未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

文字の大きさ
15 / 139

15 兄貴がくるから隠れろ

しおりを挟む
 通話が切れた。
 もはや冬次がなんと頼もうと兄貴は来る。
 くっそ。ふんだりけったりな日だ。グラスの雫にやられてふやけた、細長い紙包装をくしゃくしゃに丸めてストローに口をつけた。
 溶けかかったフローズンジュースはそれでも甘くて美味しかったが、中途半端な舌触りが頬の内側でざらついて不快に感じる。冬次は残りを一気に胃に流し込み、席を立った。
 兄貴が諦めるまで適当に逃げようか。
 ——んなの駄目じゃん。早く家に帰って南雲に伝えないと兄貴に鉢合わせしてしまう。将来的に兄貴とがっつり面識をもつ予定なら、何がなんでも回避しないと南雲を困らせる。
 兄貴の車がどこから出発してどこを経由していつ到着するのか訊いておけばよかった。もしかしたらもう来てたりして。
 生きた心地のしないまま家路を急ぎ、冬次が帰宅した時に百メートル先の交差点でそれらしい車体が見えた。ぎりぎりセーフで玄関に駆け込み、テレビニュースを眺めていた南雲の腕を掴む。

「こっちきて」

 思いのほか冷静な声が出た。

「ん? んん?」
「早く!」

 南雲を引っ張っていくと、階段下の納戸に押し込み、冬次自らも中に隠れる。

「なんのつもりか説明をしろ」
「しっ」

 人差し指を唇に立てた時、藤井家の敷地に車が停まった。来たきた。兄貴はインターホンを押し、住人の応答を待たずに玄関を開け、勝手に人様の家へあがってくる。

「ごめんください」

 一連の行動を音だけで察した冬次。南雲は来訪者の声を聞いて口を引き結んだ。研究者って賢くてよかった。記憶力に乾杯。

「いらっしゃい」

 ぴくりと、冬次の眉が痙攣する。

「克己なら仕事だよ」

 この声は・・・・・・。

「げ、おじさんいたんだ」

 すると南雲が頷いた。すこぶるご機嫌斜めな顔だ。

「いた。玄関に靴あったの目に入っただろ。ついさっき帰ってきて、またすぐ病院に戻ると言ってた」

 目に入らなかったよ。見る余裕なかったんだよ。競走馬並みに疾走してきたんだよ。走ったのはチャリだけども。
 納戸の外の会話に耳を澄ますと、おじさんが似たような説明をしている。

「申しわけないけど出かけなきゃいけない。春真くんはゆっくりしてって」
「はい。どうぞおかまいなく」

 待っておじさーんっ、ゆっくりさせちゃ駄目なのよ。今すぐ帰宅を促して、滞在を許さないで、ほらほら「冬次くんもいないですし息子の帰りは遅いですから」とかなんとかさぁ。そう全力で叫びたいところだができない!
 おじさんは出かけ、兄貴は悠然と居間に入っていく。

「くそっ、物音が聞こえなくなった」

 冬次は悪態をついた。家の中にいて動きを確認できないのは命取りだろう。
 だがジタバタしても仕方ないので待つしかない。静かに待っていればいずれは帰る。
 南雲はすでに腹をくくったらしくすみっこで置物と化していた。その隣に膝を抱えて座り、一時間以上はそうしていただろうか、やがて尻が痛くなってきた頃、慎重に声をひそめて喋りかける。黙っていても暇なのだ。

「ね、克己さんっていつ死んじゃうの。なんで死んじゃうの」
「十二月の二十六日未明。泥酔中の大学生が運転する軽自動車に轢かれて死亡した」

 南雲がニュース記事をそらんじる。
 過去に聞いたことあるような、ありふれた理由の死。遺族にとっては絶対に忘れられないものでも、山の数がある交通事故のニュースにあっという間に埋もれてしまいそうな。

