未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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96 あの頃は子供だった

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 冬次と兄貴のあいだで沈黙が流れる。冬次は痙攣するこめかみを押さえた。

「自分たちを上級市民だと勘違いしてるあんたらが普通に気持ちわるかったからだよ。他に何があんだよ」

 兄貴の射るような視線が冬次を縛る。目をさまよわせることもままならないので、ならばと受けて立とうとして睨みかえした。

「お前、小学生の全国模試で俺に負けたこと根にもってるのか?」

 冬次はハッと息を吸う。反応するもんかと思っていたのに、瞳孔のひらきはごまかせない。むしろ意識していたためより早く動揺がばれた。

「冬次?」
「ふざけんな、忘れたよ」

 冬次は近い兄貴の肩を力を込めて押す。

「退けよ」

 しかし冬次が感情的になればなるほど兄貴は落ちつき払って動じない。

「ピアノの発表会でお前の楽譜を破ったことか?」
「・・・・・・」
「大事にしていたゲームを奪ったことか?」

 冬次は怒りの感情で目を大きくひらき、兄貴のとり澄ました顔に食ってかかった。

「全部だよ。ぜんぶ!」


 昔から兄貴は冬次を負かすことに執着していた。苦労せずとも生まれた時から兄貴の方が優れていたので、冬次が勝てたことなど一度たりともない。
 アルファの兄弟を競い合わせた父はその教育方針を盲信していて、勝てばご褒美を与えて負ければ罵倒とより一層の努力を義務づけた。
 アルファに生まれたなら「できて当たり前」が父の口癖で、できなければ我が子だろうと掃き溜めのゴキブリを見るように扱った。
 しんどい。やりたくない。冬次が苦しみを吐露してもできる・・・兄貴からは理解されないし、母は父に従う主義なのでがんばりなさいとしか言ってくれない。
 冬次のつらさを理解して救ってくれたのは藤井だけ。

「でももう諦めてるからわかり合おうと思ってない。俺が勝手に恨んでたようなもんだし。全国模試は毎年兄貴が同じ年齢の時に取った順位に勝てたことなかった。ピアノの発表会は楽譜を暗記してなきゃいけないのにしてなかったから。ゲームは俺が学校の成績下げたせいで父さんから受けた罰だし。そうゆうことがいっぱいいっぱいあったじゃん? だけど今は俺も大人になって昔みたいに恨んでないから兄貴もなかったことにしていいよ。これからも距離感を大事にしてつき合ってこうよ」

 自嘲を含ませた弟の声に兄貴は耳をかたむけ、口を隠してフッと笑った。

「昔のこと、初めて言ってくれたな」

 冬次は眉をひそめる。

「そんなはずなくない?」
「いいや俺は言われてないよ。あの頃のお前は俺に不満をぶつけて怒らなかった。変わりはじめたのは高校生の途中からだ」
「そうだっけ・・・・・・」

 兄貴の目が優しげに細まる。藤井が冬次にするのに似た表情だ。

「俺もあえて慰めたり謝ったりしなかったから良くなかったんだよな。冬次は父に叱責された後はいつも目に力を入れて泣くのを我慢してたから、負けずぎらいなんだと思ってたんだ。声をかけずにいたこと許してほしい。すまなかった」
「急に謝られても困る。つーか、それと兄貴が俺にした意地悪は別問題じゃないか」
「俺も子供の頃から父を上手にあしらえたわけじゃないんだ。父が気に入る息子を演じるしかない時期もあったんだよ」

 冬次はしかめ面を濃くしたが兄貴の主張も理にかなっているので、複雑な感情をまぎらわせるため唇を噛んだ。

「でもあの時のゲームは許せない」

 実際はもうそれほど心にないが、兄貴を糾弾する手立てとして放った。

「あれな。後から冬次の部屋にこっそり返したんだ。気づいてなかったのか?」

 冬次は目を丸くする。

「なかったよ。絶対なかった」

 兄貴は顎をさすりながら考えこむ。

「いや確かに冬次の部屋のゲーム棚に戻した。覚えてるから間違いない」
「え、でも・・・・・・母さんか?」

 兄貴が戻したゲームを冬次に気づかれる前に持ち出せるとしたら母しかいない。

「かもな。母さんに見つかってたのか。すまん」

 兄貴を信じきれたわけじゃないので冬次は疑いの眼差しを向けた。

「母さんもさすがにやるかな」
「やる。父さんに怒られないためにやったんだ」

 断言する兄貴の顔には思いあたるふしがあると書いてあるようだった。
 冬次は考えたくない話題から逃げたくなる。

「母さんって昔からああだったのかな」

 弟のつぶやきを聞いた途端に兄貴は肩をすくめ、横に首をふった。

「母さんはバリバリのキャリアウーマンだったらしい」
「何それ知らない」

 驚天動地の答えに冬次の好奇心は前のめりになる。

「続けられない理由ができた時に父さんと出逢ったらしいな」
「もっと詳しく」
「薬を使わないでもバース性が変異する疾患があるのは知ってるな?」
「うん」
「母さんはアルファからオメガに変異したんだよ。体の変化が原因で勤務が困難になり仕事はやめたんだってさ。父さんはあんな性格だからオメガを普段から軽んじていて、妻になんてほしくなかったんだ。元アルファの母さんは妥協ラインだったらしいね」
「それで母さんは性格まで変わっちゃったのか」

 人生のどん底で父に出逢ってしまったことは不幸としか言いようがない。

「父さんいわく大きな性格の変化はバース性変異による副次的な症状らしい」
「いやいや絶対に父さんのせいでしょ」

 糞親父の許せない点がまた一つ増えたわけだが、嫌いなところはすでに満杯であふれており冬次は今さら失望すらしなかったが。
 ふと瞳を翳らせた兄貴が手で前髪をかきあげる。

「疾患によるものじゃないとしたら」
「うん。そうでしょ?」

 冬次は薄く笑みを浮かべながら兄貴の声に反応した。

「違うちがう。性格の話じゃなくて母さんのバース性変異だよ。どう思うか冬次の意見をききたかったんだ」

 ポカンと首をひねる冬次に兄貴の冷えびえとした目が向けられる。冬次はゾッとし、すぐには頭がまわらない。
 と、その時、着信音が鳴り響いた。
 兄貴へ葉羽から電話だ。
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