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92 責められて当然
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まず受付から苦難の道のりだ。社員でもなくアポもない冬次は入館証をもらえない。七草の知り合いだと確認がとれても理由にならず門前払いされ、ならばと座間の名前を出したら本社にはおりませんのでと丁寧に却下され、最後に仁科春真の使いで来たと言ってようやく通してもらえた。
その後は聞き込みをしながら社内をまわり目撃者を見つけたのだが、トイレから出てきた姿を見たという証言を得ただけだった。
しかし諦めずに手がかりを探すため聞きこみしていると、白衣の研究員が通りかかり声をかけた。研究員は七草を見かけたかと訊ねられ、視線を上向きに浮かして考えながらうなずく。
「あー、見たみた。久しぶりですねって話しかけたんですよ。なんだか具合悪そうでしたねぇ」
冬次は目の前がパッと明るくなった。
「どこで、何をしてましたか」
言葉尻を強くして訊ねると、研究員の気にさわり話の続きを渋られる。
「ていうか、あなたは誰ですか。外部の方にお教えできかねます」
「俺はね、仁科議員の弟なの。兄貴に頼まれて探してるんですけど?」
兄貴の名前を出した途端に研究員の態度が軟化した。
「仁科さんの用事でしたか。わかりました。彼と会話していた研究員がおりますのでこちらへ」
冬次は別の研究員へ取りついでもらう。ラボの薬品庫で作業していたその研究員は施設の棚を示し、保管された薬品の中から手にとった小瓶を冬次に渡す。
「ヒートを抑えこむ薬がほしいと言われましたのでこれを渡しました」
「これは?」
「試作品の抑制剤です。正直これは副作用が危険なレベルで失敗作なんですが、効き目はあります。七草さんはご存知だったみたいですが、強く頼まれ、お断りできませんでした」
「副作用って」
「効果がある約十二時間のあいだ発情反応を完全に抑えフェロモンを無効化するかわりに、吐き気、頭痛、めまいが発生します。尋常な人間は歩けるような状態じゃないのでヒートを起こして寝込んでいるのと変わらないという意見もあります。しかも服用した期間のヒートは通常の二倍長く続きます」
淡々と述べる研究員の話し方に冬次は憤りを爆発させる。
「ヤベェもんなら何がなんでも渡しちゃ駄目だろ!」
掴みかからん勢いで迫ったが、研究員は顔色をかえず冬次の手から小瓶を取りあげて言う。
「七草さんはきちんと理解していましたよ。それでも使ったんですよ。どうして自分ひとりでやらなきゃいけないことがあったんです。止めたかったのならなぜあなたがついててあげなかったんですか? 見たところとても親しい間柄のようですけれど。オメガはヒートのたびに強制的に自由を制限されるんですよ。そんなオメガの気持ちがあなたにわかりますか?」
冬次はひるみ、喉を詰まらせた。
「仕事がありますので失礼します」
研究員が薬品庫を出ていく。意気消沈した冬次が薬品庫をあとにすると、最初に話しかけた研究員が近寄ってくる。
「用事は済みましたか」
冬次の虚ろな目を見た研究員が慄く。冬次は瞼を揉みしだき剣呑な目つきを和らげた。
「最後にいいっすか。善光くんが行きそうな場所わかります?」
研究員は懸命に頭をまわした。
「えぇーと。そういえば社用車のキーが見当たらないんですよ。もしかしたら彼が乗っていったのかも」
研究員によると七草は頻繁に社用車を利用していたそうだ。キーの保管場所も承知しており、持っていこうが不審に思われない。
「乗っていくとしたらどこへ?」
「すいませんがそこまでは。でも真面目な方ですからプライベートで使うということはないでしょう。業務内の使用でしょうね」
ナナクサ製薬での捜索を終えるにはもう充分だ。完璧じゃないが七草が社内でしていたこと知り、捜索場所を次に移す頃合いだろう。
本社の外で冬次はスマホに届いた新着メッセージに気づいた。差出人はあの家政婦。
「なになに。郵送物が爆発したために負傷した?」
ラボから発送された備品が入った段ボールは家政婦が地下室へ届け、南雲が開封した直後に爆発した。爆発は小規模だったので室内に被害は出なかったが、段ボールに近かった南雲は咄嗟に顔を覆ったことで手首に火傷を負った。
「備品が誤って爆発した可能性があり・・・・・・涼さん本人の希望で本社への報告は控えました」
と文章は締めくくられていた。
南雲は冬次に本当の理由を話したくなくて自分でやったと話したが、南雲の性格を考えればうなずける。おかしいのは座間だ。座間が本当のことを冬次に言わなかったのには何かある。
冬次は嫌がらせの件がよぎり、自分への苛立ちで頭が真っ白になりそうだった。
「あいつめ、簡単に裏切りやがって」
座間に向けたつぶやきも、自分自身に重なる。座間が報告を怠ったことを本人に責められないのは冬次が怠ったのと同じ意味になるからだ。あれほど自分の目でと思っていたのに。
しかし自己嫌悪の時間は現在すべきことの邪魔になる。
冬次のスマホが鳴り、心臓がどくんと脈打った。
