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次の週末、冬次は兄貴に呼びだされた。比較的タイムリーなタイミングに冬次がスマホ画面の兄貴の名前にムッとしたのは言うまでもなく。場所は美世が働く店。葉羽を含めた定例会の日だった。
冬次が店に到着すると、美世に個室まで案内された。またこの日も冬次が一番最後の到着だったらしく、個室には兎沢の姿もあった。滅多に口にできない高い酒を遠慮なしに飲んでいる。チームに谷峨はいない。今夜はその谷峨が議題にされるのだろう。
「くそ忙しい時に呼び出しやがって、進展があったんだろうな?」
冬次は兄貴にだけ聞こえるように噛みしめた歯の隙間から声をだした。
「まぁ座れ」
兄貴に顎で指図されたのが気に食わなかったが、人前で兄弟喧嘩をするのはやめ席につく。兄貴がいない方向に顔を向けると、目が合った葉羽が微笑んだ。
「先日は長埜さんをご紹介いただいてありがとうございました」
冬次は兄貴限定のしかめっ面をすばやく引っ込めて笑いかえす。
「こちらこそ俺のわがままきいてもらっちゃって。涼くんも時間をかけて説得すれば会ってくれるはずですから」
「わかってますよ。私は大丈夫です」
そこまで話したところで個室に料理が運ばれてきたので全員口をとざし、店員が去った後で改めて兄貴が話し合いを開始させた。
「せっかくなので食べながらにしましょう。ここの料理は美味しいですよ」
「悠長にめし食いに来たんじゃないんだけど?」
ソワソワしながら突っかかる冬次を、兄貴はなんと温もりを感じさせる目で見たのだ。藤井になら喜べる目つきも、兄貴からだと全身の肌が粟立って仕方ない。ゾワゾワする腕をさすり、冬次は兄貴を睨んだ。
落ち着かないのはスマホが気になるからだった。七草と約束を交わしてから、ヒートにはまだ日数がある話だったが、連絡がいつ来てもいいようにしていたかった。
「せっかちな弟のためにみなさん協力してくださいますか」
もはや一言ひとことに冬次は寒気がし、挙手した兎沢のために口をつぐむ。
「発言いいすか。俺が張ったところによると帯人が外出するのは週に一回。それも決まって隣駅にある団地に行ってます。半日経たずに出てくるんでおそらくここで誰かと密会してるのではと。マンションを訪れてくるのは俺の知ってるダチか出版社の人間だけでしたね」
兎沢が手帳を読み上げると、兄貴が感心して興味を示した。
「団地の契約者は調べられる?」
「調べたんっすけど帯人本人でした」
「そう」
兄貴は考えこみ、ワインを口に運ぶ。
静かに聞いていた葉羽が手を挙げる。
「次は私から。私が調査した座間家の夫婦ですがこちらもいたってガードが固く、縁切りした息子と会っている証拠は捉えられませんでした」
冬次は腕を組み、ため息を落とした。
「なんだよ進展なしか⋯⋯」
つぶやきは無意識に口から出たもので冬次自身も他人の声のように耳で聞いており、兎沢が舌打ちをした時に驚いて目を瞠った。
「上の空に聞いてたくせに適当こいてんじゃねぇよ」
「すいません」
気まずくなった沈黙をやぶり、兄貴が咳払いする。
「涼くんの様子はどうだろう」
話を振られた冬次は兄貴に感謝したものの、完全には納得いかない顔のままだった。
「涼くんは⋯⋯」
あれ?
冬次は首をかしげながら言葉に詰まる。
「どうした。続けてくれ」
兄貴は辛抱強く言葉を待っている。けれど冬次がいくら考えても最近の南雲の様子が思い浮かぶことはなかった。座間との電話連絡だけに済ませていたせいで、少し前まではどんな些細な異変も見逃すまいとしていたのに今では南雲が本当に元気かどうか自信がない。
「数日おきに見にいってくれてるんですよね」
確かに葉羽にはそう話している。冬次は体面を取りつくろい、葉羽にうなずいた。
「朝も晩も寝ずに研究に没頭してますよ。異常はなしです」
他に言うことがなく口を閉じる。
「ありがとう冬次。涼くんの面倒は冬次に任せたぞ」
「うん⋯⋯」
兄貴の目を見れないまま返事をし、冬次は手癖でスマホの画面をつけた。明るくなった画面の待ち受けに新着通知はなし。時刻は店に到着してから三十分も経っていなかった。
「ちょっと急用」
早く立ち去りたかった冬次はスマホに連絡があったふりをして席を離れる。そして帰ると無我夢中で座間に電話をかけた。
「もしもし?」
電話に出た座間は起きがけの気だるそうな声だ。それを聞いて冬次は冷や水を浴びせられたかのように急に頭が冷えてきて、衝動的な自分の行動に恥ずかしくなる。
「何? 急用?」
何も言わない冬次を座間は訝しみ矢継ぎ早に問いかけてきた。冬次がいつも昼にしか電話しないためだ。
「番号まちがえたわ。ごめん」
「勘弁してくれよ~。今さっき仮眠とれたとこだったんだぞ」
「今度お詫びするよ。涼くんは?」
「えっ」
「だから、変わりないか?」
冬次は話しながらついでのように聞こえていないか気をつけた。
「昼お前に報告したとおりだよ。今は寝てる」
「そっか。うん、そうだよな」
「もう切っていいか」
「ああ。おやすみ」
通話が切れたスマホを放りなげると、極度の緊張で手のひらに汗をかいていることに気づいた。馬鹿ばかしいと思いつつも眠れぬ夜を過ごし、翌日早めに仕事を終わらせた冬次は病院に車を走らせて藤井に助けを求めた。
