未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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27 アルファなら困難に笑え

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 別で楽しんでいる座間には声をかけられず、しかしトイレから出た後にさっきの輪に戻る気になれず、勝手にシアタールームにお邪魔する。
 遮光カーテンで光を遮られた部屋。電気のスイッチがわからなかったので暗くしたまま、ソファや簡易的なスツールなどをラフに並べたプライベートな観覧席に腰を下ろす。
 電源オフの天井吊り大型スクリーンは当の前にうんともすんとも言わず沈黙しており、真っ黒な画面が挑発的でさえあった。お前なんか認めないと冬次を嘲っているような。

「大丈夫? 疲れちゃった?」

 閉じたはずのドアに隙間ができ、差した明かりが広がった。
 谷峨が室内に入ってくる。

「すいません。勝手にこっちで休んでて」
「いいよ。リラックスできるやつをつけようか」

 谷峨はテキパキと機械を操作する。画面いっぱいに星空が映しだされると、重たかったスクリーンが優しげに面差しを変えた。見え方ひとつでこんなに変わるのだ。星空だと思った映像は、本当は深海で、やがて海中のうねりのようなものが映し出され、小さな光の点だったものがクラゲになった。星のような無数のクラゲが、大画面の中で自由奔放に漂う。

「クラゲはいいよねぇ。ずっと眺めてられる」

 うっとりと谷峨は隣の椅子に座った。

「これ観てると色々どうでもよくなっちゃうんだよね」
「なんとなくわかる気がします」
「ね、でもね、最後まで観れたことないんだ。何度も観てるけどいつも途中でつまらなくなっちゃう。シンプルにセックスしてぇなとか、クラゲじゃできないことやりたくなって中断する」

 そこまで聞いて、冬次は背もたれから背中を浮かせた。

「・・・・・・もしかして俺のこと慰めてくれてます?」
「もしかしなくても慰めてる! さっきのは絡んできたあいつが悪かった。冬次くんは悪くないよ。それで落ち込んでるんでしょ」
「まぁ、はい」

 世間知らずなこちらの発言も悪かったかもしれないけれど、思い出すとむかっ腹が立ってくる。やたらと香水の匂いが濃くて鼻につき、自己主張の強い見た目だけじゃなく、初対面で歳下の冬次にすら喧嘩腰で絡んでくる気性の荒さだった。

「彼はあーいうスタイルが好きなんだよね。言葉で殴り合って喧嘩して仲良くなれると勘違いしてる変態だから気にすることないよ」
「ちょっ、あの人谷峨先輩より年上じゃないっすか。ボロクソ言って怒られませんか?」
「平気平気。俺たち年齢にはゆるい感じだもん」
「そうですか」

 冬次は少し逡巡してから、癒しのクラゲの力を借りて言葉を続ける。

「俺、今日初めて親の名前で抗戦的な目を向けられたんです。俺がどんなに嫌悪しようと背負っていかなければならない名前なんだなってわからせられた感じで」
「社会に出るの怖いってなっちゃった?」
「いや、怖いとかじゃなくて。みんなが生まれてから自分で努力してくことを、俺は生まれた時からクリアしちゃってたんだって今ごろ知って愕然としました。ズルした気分になります」
「ズルしたのが嫌だったの?」
「はい」

 即答すると、谷峨は偉いねと言った。

「冬次くんは親の七光を利用しようと思わないんだね。俺はラクに楽しく生きたいタイプだからさ、美味しいとこだけもらっちゃうけど」

 あ、と冬次も口を開こうとして、パンッと盛大な音が鳴った。
 リビングはクラッカーの破裂音と歓声で騒がしい。その短い瞬間で、続けて何を言おうとしていたのかすっかり忘れてしまった。

「ケーキかも」

 谷峨が呟く。

「だったら俺たちも行かなきゃ」
「冬次くんはまたあのどんちゃん騒ぎの中に戻ってケーキ食べたい?」
「そう訊かれちゃうと、そこまでは」
「だったら無視しよ。俺は場所を提供してあげただけで幹事じゃないし、ケーキすっぽかしたくらいで怒るメンバーはいないし。帰ってもいいよ」
「えっ」
「早く帰りたいなぁって顔してる」

 言い当てられ心臓が飛び跳ねる。図星だった。今から帰れば夜ご飯の時間に間に合うかもしれない。予定があると伝えてあるけれど、申告より遅れるなら説教コースだが早いなら構わないだろう。

「おっけ。駅まで送ってく」

 返事を言う前に谷峨が腰を上げる。気をつかわれたのはわかっていたので、冬次はありがたく甘えることにした。


 ◆


「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」

 駅はラッシュの時間帯から少し外れ、これから電車に乗ろうという人よりも、改札を出てくる人たちの姿が多くあった。飲食店街はないためわざわざ当駅で降りて食事を、と考える人は少ないだろう。みんな家に帰るんだなと思うと、足早に急ぐ人の波に仲間意識を感じて冬次の心を軽くした。

