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108 はじまりの未来①
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二◯X X年、初夏。
冬次は四十八歳になっていたが定職につかずその日暮らしの人生を送っていた。生まれた時から少しずつ外れはじめた人生が、本格的に狂ってしまったのは恩人の藤井が死んだことがきっかけだった。
コンビニの袋を揺らしながら冬次が向かっていたのは郊外の団地。リノベーションされた真新しい部屋をいくつも素通りし、人一倍老朽化した建物の中に入っていく。錆が剥き出しの階段は冬次のボロボロのスニーカーの下で泣いているような軋みを立てる。初夏だというのに熱中症警戒アラートが発令されたこの日は下着が濡れるほど汗をかき、買ってきたばかりのアイスが部屋に入る前に溶けてしまいそうだった。
差し込んだ鍵をひねると、あいている。
冬次が帰宅すると、クーラーの風に当たって涼んでいたのは谷峨帯人。
「帯人、来てたのか」
一ヶ月前に知り合った谷峨はこうしてふらりとやって来る。気づかぬうちに断りもなく合鍵を作り、主みたいな顔をして居座っているとんでもなく自分本位な図々しい男だ。
「クーラーの風がぬるい」
「贅沢言うなら出てけば?」
「行かないよ~。アイスひとくち」
仕方なく渡せば、谷峨にアイスを半分以上食べられ、冬次は眉根を寄せる。
谷峨という男は本当に奇妙で、上品にまとまった小洒落た服装をし、いつも
身ぎれいでいる。アルファなのは一目瞭然だが、いいとこの坊っちゃんであるのか泊めてくれる人の家をまわって生活しているのか、つかみどころのない雰囲気があった。
冬次が谷峨を遠ざけないのは、谷峨にある話をもちかけられたからだ。
「おい。持ってきてくれたのか」
冬次は無愛想な顔で問う。
「うん。はいこれ。扱いに気をつけて」
「すげぇな。どこで手に入れてくんだよ」
谷峨から受け取ったファンシーなラッピング包みをひらき、中身の拳銃を確認する。
「俺の話、信じてくれた? 半信半疑だったんでしょ」
「ああ」
冬次はうなずき、陰気な目を壁に貼った写真と数多のメモ書きに向けた。
でかでかと赤いバツ印をつけた兄貴の写真の隣には隠し撮りのため画質が悪く顔が判別できない南雲の写真がピン留めされ、近日中の日付と、ターゲットという文字が真っ赤なマーカーで記されている。
「南雲涼。バース性抹消薬の開発者。こいつがバース性を復活させられるんだな?」
「そのはずだよ。新薬に対抗作用のある薬を同時に開発してるはずだからね。引きこもりの非力な男だからちょこっと銃で脅せばいいなりになるよ」
「そう簡単にいくだろうか」
「お兄さんを病院送りにした人がよく言うよ。強力な後ろ盾だった仁科議員は意識不明、今が警備の手薄なチャンスじゃない?」
冬次が黙ると、谷峨はさらに続けた。
「君たちの仲間に賛同する人たちも見つけた。合流して協力しあおう」
「⋯⋯わかった」
冬次がシャワーで汗を流して出ていくと、谷峨は冬次のパソコンで何かを見ていた。冷蔵庫で冷やしておいたビールを二つとって谷峨に渡し、パソコンを覗く。
「何見てる?」
「ネットニュース。バース性からの解放広まるだってさ」
冬次はビールをあおり、無感情に記事を見つめた。
半年前にバース性抹消薬の存在が世に知られてから、国民のあいだでバース性から脱却しようという動きが爆発的に普及し、国の推進のもとやがて国外にも薬は広まり、現在は地球上の人類の約半数がバース性をもたなくなった。日本国内だけで言えば八割に届く勢いだ。
「子供に受け継がせないためにベータ性のあなたもまだの方はお早めに接種をおすすめします⋯⋯かぁ。うーん、どうする冬次くん、俺たちの肩身がどんどん狭くなるよ」
記事の内容、それから笑顔でインタビューを受ける人々の写真が目につき、冬次はパソコンを閉じる。
「読んでた途中だったのに」
谷峨に答えず、むしゃくしゃした気持ちをアルコールの力で抑えこもうとする。
だがいくら缶を空けても冬次の鬱憤は晴れなかった。勝手に眠ってしまった谷峨は冬次の生い立ちやバース性根絶に逆らう理由を詳しく知らない。訊いてこないまま互いの目的と利害が一致したことだけで協力しあわないかと提案してきているのだ。
信用に足る男であるかと問われたら「うん」とは言えない。けれど谷峨が持ちよる情報は有益であり、冬次は拒むことができなかった。何より冬次は全てを懸ける想いであり、南雲を襲撃したあとのことは何も考えていなかった。藤井が大切に思っていたものを守れるなら、警察に逮捕されても最悪その場で殺されても構わない。自分を救ってくれた藤井が死んでしまってから、冬次の生きがいは藤井ができなかったことをかわりにやり遂げようとすることだけだ。
運命の番に人生を賭していた藤井のために、バース性は絶対に失くしちゃならない。
だが実の兄貴すら無慈悲に殴りつけた冷酷な手が一人になると震えてしまう。
冬次は捨てきれない弱さを心の中で武者震いに変えた。
