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85 やっと決めたこと
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冬次は一日で全快したので会社に出勤すると、社員たちに引き気味に驚かれた。店舗のサーバーで入れた温かい飲み物を金子が持ってきてくれ、冬次に体調について訊ねる。
「もう働いて大丈夫なんですか?」
「平気へいき。元気だよ」
金子はまじまじ冬次を見つめると、物珍しそうに首をかしげた。
「社長のことだから無理して仕事しに来たんじゃないかと心配してたんですけど、ほんとに治っちゃったんですね。なんか前よりスッキリした顔してません?」
「そうかな」
「わかった。あの素敵な恋人さんに看病してもらったんですね。羨ましいなぁ。やらし~」
眉をひそめる言い方だが、冬次は昨日を思い出し赤面する。
「最近お昼に外出するのも恋人さんに会うためなんですよね?」
「仕事のつき合いだよ」
「いや、私はわかってますから」
理解ある金子は勝手に結論をまとめ、微笑みながら彼女自身のデスクに戻った。
冬次は気にせず手帳を取り出して眺める。休みなく詰め込まれた予定でびっしりのカレンダーが熱を出す前と後で見え方が変わった。とても大切だった予定がそうでなくなって重要度が入れかわったのだ。手帳をスマホに持ちかえて指を滑らせる。
「座間、おはよう」
「昨日は音沙汰なかったな。どうしたんだ?」
「熱が出て寝込んでた」
「へぇ?」
「そりゃ俺だって疲れが溜まればそういうこともあんだろ」
だが座間が疑問符を投げかけたのは冬次の声色が浮ついていることに対してだった。
熱で寝込んでた人間が弾んだ声でまるでそれが良いことだったかのように話すので、電話口で首をひねっていたのである。
「この電話は毎度の近況報告でいいんだよな?」
「ああそうだよ。頼む」
座間がこれにもまた首をひねった。
「異常なし。来客もなし。連日机にかじりついてるだけさ」
「わかった。サンキュー」
「それだけか。いつももっと根掘り葉掘り訊くじゃないか」
「お前は訊かれたくなさそうにするくせに」
冬次は言い返して電話を切り、手帳に入れた予定を消した。今日は様子を見にいく予定で印をつけていたのだが、上から線を書いて完了サインにしてしまった。
昼に時間ができた冬次は休息をとる。往復のために車を飛ばして息を切らす必要はなくなり、病み上がりを大義名分にしていつもの二倍の時間をとっても社員たちは文句を言わなかった。
食後のコーヒーを飲み終えた後も席に座って時間を費やすのは、毎日働きつづけていた冬次にとってのんびりした空白の時間だった。
休憩のあいだスマホで写真つきのメッセージを受信し、ひらいてみて顔がほころぶ。
七草が藤井の見舞いに行っているらしく、並んでピースサインしてる写真だ。またたく間に意気投合し仲良しになっている。
冬次はしばらく写真を眺めてから端末に保存し、七草に「会いたい」と返事を送った。
夜に七草が来てくれると、待ちきれずに部屋に入れ、柔らかい体を抱きしめる。
「シャワーしてきたの?」
冬次は七草の首筋の匂いを嗅ぐ。
「どうして」
「あまりフェロモンが匂うと良くないと思って」
七草がうなじに蓋をするように手を置き、持っていた袋を鼻先に突きだした。冬次の鼻腔は食べ物の香りで上書きされる。
「家で作ってきたんです」
腹が減っていたので、密着を解いた冬次は袋の中を覗く。タッパーの中身は冬次の好物ばかりだ。
「すげぇ美味そう」
「藤井さんに冬次さんの好きなもの教えてもらったので」
「昼間会ってきたんだっけ」
「はい。それ温めますね」
キッチンに向かう七草にくっついて移動し、冬次は話を続ける。
「連絡先いつ交換したの」
「実は今日は冬次さんのお兄さんもいて」
