ダークイースター

雨川 海(旧 つくね)

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仲神舜一の場合

☆23

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「ええ、いいでしょう。昔の事件の確認ですから。自分は、蟹江と同じ刑事で、太田と言います。カニさんには、十五年前に殺害された細田満男の家族について調べるように言われ、とくに祖父母について詳しく聞かれました。データベースで調べた所、細田満男の両親は、彼が小さい時に自殺しています。彼は祖母の手で育てられ、祖母の名は細田節子です。祖父が誰かは分らず、節子はシングルマザーと云うやつですね。それにしても、カニさんが心配だなぁ。場所は何処? 時間を造って行けるかも知れないから」

 この申し出は、非常に助かる。やはり、高校生だけでは心許ない。

「杉川町のレイクホテルです。それと僕は、同じ杉川町の天現寺へ行っているかも知れません」

「解った。都合が着いたら向かうよ」

 僕は、太田さんとの通話を終え、考え始めた。
 伯父は、郷土資料館で何かを見聞きし、太田さんに確認の電話をした。つまり、十五年前には気付かなかった事が閃いたのだろう。その閃きが解らない。
 報告では、細田満男の祖母はシングルマザーで、祖父は誰だか不明だった。

 ん、祖父が不明?
 伯父は、細田満男の祖父が誰だか解ったのだろうか? 郷土資料館にヒントが有りそうに思える。

 その時、僕は閃いた。それは、僕自身が、近所の人や母から父に似ていると言われる事がヒントになった。蟹江伯父さんにも言われた事がある。

 つまり、伯父が閃きを得た物は、郷土資料館の中にある澤地豊雄の蝋人形かも知れない。
 おそらく、細田満男に似ているのだろう。そこから導き出される答えは、細田夫妻を殺害したのは近隣の村人かもしれない。と言う仮説になる。善良そうな彼らを見れば、いちばん有り得ない推理なのだが、細田満男が伝説の殺人鬼の子孫なら、可能性はある。僕は、天現寺の和尚に事情を聞きに行くつもりだった。

 それにしても、そうなると綾香は澤地豊雄の曾孫になる。本人はショックを受けるだろうか?

 個人的には、伝説の人斬りの子孫だって、普通に生活している筈だし、先祖が犯した事に子孫が責任を感じる必要はないと思う。綾香はどう思うか? 知らせるべきか? 知らせないべきか?
 思案の末、知らせるべきだと判断した。早速、綾香が居る隣の部屋へ向かう。


「姫岡、居るか? おーい、起きている!」

 僕がドアの前で騒ぐと、応答が有った。

「はい、はい」

 ドアが開き、浴衣姿の彼女が現れた。寝起きなのか、表情が冴えない。

「姫岡、いいか?」

「えっ、何が?」

 相変わらず要領を得ない。

「入っていい?」

「ああ、大丈夫だよ」

 僕は、綾香の部屋へお邪魔した。
 さて、気まずい雰囲気のまま、座敷で美少女と対峙する。彼女にどう切り出そうか迷っていると、向こうが口火を切ってくれた。

「何だか言いにくい話みたいだね。遠慮しないで良いよ。『僕、宇宙人と交信できるんだ』とかでも」

 綾香の言い方が面白くて笑いそうになる。彼女は強いから大丈夫だろう。僕は決心した。

「細田満男が澤地豊雄の血縁者の可能性があるんだ。つまり、姫岡もそうなる。だが、ひい祖父さんの話だから、気に病む必要はないぞ」

 僕の励ましの言葉は必要なかったようで、本人はケロリとしていた。

「そうなんだ」

 これだけで済んでしまった。もっとも、他に言いようがないか?
 僕は、気を取り直して提案する。

「天現寺の和尚に事情を聞きに行こうと思う。蟹江伯父さんの消息も解るかも知れないし」

「うん、そうだね。支度するから……」

 僕は、慌てて綾香の部屋を後にする。ドアを閉め際、彼女の目に心を打たれた。心臓を掴まれた気がした。
 僕はバカだった。やはり、気にならない筈はない。
              

 綾香を待つこと、どれ位だろう? 
 支度に時間が掛かるのは女性の専売特許だし、待ってる方は時間の経過がゆっくりなのは、超能力でもスタンド能力の影響でもない現象だった。
 僕は、天現寺に訪問の旨を伝え、和尚に面会のアポを取る。
 アポをひっくり返すとポアだな。何て思っていると、綾香が部屋から出てきた。


「お待たせ」

 綾香は、普段はスカートが多いのだが、今日はジーンズを穿いていた。髪もお団子に結い上げ、イメチェンしている。

「おっ、今日は現場で働けそうな格好だな?」

 僕がからかうと、綾香もノリノリで返す。

「親方、何処へ行きやす?」

「よし、付いて来い!」

 僕たちは、バスで天現寺へ移動する。


 天現寺に着くと、大門から本堂の前を通り、寺務所へ向かう。 
 フィアットとスーパーカブを確認しつつ、玄関に入る。
 僕らが靴を脱いでいると、村井武人が声を掛けてきた。

「ようこそ、住職がお待ちですよ」

 村井は、爽やかな笑顔で応接してくれた。
 綾香は人懐っこい笑顔を浮かべるが、僕は何かが引っ掛かった。虫の知らせとか野性の勘とか、兎に角、妙な予感があった。

 村井の案内で、僕たちは長い廊下を歩いた。
 以前は玄関から近い広間でお話しができたが、今回は東司の奥へ進み、中庭を見ながら回廊を歩く。
 僕は、こっそりスマホを操作した。

 村井は、奥まった座敷でひざまずき、声を掛ける。

「住職、仲神さんたちが参りました」

「どうぞ、お通しして」

 僕たちが入ると、和尚は神妙な面持ちで正座していた。
 畳の薫りがする和室には、床の間に掛け軸があり、欄間の飾り彫りも立派だった。
 和尚の座蒲団を頂点にして、二等辺三角形の位置に座蒲団があった。
 僕たちは、和尚と対峙する形で座る。僕は、用件を切り出した。

「僕の伯父が、十五年前に杉川村で起きた事件を調べていて、行方不明になってしまいました。事件は、細田満男と妻が、誰かに殺害され、未解決のままでした。伯父は、真相に迫ったのだと思います。僕の推測では、細田満男の祖母の細田節子は、凶悪犯の澤地豊雄との間に関係ができ、子を身籠り、シングルマザーとして育てた。つまり、細田満男は澤地豊雄の孫になり、しかも、不運な事に、顔立ちがそっくりだった。その過去を知る村人の誰かが、澤地豊雄への恐怖心を募らせ、細田満男を殺害した。和尚さんは犯人に心当たりがあり、伯父に話したのではないですか?」

 和尚は、黙って僕の話を聞いていたが、深い溜め息と共に返事をした。

「君の伯父さん、蟹江さんは確かに此所に来た。蟹江さんにした話を、君にもしよう」

 和尚が語りだした。
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