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屋内の駐輪場で懐中電灯を向けてくる。
「ちょっ、眩しい」
それからハッとして、駐輪場の外まで走ってあたりをキョロキョロ見渡した。
「どうしたの冬次くん。一発芸?」
「や、なんでもないんだけど」
南雲を谷峨に見せらんない。見せたくない。冬次だけの勝手な独占欲が働いた。
「南雲さん、俺のこと迎えに来てくれた?」
「平たく言えばそうだね。冬次くんが今生の別れみたいな顔で出て行くから、克己くんが気にしてる」
「変な顔だったのか」
全然心を隠せてなかったらしい、恥ずかしい。
「克己さんのかわりに俺の様子を見にきてくれたんですね」
「違うね」
「違うんか」
「どっちが先に冬次くんを見つけられるか勝負した。二手に別れた方が効率よく探せるでしょ。僕の勝ち」
「はぁ、最低」
なんだそれ。馬鹿ばかしくて脱力した。けど〝僕の勝ち〟とピースする南雲の清々しい顔に頬がゆるみそうになる。小っ恥ずかしくて消えてしまいたい気持ちと南雲が先に探し当ててくれたことの嬉しさで、冬次の心と頭はしっちゃかめっちゃかだった。
愛情ですらない、おまけの餌を差し出されて喜んでる自分がほんと間抜けだ。失敗の夜が少しだけ取り戻せた気分。
「あーもう、好き」
自分にしか聞こえない声量でこぼす。気持ちが溢れてこぼれるっていう感覚を初めて知った。ちょっぴり聞こえてないかなっていう下心くらいはあったかも。
「来た。克己くんこっち~」
南雲が手を振る。藤井は怒るでもなく安堵するでもない淡々と生徒指導をする時の教師の仮面をつけて歩いてきた。
そして個人的な内情を含まない客観的なお叱りを受ける。
「高校生が出歩いていい時間はとっくに過ぎてる」
まるで響かない。一般論が欲しいわけじゃないことくらい気づいてるよね?
「・・・・・・勉強してくって言っといたじゃん」
冬次はどうでもいい方向に顔をふいと向けた。
「生徒たちの考えそうなことぐらい手に取るようにわかるんだよ。あんまり教師を舐めるなよ」
きつい言い方に拳を握る。
「じゃなんで行かせてくれたの。家出る前に怒ればよかったんじゃない?」
自分でそう言っていて、自分はちゃんと怒ってほしかったんだなと知った。
——俺を見てよ、なんてこの歳で面と向かって言えるかよ。
「冬次」
「他の生徒と同じ扱いすんならほっといてよ」
「おい、どこ行く。帰るぞ」
「帰らない」
チャリを押し、藤井に背を向けた。駐輪場を出て遠ざかっても藤井は追いかけてこなかった。
ロータリーを出てしまってから、南雲が駆け寄ってくる。
駅の反対側に行くための踏切を、渡らずに線路沿いに歩いてみた。南雲は後ろをついてくる。
「今の俺にからかわれる元気ないよ」
冬次は歩調をゆるめ、南雲を追いつかせた。
「克己くんがお前が行けって」
気を使ったのか気まずかったのか、多分どっちもだ。面倒だったからとは思いたくない。
「すげぇガキっぽくて幻滅したでしょ」
「うん? 幻滅っていうのはがっかりする振り幅があってするものであって」
「ソウデシタネ。がっかりするまでもないっすよね」
好きな人の声を、うるさいなと自分の声でかき消した。その声で聞きたいのは・・・・・・なんだろうな。
「随分とやさぐれてるな」
「はぁ」
冷静に話すだけの南雲に、冬次は悶々として鼻の頭を掻いた。
二人きりの夜の道。
実はこのラッキーな展開に定石どおりのトキメキをくれないのが南雲という人だ。
うっかり手が触れるとか、うっかり抱き合うとか、小学生向けの少女漫画の方がしっかりスキンシップができているのではないだろうか。
「南雲さん帰りなよ。別に克己さんの言うこときいてやる筋合いないじゃん。俺を追い出せてぶっちゃけ都合がいいんじゃない?」
「憶測が過ぎるな」
