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21 家じゃない家、家族じゃない家族
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「克己さん知ってたのかよ」
「当然」
今度こそ逃さないと言わんばかりの無駄のない根まわしが兄貴らしいっちゃ兄貴らしい。
「バイト出れるっておじさんに言ってあるから」
「父さんには休むと伝えておいた」
「・・・・・・おばさんにおつかい頼まれてたかも」
「今日じゃなくてもいいって母さんに言われてただろ。急ぎなら俺がかわりに病院に行こう」
冬次は眉間に皺を寄せた。これって兄貴というより藤井の根まわしじゃないか?
そうかよ、そうかよ。そんなに邪魔者扱いしたいかよ。
「すっげぇやな感じじゃん。行きますよ。行けばいいでしょ!」
そうして半ば苛立ちに背中を押されて、冬次は実家に繰り出した。もはや気持ちは戦じゃ、合戦じゃ! 戦場に単身乗りこむ気持ちで実家族の待っているバーベキューに赴いた。
しかし最初の勢いはどこへやらインターホンに話しかけた声はか細かった。
「いらっしゃい冬次さん」
と応じてくれたのは義理の姉、美世。
「鍵をお持ちじゃなかったですか」
「持ってるけど裏口のだから。裏からコソコソって気分悪いじゃないですか」
他人行儀なのは、実際他人と呼ぶくらいの回数しか顔を合わせたことがないから。きょとんとした反応を返されたのは、きっと上手く伝わらなかったから。
「私たちは気にしませんよ?」
「どうも」
無難に会釈したが、あなた方ではなくて冬次の気持ちの問題だ。
どちらかといえば美世は外から奈良林家に入った他所者であり、実家族に反感を覚える冬次と馬が合いそうなものなのだけれど、美世は常にお面を被ってるみたいに隙がなくて話しにくい。
細くて頼りなげで、少しの力でぽきんと折れてしまいそうなうなじ。
やはりオメガはオメガでも、男と女じゃ断然女の方が庇護欲を煽るのかもしれない。弱くて可哀想であざとくて、彼女の生い立ちに関係なくそう思われるように構築された生き物。オメガ性を失くした南雲と比べると、男女比を差し引いても美世はオメガ然とした全てを備えていて、繁殖相手を惹きつける武器となるものが冬次の視覚や嗅覚、全身の毛穴から突き刺さってくるようだった。
兄貴の咬み痕があってこの影響力は改めて恐ろしい。南雲と暮らすことで忘れかけていた、バース性が本能を揺さぶってくる遠慮のない力強さを実感しなおした。
「冬次さんの家なんですからそんなところに立ってないで入ってください」
そこはお客様で結構です。意固地になりながらだだっ広いばかりの大理石の玄関にあがると、藤井家と異なる洋風なリビングから子供の歓声に混ざり、いい歳した男たちの笑い声が聞こえてきた。
幼い子供の相手をしている声なら微笑ましい限りだが、違うんだろうなという冬次の予想は当たり、リビングを覗けば庭の芝生で遊ぶ子供たちと室内のアンティーク調のソファセットで談笑する大人という図に別れていた。
テーブル上の高級酒を囲み、父親、兄貴、それから見慣れない顔ぶれが数名。
家族以外の客がくるなら言っておいてほしかったと思う。知っていたら来なかった。本当の非家族がいる場面では、冬次がいくら拒んだところで奈良林家という大きな集合体にひと括りされてしまう。
冬次は嫌で嫌で、薄い肌の下で寒気がするほど苛立ちが募ってくるのがわかった。リビングに入る前に来なかったことにして立ち去りたい。だが踏ん切りがつく前に兄貴と目が合ってしまう。
「冬次、急で悪かったな。こっちに座れ」
兄貴がこちらに手を上げる。
「ああ、うん。俺あっち手伝うわ」
リビングの窓からデッキに出られて、デッキを降りたところにバーベキューコンロが準備されていた。母と美世がキッチンと庭を行ったり来たりしながら食材を運んでおり、コンロの火は手つかずだった。父とは目を合わせないよう、会釈だけしてソファセットの横を素通りした。
