未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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88 怖い怖くない

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 南雲のスマホをぼんやり手にしたまま冬次は愛車のハンドルにつっぷした。

「南雲さんは意地悪だなぁ」

 そうつぶやきを洩らし、思案するのに時間を割く。だがいくら考えたところで天才の頭の中をトレースできるはずもなく、諦めてアクセルを踏んだ。
 夜も遅いため冬次は帰宅するつもりだったが、不意にある思いつきが浮かび谷峨のマンションへ寄り道する。昼夜関係ない生活をする谷峨ならばいつ訪問しようと気をつかわなくてよかった。
 兄貴たちとの会合後に谷峨に会うのでマンション外に見張りがいる可能性を気にしつつ、足早にエントランスに入ると、驚くべきことに谷峨とばったり鉢合わせた。
 谷峨はラフな部屋着姿で宅配ボックスの荷物を取りに降りてきた瞬間だったとみえる。

「そろそろ来る頃かなって思ってたよ」

 谷峨がゆったりと笑い、冬次は兄貴たちと抱えている懸念を察せられたかと青ざめた。

「例のスマホの件でしょ?」
「あ・・・・・・そっちか」
「うん? なんか言ったかな?」
「いいえ。スマホのことっす」

 冬次が手の中で振ったスマホに谷峨の視線が止まる。

「部屋に行こう」

 谷峨は踵をかえし、冬次を連れてエレベーターで上階にのぼった。不用心にも部屋はあけっ放しで、玄関の棚に小包を放ると、飲みかけのワイングラスを鼻歌まじりに取りにいく。

「冬次くん泊まってく?」

 ワインをひと口飲んだ谷峨がふらりとキッチンに立つ。

「俺は水でいいっすよ」
「残念」

 冬次のグラスにミネラルウォーターが注がれ、冬次に渡されると、谷峨はソファに腰をおろした。
 冬次はなんとなく座る気になれず広さのあるリビングでうろうろと歩きまわった。頭でまず初めに言うべきことを考えながら窓に自分の姿を映す。夜だというのに谷峨の部屋の窓はカーテンがされておらず、暗い夜景に室内の人間がちぐはぐに浮かんで見える。下手くそな合成写真じみた映像の中でソファに座った谷峨が足を組みなおした。この時の音で冬次はうろたえた。
 直後にやってしまった咳払いがわざとらしく聞こえたのだろう、谷峨は唇をうっすら開き微笑する。

「今日の冬次くんは変だね。俺を怖がってる?」
「気のせいですって。やだな」

 冬次は水をあおると、グラスを置く。

「やっぱりアルコールもらおうかな」
「うんいいよ、どうぞ」

 谷峨はソファから乗りだし、ボトルを冬次のグラスに注いだ。冬次は注がれたものを一気に飲み干し、テーブルに戻す。谷峨が笑いながらおかわりを注いでくれる。

「見ていて爽快な飲みっぷり。寝る時はそこ使っていいから、気にせず飲んでよ」

 続けざまに高アルコールのワインを胃におさめ、視界が怪しくなると共に警戒心が和らいでいく。冬次は口をぬぐうと、ここへ来た本題へと話題を移した。

「俺が依頼したスマホの声紋認証のことですけど」
「うん」
「実は解除の仕方がわかってるんじゃないですか?」

 心理戦に挑もうという谷峨の目は腹の底を決して見せない凪いだ色をしていた。気品たっぷりに前髪を掻きあげ、どう答えれば相手の意表をつけるかと考えてるような顔つきだ。

「⋯⋯なんて思ったのは、先輩ができないっていうのが信じられなかったからでして」

 冬次が先にダラダラ言いわけを追加する。

「それは俺を買いかぶりすぎだね」
「先輩の腕をもってしてもなんですか」
「返した時にも言ったよね。プログラム作った人がヤバすぎるって。正真正銘の天才にかかれば俺なんて凡人なんだよ」
「そうなんですか」

 しょげかえった冬次を前に谷峨の目が輝いた。

「冬次くんにそこまでお願いされるのは悪くない気分だねぇ」

 天井を眺めて何やら熟考を始めた谷峨は、おもむろに腰を上げる。

「よし、ついてきて」

 冬次は待っているうちに眠りに落ちそうだった意識を引きあげ、谷峨の背中を追った。軽やかな足取りの谷峨が仕事部屋のパソコンの電源を入れ、手始めに南雲のスマホと接続させる。そうして目で追えない速さでキーを打ち込んでいく。谷峨はモニターから目を逸らさず、単調な作業を見物する冬次は再び睡魔に襲われた。
 そしてふと気づいた時にはリビングのソファで寝かされていた。
 奥の仕事部屋からうっすらと明かりが漏れている。お洒落なデザイン照明の仄かな光を頼りに谷峨はパソコンに向き合っていた。単調にキーを打つ作業は終わったようで、新しく起動させたシステムを使って解析処理が完了するのを待っている。
 仕事部屋に入って聞こえたのだが、谷峨は目覚めた冬次の足音に気づかず、横顔に含み笑いを浮かべながら人と通話していた。

「先輩」

 冬次が声をかけた途端に谷峨がふり返り通話が切られる。スマホ画面は下にされて電話相手の名前は見えなかった。

「起きてたんだ」
「っす。寝ちゃっててすいません。運んでくれたんですか」
「冬次くんが自分で歩いてったよ。面白かった」

 何も聞かなかったように会話しながらも、谷峨のスマホが気になってチラチラ覗きみる。
 しかしパソコンが唸り音をあげたことで冬次の意識はそちらに向けられた。

「お。終わったみたい」
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