「嘘つけよ。邪魔者扱いしてるくせに」
「ならやめればいい。冬次くんこそ僕の言うことをきく筋合いはないだろう」
「それは」
好きだから勝手にやっていることに正当性や見返りを求めるなんて間違っている。南雲が言うように、いやならやめればいいだけなのだ。
わかってるけど。冬次は、痛いほど奥歯を噛みしめる。やめたら自分と南雲を繋いでいるものがなくなってしまう。
悔しい。虚しい。でも好きだから。完全な負け犬よろしく背中を丸めてチャリを押した。
「帰ろう冬次くん。無用な夜ふかしは好きじゃないな」
「うん。そっすね・・・・・・」
◇
手の中の振動で目が覚めた。スマホを握った状態で寝落ちしていたようだ。仰向けの腹の上に手を置いていたので、臍のあたりに振動が伝播してちょっと気持ちいい。じゃなくて、スマホを確認した途端、小鳥の囀りのような優しい電子音は、表示された兄貴の二文字で地獄のファンファーレに化けた。
きましたか。リベンジマッチ。今度こそ棄権は許されない。
精神的に落ちてる時だし眠いし(寝不足は自分のせい)、出たくない。百万円積まれてお願いされても出たくない。連絡を取れるようにしておきなさいという藤井の言いつけを律儀に守り、着拒設定をしておかなかった自分を恨みたくなってしまった。
「うー。・・・・・・もしもし」
「冬次、家族でバーベキューやるからお前も来い」
家族で? 来ないかじゃなくて、来いだと?
決定事項じゃねぇか。
「誰とやんの」
「父さん母さん、美世、子供たち。手ぶらで構わないから待ってる」
プツン。向こうの言いたいことだけ言って切りやがった。
「ハッ、行かねー。行くかよバカ兄貴」
スマホを布団にぶん投げ、起床する。洗面所に行くと、南雲が洗濯機から服を取り出している場面に出くわした。
「南雲さーん、干すの手伝う」
「あっ、冬次くんはやらなくていいよ」
迷うまでもなく道あけてと傍へ押しやられ、南雲は洗濯籠を抱えていく。
「なんだったんだろ。うおっ」
首を傾げながら洗面所を出ると、廊下を塞ぐように待ち構えていた藤井の胸にぶつかった。
「今日はお兄さんのとこ行くよな?」
「ちょっ、眩しい」
それからハッとして、駐輪場の外まで走ってあたりをキョロキョロ見渡した。
「どうしたの冬次くん。一発芸?」
「や、なんでもないんだけど」
南雲を谷峨に見せらんない。見せたくない。冬次だけの勝手な独占欲が働いた。
「南雲さん、俺のこと迎えに来てくれた?」
「平たく言えばそうだね。冬次くんが今生の別れみたいな顔で出て行くから、克己くんが気にしてる」
「変な顔だったのか」
全然心を隠せてなかったらしい、恥ずかしい。
「克己さんのかわりに俺の様子を見にきてくれたんですね」
「違うね」
「違うんか」
「どっちが先に冬次くんを見つけられるか勝負した。二手に別れた方が効率よく探せるでしょ。僕の勝ち」
「はぁ、最低」
なんだそれ。馬鹿ばかしくて脱力した。けど〝僕の勝ち〟とピースする南雲の清々しい顔に頬がゆるみそうになる。小っ恥ずかしくて消えてしまいたい気持ちと南雲が先に探し当ててくれたことの嬉しさで、冬次の心と頭はしっちゃかめっちゃかだった。
愛情ですらない、おまけの餌を差し出されて喜んでる自分がほんと間抜けだ。失敗の夜が少しだけ取り戻せた気分。
「あーもう、好き」
自分にしか聞こえない声量でこぼす。気持ちが溢れてこぼれるっていう感覚を初めて知った。ちょっぴり聞こえてないかなっていう下心くらいはあったかも。
「来た。克己くんこっち~」
南雲が手を振る。藤井は怒るでもなく安堵するでもない淡々と生徒指導をする時の教師の仮面をつけて歩いてきた。
そして個人的な内情を含まない客観的なお叱りを受ける。
「高校生が出歩いていい時間はとっくに過ぎてる」
まるで響かない。一般論が欲しいわけじゃないことくらい気づいてるよね?
