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仲神舜一の場合
☆21
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温泉を楽しみ、食事の時間になっても、伯父は戻らなかった。
伯父の身を心配しつつ、綾香と二人でビュッフェスタイルのディナーを満喫する。
思えば、二人だけの食事は初めてだった。何時もなら勇治が一緒で三人だった。
綾香は浴衣姿が似合っていた。同じ市松模様の旅館仕様だが、彼女が別格に感じるのは贔屓目だろうか?
風呂上がりの肌と結い上げた髪に色香を感じて、まともに見られない。
だけど、僕の潜在意識では、彼女はまだ勇治の物だった。
さて、食事が終わっても伯父は戻らなかった。とは言え、大人の男で職業は刑事だから、さして心配していなかった。
僕と綾香は、一階のロビーでブラブラしていた。
「湖で花火大会があるよ」
綾香がポスターを指差し、僕の注意を促す。
見ると、本日の夜八時から開催されるとの事だった。
伯父をロビーで待ち続けても、忠犬ハチ公ほどは誉められないので、綾香と花火大会を見に行く方が有意義に思えた。
「よし、行こうか?」
僕と綾香は、ホテルの下駄を借りて外へ出る。
「こっちだよ」
綾香が、花火大会を観に行く群れに逆らって進む。
「何? 罠、罠を仕掛けた?」
「そう、こっちに罠がある」
彼女のソバカスのある笑顔には勝てない。僕は、無条件降伏した捕虜のように従った。
暗い上り坂を、カラコロと下駄が鳴る。
二つの音は、最初は不協和音だったのが、何時しかセッションになり、心地よいリズムを刻む。
それは、お互いの心の距離が縮む過程を聞くようだった。
道の所々に燈籠があり、温かな灯りで周囲を照らしている。これは、街灯なんかよりよっぽど良い。情緒と風情があり、幻想的だった。
更に歩くと、川が流れる音がして、涼しい気分になれた。実際に、川から吹く風が涼しく、橋の上で立ち止まる。
「蛍が居そうだね」
綾香の為に蛍を探そうと草むらを見るが、見つける事はできなかった。
綾香は、月明かりにキラキラ光る川面を見ながら言う。
「蛍って、送り火と言うか、魂と言うか、そんな気がする。ただの虫とは思えない」
僕は、綾香が勇治の事を思っているのかと思い、黙っていた。
その時、いきなり破裂音がして、鮮やかな尺玉が天を目指す。
ヒュゥゥゥゥー
花火は、僕たちの真正面に打ち上がり、大輪の花を咲かす。
色とりどりに飛び散る火花は、川面のキャンパスに映り、滲んだ絵を描いた。
「うふふ、ここは打ち上げ場所の真裏なの。勇治が見つけてくれた穴場なんだ」
綾香の笑顔がやけに寂しそうで返事ができなかった。
綾香は、僕が黙っていると話を続けた。
「花火って華やかだけど、鎮魂の意味もあるよね。送る人、送られる人、忘れていた人、忘れられない人……」
僕は、綾香が泣き出したのを見て動揺した。どう声を掛けていいか解らない。
彼女は、泣き声混じりで叫んだ。
「実のお父さんもお母さんも、私を置いて逝ってしまった。顔も覚えていないし、写真もない。誰かに奪われて逝ってしまった。そして、勇治も逝ってしまった。私を置いて、一人で逝ってしまった。誰も彼も、私を置き去りにする!」
綾香は、橋の手摺に額を付け、肩を震わせていた。花火の連続発射が、その場の雰囲気と反比例している。僕は、ここで言うべき事を決めていた。
「僕は、姫岡の元を絶対に離れない。だから安心して」
僕の言葉に、綾香は顔を上げた。表情は、何時もの彼女に戻っている。
絶対と言う不可能な言葉は、安易に使うべきではないだろう。だが、時として、どうしても必要になる場合がある。
伯父の身を心配しつつ、綾香と二人でビュッフェスタイルのディナーを満喫する。
思えば、二人だけの食事は初めてだった。何時もなら勇治が一緒で三人だった。
綾香は浴衣姿が似合っていた。同じ市松模様の旅館仕様だが、彼女が別格に感じるのは贔屓目だろうか?
風呂上がりの肌と結い上げた髪に色香を感じて、まともに見られない。
だけど、僕の潜在意識では、彼女はまだ勇治の物だった。
さて、食事が終わっても伯父は戻らなかった。とは言え、大人の男で職業は刑事だから、さして心配していなかった。
僕と綾香は、一階のロビーでブラブラしていた。
「湖で花火大会があるよ」
綾香がポスターを指差し、僕の注意を促す。
見ると、本日の夜八時から開催されるとの事だった。
伯父をロビーで待ち続けても、忠犬ハチ公ほどは誉められないので、綾香と花火大会を見に行く方が有意義に思えた。
「よし、行こうか?」
僕と綾香は、ホテルの下駄を借りて外へ出る。
「こっちだよ」
綾香が、花火大会を観に行く群れに逆らって進む。
「何? 罠、罠を仕掛けた?」
「そう、こっちに罠がある」
彼女のソバカスのある笑顔には勝てない。僕は、無条件降伏した捕虜のように従った。
暗い上り坂を、カラコロと下駄が鳴る。
二つの音は、最初は不協和音だったのが、何時しかセッションになり、心地よいリズムを刻む。
それは、お互いの心の距離が縮む過程を聞くようだった。
道の所々に燈籠があり、温かな灯りで周囲を照らしている。これは、街灯なんかよりよっぽど良い。情緒と風情があり、幻想的だった。
更に歩くと、川が流れる音がして、涼しい気分になれた。実際に、川から吹く風が涼しく、橋の上で立ち止まる。
「蛍が居そうだね」
綾香の為に蛍を探そうと草むらを見るが、見つける事はできなかった。
綾香は、月明かりにキラキラ光る川面を見ながら言う。
「蛍って、送り火と言うか、魂と言うか、そんな気がする。ただの虫とは思えない」
僕は、綾香が勇治の事を思っているのかと思い、黙っていた。
その時、いきなり破裂音がして、鮮やかな尺玉が天を目指す。
ヒュゥゥゥゥー
花火は、僕たちの真正面に打ち上がり、大輪の花を咲かす。
色とりどりに飛び散る火花は、川面のキャンパスに映り、滲んだ絵を描いた。
「うふふ、ここは打ち上げ場所の真裏なの。勇治が見つけてくれた穴場なんだ」
綾香の笑顔がやけに寂しそうで返事ができなかった。
綾香は、僕が黙っていると話を続けた。
「花火って華やかだけど、鎮魂の意味もあるよね。送る人、送られる人、忘れていた人、忘れられない人……」
僕は、綾香が泣き出したのを見て動揺した。どう声を掛けていいか解らない。
彼女は、泣き声混じりで叫んだ。
「実のお父さんもお母さんも、私を置いて逝ってしまった。顔も覚えていないし、写真もない。誰かに奪われて逝ってしまった。そして、勇治も逝ってしまった。私を置いて、一人で逝ってしまった。誰も彼も、私を置き去りにする!」
綾香は、橋の手摺に額を付け、肩を震わせていた。花火の連続発射が、その場の雰囲気と反比例している。僕は、ここで言うべき事を決めていた。
「僕は、姫岡の元を絶対に離れない。だから安心して」
僕の言葉に、綾香は顔を上げた。表情は、何時もの彼女に戻っている。
絶対と言う不可能な言葉は、安易に使うべきではないだろう。だが、時として、どうしても必要になる場合がある。
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