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87 俺じゃない
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七草との関係を前進させることを報告するため見舞いの予定は伝えてあり、冬次は時間どおりに病室を訪れた。つらい体を起こして迎えてくれた藤井は自分よりも不健康な顔色の冬次に目を丸くした。
「今日お前から聞けるのはいい話だと思ってたんだけどな」
冬次はドアのところに立ったままうつむく。まるで教師に怒られてしょぼくれた学生だ。
「ごめん克己さん。俺もそのはずだったよ」
藤井は冬次を近くに呼び椅子に座らせると、話を急かさず備えつけのミニ冷蔵庫からゼリーを出して勧めた。
「お見舞いにもらったものだよ。一緒に食べないか?」
「うん」
食欲がないかもしれない藤井が無理をして気づかってくれるのに、健康体の冬次が甘えているわけにはいかない。冬次は勧められたゼリーを食べたおかげで枯渇していたエネルギーが満タンになったようにふるまった。
「美味いねこれ。誰から?」
「誰だったかな。いろいろおすそ分けをもらったりするんだ」
「でもさっきお見舞いにもらったって言ってなかった?」
そう言うと、克己が眉尻を下げて笑う。
「わかった観念するよ。善光くんが持ってきてくれたものだよ」
藤井に答えに冬次はポカンとした。
「どうしてそのこと隠したんだよ」
「だっててっきり彼と喧嘩したんだと思ったからさ」
「いいや」
冬次は下を向き、目にかかった前髪で自分の表情を覆う。
「俺は善光くんと番になろうと思ってる。今日を報告に来たんだ」
「よかったじゃないか。おめでとう」
「ありがとう⋯⋯」
だが冬次の視線は床の無機質なタイル上を頼りなさげに泳いでいる。
「ん?」
藤井の声が曇った。
「善光くんを幸せにできる自信がないんだ。俺ってカッコ悪いよね」
七草を大事にしたいと思えば思うほど南雲がちらついて、七草を愛するために南雲を心から追い出せば、自分がひどくみじめで最低なやつに思えてしまうのだ。
最低はわかる。あっちを大切にしたりこっちを大切にしたり不誠実だったからだ。
でも、みじめってなんだよ⋯⋯。
中途半端に愛情をかけられてる七草や気まぐれにかまわれたりされなかったりする南雲の方がかわいそうだろう。
「冬次はカッコ良くいたいのか?」
「え、そんなつもりで言ったんじゃなくて」
「別にわけあって訊いたんじゃないよ。アルファってのはそういう生き物だからな。だから普通の感情だし恥に思う必要はない。けど一緒になるからには見栄を張らないで真摯に向き合うしかないんじゃないか?」
ずれたアドバイスは冬次の心に響かないが、正直に打ち明ける勇気がなく、冬次はうなずいた。
藤井はため息をつく。
「迷ってるんだな?」
冬次はザラザラとささくれだつ心に戸惑い、すぐに否定した。
「ちがう。さすがにありえない」
藤井は納得したと言って笑わない。
「本当にもう諦めたんだよ」
「ならなんでさっきから苛々してるんだ?」
「してないよ」
「してる」
冬次も頑固だが藤井も頑固だ。昔から冬次のために正しいと思ったことは簡単に変えず貫きとおす。
「うう。百歩譲って俺がまだ南雲さんを引きずってるとしても俺はどうにかしようとしてるじゃん!」
「そうだな。でも努力が足りないんじゃないのか。お前は諦める諦めると言うだけで暇があればあいつのことを考えてるだろう。三十にもなって中学生気取りか?」
「誰が中学生だよっ。普通かわいい弟にそこまで言うか? 俺がどんだけ長いあいだ南雲さんを好きだったと思ってんだ。スパッと切り替えられるはずないだろ」
「ほれみろ。それが本音だ」
場所が病院なので、声量を抑えていた二人だが、藤井が息を切らして言い合いをストップさせた。
「もうどうしようもないじゃん」
