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97 蕾の秘密
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「わかった。ご苦労さま。時間ピッタリにありがとう」
兄貴が通話を切り、スマホをおろす。
「さっき言ってたことって何?」
冬次は電話のあいだに冷静さを取り戻していた。
「蕾会のことで葉羽さんからタレコミがあってな」
「え、葉羽さんはなんて」
「うん。今日はもう遅い時間だからまた今度顔を貸してくれるか?」
「いいよ。気になるし」
冬次は言葉を切り、ゴニョゴニョとつけ足す。
「あのさ、兄貴とろくに会話してこなかったこと俺もそうだったかもって思い出してきた」
「うん?」
「ゲーム、まじで本当ならありがとう⋯⋯」
「ああ、俺たち少しは克己にいい報告ができそうだな」
兄弟の話題になる時だけ兄貴のとり澄ました目が藤井そっくりになる。冬次は嫌な気持ちにならずニヤリと笑い、「そこまでじゃないし」と言いかえした。
◆
後日、冬次は兄貴と共に蕾会を訪れた。ちょうど月一の集会日だという蕾会は座間家の離れを利用してひらかれており、庭園を望めるよう開け放たれた縁側の襖から会を仕切る葉羽の姿がうかがえた。
頃合いを見て葉羽に訪れを告げると、葉羽は席を抜けて冬次たちに合流した。
冬次と兄貴は本宅に通され、お手伝いさんらを退室させたのちに本題を話しはじめる。
「ご足労いただいて感謝いたします。今日来てもらったのは蕾会の真の目的を知ってもらうためです」
葉羽の顔つきはひどく疲れている。
「まずはお茶を飲まれては?」
兄貴が隣で痛ましげに眉をひそめ、冬次と目を合わせた。冬次は蕾会のオメガ会員たちの顔を思い浮かべる。離れでお喋りに花を咲かせている彼らの中には、七草は欠席しているが、七草を通じて顔見知りになった人が多数いる。基本的に弱者である蕾会の正規メンバーに悪いことができると思えなかった。
「お気づかい痛み入ります。ですが私自身の至らなさが招いた結果ですので、償いのために何かしていないと落ち着かないのです」
膝の上で重ねられた葉羽の手が震えている。兄貴は葉羽を憂いてため息をつき、ぴんと伸びた肩に手をのせた。性的ないやらしさのない接触に葉羽はわずかに肩の力を抜き、湯呑みに口をつけた。
「君のせいだと思う人間がいると思うか?」
微笑みながら続けて兄貴が言う。
「ありがとうございます」
葉羽は湯呑みを置くと目を伏せる。
「蕾会のみんなを見ていると心苦しいんです。私が知らなかったばっかりに。知っていれば声を上げることもできたでしょうに」
「葉羽さん、冬次にも話してやってくれますか」
兄貴が穏やかな声で頼み、葉羽は冬次の方へ体を向けた。
室内に静かに蔓延する緊張感が伝わり、冬次は唾を呑みこむ。
「南雲涼くんが手掛けるよりずっと前に座間家に生まれたある息子が自身の趣味でバース性をいじる研究をしていたことがわかったんです」
冬次は唾を呑みこみ損ねてむせた。
「ごほっ、ごほっ!」
「大丈夫ですか」
「⋯⋯すんません。それで?」
「金を自由に使える立場を利用して研究は長期にわたって行われていたらしいのです。その間に人体実験のモルモットにされた方々が蕾会のメンバーにいます」
冬次は口を抑えたまま動けなくなった。頭が猛スピードでまわり、葉羽の言葉を解釈しようと試みているからだ。しかしどう理解しようとしてもできない。人として無理だ。
「え、はは、嘘でしょ」
「信じられないかもしれませんが、被害者は例のマッドサイエンティストのせいで人為的に別のバース性からオメガに変えられています。夫として参加する人の中にはアルファに変えられた被害者もいるようです。私は会長を務めながら何も知らずのうのうと過ごし、悔しくてなりません」