落ち着けと言い聞かせる。南雲の火傷は現在進行形の事件ではないのだ。
耳にスマホをあてがい応答したが電話口の相手はすぐに話そうとせず、呼吸を乱した荒い息を吐いている。
「苦しいよね」そして「ごめん」
冬次が先にそう伝えると、電話をかけてきた七草が身動ぎする音を立てた。
その後は聞き込みをしながら社内をまわり目撃者を見つけたのだが、トイレから出てきた姿を見たという証言を得ただけだった。
しかし諦めずに手がかりを探すため聞きこみしていると、白衣の研究員が通りかかり声をかけた。研究員は七草を見かけたかと訊ねられ、視線を上向きに浮かして考えながらうなずく。
「あー、見たみた。久しぶりですねって話しかけたんですよ。なんだか具合悪そうでしたねぇ」
冬次は目の前がパッと明るくなった。
「どこで、何をしてましたか」
言葉尻を強くして訊ねると、研究員の気にさわり話の続きを渋られる。
「ていうか、あなたは誰ですか。外部の方にお教えできかねます」
「俺はね、仁科議員の弟なの。兄貴に頼まれて探してるんですけど?」
兄貴の名前を出した途端に研究員の態度が軟化した。
「仁科さんの用事でしたか。わかりました。彼と会話していた研究員がおりますのでこちらへ」
冬次は別の研究員へ取りついでもらう。ラボの薬品庫で作業していたその研究員は施設の棚を示し、保管された薬品の中から手にとった小瓶を冬次に渡す。
「ヒートを抑えこむ薬がほしいと言われましたのでこれを渡しました」
「これは?」
「試作品の抑制剤です。正直これは副作用が危険なレベルで失敗作なんですが、効き目はあります。七草さんはご存知だったみたいですが、強く頼まれ、お断りできませんでした」
「副作用って」
「効果がある約十二時間のあいだ発情反応を完全に抑えフェロモンを無効化するかわりに、吐き気、頭痛、めまいが発生します。尋常な人間は歩けるような状態じゃないのでヒートを起こして寝込んでいるのと変わらないという意見もあります。しかも服用した期間のヒートは通常の二倍長く続きます」
淡々と述べる研究員の話し方に冬次は憤りを爆発させる。
「ヤベェもんなら何がなんでも渡しちゃ駄目だろ!」
掴みかからん勢いで迫ったが、研究員は顔色をかえず冬次の手から小瓶を取りあげて言う。
「七草さんはきちんと理解していましたよ。それでも使ったんですよ。どうして自分ひとりでやらなきゃいけないことがあったんです。止めたかったのならなぜあなたがついててあげなかったんですか? 見たところとても親しい間柄のようですけれど。オメガはヒートのたびに強制的に自由を制限されるんですよ。そんなオメガの気持ちがあなたにわかりますか?」
冬次はひるみ、喉を詰まらせた。
「仕事がありますので失礼します」
研究員が薬品庫を出ていく。意気消沈した冬次が薬品庫をあとにすると、最初に話しかけた研究員が近寄ってくる。
「用事は済みましたか」
冬次の虚ろな目を見た研究員が慄く。冬次は瞼を揉みしだき剣呑な目つきを和らげた。
「最後にいいっすか。善光くんが行きそうな場所わかります?」
研究員は懸命に頭をまわした。
「えぇーと。そういえば社用車のキーが見当たらないんですよ。もしかしたら彼が乗っていったのかも」
研究員によると七草は頻繁に社用車を利用していたそうだ。キーの保管場所も承知しており、持っていこうが不審に思われない。
「乗っていくとしたらどこへ?」
「すいませんがそこまでは。でも真面目な方ですからプライベートで使うということはないでしょう。業務内の使用でしょうね」
ナナクサ製薬での捜索を終えるにはもう充分だ。完璧じゃないが七草が社内でしていたこと知り、捜索場所を次に移す頃合いだろう。
本社の外で冬次はスマホに届いた新着メッセージに気づいた。差出人はあの家政婦。
「なになに。郵送物が爆発したために負傷した?」
ラボから発送された備品が入った段ボールは家政婦が地下室へ届け、南雲が開封した直後に爆発した。爆発は小規模だったので室内に被害は出なかったが、段ボールに近かった南雲は咄嗟に顔を覆ったことで手首に火傷を負った。
「備品が誤って爆発した可能性があり・・・・・・涼さん本人の希望で本社への報告は控えました」
と文章は締めくくられていた。
南雲は冬次に本当の理由を話したくなくて自分でやったと話したが、南雲の性格を考えればうなずける。おかしいのは座間だ。座間が本当のことを冬次に言わなかったのには何かある。
冬次は嫌がらせの件がよぎり、自分への苛立ちで頭が真っ白になりそうだった。
「あいつめ、簡単に裏切りやがって」
座間に向けたつぶやきも、自分自身に重なる。座間が報告を怠ったことを本人に責められないのは冬次が怠ったのと同じ意味になるからだ。あれほど自分の目でと思っていたのに。
しかし自己嫌悪の時間は現在すべきことの邪魔になる。
冬次のスマホが鳴り、心臓がどくんと脈打った。
落ち着けと言い聞かせる。南雲の火傷は現在進行形の事件ではないのだ。
耳にスマホをあてがい応答したが電話口の相手はすぐに話そうとせず、呼吸を乱した荒い息を吐いている。
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