未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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42 座間が見せたかったもの

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「ああ! うんうん。わかった」
「僕の部署は最近新設されたばかりで慣れない仕事が多くて」
「パッ、パワハラとかあったりして?」
「いいえ」
「おじさんにはしんどそうな顔してるように見えるけどねぇ」
「仕事が大変だからしんどいわけじゃないんです。それとは別というか。すいません、あなたにはパワハラがあった方が面白かったですよね」
「え、まぁ・・・・・・な。誰でもいいから喋りたい時ってあるよな」
「あなたはやはり知り合いに似てるんで、そいつに聞いてもらいたかったのかもしれないです」

 苦しそうにはにかんでみせる表情に冬次は絶句し心が折れ、途端に自身のした行動が恥ずかしくなる。

「ごめん座間ぁ!」

 顔の皮膚をひっかき、ぷるぷるした厚化粧をべろんと剥がしていく。
 さながらスパイ映画のような親友の登場に座間が目をひんむいた。当然か。

「奈良林⁈」
「お前、もっと頼ってくれよ。友達だろう!」

 逃げ出そうとする座間の肩をガッと掴んだ。

「離せよ。何やってんだよマジで馬鹿じゃねぇの」
「馬鹿は座間の方だ。んな死にそうな顔の友達を放っておけるわけないだろがよ。実際にぶっ倒れたのを介抱してやったのは誰だったけかな、おい」
「だから激務のせいじゃないってさっき言った」
「おーおー、だとしたら人間関係とかだろ。パワハラはないって言ってたけどさ、高圧的な上司がいるなら無理して頑張らなくていいんだぞ。一人で抱えるなよ」
「なんでそういう話になんだよ。嫌な上司なんていないよ」
「じゃあなんだってお前はそんなつらそうなんだ?」

 互いに引かない言葉の応酬を先に切り上げた座間は目を伏せ、諦めたようにため息をついた。

「いつかは教えてやらなきゃと思ってた」
「何を?」
「忠告してやったのに。後悔しないならついてきて」

 座間はナナクサ製薬の建物に入らず、裏に停めてあった車で場所を移動した。住宅街に車を向かわせる。

「ここだ」

 前庭があり一階部分にガレージがついた大きな御宅だった。しかし裕福な家庭が多いと有名な住宅地であり、特別目立つような家じゃない。
 ガレージの中に車が収まる。車を降りた後は玄関にまわらずガレージ内のドアをとおって御宅内部に招き入れられた。
 ナナクサ製薬の秘密が絡んでいるなら、中こそは怪しいところがあるのではないかと疑っていたが、建物内はいたって一般的な間取りで、少しばかり興を削がれた。近未来的なラボが隠されているのではと勝手に想像して盛り上がっていただけに顔に出ていたらしい。

「驚いてる?」
「まぁな。連れてこられた理由がわからなくなるよ」

 ベールに包まれた仕事内容がさらに謎が深まった。

「俺を入れて平気なのか」

 廊下を行くと、リビングに二階へ上がる階段がある。しかしそちらは通過する。室内の様子は清掃が行き届いているせいもあるだろうが生活感が薄く、人が暮らしている気配を感じられなかった。

「今は従業員は誰もいないから」

 言いながら座間が向かっていくのは下へおりる専用の階段だ。ここまで来ると雰囲気が若干変わり、冬次はあたりをキョロキョロ見まわした。ようやく秘密めいた感じに胸と呼吸が緊張で重くなる。

「誰もいないのに誰に会いにいくんだよ」
「奈良林の会いたい人なんじゃないの」

 座間は階段をおりきったところにある地下室の鍵を開けた。わずかに遅れて中に人がいるのに外から鍵をかけておく違和感に気づき、ゾッとする。
 異常を問いただそうとするが、すかさず鼻を覆った。わずかだが漂う甘いフェロモンに冬次の脳裏で危険信号がちらつく。この先にオメガがいるぞと強く意識させる匂いだ。
 ヒート期間ピーク時を除いて薬で完全に抑えられるはずのオメガフェロモン。抑制なしの剥き出しの匂いは嗅いだことがない。危険信号とは裏腹に全身がどくどく脈打ち、気が大きくなる。平常時でこの威力ならと想像を掻き立てられるのも初めての経験。だがそんなオメガフェロモンに対する感動も、地下室にいた人物を見るなり一気に霞んだ。
 こんなところに・・・・・・。
 日常から切り離された場所に、彼はいた。
 南雲涼。
 十数年前より若い姿で突然の侵入者を睨む。冬次には外見の成長を巻き戻したように見えるが、冬次が未来の南雲と交流した当時より後に生まれた正真正銘の十七歳。冬次の記憶などまっさらない少年だということを、忘れそうになっていた自分を殴りつけるような視線をくれていた。