唇を噛んで搾り出した苦悶が冬次にも兄貴にも伝わった。冬次は言葉を失くすばかりだが、兄貴が声をかけ葉羽を励ます。
「猛反対を喰らうだろうとわかっていたから一生懸命隠していたんでしょう。こうして見るに蕾会は実験体を永続的に観察できる恰好の場所というわけだった。そうですね?」
葉羽はうなずく。
「そうです。そして涼くんも被害者でしょう。彼はまたちがった志向で操作された個体だそうです。それから谷峨帯人も同じように他と異なる意図で生みだされた一人だということがわかりました」
冬次は葉羽を見つめる。
「葉羽さんはこれからどうするんですか」
「私は夕貴と涼くんに許されない真似をした座間家に復讐をしたいですよ。同じ家の人間だと思うと寒気がするくらいに憎いです。けれど蕾会の方々は実験体にされたことを知らないと思います。波風を立てず、私はこれまでどおり皆さんの穏やかな暮らしを見守ることに専念しようと考えています。それが私の務めです」
葉羽の決意に感服した冬次は兄貴と目を合わせ、いいよなと唇を動かした。兄貴が何も言わないのを同意とみなし、「あとは俺たちでやります」と葉羽を安心させてあげる言葉をかけると、兄貴が口をはさむ。
「けど準備が整ったらひっくり返す覚悟はありますよね?」
冬次は兄貴をキッと睨んだ。
「賛成したんじゃないのかよ」
「おおむね同意だよ。だが計画がくるっては困る」
兄貴ときたら自分の家族以外には血も涙もなくなる男だと呆れる。
「ぷっ」
そんな兄弟のやり取りを葉羽が笑う。
「すみません。なんだかワンちゃん同士の喧嘩みたいで可愛いですね」
謝っているとは思えない台詞に冬次も兄貴も呆気に取られ、二人とも無性に恥ずかしくなり顔を赤くした。しかし口喧嘩はおさまった。
「仁科さんの計画どおりに進めてください。私は覚悟できてます」
「結構です」
兄貴がとり澄まして応えるが、冬次のツボに入る。
「駄目だ。無理」
いつまでも腹を抱えて笑っていると、兄貴は冬次を置き去りにして帰ってしまった。
兄貴が通話を切り、スマホをおろす。
「さっき言ってたことって何?」
冬次は電話のあいだに冷静さを取り戻していた。
「蕾会のことで葉羽さんからタレコミがあってな」
「え、葉羽さんはなんて」
「うん。今日はもう遅い時間だからまた今度顔を貸してくれるか?」
「いいよ。気になるし」
冬次は言葉を切り、ゴニョゴニョとつけ足す。
「あのさ、兄貴とろくに会話してこなかったこと俺もそうだったかもって思い出してきた」
「うん?」
「ゲーム、まじで本当ならありがとう⋯⋯」
「ああ、俺たち少しは克己にいい報告ができそうだな」
兄弟の話題になる時だけ兄貴のとり澄ました目が藤井そっくりになる。冬次は嫌な気持ちにならずニヤリと笑い、「そこまでじゃないし」と言いかえした。
◆
後日、冬次は兄貴と共に蕾会を訪れた。ちょうど月一の集会日だという蕾会は座間家の離れを利用してひらかれており、庭園を望めるよう開け放たれた縁側の襖から会を仕切る葉羽の姿がうかがえた。
頃合いを見て葉羽に訪れを告げると、葉羽は席を抜けて冬次たちに合流した。
冬次と兄貴は本宅に通され、お手伝いさんらを退室させたのちに本題を話しはじめる。
「ご足労いただいて感謝いたします。今日来てもらったのは蕾会の真の目的を知ってもらうためです」
葉羽の顔つきはひどく疲れている。
「まずはお茶を飲まれては?」
兄貴が隣で痛ましげに眉をひそめ、冬次と目を合わせた。冬次は蕾会のオメガ会員たちの顔を思い浮かべる。離れでお喋りに花を咲かせている彼らの中には、七草は欠席しているが、七草を通じて顔見知りになった人が多数いる。基本的に弱者である蕾会の正規メンバーに悪いことができると思えなかった。
「お気づかい痛み入ります。ですが私自身の至らなさが招いた結果ですので、償いのために何かしていないと落ち着かないのです」
