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84 熱を出すと弱気になるせい
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「だるー⋯⋯、くっそつらい」
熱を出すと弱気になる現象を身をもって体験し、冬次は誰かに助けを求めたくなる。藤井が元気だったらまっさきにSOSをしていただろう。でも今はできなくて、高熱でうなされようと手足が震えようと自分の世話は自分でしなければならない。
冬次はもうひと眠りし、起きるとほんの三十分しか経っていなかった。カラカラに喉が渇いてたせいで最後のスポーツドリンクを飲み終えてしまい、キッチンの水道まで這っていった。スポーツドリンクのペットボトルを容器にして水道水を満たし、またベッドまで戻ると大仕事を終えた後のように動けなくなる。
冬次は耳障りな音で起こされた。微かだが何度もくり返される音と、声。
「寝かせろよ」
うるさくて布団に丸まる冬次だが、次の瞬間に玄関へ視線をやる。
声だ。人が外からドアを叩いている。
こっちは熱で寝込んでるっていうのに迷惑な人がいるもんだ。朝から大声だして人んちの前で騒いだら近所迷惑で管理人に怒られる。その管理人が乗り込んできたのか? ゴミはキチンと分別してる方なのに。
「今出ますんで大声出さないで」
冬次は頭をおさえながら玄関をあけた。そこに立っていたのは七草。彼は冬次を呼びつづけていたために汗だくだった。
「頭がキンキンするから⋯⋯て、どうして」
「何度も電話したんですけど繋がらなくて、冬次さんの会社に行ったら昨日具合が悪そうだったときいたので」
「それで来てくれたの? ごめん寝てたから電話は」
「わかってます。お邪魔していいですか」
「汚いけどどうぞ」
最近はまめに連絡するよう気をつけているので心配させてしまったらしい。七草は部屋に入るとキッチンに買い物袋を置いた。高級嗜好向けのスーパーの袋には食材が詰まっていて、近所のスーパーじゃ見かけない野菜の葉が飛びでている。
「栄養のあるもの作りますね。冬次さんは寝ててください」
テキパキとエプロンを身につけた七草が袖をまくり、キッチンに立つ。
「朝からそんなに食べられるかな」
「冷蔵庫に入れておけば好きな時に温めて食べられるでしょ。それにもう朝じゃないですよ」
「えっ、嘘」
スマホで時間を確認するとすでに昼過ぎだ。現在時刻を知ると途端に腹が空いてきた。
七草の言葉に甘えることにした冬次はベッドに寝転がり、うとうとしながら食事が出来上がるのを待った。
夢うつつの中で七草に肩を揺さぶられ、冬次は寝ぼけまなこのまま起き上がる。
「定番だけどお粥ですよ。食べられますか?」
「食べる」
しっかり睡眠を取れたおかげで体感では熱が八割がた下がっている感じだ。テーブルにはあり物の器に盛られたお粥が食欲をそそる匂いをさせてるが、元気を取り戻した冬次の胃はがっつりした料理を欲している。フライドチキンとか。
「足りないかもしれない」
冬次のつぶやきを聞いて七草が目を丸くした。
「すごい食欲。一応お粥はお鍋いっぱいに作ったけど」
「全部食べちゃえそうだよ」
「いいですよ。食べちゃってください」
実際に冬次は鍋にあったお粥もペロリと平らげ、夜用にタッパーに入れられていたおかずまで胃に収めてしまった。デザートを最後に完食し、頼んで購入してきてもらった風邪薬を飲んで、言われるがままベッドに横になる。エネルギー補給もできたことで冬次の熱はすっかり下がっているようだったが、世話をやいてくれる七草を眺めていたくて冬次は大人しくそうしていた。
とはいえもう体が元気なため眠れず、退屈をもてあましはじめたので、いつになくお喋りが口をついてでた。
「善光くん、こっち来て」
家事をやってくれる七草を呼びつけてくだらない話を持ちかけては邪魔をする。
「少しで終わるから待っててくださいね」
七草は何度でも嫌な顔せず来ては家事に戻り、冬次が邪魔をしたせいで完了させるのに時間がかかっていた。冬次はそうやって長引かせることを望み、わざとやっている。弱った時に出てくる冬次の内面は自分のために世話をやいてくれる七草を帰らせたくないと思っていて、今すぐ自分のものにしたいと望む愛情に飢えた子供のような心が残っていた。
「適当にしといていいからさ、こっち来て」
「仕方ないなぁ」
「おいで。こっち座って」
冬次は彼の手を握り、引き寄せる。体をずらすと、七草もまんざらじゃない顔でベッドに入った。
一緒に寝ることもある二人は慣れた姿勢だが、七草は冬次の熱っぽい目つきと触り方に一変した雰囲気を敏感にとらえ、伏せた睫毛が戸惑うように震えて口数が少なくなった。冬次は片手で七草の肩を撫で、片手で手を握っている。緊張で汗ばんできた七草のフェロモンと自身の匂いが混ざりあい、うっとりと落ち着く香りに包まれて冬次の心は満たされた。
そこで七草を押し倒そうとしたが、すんでのところでブレーキをかける。
けれど今の二人の気持ちは同じ領域にあり、一致していた。冬次が許せばいつでも曖昧な関係を壊し晴れて正式な関係を築くことができる。
その時は近いのかもしれない。
