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3 かなり複雑な心境
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立ったまま口をつけ、半量になった缶を持ったまま調理台に片手をつく。
あっ、頭で話すべきことを計算してる・・・・・・。
「ほんとクソ。ムカつく。嫌い。どうせ俺は兄貴みたいな優等生にはなれませんよ」
「おいおい言いすぎだろ。俺のことはいいけど家族は悪く言うなよ」
「克己さんは兄貴の味方だもんね。恩もあるし?」
兄貴は立派な大人だ。まさにアルファの男の見本。万人のこうなりたいを詰め込んだら兄貴が出来上がるんじゃないかって感じ。親が決めたレールの上を律儀に走り、さらに豪華なレールへとバージョンアップさせてしまうような人。つまり化け物。優秀すぎて同じ人間じゃない。
そんな兄貴と藤井は高校の同級生で親しかった。二人には、二人だけの特別な過去がある。藤井は卒業直前に見合い話を迫られていた。そこで相談を受けた兄貴が見合いを破断にするためひと肌脱いであげたとかあげなかったとか。
バース性と家柄。時代の変化に伴って自由な恋愛結婚が主流となった昨今だが、この二つが揃う家では未だに古くさい御家同士の繋がりを重視した政略結婚が大事にされている。そこには繋がり合う家同士だけでなく、結びつける仲人の存在があり、狭い世界で成り立った人間関係ゆえ邪険にできないというしがらみがあった。
藤井に見合い話をもってきた仲人は藤井家のおじさんの大先輩であり、容易に断れない状況にあったが、兄貴は毅然と横やりを入れた。周囲には藤井を差し置いて兄貴が相手側に結婚を申し入れ、奥さんを横取りしてしまったように映ったかもしれない。
友人を助けるためとはいえ兄貴は奥さんに一目惚れだったこともあり、結婚後は順調に幸せな家庭を築き、子供を四人もうけた。仕事面では奈良林家所有の会社の一つで取締役を務め順風満帆。兄貴のスーパー遺伝子は幸せな暮らし以外を寄せつけないらしい。冬次は眩しすぎる兄貴の家族が苦手だ。
「美世さんは冬次とは関係ない」
「そう? でもあの時のことがあったから俺の面倒みてくれるんでしょ」
「たまたまキッカケになったってだけだ。寂しいこと言うなよ」
「別に言ってない」
なんて不毛な言い争いなんだろう。
卑屈な自分の思い込みを否定してほしくて、「そんなことないよ」を何度も引き出したくて、また今日もやってしまった。
だけど得られる安心は時間制で、すぐにまた不安がやってくるのだ。これだから自分が一番嫌いになる。人に訊かなきゃ自分を保てないなんて情けなくて大嫌い。
結婚騒動のゴタゴタの最中、藤井が奈良林家の家庭問題を垣間見たことで、可哀想な冬次少年は救いだされた。当時の冬次は家族とそりが合わず毬栗のように尖っていた。
それが五年前の出来事。藤井家はがんじがらめの生活で窒息寸前だった冬次の一時的な避難所みたいな場所になり、血の繋がりなんて全くないのに可愛がってくれる藤井家のおじさんとおばさんがいて、息だってちゃんとできるようになった。
何一つ文句をつける点はないのに、むしろ感謝すべきだと思うけど、タイミングがタイミングだったせいで、自分を引き取ったのが縁談のピンチヒッターをしてもらう交換条件だったからなんだと、頑固なカビのように深く根づいた思い込みを曲げることができなかった。
「それはそうと」
手にした空き缶を振りながら、藤井が食卓に戻ってくる。
「冬次の居眠りがひどいって件は伝えた」
「は? テスト結果しだいだって言ったよね。嘘つきじゃん」
「話の流れでうっかりぽろっと。けどね、授業聞いてもらえなくて俺も結構傷ついてるの」
「だってあれは最強につまんない」
「まぁ、今日のはな。お前の場合は聞き飽きてんだろうな」
「そうだよ」
萩原百合の名前は、藤井家では授業じゃない時でも聞かされる超有名人。
なにをかくそう藤井家は旧華族の家柄。華族制度の廃止から紆余曲折を経て、萩原家は藤井家に姓を変えていた。
藤井のおばあちゃんのお母さん?
さらにそのお母さん?