次もやれる。
ここまで来てしまったらもう止まれない。
冬次は四十八歳になっていたが定職につかずその日暮らしの人生を送っていた。生まれた時から少しずつ外れはじめた人生が、本格的に狂ってしまったのは恩人の藤井が死んだことがきっかけだった。
コンビニの袋を揺らしながら冬次が向かっていたのは郊外の団地。リノベーションされた真新しい部屋をいくつも素通りし、人一倍老朽化した建物の中に入っていく。錆が剥き出しの階段は冬次のボロボロのスニーカーの下で泣いているような軋みを立てる。初夏だというのに熱中症警戒アラートが発令されたこの日は下着が濡れるほど汗をかき、買ってきたばかりのアイスが部屋に入る前に溶けてしまいそうだった。
差し込んだ鍵をひねると、あいている。
冬次が帰宅すると、クーラーの風に当たって涼んでいたのは谷峨帯人。
「帯人、来てたのか」
一ヶ月前に知り合った谷峨はこうしてふらりとやって来る。気づかぬうちに断りもなく合鍵を作り、主みたいな顔をして居座っているとんでもなく自分本位な図々しい男だ。
「クーラーの風がぬるい」
「贅沢言うなら出てけば?」
「行かないよ~。アイスひとくち」
仕方なく渡せば、谷峨にアイスを半分以上食べられ、冬次は眉根を寄せる。
谷峨という男は本当に奇妙で、上品にまとまった小洒落た服装をし、いつも
身ぎれいでいる。アルファなのは一目瞭然だが、いいとこの坊っちゃんであるのか泊めてくれる人の家をまわって生活しているのか、つかみどころのない雰囲気があった。
冬次が谷峨を遠ざけないのは、谷峨にある話をもちかけられたからだ。
「おい。持ってきてくれたのか」
冬次は無愛想な顔で問う。
「うん。はいこれ。扱いに気をつけて」
「すげぇな。どこで手に入れてくんだよ」
谷峨から受け取ったファンシーなラッピング包みをひらき、中身の拳銃を確認する。
「俺の話、信じてくれた? 半信半疑だったんでしょ」
「ああ」
冬次はうなずき、陰気な目を壁に貼った写真と数多のメモ書きに向けた。
でかでかと赤いバツ印をつけた兄貴の写真の隣には隠し撮りのため画質が悪く顔が判別できない南雲の写真がピン留めされ、近日中の日付と、ターゲットという文字が真っ赤なマーカーで記されている。
「南雲涼。バース性抹消薬の開発者。こいつがバース性を復活させられるんだな?」
「そのはずだよ。新薬に対抗作用のある薬を同時に開発してるはずだからね。引きこもりの非力な男だからちょこっと銃で脅せばいいなりになるよ」
「そう簡単にいくだろうか」
「お兄さんを病院送りにした人がよく言うよ。強力な後ろ盾だった仁科議員は意識不明、今が警備の手薄なチャンスじゃない?」
冬次が黙ると、谷峨はさらに続けた。
「君たちの仲間に賛同する人たちも見つけた。合流して協力しあおう」
「⋯⋯わかった」
冬次がシャワーで汗を流して出ていくと、谷峨は冬次のパソコンで何かを見ていた。冷蔵庫で冷やしておいたビールを二つとって谷峨に渡し、パソコンを覗く。
「何見てる?」
「ネットニュース。バース性からの解放広まるだってさ」
冬次はビールをあおり、無感情に記事を見つめた。
半年前にバース性抹消薬の存在が世に知られてから、国民のあいだでバース性から脱却しようという動きが爆発的に普及し、国の推進のもとやがて国外にも薬は広まり、現在は地球上の人類の約半数がバース性をもたなくなった。日本国内だけで言えば八割に届く勢いだ。
「子供に受け継がせないためにベータ性のあなたもまだの方はお早めに接種をおすすめします⋯⋯かぁ。うーん、どうする冬次くん、俺たちの肩身がどんどん狭くなるよ」
記事の内容、それから笑顔でインタビューを受ける人々の写真が目につき、冬次はパソコンを閉じる。
「読んでた途中だったのに」
谷峨に答えず、むしゃくしゃした気持ちをアルコールの力で抑えこもうとする。
だがいくら缶を空けても冬次の鬱憤は晴れなかった。勝手に眠ってしまった谷峨は冬次の生い立ちやバース性根絶に逆らう理由を詳しく知らない。訊いてこないまま互いの目的と利害が一致したことだけで協力しあわないかと提案してきているのだ。
信用に足る男であるかと問われたら「うん」とは言えない。けれど谷峨が持ちよる情報は有益であり、冬次は拒むことができなかった。何より冬次は全てを懸ける想いであり、南雲を襲撃したあとのことは何も考えていなかった。藤井が大切に思っていたものを守れるなら、警察に逮捕されても最悪その場で殺されても構わない。自分を救ってくれた藤井が死んでしまってから、冬次の生きがいは藤井ができなかったことをかわりにやり遂げようとすることだけだ。
運命の番に人生を賭していた藤井のために、バース性は絶対に失くしちゃならない。
だが実の兄貴すら無慈悲に殴りつけた冷酷な手が一人になると震えてしまう。
冬次は捨てきれない弱さを心の中で武者震いに変えた。
次もやれる。
ここまで来てしまったらもう止まれない。
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