頑なだった片思いは春に溶けていく積雪のごとく崩れはじめた。雪解け水が川へと流れだしたら勢いはもう止まらない。
熱を出すと弱気になる現象を身をもって体験し、冬次は誰かに助けを求めたくなる。藤井が元気だったらまっさきにSOSをしていただろう。でも今はできなくて、高熱でうなされようと手足が震えようと自分の世話は自分でしなければならない。
冬次はもうひと眠りし、起きるとほんの三十分しか経っていなかった。カラカラに喉が渇いてたせいで最後のスポーツドリンクを飲み終えてしまい、キッチンの水道まで這っていった。スポーツドリンクのペットボトルを容器にして水道水を満たし、またベッドまで戻ると大仕事を終えた後のように動けなくなる。
冬次は耳障りな音で起こされた。微かだが何度もくり返される音と、声。
「寝かせろよ」
うるさくて布団に丸まる冬次だが、次の瞬間に玄関へ視線をやる。
声だ。人が外からドアを叩いている。
こっちは熱で寝込んでるっていうのに迷惑な人がいるもんだ。朝から大声だして人んちの前で騒いだら近所迷惑で管理人に怒られる。その管理人が乗り込んできたのか? ゴミはキチンと分別してる方なのに。
「今出ますんで大声出さないで」
冬次は頭をおさえながら玄関をあけた。そこに立っていたのは七草。彼は冬次を呼びつづけていたために汗だくだった。
「頭がキンキンするから⋯⋯て、どうして」
「何度も電話したんですけど繋がらなくて、冬次さんの会社に行ったら昨日具合が悪そうだったときいたので」
「それで来てくれたの? ごめん寝てたから電話は」
「わかってます。お邪魔していいですか」
「汚いけどどうぞ」
最近はまめに連絡するよう気をつけているので心配させてしまったらしい。七草は部屋に入るとキッチンに買い物袋を置いた。高級嗜好向けのスーパーの袋には食材が詰まっていて、近所のスーパーじゃ見かけない野菜の葉が飛びでている。
「栄養のあるもの作りますね。冬次さんは寝ててください」
テキパキとエプロンを身につけた七草が袖をまくり、キッチンに立つ。
「朝からそんなに食べられるかな」
「冷蔵庫に入れておけば好きな時に温めて食べられるでしょ。それにもう朝じゃないですよ」
「えっ、嘘」
スマホで時間を確認するとすでに昼過ぎだ。現在時刻を知ると途端に腹が空いてきた。
七草の言葉に甘えることにした冬次はベッドに寝転がり、うとうとしながら食事が出来上がるのを待った。
夢うつつの中で七草に肩を揺さぶられ、冬次は寝ぼけまなこのまま起き上がる。
「定番だけどお粥ですよ。食べられますか?」
「食べる」
しっかり睡眠を取れたおかげで体感では熱が八割がた下がっている感じだ。テーブルにはあり物の器に盛られたお粥が食欲をそそる匂いをさせてるが、元気を取り戻した冬次の胃はがっつりした料理を欲している。フライドチキンとか。
「足りないかもしれない」
冬次のつぶやきを聞いて七草が目を丸くした。
「すごい食欲。一応お粥はお鍋いっぱいに作ったけど」
「全部食べちゃえそうだよ」
「いいですよ。食べちゃってください」
実際に冬次は鍋にあったお粥もペロリと平らげ、夜用にタッパーに入れられていたおかずまで胃に収めてしまった。デザートを最後に完食し、頼んで購入してきてもらった風邪薬を飲んで、言われるがままベッドに横になる。エネルギー補給もできたことで冬次の熱はすっかり下がっているようだったが、世話をやいてくれる七草を眺めていたくて冬次は大人しくそうしていた。
とはいえもう体が元気なため眠れず、退屈をもてあましはじめたので、いつになくお喋りが口をついてでた。
「善光くん、こっち来て」
家事をやってくれる七草を呼びつけてくだらない話を持ちかけては邪魔をする。
「少しで終わるから待っててくださいね」
七草は何度でも嫌な顔せず来ては家事に戻り、冬次が邪魔をしたせいで完了させるのに時間がかかっていた。冬次はそうやって長引かせることを望み、わざとやっている。弱った時に出てくる冬次の内面は自分のために世話をやいてくれる七草を帰らせたくないと思っていて、今すぐ自分のものにしたいと望む愛情に飢えた子供のような心が残っていた。
「適当にしといていいからさ、こっち来て」
「仕方ないなぁ」
「おいで。こっち座って」
冬次は彼の手を握り、引き寄せる。体をずらすと、七草もまんざらじゃない顔でベッドに入った。
一緒に寝ることもある二人は慣れた姿勢だが、七草は冬次の熱っぽい目つきと触り方に一変した雰囲気を敏感にとらえ、伏せた睫毛が戸惑うように震えて口数が少なくなった。冬次は片手で七草の肩を撫で、片手で手を握っている。緊張で汗ばんできた七草のフェロモンと自身の匂いが混ざりあい、うっとりと落ち着く香りに包まれて冬次の心は満たされた。
そこで七草を押し倒そうとしたが、すんでのところでブレーキをかける。
けれど今の二人の気持ちは同じ領域にあり、一致していた。冬次が許せばいつでも曖昧な関係を壊し晴れて正式な関係を築くことができる。
その時は近いのかもしれない。
頑なだった片思いは春に溶けていく積雪のごとく崩れはじめた。雪解け水が川へと流れだしたら勢いはもう止まらない。
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