「・・・・・・勉強してくって言っといたじゃん」
冬次はどうでもいい方向に顔をふいと向けた。
「生徒たちの考えそうなことぐらい手に取るようにわかるんだよ。あんまり教師を舐めるなよ」
きつい言い方に拳を握る。
「じゃなんで行かせてくれたの。家出る前に怒ればよかったんじゃない?」
自分でそう言っていて、自分はちゃんと怒ってほしかったんだなと知った。
——俺を見てよ、なんてこの歳で面と向かって言えるかよ。
「冬次」
「他の生徒と同じ扱いすんならほっといてよ」
「おい、どこ行く。帰るぞ」
「帰らない」
チャリを押し、藤井に背を向けた。駐輪場を出て遠ざかっても藤井は追いかけてこなかった。
ロータリーを出てしまってから、南雲が駆け寄ってくる。
駅の反対側に行くための踏切を、渡らずに線路沿いに歩いてみた。南雲は後ろをついてくる。
「今の俺にからかわれる元気ないよ」
冬次は歩調をゆるめ、南雲を追いつかせた。
「克己くんがお前が行けって」
気を使ったのか気まずかったのか、多分どっちもだ。面倒だったからとは思いたくない。
「すげぇガキっぽくて幻滅したでしょ」
「うん? 幻滅っていうのはがっかりする振り幅があってするものであって」
「ソウデシタネ。がっかりするまでもないっすよね」
好きな人の声を、うるさいなと自分の声でかき消した。その声で聞きたいのは・・・・・・なんだろうな。
「随分とやさぐれてるな」
「はぁ」
冷静に話すだけの南雲に、冬次は悶々として鼻の頭を掻いた。
二人きりの夜の道。
実はこのラッキーな展開に定石どおりのトキメキをくれないのが南雲という人だ。
うっかり手が触れるとか、うっかり抱き合うとか、小学生向けの少女漫画の方がしっかりスキンシップができているのではないだろうか。
「南雲さん帰りなよ。別に克己さんの言うこときいてやる筋合いないじゃん。俺を追い出せてぶっちゃけ都合がいいんじゃない?」
「憶測が過ぎるな」
「嘘つけよ。邪魔者扱いしてるくせに」
「ならやめればいい。冬次くんこそ僕の言うことをきく筋合いはないだろう」
「それは」
好きだから勝手にやっていることに正当性や見返りを求めるなんて間違っている。南雲が言うように、いやならやめればいいだけなのだ。
わかってるけど。冬次は、痛いほど奥歯を噛みしめる。やめたら自分と南雲を繋いでいるものがなくなってしまう。
悔しい。虚しい。でも好きだから。完全な負け犬よろしく背中を丸めてチャリを押した。
「帰ろう冬次くん。無用な夜ふかしは好きじゃないな」
「うん。そっすね・・・・・・」
◇
手の中の振動で目が覚めた。スマホを握った状態で寝落ちしていたようだ。仰向けの腹の上に手を置いていたので、臍のあたりに振動が伝播してちょっと気持ちいい。じゃなくて、スマホを確認した途端、小鳥の囀りのような優しい電子音は、表示された兄貴の二文字で地獄のファンファーレに化けた。
きましたか。リベンジマッチ。今度こそ棄権は許されない。
精神的に落ちてる時だし眠いし(寝不足は自分のせい)、出たくない。百万円積まれてお願いされても出たくない。連絡を取れるようにしておきなさいという藤井の言いつけを律儀に守り、着拒設定をしておかなかった自分を恨みたくなってしまった。
「うー。・・・・・・もしもし」
「冬次、家族でバーベキューやるからお前も来い」
家族で? 来ないかじゃなくて、来いだと?
決定事項じゃねぇか。
「誰とやんの」
「父さん母さん、美世、子供たち。手ぶらで構わないから待ってる」
プツン。向こうの言いたいことだけ言って切りやがった。
「ハッ、行かねー。行くかよバカ兄貴」
スマホを布団にぶん投げ、起床する。洗面所に行くと、南雲が洗濯機から服を取り出している場面に出くわした。
「南雲さーん、干すの手伝う」
「あっ、冬次くんはやらなくていいよ」
迷うまでもなく道あけてと傍へ押しやられ、南雲は洗濯籠を抱えていく。
「なんだったんだろ。うおっ」
首を傾げながら洗面所を出ると、廊下を塞ぐように待ち構えていた藤井の胸にぶつかった。
「今日はお兄さんのとこ行くよな?」
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