膝の上で重ねられた葉羽の手が震えている。兄貴は葉羽を憂いてため息をつき、ぴんと伸びた肩に手をのせた。性的ないやらしさのない接触に葉羽はわずかに肩の力を抜き、湯呑みに口をつけた。
「君のせいだと思う人間がいると思うか?」
微笑みながら続けて兄貴が言う。
「ありがとうございます」
葉羽は湯呑みを置くと目を伏せる。
「蕾会のみんなを見ていると心苦しいんです。私が知らなかったばっかりに。知っていれば声を上げることもできたでしょうに」
「葉羽さん、冬次にも話してやってくれますか」
兄貴が穏やかな声で頼み、葉羽は冬次の方へ体を向けた。
室内に静かに蔓延する緊張感が伝わり、冬次は唾を呑みこむ。
「南雲涼くんが手掛けるよりずっと前に座間家に生まれたある息子が自身の趣味でバース性をいじる研究をしていたことがわかったんです」
冬次は唾を呑みこみ損ねてむせた。
「ごほっ、ごほっ!」
「大丈夫ですか」
「⋯⋯すんません。それで?」
「金を自由に使える立場を利用して研究は長期にわたって行われていたらしいのです。その間に人体実験のモルモットにされた方々が蕾会のメンバーにいます」
冬次は口を抑えたまま動けなくなった。頭が猛スピードでまわり、葉羽の言葉を解釈しようと試みているからだ。しかしどう理解しようとしてもできない。人として無理だ。
「え、はは、嘘でしょ」
「信じられないかもしれませんが、被害者は例のマッドサイエンティストのせいで人為的に別のバース性からオメガに変えられています。夫として参加する人の中にはアルファに変えられた被害者もいるようです。私は会長を務めながら何も知らずのうのうと過ごし、悔しくてなりません」
唇を噛んで搾り出した苦悶が冬次にも兄貴にも伝わった。冬次は言葉を失くすばかりだが、兄貴が声をかけ葉羽を励ます。
「猛反対を喰らうだろうとわかっていたから一生懸命隠していたんでしょう。こうして見るに蕾会は実験体を永続的に観察できる恰好の場所というわけだった。そうですね?」
葉羽はうなずく。
「そうです。そして涼くんも被害者でしょう。彼はまたちがった志向で操作された個体だそうです。それから谷峨帯人も同じように他と異なる意図で生みだされた一人だということがわかりました」
冬次は葉羽を見つめる。
「葉羽さんはこれからどうするんですか」
「私は夕貴と涼くんに許されない真似をした座間家に復讐をしたいですよ。同じ家の人間だと思うと寒気がするくらいに憎いです。けれど蕾会の方々は実験体にされたことを知らないと思います。波風を立てず、私はこれまでどおり皆さんの穏やかな暮らしを見守ることに専念しようと考えています。それが私の務めです」
葉羽の決意に感服した冬次は兄貴と目を合わせ、いいよなと唇を動かした。兄貴が何も言わないのを同意とみなし、「あとは俺たちでやります」と葉羽を安心させてあげる言葉をかけると、兄貴が口をはさむ。
「けど準備が整ったらひっくり返す覚悟はありますよね?」
冬次は兄貴をキッと睨んだ。
「賛成したんじゃないのかよ」
「おおむね同意だよ。だが計画がくるっては困る」
兄貴ときたら自分の家族以外には血も涙もなくなる男だと呆れる。
「ぷっ」
そんな兄弟のやり取りを葉羽が笑う。
「すみません。なんだかワンちゃん同士の喧嘩みたいで可愛いですね」
謝っているとは思えない台詞に冬次も兄貴も呆気に取られ、二人とも無性に恥ずかしくなり顔を赤くした。しかし口喧嘩はおさまった。
「仁科さんの計画どおりに進めてください。私は覚悟できてます」
「結構です」
兄貴がとり澄まして応えるが、冬次のツボに入る。
「駄目だ。無理」
いつまでも腹を抱えて笑っていると、兄貴は冬次を置き去りにして帰ってしまった。
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