冬次の頬に電流が走り、にやけ顔が引き締まった。
「兄貴⋯⋯?」
タッパーの中身を皿に移している七草は冬次の顔色の変化に気づかない。
「仁科さんがお見舞いに誘ってくれたんですよ」
「ふぅん」
あのピースサインの、第三者にしか撮れない角度で写された写真は兄貴が撮ったわけだ。
兄貴と藤井は友人であるため見舞いに訪れるのはおかしくないが、反射的にわいてくるモヤモヤはちゃっかり未来の幸せ家族に仲間入りしようとしてる図々しさへの嫌悪感のせいだった。
「兄貴と頻繁に連絡とるの?」
冬次は後ろから七草に腕を絡める。
「僕からはあまり」
ふり返った七草の目にはふてくされた冬次の唇が映った。
七草が指でへの字に曲がった唇をさわり、触れるだけのキスをする。
「お兄さんと一緒だったの嫌だった? ごめんね」
冬次は七草の首筋に顔を埋める。
「うん。俺のいないとこで兄貴に連絡しないで」
「ふふ。わかりました」
七草は冬次の頭を撫で、冬次は彼の手を掴むと、向き合うように体勢を入れかえた。キッチンという空間で以前起こした失敗を思い浮かべて七草がひるみ、冬次に抱きすくめられると体をこわばらせた。
「冬次さん、僕もうすぐヒートだと思うんです。だから離れた方がいいです」
しかし冬次は七草の手を握って目を見つめた。
「次のヒートで善光くんを抱きたい」
七草の瞳が曇る。
「でもそんなことしたら⋯⋯」
「その日に番にしちゃうかもしれないね」
「冬次さんはいいの⋯⋯?」
七草は冬次があの時同様にフェロモンに呑まれた勢いで言っているんじゃないかと恐れている。冬次は七草の不安を拭う。
「俺が興奮してどうしようもなくなってるように見える?」
冬次の心臓は告白のために緊張して暴れまわっていたが、頭は落ち着いて冷静だ。
「俺は本気で言ってるよ。善光くんの気持ちを聞かせて」
冬次から伝わる温もりに、七草はこわばった体の力をゆるゆると抜く。
「必ずそばにいるって約束してくれる?」
七草の唇がわななくように動き、閉じた。冬次は小さくぎこちない声に耳を傾け、これまでにないほど穏やかな気持ちでうなずいて七草の額に口づけた。
「もう働いて大丈夫なんですか?」
「平気へいき。元気だよ」
金子はまじまじ冬次を見つめると、物珍しそうに首をかしげた。
「社長のことだから無理して仕事しに来たんじゃないかと心配してたんですけど、ほんとに治っちゃったんですね。なんか前よりスッキリした顔してません?」
「そうかな」
「わかった。あの素敵な恋人さんに看病してもらったんですね。羨ましいなぁ。やらし~」
眉をひそめる言い方だが、冬次は昨日を思い出し赤面する。
「最近お昼に外出するのも恋人さんに会うためなんですよね?」
「仕事のつき合いだよ」
「いや、私はわかってますから」
理解ある金子は勝手に結論をまとめ、微笑みながら彼女自身のデスクに戻った。
冬次は気にせず手帳を取り出して眺める。休みなく詰め込まれた予定でびっしりのカレンダーが熱を出す前と後で見え方が変わった。とても大切だった予定がそうでなくなって重要度が入れかわったのだ。手帳をスマホに持ちかえて指を滑らせる。
「座間、おはよう」
「昨日は音沙汰なかったな。どうしたんだ?」
「熱が出て寝込んでた」
「へぇ?」
「そりゃ俺だって疲れが溜まればそういうこともあんだろ」
だが座間が疑問符を投げかけたのは冬次の声色が浮ついていることに対してだった。
熱で寝込んでた人間が弾んだ声でまるでそれが良いことだったかのように話すので、電話口で首をひねっていたのである。
「この電話は毎度の近況報告でいいんだよな?」
「ああそうだよ。頼む」
座間がこれにもまた首をひねった。
「異常なし。来客もなし。連日机にかじりついてるだけさ」
「わかった。サンキュー」
「それだけか。いつももっと根掘り葉掘り訊くじゃないか」
「お前は訊かれたくなさそうにするくせに」
