未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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44 涼くんの地下室

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 翌朝は座間に指示された午後帯に変装姿で出勤した。平常の一軒家は無人でなく昼食を作りにきたであろう家政婦がいたが、前もって座間が説明してくれていたおかげで新入りの中年男を訝しがられることはなかった。

彼の・・暴言は適当にあしらってくれていいから」

 と座間に地下へ通され、安心しろというように目で合図すると、冬次は地下室のドアを開ける。昨日ぶりの南雲は家政婦が用意した昼食のスパゲッティをぼんやりとフォークでかき混ぜているところだったが、侵入者の冬次を見つけた途端、上の空だった表情を冷たく歪めた。

「まじで来たのおっさん」
「来たよ。君はこの時間に起きたの?」

 腕時計の針は十三時をまわろうとしている。地下室内はとにかく物が散乱し、南雲本人の服装はよれたシャツのままだ。ちらと見えるベッドのシーツは人が横たわっていた皺の形を残していた。

「まずは規則正しい生活リズムを取り戻すことからだな」
「あんたらがそれ言うわけ」

 陰気な地下に閉じ込めたのは誰だと、南雲がフォークを食べかけの上に放る。
 冬次は小さくため息をつき、窓のない部屋を眺めた。二十畳ほどの部屋がふたつ繋がった間取りは真ん中を硝子のパーテーションで仕切られ、手前側には現在南雲が昼食をとっているテーブルセットと冷蔵庫があり、奥側に掛け布団が団子のようになったベッドとたくさんの本棚と付随する本が散らばる。冬次の立ち位置から陰になった部分はよく見えないが、おそらくパソコンや小難しい道具なんかが置いてあるのだろう。設備一式が揃ったマンションの一室のようでも、迫ってくる壁に押しつぶされそうな閉塞感の中で生活する気分は最悪だ。

「関係ないよ。君を閉じ込めてるのはおじさんじゃないもーん」

 ふざけた口調に南雲が舌打ちする。

「やっぱ帰れよおっさん」
「雇ってんのは君じゃないからね。てことでよろしくね涼くん」

 そう初日の挨拶を済ませ、冬次は遠慮をかなぐり捨てる。床を物色すると散らばった服をむんずと掴んだ。

「部屋のものに触るな」

 うん。実に年頃の少年らしい。

「家政婦さんに片付けてもらいなさいよ。それが家政婦さんの仕事なんだから」
「絶対無理」
「だったら自分でやろうよ。手伝ってあげるからさ」

 服の次に使い捨てられたタオルを拾い集めていくと、ふた部屋以外に続いたドアを見つけた。

「こっちがトイレかな?」

 開けてみると風呂と洗面台も一緒になったユニットバスがあった。当然掃除はされておらず、湿り気がこもっている。換気を強にする壁のスイッチを押し、腕まくりをした。水まわり掃除からはじめることにする。

「やることやってんだから急に指図しだすのやめてくれない?」

 鏡に不機嫌な南雲の顔が映りこんだ。

「やることやってるって何を」
「あそこからいつも見てるくせに」

 南雲が険しく眉をひそめた。指で天井のすみを差す。設置されたカメラのレンズに中指を突き立てるように。
 トイレだけはかろうじて死角になっているもののプライバシーなどあってないような位置にカメラがあり、先ほどのふた部屋に戻ってみるとやはり天井すみから南雲の生活を覗いていた。

「こんなのもう犯罪じゃないか・・・・・・」

 だが罪に問われない人種がいる。時に圧力をかけ隠蔽し、なかったことにしてしまう。だからこれまで南雲は見つからなかった?
 どんなに探しても、名前があがらなかったのか。

「かわいそうに」
「は、うるさいよ」

 素手で触れたくないとばかりに南雲はラテックスの手袋ごしに冬次の手首を掴んだ。汚いものを掃くように地下を追い出された冬次は、しかし腹を立てる気になれなかった。


 上階へ戻ると座間がタブレット端末で仕事していた。足音を忍ばせて近づく。背後から画面を覗くと、地下室のリアルタイムな映像が流れている。

「覗きが仕事だったんだな」
「記録ね。業務のうちだよ。俺だって好きでやってるんじゃない」

 座間は監視画面を閉じた。

「少年の覗きなんてまったく趣味じゃない。わかってるだろ?」
「・・・・・・すまん。八つ当たりした」

 素直に非を認めて椅子に脱力する。むしろ監視役が話のわかる男でよかったのかもしれない。「七草善光もリアルタイムで見ることができるのか」と訊く。

「できるかできないかなら、できる。でも見てない。俺の上司は涼くん自身には興味がないらしいね。だから録画映像をいじる余裕があったわけだけど」
「彼もオメガなのに?」
「そうなんだよ。本当はベータの俺なんかより主任の方が適任だと思うんだが。同じオメガになら悩みを話しやすいと思うし、もうちょっと打ち解けられそうなもんだろ?」

 膝を打った座間に、冬次は同意する。穏やかで心優しい印象の七草が非人道的な扱いを受ける南雲を無視しているとは。七草の人間性を知らず知らず比較的高く評価していたせいなのか残念に思った。

「善光くんをこっち側に引き込むのは無理なんかな」
「百パー不可能」
「駄目かぁ」

 責任者の七草が味方になればなんでもやり放題で好都合。冬次から頼めばワンチャンありかと考えたのだが・・・・・・好いてくれている気持ちを利用するのは最低だと思い直す。いい気になるなよとおのれを諌め、裏返されたタブレットに関心を戻した。

「見てもいいか」

 座間は両手をあげて席を開ける。

「お好きにどうぞ。お前こそハマるなよ?」
「ハマるかよ」

 再び地下のリアルタイム映像を起動させ、南雲の様子を眺めた。
 冬次が地下を出て行ってから南雲はまた部屋を散らかしたらしい。拾い集めてやった衣服を元通り床に放り投げている。何がしたいのやら、この子にとっては落ち着き安らげる要素のひとつなのか、ごみ溜めの中で監視用のタブレットより何倍も優秀そうなパソコンのキーを叩き作業中だ。南雲の前には画面がいくつか並び、よく一般人と同じ数しかない頭と目の数で見失わずに操作できるもんである。

「これさ、自由を制限しなくても研究できるよね」
「そういう契約なんだ」
「地下室から出られず暮らすことがか?」
「俺も詳しく知らないよ」
「やることやってるのやることに他に意味はない?」
「俺の知る限り彼に会いに来る人間はいないからね」
「一人もか」

 冬次のしつこさに、座間のため息が聞こえる。

「思い出した。奈良林のお兄さんがたまに」
「その時の映像はあるか」
「いいや。お前の兄は毎回必ずカメラをオフにしてる。怪しいね」

 座間は言われてみればみたいな顔をしているが、隠していたんじゃないのか。そんな視線に気づき、座間の目が泳ぐ。

「忘れてたんだ」
「そうかよ。行ってくるわ」

 話なら直接兄貴に聞く。胸に渦巻く怒りは地下ではない場所へと向けられていた。
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