無言で着火剤と炭を積んでいると、「おにーちゃん何やってんのぉ?」と兄貴の子供らに囲まれた。
くりくりしてどんぐりみたいな曇りを知らない瞳が勢揃いする。一番上が兄貴の遺伝子を濃く引き継いだ四歳の長男。次が美世に似てる三歳の長女。そしてよちよち歩きの男女の双子、遺伝のほどはまだはっきりしていない。
「火つけるから危ないから離れてな」
そっけなくして遠ざけたが、ちっちゃくて無垢な小人たちは少し離れた場所で冬次の仕事をじっと観察していた。
「あっ、おかーさん」
長男が嬉しそうに声をあげる。
さくっさくっと芝生を踏む音が近づいてきたので、冬次は振り返った。
「ありがとう。手伝わせてごめんなさいね」
「うっす。お義姉さんも大変そうですね。母さんはキッチン?」
「おにぎり握ってくださってるわ。火、見てましょうか?」
「うん。お願いします」
冬次がコンロを離れると、途端に美世のまわりに子供が集まった。きゃいきゃいと楽しそうな声が見上げた空高くに抜けていき、冬次は対照的な重たいため息に襲われる。
キッチンに足を運ぶためリビングを通った時、父たちの話し声が子供たちの声を掠めとっていった。庭から玄関にまわって行けばよかったと後悔する。
「そういえば先日仁科議員とお会いしまして。奈良林くんもお知り合いだとか?」
「ちょっとした飲み仲間ですな。ゴルフや麻雀などにちょくちょくお誘いいただいて。この春真が地方の零細企業の娘でなく、議員のご息女と結婚していればよかったとつくづく残念に思うよ。オメガだけあって跡取りに事欠かないのはいいことだがね」
冬次はなんとか舌打ちを呑み込む。どう考えても言いすぎだ。美世が聞いているかもしれない場所でよくそんな下衆な話ができるものだ。兄貴もどうして笑ってるんだ? 自分の妻も庇ってやらないで、みんな頭がどうかしている。
苦虫を噛み潰しながら通り過ぎキッチンに入ると、母がいた。
「当然」
今度こそ逃さないと言わんばかりの無駄のない根まわしが兄貴らしいっちゃ兄貴らしい。
「バイト出れるっておじさんに言ってあるから」
「父さんには休むと伝えておいた」
「・・・・・・おばさんにおつかい頼まれてたかも」
「今日じゃなくてもいいって母さんに言われてただろ。急ぎなら俺がかわりに病院に行こう」
冬次は眉間に皺を寄せた。これって兄貴というより藤井の根まわしじゃないか?
そうかよ、そうかよ。そんなに邪魔者扱いしたいかよ。
「すっげぇやな感じじゃん。行きますよ。行けばいいでしょ!」
そうして半ば苛立ちに背中を押されて、冬次は実家に繰り出した。もはや気持ちは戦じゃ、合戦じゃ! 戦場に単身乗りこむ気持ちで実家族の待っているバーベキューに赴いた。
しかし最初の勢いはどこへやらインターホンに話しかけた声はか細かった。
「いらっしゃい冬次さん」
と応じてくれたのは義理の姉、美世。
「鍵をお持ちじゃなかったですか」
「持ってるけど裏口のだから。裏からコソコソって気分悪いじゃないですか」
他人行儀なのは、実際他人と呼ぶくらいの回数しか顔を合わせたことがないから。きょとんとした反応を返されたのは、きっと上手く伝わらなかったから。
「私たちは気にしませんよ?」
「どうも」
無難に会釈したが、あなた方ではなくて冬次の気持ちの問題だ。
どちらかといえば美世は外から奈良林家に入った他所者であり、実家族に反感を覚える冬次と馬が合いそうなものなのだけれど、美世は常にお面を被ってるみたいに隙がなくて話しにくい。
細くて頼りなげで、少しの力でぽきんと折れてしまいそうなうなじ。