冬次の気持ちはぐちゃぐちゃになる。少年の南雲を放置してしまったことに想像以上にショックを受け、藤井に相談すれば助けてもらえると期待したのに、親ライオンは子ライオンを崖から突き落とした。
「克己さんが涼くんを番にしてよ」
無鉄砲すぎる発言を聞いて、藤井が口元を引きつらせる。
「馬鹿を言うんじゃない」
「でも俺は南雲さんでもある涼くんを世界一幸せにしないと気が済まないんだ。運命の二人がくっつけば俺はすっきりして善光くんと番える」
藤井は怒る気もなくしたようで、仰向けに体を倒し目を閉じた。
「克己さん、寝たの?」
冬次が問いかけると、目を閉じた藤井の唇が動く。
「現代に生きている彼は運命の番を望んでいるのか」
「当たり前じゃん。だって南雲さんだよ?」
「つまりまだ望んでないってことだな」
冬次はぐっと言葉に詰まった。
「未来では求めた」
諦めずにいる冬次を、藤井はうつろなため息で黙らせる。
「俺に未来の話をしないでくれ」
「やだよ。またそういうこと言うの。俺の方が怒るよ」
「はぁ。悪いが疲れた」
しかし黙りこんで帰らない冬次のせいで休むことができない藤井が先に根を上げた。目をあけると引き出しから南雲の古いスマホを取りだし冬次へ返す。
「俺は力になれないよ。そいつが理由だ。意地を張ってるんじゃないってことをわかってほしい」
冬次は眉をひそめ手の中のスマホに目を落とす。
「ロック解除試したの?」
スマホは充電されており、画面に軽く触れると電源がついた。これだけで藤井がこのスマホをつい最近触ったのだと知れ、冬次には藤井が南雲に心残りをもっているようにしか思えなかった。
疑わしく思いながら画面をタップすると次に表示されたのはロック解除画面で、冬次は唖然とする。
ロック解除は三度の失敗により時間をおいてから試してくださいーーとなっている。
「今日も試した。昨日も。一週間前も」
冬次はハッとして顔をあげた。
「言葉がちがうのかも。もう少し試してみなよ」
そう言って南雲のスマホを突きかえしたが、藤井は受け取らず、ごろんと冬次に背中を向けてしまった。
「いいや。たぶん、俺の声じゃない。あいつが求めたのは俺じゃないんだよ」
「今日お前から聞けるのはいい話だと思ってたんだけどな」
冬次はドアのところに立ったままうつむく。まるで教師に怒られてしょぼくれた学生だ。
「ごめん克己さん。俺もそのはずだったよ」
藤井は冬次を近くに呼び椅子に座らせると、話を急かさず備えつけのミニ冷蔵庫からゼリーを出して勧めた。
「お見舞いにもらったものだよ。一緒に食べないか?」
「うん」
食欲がないかもしれない藤井が無理をして気づかってくれるのに、健康体の冬次が甘えているわけにはいかない。冬次は勧められたゼリーを食べたおかげで枯渇していたエネルギーが満タンになったようにふるまった。
「美味いねこれ。誰から?」
「誰だったかな。いろいろおすそ分けをもらったりするんだ」
「でもさっきお見舞いにもらったって言ってなかった?」
そう言うと、克己が眉尻を下げて笑う。
「わかった観念するよ。善光くんが持ってきてくれたものだよ」
藤井に答えに冬次はポカンとした。
「どうしてそのこと隠したんだよ」
「だっててっきり彼と喧嘩したんだと思ったからさ」
「いいや」
冬次は下を向き、目にかかった前髪で自分の表情を覆う。
「俺は善光くんと番になろうと思ってる。今日を報告に来たんだ」
「よかったじゃないか。おめでとう」
「ありがとう⋯⋯」
だが冬次の視線は床の無機質なタイル上を頼りなさげに泳いでいる。
「ん?」
藤井の声が曇った。
「善光くんを幸せにできる自信がないんだ。俺ってカッコ悪いよね」
七草を大事にしたいと思えば思うほど南雲がちらついて、七草を愛するために南雲を心から追い出せば、自分がひどくみじめで最低なやつに思えてしまうのだ。
最低はわかる。あっちを大切にしたりこっちを大切にしたり不誠実だったからだ。
