120 / 139
120 もう大丈夫
しおりを挟む
冬次がちびちびビールを舐めていると、藤井が一人で戻ってきた。
「俺がスイッチになったんだよな」
藤井はグラスに水を汲んでからテーブルに座った。
「まだたまに気持ちがコントロールできなくなるみたいだ。冬次相手だからああなったわけじゃないよ」
「そうか⋯⋯」
冬次は意味もなく結露して濡れた缶の水滴を指でぬぐう動作を続ける。
「あのさ。俺も克己さんに報告することがあって」
「なんだ?」
来る前から二人きりの時に話そうと決めていたことだ。今なら七草が席を外しているので言える。
「南雲さんを見つけたよ」
冬次はひと息で言い、無意識に止めていた息を吐いた。
「少年の彼じゃなくてってことか?」
「そう。そうだよ。ごめん⋯⋯!」
膝で拳をにぎり、その上に視線を落とす。藤井が怪訝そうに眉を浮かした。
「俺に謝るなよ」
「けど俺、南雲さんに好きって告白したんだ。一緒にいたいと思ってる」
「彼が合意したならいいんじゃないのか。したんだろう?」
「でも南雲さんは克己さんの」
南雲さんと藤井は出逢えば愛し合う運命の番のはずが片方は憎んで片方は去ることを選んだ。藤井は気持ちの整理をつけたと言うけれど心で割り切っても切り離せないから運命の番だ。もう二度と会えないから諦めがついていたのかもしれない。南雲さんが生きていたと知ったら気が変わるかもしれない。どうか心変わりをしないでほしい⋯⋯。いくら頭から追い出そうとしても藤井の気持ちが気がかりで確かめずにはいられない。
「お前は俺がやっぱりあいつが好きだと言ったらゆずってくれんのか」
冬次はカラカラの喉で唾を呑み込んだ。
「⋯⋯ゆずらない」
「よな? いい加減に俺に気をつかうな」
「俺は昔っから克己さんに幸せになってほしいって思ってんだぞ!」
声を荒げてしまった冬次はハッとして口をつぐむ。藤井の鉄拳が飛んでくるかと身構えたが、藤井は肘をついて笑っていた。
「ありがとうな」
上手くいなされたようで悔しい。冬次は耳を赤くして奥歯を噛みしめる。
「もっとちゃんと自分の幸せを考えてくれよ」
「善光くんと結婚したことが俺の幸せじゃないって言いたいのか?」
藤井の声がわずかに低くなった。
「俺の幸せと南雲は関係ない。南雲と番になれば俺が幸せになれるなんて勝手にお前が決めつけるな。その気があるならこの時代に生まれた南雲ととっくに番になってんだよ。あの子はまだオメガでもあるしな。だが俺はそうしてない。あの子も俺を求めてない。俺が夢見て憧れてたことはただの夢物語だったんだよ」
「⋯⋯俺は克己さんが運命の番に出逢いたいって語ってた顔が忘れられない」
「お前は優しいな、冬次。俺がお前を縛ってしまっていたんだな」
ちがう。優しくなんかない。藤井からもらった恩を返さなければと思っているだけだ。
藤井がポンと冬次の頭に手を置いた。
「冬次が誤解しないように教えておくよ。俺は善光くんに惚れてる。俺から結婚しないかと持ちかけたんだ。俺は自分の都合で彼の境遇を利用した。どうだ。俺が可哀想か? 俺は自分の幸せにしっかり貪欲だろ?」
冬次がポカンとしていると、優しく置かれていた手で頭をバシッとやられる。
「ってぇ」
「アルファ舐めんなよ。思い知ったか」
「ふぁい」
主に藤井のたくましさを。それから冬次のお節介がいらぬお世話だったということを。自分の人生にすら優柔不断でふらついている冬次が藤井を哀れむのは百万年早かった。
「あっ」
「えっ、何?」
冬次は咄嗟に頭を守る。
「おかえり。落ち着いたかい?」
廊下とリビングの境目で七草が入るには入れず佇んでいた。
「俺は帰ろっかな」
気をつかって立ち上がった冬次に、藤井はかぶりを振る。
七草は冬次と目を合わせずに藤井の横に腰をおろした。避けるつもりなら自分がいる時に戻ってこないだろうか。冬次が藤井に目線を送ると、藤井はうなずいた。座れという合図に従って腰をおろす。
