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Thistle lovers〔Spin-off story Ritu〕
◆第二十四話◆
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青柳は布団の上に寝転び、日がな一日、水草の合間を縫う美しい熱帯魚を観察していた。
———アパートに籠り十六年が経った。
あんなに連んでいた永池も含めて、学生時代の友人とも疎遠になり、狭い部屋でモグラのような生活を送る日々。生活の中で感じた「飽きる、暇、寂しい」といったマイナスの感覚も、「嬉しい、楽しい、美味しい」といったプラスの感覚まで、殆どが麻痺して身体から自然と抜け落ちた。
家族への思いを踏み潰された自分は最終的に「何もしない」という結論に至った。堂々巡りに悩み疲れ、遂には考えるのを止めたのだ。
幼少期から住み続けているアパートの部屋は父の知り合いが大家をしており、無償で貸してもらえている。光熱費は未だに父の口座から払い続けられ、毎月郵便受けに金の入った封筒が入れられる。
三十六歳、いい年して親の脛を齧るニート。
世間から見たらそうだろう。けれど働きもしない息子に父は何も言ってこない。これまでも、恐らくこれからも。連絡を取り合う事も顔を合わせることも無い父と息子は、もはや他人よりも遠い存在になってしまった。
金で面倒を見ることしか能のない父へ意見できるほど偉くもないし、恥ずかしい生活をしているのは自分の方。甘えを断ち切れないのは、この金が父の愛情であると思いたいから。その愛情に縋っていたいから。
「大和、入るわよ」
勝手にドアが開けられると日の光が眩しい。見慣れた細長い人影と、今日はもう一人小さい影が目に映る。
「きったないわね」
小言をブツブツと言いながらつま先歩きで部屋まで入ってくるオネエの後ろを、お人形みたいな顔に眼帯をつけ、オドオドした青年・・濱ノ井 律が着いて歩く。埋もれていない床の隙間に正座で座り、かしこまった様子できょろきょろと水槽に目を泳がせ続けていた。
極力自分を見ないようにしているのが分かりやすくて、何故だか無性にからかってやりたくなった。
ちょうど青年が手に持っていたビニール袋が視界に入り、悪戯を思い付いた子供心が久しぶりに少し高揚する。
「もーらい」
声に反応した濱ノ井は「あっ」と口を開き、袋の中身を凝視した。青柳は苺ミルクにあたりを付け、手に取った時の「あ・・」と呆けた表情に満足すると、「どうぞ」と小さく呟く濱ノ井を尻目にストローを紙パックに通した。
緊張感に包まれた青年の横では、やれやれと言った表情の瀬川。十六年も気にかけてくれるのはこのオカマ男だけ。
こいつも自分が何故引き篭もるに至ったのか、家族の間に何があったのかを知らない。見限らずに食べ物や生活雑貨を差し入れながらも、甘えた自分を見る目は年々厳しくなり、小言のうるさいおばさんみたいだ。
心から感謝しても仕切れないと思ってる。けれど放り出せないのは友人を助けてもらった義理によるものでは無いのかと訝しんでしまう自分がいる。
「そんで、こいつ誰?」
「その前に来客が来たらせめて布団から出なさいよっ」
青柳はゴロリと布団に仰向けになって、瀬川を挑発した。瀬川の眉がヒクッと痙攣する。
試す様な事をしてごめん。甘えるのは自分にはまだお前が必要なんだよというパフォーマンス。瀬川の性格上そんな事は絶対しないと分かっていても、どれだけ甘えても見捨てないという確証が欲しかった。
色んな感情が消え去っても、二十年間ずっと不安だけは心に蔓延ったままだ。
ぷりぷりと怒る瀬川に言い返し、青柳はベランダに出た。据えた臭いを漂わせるゴミに混じって平気で煙草を吸う自分はゴミと遜色ない。
いい加減にゴミは卒業しなければ・・、タバコを吸うたびに思う事も火を消した途端に一緒に消えていく。
ゴミの中で独り朽ちて死んでいく想像がリアル過ぎて笑えた。なぁ、母さん、化け物の自分にはお似合いの死に方だろう?