冬次が店に到着すると、美世に個室まで案内された。またこの日も冬次が一番最後の到着だったらしく、個室には兎沢の姿もあった。滅多に口にできない高い酒を遠慮なしに飲んでいる。チームに谷峨はいない。今夜はその谷峨が議題にされるのだろう。
「くそ忙しい時に呼び出しやがって、進展があったんだろうな?」
冬次は兄貴にだけ聞こえるように噛みしめた歯の隙間から声をだした。
「まぁ座れ」
兄貴に顎で指図されたのが気に食わなかったが、人前で兄弟喧嘩をするのはやめ席につく。兄貴がいない方向に顔を向けると、目が合った葉羽が微笑んだ。
「先日は長埜さんをご紹介いただいてありがとうございました」
冬次は兄貴限定のしかめっ面をすばやく引っ込めて笑いかえす。
「こちらこそ俺のわがままきいてもらっちゃって。涼くんも時間をかけて説得すれば会ってくれるはずですから」
「わかってますよ。私は大丈夫です」
そこまで話したところで個室に料理が運ばれてきたので全員口をとざし、店員が去った後で改めて兄貴が話し合いを開始させた。
「せっかくなので食べながらにしましょう。ここの料理は美味しいですよ」
「悠長にめし食いに来たんじゃないんだけど?」
ソワソワしながら突っかかる冬次を、兄貴はなんと温もりを感じさせる目で見たのだ。藤井になら喜べる目つきも、兄貴からだと全身の肌が粟立って仕方ない。ゾワゾワする腕をさすり、冬次は兄貴を睨んだ。
落ち着かないのはスマホが気になるからだった。七草と約束を交わしてから、ヒートにはまだ日数がある話だったが、連絡がいつ来てもいいようにしていたかった。
「せっかちな弟のためにみなさん協力してくださいますか」
もはや一言ひとことに冬次は寒気がし、挙手した兎沢のために口をつぐむ。
「発言いいすか。俺が張ったところによると帯人が外出するのは週に一回。それも決まって隣駅にある団地に行ってます。半日経たずに出てくるんでおそらくここで誰かと密会してるのではと。マンションを訪れてくるのは俺の知ってるダチか出版社の人間だけでしたね」
兎沢が手帳を読み上げると、兄貴が感心して興味を示した。
「団地の契約者は調べられる?」
「調べたんっすけど帯人本人でした」
「そう」
兄貴は考えこみ、ワインを口に運ぶ。
静かに聞いていた葉羽が手を挙げる。
「次は私から。私が調査した座間家の夫婦ですがこちらもいたってガードが固く、縁切りした息子と会っている証拠は捉えられませんでした」
冬次は腕を組み、ため息を落とした。
「なんだよ進展なしか⋯⋯」
つぶやきは無意識に口から出たもので冬次自身も他人の声のように耳で聞いており、兎沢が舌打ちをした時に驚いて目を瞠った。
「上の空に聞いてたくせに適当こいてんじゃねぇよ」
「すいません」
気まずくなった沈黙をやぶり、兄貴が咳払いする。
「涼くんの様子はどうだろう」
話を振られた冬次は兄貴に感謝したものの、完全には納得いかない顔のままだった。
「涼くんは⋯⋯」
あれ?
冬次は首をかしげながら言葉に詰まる。
「どうした。続けてくれ」
兄貴は辛抱強く言葉を待っている。けれど冬次がいくら考えても最近の南雲の様子が思い浮かぶことはなかった。座間との電話連絡だけに済ませていたせいで、少し前まではどんな些細な異変も見逃すまいとしていたのに今では南雲が本当に元気かどうか自信がない。
「数日おきに見にいってくれてるんですよね」
確かに葉羽にはそう話している。冬次は体面を取りつくろい、葉羽にうなずいた。
「朝も晩も寝ずに研究に没頭してますよ。異常はなしです」
他に言うことがなく口を閉じる。
「ありがとう冬次。涼くんの面倒は冬次に任せたぞ」
「うん⋯⋯」
兄貴の目を見れないまま返事をし、冬次は手癖でスマホの画面をつけた。明るくなった画面の待ち受けに新着通知はなし。時刻は店に到着してから三十分も経っていなかった。
「ちょっと急用」
早く立ち去りたかった冬次はスマホに連絡があったふりをして席を離れる。そして帰ると無我夢中で座間に電話をかけた。
「もしもし?」
電話に出た座間は起きがけの気だるそうな声だ。それを聞いて冬次は冷や水を浴びせられたかのように急に頭が冷えてきて、衝動的な自分の行動に恥ずかしくなる。
「何? 急用?」
何も言わない冬次を座間は訝しみ矢継ぎ早に問いかけてきた。冬次がいつも昼にしか電話しないためだ。
「番号まちがえたわ。ごめん」
「勘弁してくれよ~。今さっき仮眠とれたとこだったんだぞ」
「今度お詫びするよ。涼くんは?」
「えっ」
「だから、変わりないか?」
冬次は話しながらついでのように聞こえていないか気をつけた。
「昼お前に報告したとおりだよ。今は寝てる」
「そっか。うん、そうだよな」
「もう切っていいか」
「ああ。おやすみ」
通話が切れたスマホを放りなげると、極度の緊張で手のひらに汗をかいていることに気づいた。馬鹿ばかしいと思いつつも眠れぬ夜を過ごし、翌日早めに仕事を終わらせた冬次は病院に車を走らせて藤井に助けを求めた。
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