冬次の頭じゃ覚えられないちんぷんかんぷんな年号の頃に生きた人だが、教科書に出てくる萩原百合の手紙や手記は藤井家の蔵に保管されていて、藤井は子供の頃から読みふけっていたそうだ。藤井は憧れ、夢中になった。厳密にいえば萩原百合と交流していたという友人と運命の番の生きざまに。
「綺麗な奥さん断ってまで運命の番に出逢えなかったら人生大損じゃん。馬鹿でしょ」
「言ってくれるね~」
藤井はほろ酔いしてほかほかになった手のひらで冬次の頭をぐりぐり撫でた。
「やめろよ酔っぱらい」
と手を払う。
「素敵な話じゃないか。絶対いるって信じたいんだよ」
「わかったって。っていうか髪ぐしゃぐしゃになったんだけど」
憧れなんか抱いてないで、美世——今や冬次の義理の姉になった——と結婚して藤井に幸せになってほしかったなと思う。普通の幸せってきっとそうでしょ。でもあの時、藤井が馬鹿みたいな運命を信じてなかったら自分は藤井家にいないわけで、複雑な心境がほつれた髪の毛みたいに絡みついてきてうざったくて仕方なかった。
あっ、頭で話すべきことを計算してる・・・・・・。
「ほんとクソ。ムカつく。嫌い。どうせ俺は兄貴みたいな優等生にはなれませんよ」
「おいおい言いすぎだろ。俺のことはいいけど家族は悪く言うなよ」
「克己さんは兄貴の味方だもんね。恩もあるし?」
兄貴は立派な大人だ。まさにアルファの男の見本。万人のこうなりたいを詰め込んだら兄貴が出来上がるんじゃないかって感じ。親が決めたレールの上を律儀に走り、さらに豪華なレールへとバージョンアップさせてしまうような人。つまり化け物。優秀すぎて同じ人間じゃない。
そんな兄貴と藤井は高校の同級生で親しかった。二人には、二人だけの特別な過去がある。藤井は卒業直前に見合い話を迫られていた。そこで相談を受けた兄貴が見合いを破断にするためひと肌脱いであげたとかあげなかったとか。
バース性と家柄。時代の変化に伴って自由な恋愛結婚が主流となった昨今だが、この二つが揃う家では未だに古くさい御家同士の繋がりを重視した政略結婚が大事にされている。そこには繋がり合う家同士だけでなく、結びつける仲人の存在があり、狭い世界で成り立った人間関係ゆえ邪険にできないというしがらみがあった。
藤井に見合い話をもってきた仲人は藤井家のおじさんの大先輩であり、容易に断れない状況にあったが、兄貴は毅然と横やりを入れた。周囲には藤井を差し置いて兄貴が相手側に結婚を申し入れ、奥さんを横取りしてしまったように映ったかもしれない。
友人を助けるためとはいえ兄貴は奥さんに一目惚れだったこともあり、結婚後は順調に幸せな家庭を築き、子供を四人もうけた。仕事面では奈良林家所有の会社の一つで取締役を務め順風満帆。兄貴のスーパー遺伝子は幸せな暮らし以外を寄せつけないらしい。冬次は眩しすぎる兄貴の家族が苦手だ。
「美世さんは冬次とは関係ない」
「そう? でもあの時のことがあったから俺の面倒みてくれるんでしょ」
「たまたまキッカケになったってだけだ。寂しいこと言うなよ」
「別に言ってない」
なんて不毛な言い争いなんだろう。
卑屈な自分の思い込みを否定してほしくて、「そんなことないよ」を何度も引き出したくて、また今日もやってしまった。
だけど得られる安心は時間制で、すぐにまた不安がやってくるのだ。これだから自分が一番嫌いになる。人に訊かなきゃ自分を保てないなんて情けなくて大嫌い。
結婚騒動のゴタゴタの最中、藤井が奈良林家の家庭問題を垣間見たことで、可哀想な冬次少年は救いだされた。当時の冬次は家族とそりが合わず毬栗のように尖っていた。
それが五年前の出来事。藤井家はがんじがらめの生活で窒息寸前だった冬次の一時的な避難所みたいな場所になり、血の繋がりなんて全くないのに可愛がってくれる藤井家のおじさんとおばさんがいて、息だってちゃんとできるようになった。
何一つ文句をつける点はないのに、むしろ感謝すべきだと思うけど、タイミングがタイミングだったせいで、自分を引き取ったのが縁談のピンチヒッターをしてもらう交換条件だったからなんだと、頑固なカビのように深く根づいた思い込みを曲げることができなかった。
「それはそうと」
手にした空き缶を振りながら、藤井が食卓に戻ってくる。
「冬次の居眠りがひどいって件は伝えた」
「は? テスト結果しだいだって言ったよね。嘘つきじゃん」
「話の流れでうっかりぽろっと。けどね、授業聞いてもらえなくて俺も結構傷ついてるの」
「だってあれは最強につまんない」
「まぁ、今日のはな。お前の場合は聞き飽きてんだろうな」
「そうだよ」
萩原百合の名前は、藤井家では授業じゃない時でも聞かされる超有名人。
なにをかくそう藤井家は旧華族の家柄。華族制度の廃止から紆余曲折を経て、萩原家は藤井家に姓を変えていた。
藤井のおばあちゃんのお母さん?
さらにそのお母さん?
冬次の頭じゃ覚えられないちんぷんかんぷんな年号の頃に生きた人だが、教科書に出てくる萩原百合の手紙や手記は藤井家の蔵に保管されていて、藤井は子供の頃から読みふけっていたそうだ。藤井は憧れ、夢中になった。厳密にいえば萩原百合と交流していたという友人と運命の番の生きざまに。
「綺麗な奥さん断ってまで運命の番に出逢えなかったら人生大損じゃん。馬鹿でしょ」
「言ってくれるね~」
藤井はほろ酔いしてほかほかになった手のひらで冬次の頭をぐりぐり撫でた。
「やめろよ酔っぱらい」
と手を払う。
「素敵な話じゃないか。絶対いるって信じたいんだよ」
「わかったって。っていうか髪ぐしゃぐしゃになったんだけど」
憧れなんか抱いてないで、美世——今や冬次の義理の姉になった——と結婚して藤井に幸せになってほしかったなと思う。普通の幸せってきっとそうでしょ。でもあの時、藤井が馬鹿みたいな運命を信じてなかったら自分は藤井家にいないわけで、複雑な心境がほつれた髪の毛みたいに絡みついてきてうざったくて仕方なかった。
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