未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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40 調査開始

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 とかく冬次が納得しようとなかろうとナナクサ製薬と兎沢との話はついているようで、一方的に〝明後日〟というこちらの都合をまるで無視した取材の日取りを教えられたしだいとなった。
 翌日冬次は朝礼で急だが夏休みを取ることを社員に伝える。
 空いた時間ができては予定を訊ねてくる金子を適当な理由で交わし、帰宅時間に腰を上げると藤井家へお裾分けを持っていくよう頼まれた。いつも引き受けているおつかいを断るのも不自然なので了承し、車を走らせる。
 普段どおり出迎えられ晩酌を囲むと、藤井はおもむろに口を開いた。

「明日から休み取るんだってな?」

 えらく急だなと心中を見透かそうとするように見つめられ、冬次は口に含んだ酒に咽せる。
 藤井に余計な憶測をさせたくなくて伝えないで実行するつもりが古株社員と旧知の仲の藤井には筒抜けだった。

「見合い相手と旅行にでも行くのか」
「あー・・・・・・見合いしたの知ってるよね、そりゃ」

 兄貴が関わっていりゃ筒抜けだ。

「上手くいってるならいい。よかったな」

 かなり迷惑な誤解だ。大きくかぶりを振りかけたのを顎を引いてこらえる。いたる方面にあらぬことを吹きこむ兄貴はまさに歩く災疫だが止める手立てのない兄貴より、藤井にどう説明したものか頭を悩ませた。

「克己さんは、俺が縁談を受け入れて結婚した方がいいって思う?」

 以前から、冬次が早く身を固めることを望んでいた藤井。
 兄貴が構想するなんらかの策略のうちだったとしても、悪くない条件の見合い相手との結婚。
 七草と身内になればナナクサ製薬の謎に包まれた内情を知ることができ、親族特権で座間を救える。冬次の直感が確かなら、現在の南雲に繋がる糸を掴める可能性だってある。けれど、掴めたところで、この方法をとるということは温めつづけた想いを諦めるのと同じ。

「いいって言うか、お前が縁に恵まれたなら嬉しく思う。ただ・・・・・・」
「克己さん?」

 そういえば藤井は少し前から何か言い淀んでいるそぶりを頻繁にする。

「いや、なんだったか。すまないな」

 冬次は眉間に眉を寄せる。結局今夜も話してくれないのか。
 言いたくないことを無理に引き出そうとは思わないが、言いたくても言えないせいで近頃は藤井の顔色が優れないように思え、こちらもなんとかしなければならないと心労は尽きなかった。
 取材と称した潜入予定日。ヘアセットの仕方を変えて眼鏡とマスクをつけた簡単な変装をしてナナクサ製薬本社から二駅ほど離れたファミレスで集合したが、冬次が到着した時には谷峨と兎沢はのんびりモーニングを食べていた。

「おはようございます。なんかめちゃくちゃ余裕ある感じっすね」
「冬次くんも食べる?」
「いや、俺は家で食ってきたんで」

 朝食といっても起き抜けの胃にコーヒーを流し込んだだけだが。

「お前よぉ、いかにも変装してますって格好だなぁ」

 兎沢が大口あけて笑う。

「顔バレしても心配ないおふた方は素顔のままでいいかもしれませんけど、俺はいつどこで知ってる顔に遭遇するかわからないんです。用心するに越したことはない」
「ヘタクソな変装は逆効果になるって知ってっか」
「なっ、ヘタクソってことないでしょう!」

 すると憤慨する冬次に紙袋をよこされた。中身は白い毛が混じるウイッグと服。使い古されたシャツとジーンズで、雑な洗濯の具合がうかがえるくたびれ感と皺があった。

「じいさんにでもなれって言ってます?」

 意図は理解したが、それこそ下手な変装にならないだろうか。谷峨が歯ぎしりしたそうな顔の冬次に目を細める。その視線は冬次を通りすぎて、戻ってきた人物に笑いかけた。

「ソノちゃん、腕のふるいどころだよ」

 冬次は驚き振りかえる。巨大な美女が手をハンカチで拭きながら歩いてくるところだった。

「やっと来たわね。うふふふ、高校生ぶりかしら。あら、あらあら、あら! ちょっともう彼を老けさせるなんてもったいないわよ」

 圧と声がうるさくて騒がしい。喋る口が止まらない。頬ずりされそうな勢いに冬次は慌てて飛び退いた。

「お久しぶりです」
「立ち話してる暇はないから、さっさとこっちにいらっしゃい」

 リーチの長い腕にあっという間に捕えられ、引きずられる。連れていかれたお手洗いの個室で有無を言わさず紙袋の中身に着替えさせられ、玄人の手つきで化粧を施された。瞼を閉じてじっとしていると、白髪のウイッグを被せられ整えた後に手鏡を渡される。

「できたわ」
「おおっ」
「声で怪しまれるから注意点はあまり喋らないことね」

 鏡の中でずいぶんと歳を取った自分に、冬次は目を瞠る。ゴリラからもたらされたと思えない美技。くたくたのシャツに似合うくたびれた初老男性にしか見えず、目を疑う奇跡の変装術だ。
 と、ふと、後ろで鏡に映ったソノちゃんの艶やかなリップが動く。

「本当にありがとう。啓のことよろしくね」

 ぎくりと、ほんのちょっぴり罪悪感に胸が痛んだ。冬次が行く理由が純粋に座間を助けにいく目的だけじゃない。協力を引き受けてくれたソノちゃんへの恩義にそむく気がして、喉に重たいものがつっかえた。

「座間が不当な仕事を押しつけられているなら、証拠を掴んできます」

 嘘じゃないんだ。そのつもりではいる。

「頼むわね。あたしじゃ何もしてやれないからさ」

 ううっ、喉のつっかえが増す。

「うっす、頑張ってきます」
「そうだった。これを渡そうと思っていたの」

 そう言って出されたのが、詳しくないキャラクターのグッズだが、ストラップだった。

「啓が部屋を出て行く日に忘れていったものなんだけど処分していいのかわからなかったから、あなたから返しておいてもらえるかしら」
「わかりました。あの、啓はこのキャラクターが好きだったんですかね?」
「さぁ。どうかしら。記憶にはないけれど、あたしに全ての顔を見せていたわけじゃないでしょうしね」

 ソノちゃんが哀愁のただよう表情になったので、慌てて目をそらせる。

「すみません、最後にもう一つ。このストラップから座間以外の匂いがしませんでしたか」

 冬次はソノちゃんの特技を思い出していた。

「これ? 特に気にならなかったわ」
「ですよね。いや、なんでもありません」

 期待ばかり膨らませると落胆が大きくなるというのに。南雲の顔を頭の中から振り払い、礼を言って話題を終わらせ、谷峨たちと合流した。
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