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4 美術室の幽霊
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「では本日はここまで。次回までに」
キンコンカンコン・・・・・・授業をする藤井の声と終わりのチャイムが重なり、生徒たちがいっせいに教科書を閉じる音で包まれた。
「聞こえなかったので宿題やらなくていいですかー?」
「俺もー」
「私も」
集中力が途切れた教室では、俺も、私も、と生徒たちが便乗して参戦する。
「お前らな、全員次のテストで満点取れなきゃ追試で居残りさせるぞ」
厳しい返答ながらも藤井の顔も笑っていた。
「カッチャン先生が言うと冗談に聞こえないんだってば」
「ごめんなさーい」
「許しません。お前らちゃんと宿題やれよ~。では、また明日」
この日の時間割は日本史で最後なので、冬次は帰り支度を早々にする。ノートとペンケースを詰めるだけなので、薄い学生鞄はすっかすかだ。
ホームルームを終えて教室を出ようとすると、クラスメイトに名前を呼ばれた。
「なんじゃ」
「なんじゃ、じゃないわ。ノート当番!」
「今日じゃなくね?」
「名前書いてあるけど」
「まっさかぁ」
しかし本当に黒板の右端に〝奈良林〟と名前がある。
えぇと、なんでだっけな。
頭を捻り、今日はもともと当番だったクラスメイトが早退していたことを思い出した。自分はその代打。サボった時のペナルティ分だ。ふんふん言いながら適当に返事をしたから忘れていた。
「そういえばそうだったわ。思い出した。あんがと」
声をかけられなかったら危うく今日もサボりになるところだった。しかもノート回収された教科に日本史も含まれてる。まじで首が繋がった気分。
よっこらせと教卓上のノートの山を腕に抱え、提出が職員室じゃない教科から先に運び、最後にえっちらこっちら職員室まで向かっていると、ちょうど通りかかった美術室のドアが開いていた。
開いていること自体は不思議ではないのだが、ちょっと変な感じに五センチくらいの隙間があり、突然にゅっと人間の指が伸びてきたものだからうっかり冬次は悲鳴を上げてしまった。
「うぉっと」
ギリギリ、落としかけたノートを抱え直したが、その間も冬次の視線は美術室の隙間に釘づけだった。
細くて。白くて。神様が飼っている特別な蜘蛛の脚みたい。
妖艶で、どこか怪しくて危険な感じ。ちょっとその辺の女子より完璧な手だ。
「やば」
急激な心臓の爆鳴りにピンチの予感。胸から下の健全な反応に早く対処しなくてはと思うのだが、手の持ち主を見るまでは動けない。
ところが持ち主の顔を拝む前に邪魔が入る。
「奈良林か。そんなところに立って何してるんだ」
声をかけてきたのは藤井。
「ノート持ってこうと思って。これ、日本史のノート」
「あぁ。はぁ、そうか。職員室の俺の机に置いておいてください」
「なんで敬語?」
校舎内だから敬語は普通として。なぜため息?
「じゃ、お願いします」
藤井はノートを抱えた冬次を素通りし、美術室に姿を消した。
「えー。手伝ってくれないのかよ」
しかもそこに入るのかよ。てことは薄情な教師は例の美しい手の人と待ち合わせていたのだろうか。
なぜ、美術室。理由は簡単で人が来ないからだ。基本的に全窓にカーテンが引かれ外からも見えない。美術部は部員不足で今年から活動をやめている。
ま、帰ってからしっかり聞かせてもらいましょう。気を取り直しノートを運び、帰宅した。
その夜。冬次が寄り道して買った漫画を読み、おじさんがバラエティ番組を見ているところで藤井は帰ってきた。
「おかえり。遅かったね」
「ただいま。うん」
洗面所に行った藤井を追いかけ、さっそく訊いた。
「誰と会ってたの?」
「誰とも。残業してただけ」
「嘘ついてんのわかってんぞ」
こっちは美術室に人がいたのを目撃している。あの綺麗な手は女性か男性か。バース性はなんだろう。自分の目で確かめてこれたらよかったのに。
隠すってことはやましいってことだ。
まさかオメガクラスの生徒だった?
まさかの禁断の恋?
