上 下
27 / 69
◇第一部◇ 第三章 魔力の胎動

甘い噂【3】

しおりを挟む
「・・・・・・!」

 ギルは息を呑む。

「いい反応だね、驚いた? ギルが知りたかった私たちの秘密だよ」

 リヒトが自身の胸を指先でなぞった。

 リヒトの両胸の中心には、小さな文字が放射線状にびっしりと並んで描かれていた。ほんのりと耀きを放つ文字は古代語か外国語か、ギルには見分けがつかない文字の羅列られつ。それは銀で塗り固められた鎖のようにも見える。

「リヒト、ギルを揶揄うのはそろそろやめてやれ」

 クライノートは尻尾でリヒトの頬をぴしゃりと叩いた。

「ふふ、そうだね。答え合わせをしようかギル。ギルの言ったことは半分が正解で、半分は間違いかな。マルティーナ王妃が身籠みごもっていた頃からクライに魔法の力を貰っていたのは正解。けど別に人間が魔力を貰ったって死なないよ。慣れないうちは物凄く集中力と体力を消費して、やつれてしまうけれどね」

 にこにこと話すリヒトの口調は嘘ではなさそうだ。

「・・・・・・では義父さまの胸のそれは何なのですか?」

 聞きたいような、聞きたくないような。ギルはこわごわとリヒトに訊ねた。

「うん、これはね契りの証だよ。剣の契り、ギルも聞いたことくらいはあるでしょ?」

 頷きながらも驚きが大きかった。ギルが聞いていた契りの詳細と全く違ったのだ。剣の契りは、騎士同士で交わされる誓いのようなもの。互いを命を預けられる特別な相手と見做し、同じ材料を繋ぎとして打たれた兄弟剣を腰に携えて証とする。

「これが元来の契りの証。魔法の力で心臓に刻まれた印だよ。こうしておくとね、術者が死ぬ間際に、マークした者の命と、天に召される己れの命を取り替えることができる。その昔は王族のを作る時に使われていた方法さ。禁術をかけるときに放出された魔力が人間の身体に流れ込んで蓄積ちくせきされ、人間でも魔法族と同様の力が使えるようになる。っていうのは、まあ、あくまで副産の効果なんだけど。禁術扱いで危険な魔法は、世の恋人たちの間ではこっそり伝えられてきた」
「・・・・・え、なぜ?」

 ギルは首を傾げた。要は命を握られるということだろう? 好き好んで心臓を差し出すなんて心底理解できない。

「んー、ギルにはまだ分からないかな? 好きな人の魔力を胎内に注いでもらうってとてもロマンチックなことなんだよ。でもそれも年月が経ち、心臓ではなく、大切なモノに大切な人の魔力を溜めてもらうやり方にかわった。心臓だとヘマしたら相手が死んじゃうからね。魔力を持たない人間の間ではそれがさらに簡易化して、今の剣の契りの形になったんだ」

 リヒトはクライノートの肩に頭を預け、うっとりと語った。

「俺は反対だったがな、俺には何があるかわからないのに」

 リヒトに対してクライノートが不機嫌そうに呟く。

「だから君の言い分を聞いて、クライがゲーニウスのトップになり、クライ自身が戦場に立つ必要がなくなるまで待ったんじゃないか。最初からずっと言っていただろう、あの頃も私はこんなふうに身体に注いで欲しかった。魔法族ってのは総じて長生きな生き物だ。私よりクライが先に死ぬなんてあり得ない。こんなのは形だけだよ。私はクライのものなんだと、印を付けてもらうのが夢だったんだから」

 甘えた声でそう言われ、クライノートはふんと鼻を鳴らした。しかし真っ直ぐに立った尻尾は小刻みに震えている。

「ふふ、こっちを向いて。愛しているよクライノート、私はその証が欲しかった」
「・・・・・・リヒト」

 ギルの存在は空気になったようだ。二人は見つめ合い、唇を重ねる。

「ごほっ、話したいことは話したので俺はこれで」

 邪魔者になってしまったギルは大人しく撤退を申し出たが、リヒトはベッドを降りてギルに歩み寄る。

「待つんだギル、どうやって私が魔力を貰うのか気にならない? 見ていくかい?」
「え?」

 ぎくりとする。裸同然の姿で寝ていた時点で予想はとっくについていた。

 リヒトは妖艶な光を瞳に宿し、ギルの顎を指先で持ち上げる。さらけ出されたギルの喉の隆起がゴクリと大きく上下する。

「は・・・・・・いや、俺はいいです。戻ります」
「いいから」

 相手は義父であるとわかっていても、何故だろう、本能のままに興奮が掻き立てられる。

 改めて見ても整った男だった。気品溢れる白鳥を彷彿ほうふつとさせる麗しい目鼻立ち。額にかかった榛色はしばみいろの前髪。丸眼鏡のレンズ越しに笑む薄橙の瞳。

「あ・・・・・・、瞳の色が違っている」
「クライとお揃いになってきたんだよ、いいでしょ」
 
 だからリヒトの印象が違って見えていたのだ。けれどそれだけじゃないような・・・・・・、ギルはリヒトの顔に違和感を見出した。今日のリヒトはどことなく若い印象がする。

「義父さま・・・・・・髭は?」
「んん? あれは父親っぽく見せるためのフェイクさ」
「どう・・・・・・」

 リヒトはギルの唇に人差し指を当てる。

「ギル、

 最後までそこで見ててと、リヒトはギルにウィンクを投げた。

 そうして動けないギルを尻目にベッドへ上がり、クライノートと濃厚な口付けを始める。濃密に舌を絡ませながら、互いの身体を弄り合い、ギルからよく見えるようにクライノートがリヒトの片足を持ち上げた。

 ひくひくと強請る窄まりに、凶暴なそれがあてがわれ、スローモーションのように突き刺さる。張り出した亀頭がまるまると飲み込まれ、抽挿が開始される。

「は、あ、あ、あうぅ」

 深々と捩じ込まれた性器は、ぐちょぐちょと音を立てながら出たり入ったりを繰り返した。

 まだ性経験のなかったギルにはひどく衝撃的で、先走りと潤滑油の混ざり合う隠微な音が耳元で鮮明に鳴っているかに思えてしまう。

「あっ、あああ、あ、あ、クライ、そんなに急くとすぐ出てしまう・・・・・・」
「いいんじゃないか? 好きなだけ出すといい、どうせ一度じゃ済まないんだ」

 クライノートはリヒトの両足を抱え上げ、野獣のようなペニスを容赦なく「ずぷん」と潜り込ませた。下生えが擦り合うくらいに最奥をえぐられ、リヒトの腰が弓形に跳ねる。

「ひううう、んうあっ!」

 ギルはみだりに繰り広げられている痴態から目を逸らした。けれど縄でも付けられたみたいに首が固定され、強制的に正面を向かされる。

「ギル・・・・・・よく見てっ、ここからだよ」

 卑猥に肌を打つ音の方へと細目を開け、視線をやった。
 リヒトが「見てて」と、色っぽい仕草で片目をつぶる。

「なんだ・・・・・・っ?」

 不思議なことが起こった。

 夢中で腰を突き上げるクライノートの汗が光の玉となって肌を流れている。そして瞳もだ、太陽色の瞳は空に浮かんだ本物の太陽然としたかがやきを放った。
しおりを挟む

処理中です...