———アパートに籠り十六年が経った。
あんなに連んでいた永池も含めて、学生時代の友人とも疎遠になり、狭い部屋でモグラのような生活を送る日々。生活の中で感じた「飽きる、暇、寂しい」といったマイナスの感覚も、「嬉しい、楽しい、美味しい」といったプラスの感覚まで、殆どが麻痺して身体から自然と抜け落ちた。
家族への思いを踏み潰された自分は最終的に「何もしない」という結論に至った。堂々巡りに悩み疲れ、遂には考えるのを止めたのだ。
幼少期から住み続けているアパートの部屋は父の知り合いが大家をしており、無償で貸してもらえている。光熱費は未だに父の口座から払い続けられ、毎月郵便受けに金の入った封筒が入れられる。
三十六歳、いい年して親の脛を齧るニート。
世間から見たらそうだろう。けれど働きもしない息子に父は何も言ってこない。これまでも、恐らくこれからも。連絡を取り合う事も顔を合わせることも無い父と息子は、もはや他人よりも遠い存在になってしまった。
金で面倒を見ることしか能のない父へ意見できるほど偉くもないし、恥ずかしい生活をしているのは自分の方。甘えを断ち切れないのは、この金が父の愛情であると思いたいから。その愛情に縋っていたいから。
「大和、入るわよ」
勝手にドアが開けられると日の光が眩しい。見慣れた細長い人影と、今日はもう一人小さい影が目に映る。
「きったないわね」
小言をブツブツと言いながらつま先歩きで部屋まで入ってくるオネエの後ろを、お人形みたいな顔に眼帯をつけ、オドオドした青年・・濱ノ井 律が着いて歩く。埋もれていない床の隙間に正座で座り、かしこまった様子できょろきょろと水槽に目を泳がせ続けていた。
極力自分を見ないようにしているのが分かりやすくて、何故だか無性にからかってやりたくなった。
ちょうど青年が手に持っていたビニール袋が視界に入り、悪戯を思い付いた子供心が久しぶりに少し高揚する。
「もーらい」
声に反応した濱ノ井は「あっ」と口を開き、袋の中身を凝視した。青柳は苺ミルクにあたりを付け、手に取った時の「あ・・」と呆けた表情に満足すると、「どうぞ」と小さく呟く濱ノ井を尻目にストローを紙パックに通した。
緊張感に包まれた青年の横では、やれやれと言った表情の瀬川。十六年も気にかけてくれるのはこのオカマ男だけ。
こいつも自分が何故引き篭もるに至ったのか、家族の間に何があったのかを知らない。見限らずに食べ物や生活雑貨を差し入れながらも、甘えた自分を見る目は年々厳しくなり、小言のうるさいおばさんみたいだ。
心から感謝しても仕切れないと思ってる。けれど放り出せないのは友人を助けてもらった義理によるものでは無いのかと訝しんでしまう自分がいる。
「そんで、こいつ誰?」
「その前に来客が来たらせめて布団から出なさいよっ」
青柳はゴロリと布団に仰向けになって、瀬川を挑発した。瀬川の眉がヒクッと痙攣する。
試す様な事をしてごめん。甘えるのは自分にはまだお前が必要なんだよというパフォーマンス。瀬川の性格上そんな事は絶対しないと分かっていても、どれだけ甘えても見捨てないという確証が欲しかった。
色んな感情が消え去っても、二十年間ずっと不安だけは心に蔓延ったままだ。
ぷりぷりと怒る瀬川に言い返し、青柳はベランダに出た。据えた臭いを漂わせるゴミに混じって平気で煙草を吸う自分はゴミと遜色ない。
いい加減にゴミは卒業しなければ・・、タバコを吸うたびに思う事も火を消した途端に一緒に消えていく。
ゴミの中で独り朽ちて死んでいく想像がリアル過ぎて笑えた。なぁ、母さん、化け物の自分にはお似合いの死に方だろう?
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