やはりオメガはオメガでも、男と女じゃ断然女の方が庇護欲を煽るのかもしれない。弱くて可哀想であざとくて、彼女の生い立ちに関係なくそう思われるように構築された生き物。オメガ性を失くした南雲と比べると、男女比を差し引いても美世はオメガ然とした全てを備えていて、繁殖相手を惹きつける武器となるものが冬次の視覚や嗅覚、全身の毛穴から突き刺さってくるようだった。
兄貴の咬み痕があってこの影響力は改めて恐ろしい。南雲と暮らすことで忘れかけていた、バース性が本能を揺さぶってくる遠慮のない力強さを実感しなおした。
「冬次さんの家なんですからそんなところに立ってないで入ってください」
そこはお客様で結構です。意固地になりながらだだっ広いばかりの大理石の玄関にあがると、藤井家と異なる洋風なリビングから子供の歓声に混ざり、いい歳した男たちの笑い声が聞こえてきた。
幼い子供の相手をしている声なら微笑ましい限りだが、違うんだろうなという冬次の予想は当たり、リビングを覗けば庭の芝生で遊ぶ子供たちと室内のアンティーク調のソファセットで談笑する大人という図に別れていた。
テーブル上の高級酒を囲み、父親、兄貴、それから見慣れない顔ぶれが数名。
家族以外の客がくるなら言っておいてほしかったと思う。知っていたら来なかった。本当の非家族がいる場面では、冬次がいくら拒んだところで奈良林家という大きな集合体にひと括りされてしまう。
冬次は嫌で嫌で、薄い肌の下で寒気がするほど苛立ちが募ってくるのがわかった。リビングに入る前に来なかったことにして立ち去りたい。だが踏ん切りがつく前に兄貴と目が合ってしまう。
「冬次、急で悪かったな。こっちに座れ」
兄貴がこちらに手を上げる。
「ああ、うん。俺あっち手伝うわ」
リビングの窓からデッキに出られて、デッキを降りたところにバーベキューコンロが準備されていた。母と美世がキッチンと庭を行ったり来たりしながら食材を運んでおり、コンロの火は手つかずだった。父とは目を合わせないよう、会釈だけしてソファセットの横を素通りした。
無言で着火剤と炭を積んでいると、「おにーちゃん何やってんのぉ?」と兄貴の子供らに囲まれた。
くりくりしてどんぐりみたいな曇りを知らない瞳が勢揃いする。一番上が兄貴の遺伝子を濃く引き継いだ四歳の長男。次が美世に似てる三歳の長女。そしてよちよち歩きの男女の双子、遺伝のほどはまだはっきりしていない。
「火つけるから危ないから離れてな」
そっけなくして遠ざけたが、ちっちゃくて無垢な小人たちは少し離れた場所で冬次の仕事をじっと観察していた。
「あっ、おかーさん」
長男が嬉しそうに声をあげる。
さくっさくっと芝生を踏む音が近づいてきたので、冬次は振り返った。
「ありがとう。手伝わせてごめんなさいね」
「うっす。お義姉さんも大変そうですね。母さんはキッチン?」
「おにぎり握ってくださってるわ。火、見てましょうか?」
「うん。お願いします」
冬次がコンロを離れると、途端に美世のまわりに子供が集まった。きゃいきゃいと楽しそうな声が見上げた空高くに抜けていき、冬次は対照的な重たいため息に襲われる。
キッチンに足を運ぶためリビングを通った時、父たちの話し声が子供たちの声を掠めとっていった。庭から玄関にまわって行けばよかったと後悔する。
「そういえば先日仁科議員とお会いしまして。奈良林くんもお知り合いだとか?」
「ちょっとした飲み仲間ですな。ゴルフや麻雀などにちょくちょくお誘いいただいて。この春真が地方の零細企業の娘でなく、議員のご息女と結婚していればよかったとつくづく残念に思うよ。オメガだけあって跡取りに事欠かないのはいいことだがね」
冬次はなんとか舌打ちを呑み込む。どう考えても言いすぎだ。美世が聞いているかもしれない場所でよくそんな下衆な話ができるものだ。兄貴もどうして笑ってるんだ? 自分の妻も庇ってやらないで、みんな頭がどうかしている。
苦虫を噛み潰しながら通り過ぎキッチンに入ると、母がいた。
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