未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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106 どっちつかずの関係に決着

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 この後、兄貴が時間を気にかけはじめたので、冬次たちはそろそろお暇することにした。冬次は車に乗りこむ直前、見送りに外まで出てきた長埜が南雲を手招きし車から離れたところでヒソヒソ内緒話を打ち明けていたのを見た。

「長埜さん、なんだって?」

 放っておくなんてことはせず、冬次は気になって訊く。

「母さんが僕を生んだ時の言葉を教えてくれただけ」
「俺にも教えてよ」
 ズケズケと訊くもんじゃないという兄貴の視線に舌を出し、後部座席をふ
り返った。

「自分でかおる先生に訊けば?」
「つれないなぁ。教えてよ」
「⋯⋯僕を生むことができたから母さんは自分がオメガでよかったって言ったらしい」
「へぇ、で涼くんはどう思ったの?」
「別に」

 南雲はそっぽを向き、窓の外を見つめる。



 ◆



 この一週間後に座間から電話がかかってきた。出てみれば聴こえてきた声は南雲のもの。座間から無理やりスマホを取りあげたところが目に浮かぶようだ。

「あー、おっさん?」
「自分からかけておいて訊かないで。おっさんのスマホで当ってますけどねぇ」

 あれから南雲の様子が気になっており、冬次は快活な声に安堵する。用件を訊ねると、南雲は屈託のない声で「あのさ」と言う。

「おっさんのお願いきいてもいいよ」
「そうか! さっそく今日そちらに寄ってもいいかな?」
「無理」

 冬次はガクンと肩を落とした。今日来いという流れの電話じゃなかったのか・・・・・・。
 けれども南雲が引き受けると言ってくれたことに胸が躍り浮かれる冬次。退勤時間間近までは空も飛べそうな気分だったが、明らかに見計らった時間に連絡してきたのは藤井だった。
 藤井は電話で七草が会いたいと言っていると伝えてきた。つまり今すぐに来いと無言のプレッシャーをかけ、冬次を病院に向かわせる。
 面会を許されて嬉しい気持ちより、冬次はどんな顔をして会えばいいかわからない。病室の直前まで最初にかけるべき言葉も思いつかないまま、入る勇気を持てないでいると、煮えを切らした藤井から中に招き入れられた。

「克己さん体調良さそうだね」
「俺じゃなくて善光くんに言え」

 藤井は怒ったような目で見る。声は七草に配慮して低く抑えられていた。

「ごめん」
「謝罪も俺じゃなくて善光くんに」
「わかってるよ」

 七草はベッドに腰掛けていたが、入院着から私服に着替え、個室の荷物もバッグにまとめてある。

「退院するんだね。おめでとうって言っていい?」
「うん。克己さんに説得されて実家でお世話になることにしたんです」
「そっか」

 冬次は藤井からそんな話をしていたとは聞かされていない。冬次のいない間に距離を縮めていた二人はお互いを見る目がどことなく優しい。自分以外に目を向ける七草を前にして冬次は嫉妬ではなく安堵した。ずるいと思うが冬次の本心だった。

「冬次さん。僕たちのお見合いはなかったことにしませんか?」

 冬次は七草が婚約破棄を口にしても驚かなかった。待っていたと言ってもいい。

「俺のせいだね。いっぱい傷つけてごめん。家族には善光くんから断りを入れてくれ」
「駄目だよ。冬次さんから断って」

 七草はゆずらない。

「あのね、僕たちの常識じゃオメガから断るのはマナー違反っていう目で見られちゃうんだ。それに悪いことをしたのは僕だから。なんでこんなことをしちゃったんだろうとは思わないよ。僕は冬次さんが好きだった。でもしちゃいけないことをしたから一緒にいる資格はもうないよね」

 七草の目に真摯に反省の色が浮かぶ。

「俺のことは一生恨んでいい。だが涼くんに怖い思いをさせたことは謝ってやってほしい。涼くんは強がってたけどたび重なる嫌がらせに怯えてたんだよ」

 冬次と七草の問題と、南雲は別だ。今日で七草との関係に決着がつくなら別れる前に言っておきたかった。

「嫌がらせがあったんですか?」

 七草が不思議そうに首をかしげた。

「えっ」
「プロジェクトを外されてから僕が涼くんに会おうとしたのはあの一回だけです」

 しかし冬次は鵜呑みにできず、まさか七草が言い逃れしようとしているのかと信じられない思いだった。

「俺のせいだってわかってるから俺は善光くんを責めないよ?」
「冬次さん! 本当に僕じゃないんです!」
「言い逃れする気か。なら善光くん以外に誰が・・・・・・」

 疑いの目を向けられた七草は傷つき、下瞼に涙をためる。冬次は衝動的に言ってしまい後悔したが、一度吐き出してしまった言葉はもう消せない。
 七草はオメガとしてわきまえた振る舞いをしているだけで、決して弱い人間じゃない。その彼が涙を見せたのはそれほどに痛みを感じたからだ。散々傷つけてまた心を踏み躙った冬次を、七草は今度こそ許さないという目で見る。
 どちらも引っ込みがつかなくなってしまった病室の空気は突いたら割れそうな緊張感に包まれた。

「冬次」

 藤井が気まずい沈黙をやぶった。
 冬次が緩慢にふり返ると、思いがけず頬に重たい痛みが走る。

「——っ、グーで殴ったんかよ」

 冬次の頰はヒリヒリと痛みの余韻を残している。受け身を取れなかったので思いきり殴られた頰の内側は切れ、口の中で血の味がした。
 七草は悲鳴をあげたまま固まっていた。手を出した藤井は殴られた冬次よりも一撃で息を切らしており、肩で呼吸しながら顔を歪ませ、ふらふらのくせに七草をかばう。

「はっ、すぐ手が出るとこ治した方がいいよ」

 冬次は頰をさすり、苦笑した。

「疑ってすみませんでした」

 これまで藤井にはたくさん小突かれてきたが、今の拳は本気だった。おかげで頭が冷えて七草を疑うのは筋違いだと思い直せた。
 七草と険悪なまま別れることにならなくてよかったと冬次は思う。お互いに元どおりとはいかないが、最悪の別れではない。
 藤井にどつかれるように笑顔でじゃあと別れた冬次は
 病院を出ると、感慨に耽る間もなく、険しい顔つきに変わった。
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