未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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120 もう大丈夫

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 冬次がちびちびビールを舐めていると、藤井が一人で戻ってきた。

「俺がスイッチになったんだよな」

 藤井はグラスに水を汲んでからテーブルに座った。

「まだたまに気持ちがコントロールできなくなるみたいだ。冬次相手だからああなったわけじゃないよ」
「そうか⋯⋯」

 冬次は意味もなく結露して濡れた缶の水滴を指でぬぐう動作を続ける。

「あのさ。俺も克己さんに報告することがあって」
「なんだ?」

 来る前から二人きりの時に話そうと決めていたことだ。今なら七草が席を外しているので言える。

「南雲さんを見つけたよ」

 冬次はひと息で言い、無意識に止めていた息を吐いた。

「少年の彼じゃなくてってことか?」
「そう。そうだよ。ごめん⋯⋯!」

 膝で拳をにぎり、その上に視線を落とす。藤井が怪訝そうに眉を浮かした。

「俺に謝るなよ」
「けど俺、南雲さんに好きって告白したんだ。一緒にいたいと思ってる」
「彼が合意したならいいんじゃないのか。したんだろう?」
「でも南雲さんは克己さんの」

 南雲さんと藤井は出逢えば愛し合う運命の番のはずが片方は憎んで片方は去ることを選んだ。藤井は気持ちの整理をつけたと言うけれど心で割り切っても切り離せないから運命の番だ。もう二度と会えないから諦めがついていたのかもしれない。南雲さんが生きていたと知ったら気が変わるかもしれない。どうか心変わりをしないでほしい⋯⋯。いくら頭から追い出そうとしても藤井の気持ちが気がかりで確かめずにはいられない。
「お前は俺がやっぱりあいつが好きだと言ったらゆずってくれんのか」

 冬次はカラカラの喉で唾を呑み込んだ。

「⋯⋯ゆずらない」
「よな? いい加減に俺に気をつかうな」
「俺は昔っから克己さんに幸せになってほしいって思ってんだぞ!」

 声を荒げてしまった冬次はハッとして口をつぐむ。藤井の鉄拳が飛んでくるかと身構えたが、藤井は肘をついて笑っていた。

「ありがとうな」

 上手くいなされたようで悔しい。冬次は耳を赤くして奥歯を噛みしめる。

「もっとちゃんと自分の幸せを考えてくれよ」
「善光くんと結婚したことが俺の幸せじゃないって言いたいのか?」

 藤井の声がわずかに低くなった。

「俺の幸せと南雲は関係ない。南雲と番になれば俺が幸せになれるなんて勝手にお前が決めつけるな。その気があるならこの時代に生まれた南雲ととっくに番になってんだよ。あの子はまだオメガでもあるしな。だが俺はそうしてない。あの子も俺を求めてない。俺が夢見て憧れてたことはただの夢物語だったんだよ」
「⋯⋯俺は克己さんが運命の番に出逢いたいって語ってた顔が忘れられない」
「お前は優しいな、冬次。俺がお前を縛ってしまっていたんだな」

 ちがう。優しくなんかない。藤井からもらった恩を返さなければと思っているだけだ。
 藤井がポンと冬次の頭に手を置いた。

「冬次が誤解しないように教えておくよ。俺は善光くんに惚れてる。俺から結婚しないかと持ちかけたんだ。俺は自分の都合で彼の境遇を利用した。どうだ。俺が可哀想か? 俺は自分の幸せにしっかり貪欲だろ?」

 冬次がポカンとしていると、優しく置かれていた手で頭をバシッとやられる。

「ってぇ」
「アルファ舐めんなよ。思い知ったか」
「ふぁい」

 主に藤井のたくましさを。それから冬次のお節介がいらぬお世話だったということを。自分の人生にすら優柔不断でふらついている冬次が藤井を哀れむのは百万年早かった。

「あっ」
「えっ、何?」

 冬次は咄嗟に頭を守る。

「おかえり。落ち着いたかい?」

 廊下とリビングの境目で七草が入るには入れず佇んでいた。

「俺は帰ろっかな」

 気をつかって立ち上がった冬次に、藤井はかぶりを振る。
 七草は冬次と目を合わせずに藤井の横に腰をおろした。避けるつもりなら自分がいる時に戻ってこないだろうか。冬次が藤井に目線を送ると、藤井はうなずいた。座れという合図に従って腰をおろす。
 冬次は嫌われているのだと思っていたが、七草が歩み寄りたいと努力してくれてる気がした。当然その気概に報いなければいけないので、時間がかかっても関係修復に協力していく意思はある。
 
「バース性抹消薬」

 地雷を踏まないように反応をうかがいながら言葉にした。

「きっと近いうちに涼くんが完成させる」

 七草が冬次を見る。

「うん」

 藤井が七草の肩を抱いた。時は人を変えると言うが、藤井は最初からバース性に固執なんかしていなかったのかもしれない。冬次は見たいようにしか藤井を見ていなかった。少なくとも七草に向ける藤井の眼差しは、近いうちにアルファとオメガの番関係が消滅する未来を疎んではいなかった。
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