「当日は氷点下の気温で小雪がちらつき、道路は凍結していたが、軽自動車は夏用タイヤのままだった」
「ありがと・・・・・・そこまででいいよ。じゃあ南雲さんの誕生日はいつ?」
「事故の翌年の二月十四日」
「えっ、バレンタインじゃん!」
「うるさい」
「もしかして言われるの嫌なの?」
「うるさい」
「ひひひ、そっか、似合わないもんね」
「気持ち悪い笑い方しないでくれないかな」
「ごめんて」

 お綺麗な顔立ちの南雲だが、硬質で近寄りがたい雰囲気を合わせもつ。無表情の時は特に作りもの感が増すため愛だの恋だとチョコレートだのでピンク一色になるイベントとは縁遠い印象だった。

「くくくく」

 いかん。バレンタイン生まれがツボに入ってしまった。

「おい、いい加減にしないとバレるぞ」

 そうだった。兄貴が笑い声に勘づいてしまう。
 と、まさにその瞬間に外で物音がなった。

「ひいっ」

 冬次は悲鳴をあげ、南雲の冷たい目に睨まれる。口パクで〝ごめんなさい〟と告げ、じっと息をこらしていると兄貴じゃない声が増えた。

「遅くなって悪いな春真」

 兄貴がいつの間に藤井に連絡したらしい。ここ最近の中で格段に早いご帰宅じゃないか。
 横で南雲がため息をつく。

「あーあ、面倒なことになったね」

 と呟きながら目を閉じ、眠る体勢になる。

「普通この状況で寝る?」
「起きてるよりバレる心配がなくなる」
「うっ」

 まぁそうかもしれないが。
 自室より狭くて窓のない密室。肩が触れる距離。

「俺アルファだよ。南雲さんは自衛しろよな」
「僕にフェロモンの効能を期待されても困る。そもそも君みたいな子供を意識したりしない」
「なっ」

 絶句する冬次の前で、南雲は寝息を立て始めた。

「・・・・・・へぇ、そうですか」

 なら勝手に安心して寝てればいい。寝てる隙に何をされても文句は言えないんだからな。
 冬次は眉根をグッと寄せ、安らかな寝顔に顔を近づける。

「ほんと綺麗。くそムカつく」

 唇には触れられなかった。咄嗟に南雲の口元を手で覆い、自分の手の甲にキスを受ける。みじめなキスだ。

「うーん」
「あ・・・・・・起きた?」

 身じろいだ南雲にびくつきながら、寝顔を見守る。
 見てろよ。いつか泣かしてやる。だがまだ今は南雲の肩に肩を寄せ合うようにして眠りについた。
 そのまま、朝まで。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久しぶりの発情期に大好きな番と一緒にいるΩ

いち
BL
Ωの丞(たすく)は、自分の番であるαの かじとのことが大好き。 いつものように晩御飯を作りながら、かじとを待っていたある日、丞にヒートの症状が…周期をかじとに把握されているため、万全の用意をされるが恥ずかしさから否定的にな。しかし丞の症状は止まらなくなってしまう。Ωがよしよしされる短編です。 ※pixivにも同様の作品を掲載しています

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

再会した男は、彼女と結婚したと言った

拓海のり
BL
高校時代、森と園部は部活も一緒で仲が良かったが、副部長の菜南子と園部の噂が立ち、森は二人から遠ざかった。大学を卒業して森は園部と再会するが、その指には結婚指輪があった。 昔書いたお話です。ほとんど直していません。お読みになる際はタグをご確認の上ご覧ください。一万五千字くらいの短編です。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

君と運命になっていく

やらぎはら響
BL
母親から冷遇されている町田伊織(まちだいおり)は病気だから薬を欠かさず飲むことを厳命されていた。 ある日倒れて伊織はオメガであり今まで飲むように言われていたのは強い抑制剤だと教えられる。 体調を整えるためにも世界バース保護機関にアルファとのマッチングをするよう言われてしまった。 マッチング相手は外国人のリルトで、大きくて大人の男なのに何だか子犬のように可愛く見えてしまい絆されていく。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

処理中です...