未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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90 無責任

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「無理だ」

 間髪入れずに答えていた。

「涼くんがヒートを起こして大変なんだ」
「・・・・・・っ!」
「お前を呼んでる」
 どうしてこのタイミングなのか。今じゃなけりゃ飛んでいったものを。
「悪いけど急いでるんだ」

 赤信号が青にかわり、電話を切ると車を進める。だがしつこく着信通知が届いたため、次の赤信号でハンズフリー通話にした。七草の自宅まであと数分といった場所だ。

「何回電話してきたって無理なんだよ」
「涼くんが心配じゃないのかよ。まだたった二度目のヒートで心細いはずだ」
「わかるけど、こっちも切迫してんの」
「涼くんより憂慮すべき事態があんのかよ」
「あるよ」

 冬次はじりじりと気をもみながらハンドルを指で叩く。

「俺はちゃんとするって決めたんだ」
「はぁ? 涼くんほったらかしてどこがちゃんとしてるって?」

 座間の声が冬次の口調にのせられて段々と喧嘩腰になった。

「ずっと言おうと思ってたけど最近の奈良林は冷たいよな。涼くんの要請にはできるかぎり応えると約束してあげたんじゃないのかよ。そういうの無責任って言うんじゃないのか」

 冬次は殴られたように思考が止まり、後続車からクラクションを鳴らされて我にかえった。

「涼くんの面倒みるのは座間の仕事だろ」
「そうだよ。でも俺にはできないことだから助けを求めてる」
「無責任だな」

 苛々していたせいもあり仕返しのつもりで同じ語彙を使って言いかえすと、座間のため息が聞こえた。

「ああ、お互いにな。奈良林には二度と頼まないよ」

 この言葉を最後に座間が通話を切る。座間との仲違いを示すように車内に響く通話音が途切れ、ツーツーというビジートーンが後味の悪さを助長した。 
 今は余計なことを考えている余裕はなく、もうまもなく七草の自宅につく。たとえ世界が滅びようとも無関係でいられる特別な時間が、首を長くして冬次の到着を待っていた。
 なのに鳴ったままの温度を失ったツーツー音がしだいに胸中の心臓の音でかき消されていき、ハンドルを握った手が迷ってしまう。ついに冬次は運転継続が難しくなり、道路わきに車を寄せて止まってしまった。

「どうすればいい?」

 天井に答えが書いていれば簡単だ。ネット掲示板に呼びかけたみたいに誰かが自分の運命を決めてくれたらこれほど楽なことはないだろう。
 スマホには七草からメッセージが入っている。冬次を気づかいながらも急かす文章が並んでいた。
 こっちか。
 車内では通話が切れた時のツーツー音がまだ鳴っているように聞こえる。罪悪感がまとわりつき、自分自身の後悔が聞かせる幻聴だった。
 こっちか。
 選べるのは二つに一つで、選ばなかった方は冬次に失望し離れていくだろう。
 南雲の方は自ら離れたはずだと冬次は奥歯を噛みながら自己をなじるが、しかしながらそれでも自分は迷っているのだった。
 その瞬間、また着信が入った。
 冬次はすばやく電話に出る。そして話を終えると、車を発進させた。




 冬次が息せき切り駆けつけた玄関のドアをあけたのは座間。冬次が最後の最後で選んだのは南雲だった。車の中でかかってきた電話で迷っていた冬次の背中を蹴飛ばすような言葉をくれた座間に選ばされたと言っていいかもしれないが、七草を見捨てたのは冬次自身の意思だ。

「涼くんはっ?」

 冬次は第一声で訊ねる。

「自分を傷つけることをやめてくれない」
「そうか・・・・・・」
「お前の言葉なら聞いてくれるかもしれない」
「ああ」

 地下のドアは外からでも開錠できるシステムだが、南雲が鍵をあけたら首を切ると主張していることから触れないらしい。博識な南雲なら首の動脈を正確に切り裂けてしまうだろう懸念から座間も躊躇したようだ。冬次もそれが正しい判断だと思う。
 ヒートの影響により興奮し酩酊した状態の南雲は何をしでかすかわからない。
 冬次はドアの外からそっと南雲に話しかけた。

「涼くん俺だよ。おっさんが来たよ」

 ドアがあく。隙間から鼻をすする南雲の目だけが見える。

「遅い」
「ごめんね」

 座間に目配せしてから冬次は地下室に体をすべりこませた。

「わぁ、すごいね部屋」

 地下室内は暴風雨でも通過したかに思える荒らされっぷりだ。デスクや棚に陳列してた器具と機器は壊されて床に散らばり、血が落ちている。南雲は体のあえて見える場所に小さな切り傷を作っていた。まだ血が滲んでいる傷は生々しく痛そうで冬次はそれらに眉をひそめた。座間がモニターで彼の自傷行為を見せつけられてどれほど焦ったかと同情する。

「ヒートの調子は?」

 傷はともかく、南雲はふてくされて目元を赤くしているがフェロモンの匂いがしなかった。

「そんなの嘘」

 南雲が澄ました顔で答える。

「はは、やってくれんね。なんで嘘なんてついたの?」
「面白いから」
「はぁ・・・・・・まじか」

 悪ふざけがすぎた嘘に冬次は額を手でおおって息を吐き、もはやいる必要がなくなったと判断したので即刻ドアへと引きかえす。

「来た俺が馬鹿だったよ。楽しかったか?」

 さすがに怒りが思いやる気持ちに勝っており、いつになく強い口調になる。

「こうでもしなきゃおっさん来てくれないじゃん」
「君はもっと賢いと思ってたけどな」
「一ヶ月だよ」
「え、何がかな」
「おっさんが前に来たの一ヶ月も前だよ」

 冬次は足を止めた。
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