「誰だよこいつ。こっち来て土下座しろ!」

 南雲の逆鱗が座間に向く。
 しかし穏やかな展開じゃないな。南雲はなおもヒステリックに叫んだ。

「早くしろっ。無能なベータのくせに俺を不快にしたな!」

 座間が腰を折って頭を下げる。

「申しわけありません」
「反省が見えない。土下座だよ土下座」

 若さゆえの横暴さなのか、大人の南雲も性格がいいとは言えなかったけれども、見過ごせられない。

「悪かったよ。俺が無理言って連れてこさせたんだ」
「おっさんは黙ってろ。アルファの匂いがするやつは死ね」

 暴言だけに収まらず中指を突きたてられる。
 冬次は曲がれ右をして地下室を去った。目の前にいるのが南雲じゃなけりゃ思いきりクソガキと噛みつき返していただろう。

「南雲さんは普段からああなの?」

 共に地下室を出た座間は答え迷うように眉をひそめる。
 一階リビングに改めて腰を落ち着けた冬次は出されたコーヒーに口をつけるが、自身の目で見てきたにも関わらずこの地下に探し求めた南雲がいることが信じられず、興奮を持て余してしまう。
 鎮まれ心臓。鎮ってくれ。できればもう一度下へ降りて、顔を確認したい。話がしたい。

「な、お前はどう思った」

 ようやく座間の口が動いた。
 質問に質問で返されたことに、冬次は首を傾げる。

「生意気だけど可哀想な子でさ。なんとかしてやりたいって思ってんだ」
「地下室に鍵かけてって普通じゃないよな・・・・・・」
「そうなんだよ。色々考えてみたんだが、一介の社員でしかない俺にはどうしてやることもできないんだ」
「どういう意味だ?」
「まわりにいる大人たちがヤバすぎんだ。特に父親が政治家の大物ときたもんだ」

 咄嗟に冬次の頬の筋肉がひきつった。つまりは自らの父や兄と同類の人種ということに軽蔑の念が込み上げる。

「俺が救い出すよ」

 助ける、これの一択しかないだろう。そうと決まれば俄然やる気がわく。

「じゃさっそく」
「おい、今か?」
「俺んとこに連れてく。今なら誰も見てない。座間は強盗に入られたと説明しろよ。ほらほっぺた出せ、一発殴っといてやる」
「正気かよ」
「当たり前だ。さぁ歯食いしばれ」

 そして立ち上がり拳をかまえた。大慌てで身を引いた座間は手を前に突き出し、ファイティングポーズの冬次から頬を守ろうとする。

「馬鹿野郎。落ち着け」
「落ち着いてるって。変装してきたのが役に立ってよかったよ」
「その変装を別のやり方で利用するってのはどうだ。誘拐で捕まりたくないだろう。一時凌ぎができてもいずれお前が犯人だってバレるに決まってんだから」
「けどよ」
「迷惑をかけるかもしれない人たちは?」

 どうでもいいのかと問う視線。

「・・・・・・ごめん。俺、冷静じゃなかったかも」

 壊れていた急停止ブレーキが作動する。冬次はハッとして、椅子に腰を下ろした。

「もっと安全にやってこうぜ」
「たとえば?」
「変装姿のまま、ここで働かないか」

 すかさず冬次は遠い目になる。

「カエリマス」
「ムカつくその目をやめてくれ」
「さっきのお返しだ。俺に引いてたくせによ」
「悪かったよ。頼む」
「ええ~、防犯カメラは騙せても知り合いと直接会って話したら俺の変装なんて簡単に見抜くでしょ。お前の上司って俺の結婚相手になるかもしれない人だろ」
「そうなんだけど・・・・・・七草主任が顔見せる日は把握してるからそこだけ外せばオッケーじゃん?」
「オッケーじゃん、て。オッケーじゃないでしょうよ全然」
「実際、スタッフ足りてないんだよ。あの理不尽王様モードに耐えられなくてみんな半日ももたず逃げだしちゃうんだぜ」
「普通に逃げれんだ」
「ここでしたこと見たものは口外しない、墓の下まで持ってきますっていうガチの誓約書に一筆必要だけどな」
「はは・・・・・・こわっ」


 相当な権力者がバックにいるなら破った際のペナルティは一般市民の常識は通じない。冗談抜きで消されるのかもな。

「みんなサインするの渋らないの?」
「解放されるなら喜んで書くさ」

 この時、話の腰を折るように電話が鳴った。

「呼び出しだ。みんなこれから解放されたいんだ」

 座間が肩をすくめ、壁の受話器に手を伸ばす。
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