でも、みじめってなんだよ⋯⋯。
中途半端に愛情をかけられてる七草や気まぐれにかまわれたりされなかったりする南雲の方がかわいそうだろう。
「冬次はカッコ良くいたいのか?」
「え、そんなつもりで言ったんじゃなくて」
「別にわけあって訊いたんじゃないよ。アルファってのはそういう生き物だからな。だから普通の感情だし恥に思う必要はない。けど一緒になるからには見栄を張らないで真摯に向き合うしかないんじゃないか?」
ずれたアドバイスは冬次の心に響かないが、正直に打ち明ける勇気がなく、冬次はうなずいた。
藤井はため息をつく。
「迷ってるんだな?」
冬次はザラザラとささくれだつ心に戸惑い、すぐに否定した。
「ちがう。さすがにありえない」
藤井は納得したと言って笑わない。
「本当にもう諦めたんだよ」
「ならなんでさっきから苛々してるんだ?」
「してないよ」
「してる」
冬次も頑固だが藤井も頑固だ。昔から冬次のために正しいと思ったことは簡単に変えず貫きとおす。
「うう。百歩譲って俺がまだ南雲さんを引きずってるとしても俺はどうにかしようとしてるじゃん!」
「そうだな。でも努力が足りないんじゃないのか。お前は諦める諦めると言うだけで暇があればあいつのことを考えてるだろう。三十にもなって中学生気取りか?」
「誰が中学生だよっ。普通かわいい弟にそこまで言うか? 俺がどんだけ長いあいだ南雲さんを好きだったと思ってんだ。スパッと切り替えられるはずないだろ」
「ほれみろ。それが本音だ」
場所が病院なので、声量を抑えていた二人だが、藤井が息を切らして言い合いをストップさせた。
「もうどうしようもないじゃん」
冬次の気持ちはぐちゃぐちゃになる。少年の南雲を放置してしまったことに想像以上にショックを受け、藤井に相談すれば助けてもらえると期待したのに、親ライオンは子ライオンを崖から突き落とした。
「克己さんが涼くんを番にしてよ」
無鉄砲すぎる発言を聞いて、藤井が口元を引きつらせる。
「馬鹿を言うんじゃない」
「でも俺は南雲さんでもある涼くんを世界一幸せにしないと気が済まないんだ。運命の二人がくっつけば俺はすっきりして善光くんと番える」
藤井は怒る気もなくしたようで、仰向けに体を倒し目を閉じた。
「克己さん、寝たの?」
冬次が問いかけると、目を閉じた藤井の唇が動く。
「現代に生きている彼は運命の番を望んでいるのか」
「当たり前じゃん。だって南雲さんだよ?」
「つまりまだ望んでないってことだな」
冬次はぐっと言葉に詰まった。
「未来では求めた」
諦めずにいる冬次を、藤井はうつろなため息で黙らせる。
「俺に未来の話をしないでくれ」
「やだよ。またそういうこと言うの。俺の方が怒るよ」
「はぁ。悪いが疲れた」
しかし黙りこんで帰らない冬次のせいで休むことができない藤井が先に根を上げた。目をあけると引き出しから南雲の古いスマホを取りだし冬次へ返す。
「俺は力になれないよ。そいつが理由だ。意地を張ってるんじゃないってことをわかってほしい」
冬次は眉をひそめ手の中のスマホに目を落とす。
「ロック解除試したの?」
スマホは充電されており、画面に軽く触れると電源がついた。これだけで藤井がこのスマホをつい最近触ったのだと知れ、冬次には藤井が南雲に心残りをもっているようにしか思えなかった。
疑わしく思いながら画面をタップすると次に表示されたのはロック解除画面で、冬次は唖然とする。
ロック解除は三度の失敗により時間をおいてから試してくださいーーとなっている。
「今日も試した。昨日も。一週間前も」
冬次はハッとして顔をあげた。
「言葉がちがうのかも。もう少し試してみなよ」
そう言って南雲のスマホを突きかえしたが、藤井は受け取らず、ごろんと冬次に背中を向けてしまった。
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