冬次は嫌われているのだと思っていたが、七草が歩み寄りたいと努力してくれてる気がした。当然その気概に報いなければいけないので、時間がかかっても関係修復に協力していく意思はある。
「バース性抹消薬」
地雷を踏まないように反応をうかがいながら言葉にした。
「きっと近いうちに涼くんが完成させる」
七草が冬次を見る。
「うん」
藤井が七草の肩を抱いた。時は人を変えると言うが、藤井は最初からバース性に固執なんかしていなかったのかもしれない。冬次は見たいようにしか藤井を見ていなかった。少なくとも七草に向ける藤井の眼差しは、近いうちにアルファとオメガの番関係が消滅する未来を疎んではいなかった。
「俺がスイッチになったんだよな」
藤井はグラスに水を汲んでからテーブルに座った。
「まだたまに気持ちがコントロールできなくなるみたいだ。冬次相手だからああなったわけじゃないよ」
「そうか⋯⋯」
冬次は意味もなく結露して濡れた缶の水滴を指でぬぐう動作を続ける。
「あのさ。俺も克己さんに報告することがあって」
「なんだ?」
来る前から二人きりの時に話そうと決めていたことだ。今なら七草が席を外しているので言える。
「南雲さんを見つけたよ」
冬次はひと息で言い、無意識に止めていた息を吐いた。
「少年の彼じゃなくてってことか?」
「そう。そうだよ。ごめん⋯⋯!」
膝で拳をにぎり、その上に視線を落とす。藤井が怪訝そうに眉を浮かした。
「俺に謝るなよ」
「けど俺、南雲さんに好きって告白したんだ。一緒にいたいと思ってる」
「彼が合意したならいいんじゃないのか。したんだろう?」
「でも南雲さんは克己さんの」
南雲さんと藤井は出逢えば愛し合う運命の番のはずが片方は憎んで片方は去ることを選んだ。藤井は気持ちの整理をつけたと言うけれど心で割り切っても切り離せないから運命の番だ。もう二度と会えないから諦めがついていたのかもしれない。南雲さんが生きていたと知ったら気が変わるかもしれない。どうか心変わりをしないでほしい⋯⋯。いくら頭から追い出そうとしても藤井の気持ちが気がかりで確かめずにはいられない。
「お前は俺がやっぱりあいつが好きだと言ったらゆずってくれんのか」
冬次はカラカラの喉で唾を呑み込んだ。
「⋯⋯ゆずらない」
「よな? いい加減に俺に気をつかうな」
「俺は昔っから克己さんに幸せになってほしいって思ってんだぞ!」
声を荒げてしまった冬次はハッとして口をつぐむ。藤井の鉄拳が飛んでくるかと身構えたが、藤井は肘をついて笑っていた。
「ありがとうな」
上手くいなされたようで悔しい。冬次は耳を赤くして奥歯を噛みしめる。
「もっとちゃんと自分の幸せを考えてくれよ」
「善光くんと結婚したことが俺の幸せじゃないって言いたいのか?」
藤井の声がわずかに低くなった。
「俺の幸せと南雲は関係ない。南雲と番になれば俺が幸せになれるなんて勝手にお前が決めつけるな。その気があるならこの時代に生まれた南雲ととっくに番になってんだよ。あの子はまだオメガでもあるしな。だが俺はそうしてない。あの子も俺を求めてない。俺が夢見て憧れてたことはただの夢物語だったんだよ」
「⋯⋯俺は克己さんが運命の番に出逢いたいって語ってた顔が忘れられない」
「お前は優しいな、冬次。俺がお前を縛ってしまっていたんだな」
ちがう。優しくなんかない。藤井からもらった恩を返さなければと思っているだけだ。
藤井がポンと冬次の頭に手を置いた。
「冬次が誤解しないように教えておくよ。俺は善光くんに惚れてる。俺から結婚しないかと持ちかけたんだ。俺は自分の都合で彼の境遇を利用した。どうだ。俺が可哀想か? 俺は自分の幸せにしっかり貪欲だろ?」
冬次がポカンとしていると、優しく置かれていた手で頭をバシッとやられる。
「ってぇ」
「アルファ舐めんなよ。思い知ったか」
「ふぁい」
主に藤井のたくましさを。それから冬次のお節介がいらぬお世話だったということを。自分の人生にすら優柔不断でふらついている冬次が藤井を哀れむのは百万年早かった。