「帰れるってなった途端、嬉しそうだね」
「もはや先輩には隠せないですね」

 谷峨は唇に弧を描き、来た道を戻ろうとして中途半端な体の向きで立ち止まった。

「あそこにいるあの人たち」

 そう冬次に向かって囁く。

「げっ」

 樹木を囲んだ円形ベンチにいるのはまさかの南雲と藤井。向こうはまだこちらに気づいていない。

「邪魔しにいかなくていいの? デートかもよ」
「多分、迎え。俺の」
「うわ、過保護だ。よかったねって言おうと思ったけど、そんな単純じゃないか。複雑?」
「っすね」

 冬次は苦い顔をしているのであろう自分の頬を軽く叩いた。自らの足で行く家路はわくわくする、けれど外で南雲と藤井を見るのは胸が落ち着かなくなる。雑踏を通して見る二人の姿がお似合いだと気づいてしまうから、できるだけ見て見ないふりをしたいのだ。
 負けねぇ、とは思うけど。まだ、手が届くには自分は未熟すぎる。

「だったら、いいこと思いついた。冬次くん俺と勝負しよっか」

 懸命に葛藤を捏ねくりまわす冬次に、一緒にベンチを眺めていた谷峨が提案する。

「南雲さんを取り合うとか冗談で言ったらグーでいきますよ。俺めっちゃ真剣ですからね」

 冬次は顔の高さで拳を作った。

「でも上手くいかない時に慰めてくれる人がいたらがんばれるよ」
「上手くいかない前提で話すのやめてくれませんかっ」
「おっ、元気になった」

 ふいに谷峨が白い歯をニカッと覗かせる。

「その粋だよ。ね、さっきシアタールームで言いそびれてしまったこと話していい?」

 怒り爆発寸前に眉をひそめるが、一応頷き返した。

「ありがと。冬次くんがモヤモヤする原因になった気持ちってさ、アルファなら当然もってるものだよね。闘争心ってやつかな。周囲の目を気にしちゃうのわかるけど、アルファが社会のトップにいるのは生まれとか個人の才能うんぬんより、誰かを蹴落としてでも負けるもんかっていう闘争心の賜物じゃないかなって思うんだ。俺でさえ滾ってどうしようもなくなる時があるんだから」
「だからいつもクラゲが最後まで観られない?」

 引き継いで続きを口にすると、谷峨は満足そうに体を揺らす。

「そうそう。辛くなったらまた観においで、クラゲ」

 ふわふわ動かしている手はクラゲの触手のつもりなのか、モデルじみた整いすぎの外見とのギャップに、思わず笑みがこぼれた。

「・・・・・・今の話で回復できたんでさっきの冗談は許してあげますよ」
「勝負の件は冗談じゃないよ」

 谷峨は手首を曲げたクリオネみたいなポーズのまま、おどけた。

「は?」

 ふざけた内容なら前言撤回だ。

「冬次くんの恋路を茶化したりしないよ。同じ人を奪い合おうなんてもちろん言わない。俺にも好きな人くらいいるし」
「マジな話なんでしょうね?」
「冬次くん鈍そうだからわかってないんだろうな。俺もね冬次くんみたいに三角関係で片想い中」
「俺の知ってる人の中にいるってこと?」
「うん正解」
「だ、誰?」
「言わない」
「俺だけ知られてんの卑怯じゃない?」
「協力し合おうってんじゃないから卑怯じゃないよ。どっちが先に好きな相手を落とせるか、俺と冬次くんで勝負するんだ。面白そうでしょ。定期的に近況報告で集まろ」
「やだよ、女子みたい」
「一人よりきっと楽しいよ。そういうことで」

 にっこりすると強引に話をまとめて去っていく。冬次は賛成しかねていたのに反論権がまるでなかった。
 と、谷峨が慌ただしく戻ってくる。

「俺たちだけの秘密ね。また連絡する」

 今度こそマンションに帰っていった。なんだったんだ。なまじ背が高く派手で目立つせいで過ぎ去っていった後の余韻がすごい。
 アルファは特別だ。世界が自分を中心に廻ってると思っている。人を動かすのに長けた星のもとに生まれたバース性。苦手だったアルファの特性が今はちょっと共感できてしまう。
 開き直りに近いけど、自分の中にあるアルファのサガを見直せた・・・・・・かもしれない。本当に好きになれるかはこれからの自分しだい。藤井も助けて、南雲も手に入れる予感と自信を信じる。我儘であればこそアルファ、ならば困難に笑えと。
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