「ぷっ」
「ニヤニヤするんじゃありません」
思いがけず教師の顔で注意され、冬次は閉口する。
あっ茶化したら駄目なやつぽい。あえて距離を作った口調からそう直感したので、すごすご大人しく退散する。
だがこれで諦めるほど冬次の好奇心はやわじゃなかったようだ。というのも翌日登校すると、生徒たちのあいだで〝美術室の幽霊〟という噂話が広がっていた。
一度消えかかった冬次の胸に火がつき、のこのこ美術室へやってきましたというわけで。
授業から解放された放課後の自由時間。もっと噂の真相を確かめにくるような生徒がいてもおかしくないだろうと思うが、美術室の周辺はがらんとしたもの。
噂はウワサ。楽しむためだけのつくり話。誰も本気で信じちゃいないのだ。冬次も人づてに聞いた話だけなら興味をもたなかった。右から左へ、耳にした直後に忘れていたと思うのだ。
でもむしろ好都合。それでいい。
胸を弾ませながら、美術室のドアを開ける。
キンコンカンコン・・・・・・授業をする藤井の声と終わりのチャイムが重なり、生徒たちがいっせいに教科書を閉じる音で包まれた。
「聞こえなかったので宿題やらなくていいですかー?」
「俺もー」
「私も」
集中力が途切れた教室では、俺も、私も、と生徒たちが便乗して参戦する。
「お前らな、全員次のテストで満点取れなきゃ追試で居残りさせるぞ」
厳しい返答ながらも藤井の顔も笑っていた。
「カッチャン先生が言うと冗談に聞こえないんだってば」
「ごめんなさーい」
「許しません。お前らちゃんと宿題やれよ~。では、また明日」
この日の時間割は日本史で最後なので、冬次は帰り支度を早々にする。ノートとペンケースを詰めるだけなので、薄い学生鞄はすっかすかだ。
ホームルームを終えて教室を出ようとすると、クラスメイトに名前を呼ばれた。
「なんじゃ」
「なんじゃ、じゃないわ。ノート当番!」
「今日じゃなくね?」
「名前書いてあるけど」
「まっさかぁ」
しかし本当に黒板の右端に〝奈良林〟と名前がある。
えぇと、なんでだっけな。
頭を捻り、今日はもともと当番だったクラスメイトが早退していたことを思い出した。自分はその代打。サボった時のペナルティ分だ。ふんふん言いながら適当に返事をしたから忘れていた。
「そういえばそうだったわ。思い出した。あんがと」
声をかけられなかったら危うく今日もサボりになるところだった。しかもノート回収された教科に日本史も含まれてる。まじで首が繋がった気分。
よっこらせと教卓上のノートの山を腕に抱え、提出が職員室じゃない教科から先に運び、最後にえっちらこっちら職員室まで向かっていると、ちょうど通りかかった美術室のドアが開いていた。
開いていること自体は不思議ではないのだが、ちょっと変な感じに五センチくらいの隙間があり、突然にゅっと人間の指が伸びてきたものだからうっかり冬次は悲鳴を上げてしまった。
「うぉっと」
ギリギリ、落としかけたノートを抱え直したが、その間も冬次の視線は美術室の隙間に釘づけだった。
細くて。白くて。神様が飼っている特別な蜘蛛の脚みたい。
妖艶で、どこか怪しくて危険な感じ。ちょっとその辺の女子より完璧な手だ。
「やば」
急激な心臓の爆鳴りにピンチの予感。胸から下の健全な反応に早く対処しなくてはと思うのだが、手の持ち主を見るまでは動けない。
ところが持ち主の顔を拝む前に邪魔が入る。
「奈良林か。そんなところに立って何してるんだ」
声をかけてきたのは藤井。
「ノート持ってこうと思って。これ、日本史のノート」
「あぁ。はぁ、そうか。職員室の俺の机に置いておいてください」
「なんで敬語?」
校舎内だから敬語は普通として。なぜため息?
「じゃ、お願いします」
藤井はノートを抱えた冬次を素通りし、美術室に姿を消した。
「えー。手伝ってくれないのかよ」
しかもそこに入るのかよ。てことは薄情な教師は例の美しい手の人と待ち合わせていたのだろうか。
なぜ、美術室。理由は簡単で人が来ないからだ。基本的に全窓にカーテンが引かれ外からも見えない。美術部は部員不足で今年から活動をやめている。
ま、帰ってからしっかり聞かせてもらいましょう。気を取り直しノートを運び、帰宅した。
その夜。冬次が寄り道して買った漫画を読み、おじさんがバラエティ番組を見ているところで藤井は帰ってきた。
「おかえり。遅かったね」
「ただいま。うん」
洗面所に行った藤井を追いかけ、さっそく訊いた。
「誰と会ってたの?」
「誰とも。残業してただけ」
「嘘ついてんのわかってんぞ」
こっちは美術室に人がいたのを目撃している。あの綺麗な手は女性か男性か。バース性はなんだろう。自分の目で確かめてこれたらよかったのに。
隠すってことはやましいってことだ。
まさかオメガクラスの生徒だった?
まさかの禁断の恋?
「ぷっ」
「ニヤニヤするんじゃありません」
思いがけず教師の顔で注意され、冬次は閉口する。
あっ茶化したら駄目なやつぽい。あえて距離を作った口調からそう直感したので、すごすご大人しく退散する。
だがこれで諦めるほど冬次の好奇心はやわじゃなかったようだ。というのも翌日登校すると、生徒たちのあいだで〝美術室の幽霊〟という噂話が広がっていた。
一度消えかかった冬次の胸に火がつき、のこのこ美術室へやってきましたというわけで。
授業から解放された放課後の自由時間。もっと噂の真相を確かめにくるような生徒がいてもおかしくないだろうと思うが、美術室の周辺はがらんとしたもの。
噂はウワサ。楽しむためだけのつくり話。誰も本気で信じちゃいないのだ。冬次も人づてに聞いた話だけなら興味をもたなかった。右から左へ、耳にした直後に忘れていたと思うのだ。
でもむしろ好都合。それでいい。
胸を弾ませながら、美術室のドアを開ける。
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