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仲神舜一の場合

☆2

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 僕は、バットマンに注目した。

 まず、外見は、大男で筋肉質だった。足は短めだが、手が長く、ゴリラを連想させた。
 目の部分に横一文字に傷があり、開ける事は出来ないのだが、代わりに額に目があり、無気味な印象を受ける。
 バットマンは、体を黒いローブで覆い、死神のようだった。
 一つ目の死神は、鎌を持つ代わりに棒状の凶器を持っていた。 
 見た目は、生理的に受け付けないキャラで、美少女の方が何かとありがたい。

 さて、肝心の能力だが、勇治の証言を匂わせる記述があった。

(特徴)
 このモンスターは、ゲーム内で使用する事はできません。ゲーム外で使用します。使用できる回数は、一回だけです。一回で消滅します。
 使用方法は、バットマンを選び、“使う”を選択します。
 次に、音声入力画面から、バットマンを使いたい相手の名前と、使いたい日時を入力してください。

(注意点)

 必ず実在の名前を使用してください。間違った名前を使用した場合、バットマンに襲われます。

 日時の指定は、特に規定はありませんが、相手が持つ電子端末に予告されます。


 僕は、バットマンを試したい衝動に駈られていた。使うのは、あの男以外にない。

 アイツは、交通事故で主を失った家庭に侵入してきた外来種エイリアンで、駆逐すべく害虫な上、母さんを毒するクズに違いない。母さんを騙して、父さんの保険金を食い潰している。

 僕はバットマンを選択し、使うを選ぶ。
 音声入力画面が出ると、緊張した声で言う。

「仲神成政を、仲神成政を、バットマン、仲神成政を……」

 だが、入力をキャンセルする。
 キャンセルした理由は、こんな陰湿な事で憂さ晴らしをするのが嫌だったからだった。

 それにしても、こんな物に大金を出すヤツがいるのだろうか? などと思う。
 勇治も、嘘を信じているのだろう。闇の買い取り業者なんて、希望的観測だとしか思えない。
 僕は、そんな風に考えていた。

 夕食になり、家族が食卓に揃う。

 僕は、母と義父が寝ている所を目撃しているので、凄く気まずい。

 母は、息子に知られているのを気付いているのかいないのか? 無言だった。

 僕は、当然のように喋らないし、義父も無口なので、食べる音や食器が触れ合う音がやけに大きく響いた。

 箸を止め、ふと懐かしむ。
 本当のお父さんが居た頃は、こんな雰囲気ではなかった。家族らしく談笑していた。
 お父さんを思うと、義父の嫌な所が余計に目につく。

 僕が義父に出会ったのは、暑い夏の日だった。母があの男を連れて来て、いきなり結婚すると宣言した。その時、呂の半袖の辺りにチラリと刺青が見えた。それだけで義父の背中の状態が想像できた。もちろん、図柄までは浮かばないが、本格派である事は予想がついた。

「仲神成政だ」

 僕は、ぶっきらぼうな義父の挨拶に反発していたが、同時に畏怖の念もあった。まぁ、ビビるだろう。

「舜一です」

 僕が答えると、義父がニヤリとする。笑われた方としては、相手の意図を図りかねてしまう。

 その後、お互いに関する雑談が、母を仲介として行われたが、僕は何を話したのか覚えていない。


 さて、苦痛な夕食から解放され、部屋に戻る。
 一人で暇をもて余してしまうと、嫌な考えしか浮かばない。つまり、誰かを憎むと言う負の感情だった。
 気を取り直し、せっかくパズダンをインストールしたのだから遊んでみる事にする。

 パズダンを始めてみると、これが、けっこう面白く、時間が過ぎるのを忘れてしまう。気が付くと、時計が零時を回っていた。レベルは20まで上がった。

 僕は、勇治がレベル1000を突破したと自慢していたのを思い出す。
 超上級者の勇治が持っていないレアモンスターを、超初心者が持っている。これは、可笑しくて笑ってしまう。明日、勇治に思いっきり自慢してやろうと考えていた。

 次の日、僕は勇治と一緒に登校する。

「おはよう」

「おお」

 朝の挨拶をすると、勇治は冴えない感じで返す。僕は、心の中で宣言した。「さぁ勇治、目覚めの時だぞ!」

「あのさ、僕もパズダンを始めたよ」

「へぇ、最初にどんなモンスターを引いた?」

「バットマン」

「えっ、嘘だろ?!」

 僕は、勇治の反応に満足していた。

「ちょ、ちょ、見せてよ!」

 僕は、スマホにバットマンを表示すると、勇治に見せてあげた。

 勇治は、話が事実だと解ると興奮する。

「舜一、売ろうぜ。リベート回して、情報料」

「何の情報よ?」

「パズダンを教えたのは俺だよ」

 勇治は陽気に騒いでいたが、次の一言で静かになった。

「売る気はないよ。何だか気持ち悪いし、それに、使いたくなるかも知れないから」

 勇治は、僕の顔を穴が開く様な勢いで凝視する。
 そのまま、暫く経った。小鳥が飛び交い、見知らぬ通行人が通り過ぎる。
 僕は、勇治の圧力に負け、目を逸らした。視線の先では、道端で雀がバッタを襲っていた。可愛らしい仕草でバッタを捕らえ、愛らしい顔のまま、抵抗するバッタを何度もコンクリートに叩き付け、弱らそうとしていた。

「死ね!、死ね!、死ね!」

 そんな声が聴こえて来そうな雀の行動を見て、軽い恐怖を覚えた。
 勇治が声を出したのは、そんなタイミングだった。

「それは舜一さんの考えだから、良いと思うよ」

 僕は、勇治の丁寧な言い方に驚いていた。急に空気が変わった感じがした。
 よそよそしいと言うか、腫れ物に触る感じで、警戒されている雰囲気が伝わってくる。

「勇治、どうしたんだよ。お前に使う訳ないじゃんか」

「舜一さん、私はそんな事は思っていませんよ」

 勇治の顔色を見れば、明らかに思っていると解る。昨日までは、僕をガラパゴス郡ヘビ村出身呼ばわりしていたのに、おかしな展開だった。

 僕は、勇治が何らかの冗談をしているんだと思い、王様気分を味わう事にした。
 だが、登校中にカバンを持てと言ったら、本当に持ちそうになる。これには引いてしまう。

 僕は、勇治が本当に自分を恐れている事を実感した。
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