冬次は言い返して電話を切り、手帳に入れた予定を消した。今日は様子を見にいく予定で印をつけていたのだが、上から線を書いて完了サインにしてしまった。
昼に時間ができた冬次は休息をとる。往復のために車を飛ばして息を切らす必要はなくなり、病み上がりを大義名分にしていつもの二倍の時間をとっても社員たちは文句を言わなかった。
食後のコーヒーを飲み終えた後も席に座って時間を費やすのは、毎日働きつづけていた冬次にとってのんびりした空白の時間だった。
休憩のあいだスマホで写真つきのメッセージを受信し、ひらいてみて顔がほころぶ。
七草が藤井の見舞いに行っているらしく、並んでピースサインしてる写真だ。またたく間に意気投合し仲良しになっている。
冬次はしばらく写真を眺めてから端末に保存し、七草に「会いたい」と返事を送った。
夜に七草が来てくれると、待ちきれずに部屋に入れ、柔らかい体を抱きしめる。
「シャワーしてきたの?」
冬次は七草の首筋の匂いを嗅ぐ。
「どうして」
「あまりフェロモンが匂うと良くないと思って」
七草がうなじに蓋をするように手を置き、持っていた袋を鼻先に突きだした。冬次の鼻腔は食べ物の香りで上書きされる。
「家で作ってきたんです」
腹が減っていたので、密着を解いた冬次は袋の中を覗く。タッパーの中身は冬次の好物ばかりだ。
「すげぇ美味そう」
「藤井さんに冬次さんの好きなもの教えてもらったので」
「昼間会ってきたんだっけ」
「はい。それ温めますね」
キッチンに向かう七草にくっついて移動し、冬次は話を続ける。
「連絡先いつ交換したの」
「実は今日は冬次さんのお兄さんもいて」
冬次の頬に電流が走り、にやけ顔が引き締まった。
「兄貴⋯⋯?」
タッパーの中身を皿に移している七草は冬次の顔色の変化に気づかない。
「仁科さんがお見舞いに誘ってくれたんですよ」
「ふぅん」
あのピースサインの、第三者にしか撮れない角度で写された写真は兄貴が撮ったわけだ。
兄貴と藤井は友人であるため見舞いに訪れるのはおかしくないが、反射的にわいてくるモヤモヤはちゃっかり未来の幸せ家族に仲間入りしようとしてる図々しさへの嫌悪感のせいだった。
「兄貴と頻繁に連絡とるの?」
冬次は後ろから七草に腕を絡める。
「僕からはあまり」
ふり返った七草の目にはふてくされた冬次の唇が映った。
七草が指でへの字に曲がった唇をさわり、触れるだけのキスをする。
「お兄さんと一緒だったの嫌だった? ごめんね」
冬次は七草の首筋に顔を埋める。
「うん。俺のいないとこで兄貴に連絡しないで」
「ふふ。わかりました」
七草は冬次の頭を撫で、冬次は彼の手を掴むと、向き合うように体勢を入れかえた。キッチンという空間で以前起こした失敗を思い浮かべて七草がひるみ、冬次に抱きすくめられると体をこわばらせた。
「冬次さん、僕もうすぐヒートだと思うんです。だから離れた方がいいです」
しかし冬次は七草の手を握って目を見つめた。
「次のヒートで善光くんを抱きたい」
七草の瞳が曇る。
「でもそんなことしたら⋯⋯」
「その日に番にしちゃうかもしれないね」
「冬次さんはいいの⋯⋯?」
七草は冬次があの時同様にフェロモンに呑まれた勢いで言っているんじゃないかと恐れている。冬次は七草の不安を拭う。
「俺が興奮してどうしようもなくなってるように見える?」
冬次の心臓は告白のために緊張して暴れまわっていたが、頭は落ち着いて冷静だ。
「俺は本気で言ってるよ。善光くんの気持ちを聞かせて」
冬次から伝わる温もりに、七草はこわばった体の力をゆるゆると抜く。
「必ずそばにいるって約束してくれる?」
七草の唇がわななくように動き、閉じた。冬次は小さくぎこちない声に耳を傾け、これまでにないほど穏やかな気持ちでうなずいて七草の額に口づけた。
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