は高級店の個室席と打って変わって深夜のファストフード店の角席だ。ガランとした店内のさらに陰になった座席を選び、ヒソヒソと話し終えると兎沢は腕組みした上半身を背もたれに投げる。

「仁科さんが急にお前と連絡とれって言うからなんだと思えばそういうことか」
「っすね」
「あいつがなぁ。ま実際、俺も谷峨と付き合いは長いけどそれだけだしな」
「まだ先輩が裏切り者だと決まったわけじゃないですから。状況的に怪しいって話で、いまだに俺らの活動に影響出てないってことは密告する相手なんかいないんですよ。俺は信じてます」
「どっちでも悟らせないようにしろってことだな」

 兎沢が組んだ腕を頭を後ろにやる。

「そういや俺、フリーのジャーナリストになったんよ」
「会社は?」
「信頼できる人間にあげた。これからいろんなやつに迷惑かけてくことになるだろうから身軽にしときたくてな」

 冬次がうなずくと、兎沢は体を前に倒し、指を曲げてペットの動物を呼ぶような仕草をした。

「ちょっと耳貸せ」

 冬次は眉を上げ、顔を近づける。

「ナナクサ製薬に潜った時もう一個ネタを掴んだ。これは誰にも言ってない」
「どんな」
「まだ言えねぇな。たぶん俺たちが足を突っ込んでる問題に関連してる」
「兄貴も知らない?」
「知らないと思うね。仁科さんがナナクサ製薬と関わるようになるよりもっと昔の話だ」

 その時、兎沢が着ているジャケットのポケットでアラームが鳴った。

「悪い、別件の仕事だから行くわ」
「今からですか」

 比較的夜遅くまで人の往来がある風俗街でさえ静まりかえる時間帯だ。

「フリーになったし仕事を選んでちゃ生きてけないのよ。じゃあな」

 兎沢が手をひらひらと揺らして席を立った。席を離れる間際につぶやかれた嫌味に対抗して冬次は背中に向かって歯を剥き出しにして変顔する。

「聞こえてんだよ。どうせおぼっちゃま育ちにはわからない悩みですよ」

 それからニヤリとし、旧友を失った寂しい気持ちを思い出し真顔に戻った。
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