「あっ」
「えっ、何?」
冬次は咄嗟に頭を守る。
「おかえり。落ち着いたかい?」
廊下とリビングの境目で七草が入るには入れず佇んでいた。
「俺は帰ろっかな」
気をつかって立ち上がった冬次に、藤井はかぶりを振る。
七草は冬次と目を合わせずに藤井の横に腰をおろした。避けるつもりなら自分がいる時に戻ってこないだろうか。冬次が藤井に目線を送ると、藤井はうなずいた。座れという合図に従って腰をおろす。
冬次は嫌われているのだと思っていたが、七草が歩み寄りたいと努力してくれてる気がした。当然その気概に報いなければいけないので、時間がかかっても関係修復に協力していく意思はある。
「バース性抹消薬」
地雷を踏まないように反応をうかがいながら言葉にした。
「きっと近いうちに涼くんが完成させる」
七草が冬次を見る。
「うん」
藤井が七草の肩を抱いた。時は人を変えると言うが、藤井は最初からバース性に固執なんかしていなかったのかもしれない。冬次は見たいようにしか藤井を見ていなかった。少なくとも七草に向ける藤井の眼差しは、近いうちにアルファとオメガの番関係が消滅する未来を疎んではいなかった。
0
あなたにおすすめの小説
久しぶりの発情期に大好きな番と一緒にいるΩ
いち
BL
Ωの丞(たすく)は、自分の番であるαの かじとのことが大好き。
いつものように晩御飯を作りながら、かじとを待っていたある日、丞にヒートの症状が…周期をかじとに把握されているため、万全の用意をされるが恥ずかしさから否定的にな。しかし丞の症状は止まらなくなってしまう。Ωがよしよしされる短編です。
※pixivにも同様の作品を掲載しています
とろけてまざる
ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで──
表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。
水凪しおん
BL
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。
過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。
「君はもう、頑張らなくていい」
――それは、運命の番との出会い。
圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。
理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!
学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました
こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。
再会した男は、彼女と結婚したと言った
拓海のり
BL
高校時代、森と園部は部活も一緒で仲が良かったが、副部長の菜南子と園部の噂が立ち、森は二人から遠ざかった。大学を卒業して森は園部と再会するが、その指には結婚指輪があった。
昔書いたお話です。ほとんど直していません。お読みになる際はタグをご確認の上ご覧ください。一万五千字くらいの短編です。
君と運命になっていく
やらぎはら響
BL
母親から冷遇されている町田伊織(まちだいおり)は病気だから薬を欠かさず飲むことを厳命されていた。
ある日倒れて伊織はオメガであり今まで飲むように言われていたのは強い抑制剤だと教えられる。
体調を整えるためにも世界バース保護機関にアルファとのマッチングをするよう言われてしまった。
マッチング相手は外国人のリルトで、大きくて大人の男なのに何だか子犬のように可愛く見えてしまい絆されていく。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる