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仲神舜一の場合
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僕たちは、玄関から寺務所に通じるドアの前に来た。その時、不可解な音を聞く。
玄関から正面に延びる廊下の先に、息づかいが荒い何かが居た。異様な雰囲気に、目が釘付けになる。人は、非現実的な物を見た時、どんな反応を示すだろうか? 恐らく、息をするのも忘れるだろう。今の僕は、そんな状態だった。
ダン
ダン
ダン
床板を踏み鳴らし、巨大な犬が姿を現す。
長い鼻に皺を寄せ、鋭い牙を剥き出しにする。
威嚇の呻きを上げながら、涎をダラダラと流していた。どう見ても、狂暴かつ肉好きな動物だと解る。
もし、建物の中で猛獣に出会ったらどうするだろうか? よく熊に襲われた話がニュースになるが、ハイキングや山登りと無縁だったせいで、他人事と思っていた。つまり、僕は覚悟ができていないので、体が固まってしまった。
巨大な犬、いや、魔獣は、こちらの事情などお構い無しで廊下を走り出す。獲物を見た場合の当然の反応だった。
僕は、綾香を見つめる。彼女は青ざめ勇気を失っていた。それは、今の僕と同じ状況だろう。僕は、彼女の為にも強くなる必要があった。それが、勇治と政成さんを死なせた者の責任でもあった。覚悟を決め、自分の足に「動け!」と命令する。慌ててドアを開け、綾香の手を取って寺務所内に逃げ込んだ。思えば、彼女の手を握ったのはこれで二回目だった。柔らかい手の感触は、小さくてひんやりしていた。こんな状況では無かったら、どんなに良いだろう。
さて、ドアに鍵を掛けた途端、物凄い衝撃が伝わった。
「今の怪物は何?」
僕は、綾香の疑問に答える事ができない。と言うより、答えたり考えたりしている状況ではない。現在進行形で襲われているのだ。
カブの鍵は、壁に打った釘から下がっていた。引きちぎる勢いで鍵を取る。
その途端、ドアに穴が空き、魔獣の前足が突き出た。
僕は、強靭で毛深い前足に、お洒落なアンクレットが付いているのに注目する。
それは、水晶玉が繋がった物で、見覚えが有った。
「和尚の数珠か!」
魔獣の正体は和尚で間違いないだろう。
和尚狗は、すぐにドアを破ってしまう。僕たちは、寺務所の裏口から脱出を計った。
カブまで走り、声を掛ける。
「姫岡、乗りな!」
こんな台詞を決めたい所だが、実際に言ったのは逆だった。
「姫岡、乗せて」
彼女は、僕が投げた鍵をキャッチすると、カブのエンジンを始動する。ホンダが作った原付の傑作は、快調に唸る。彼女が今日は動きやすいジーンズを選んだのは正解だろう。スカートだったら運転しにくい。
さて、僕が綾香に運転を任せたのは、彼女が宅配鮨チェーン店「銀の小皿」でバイトをしていた為で、そこでのあだ名が「小皿史上最速の配達人」だからだった。
僕が大人しく荷台に乗ると、原付が急加速した。
その後を、獲物を追う猟犬の様に魔獣が走って来る。全部で十二匹が追って来ていた。
備考 今作品は、Amazon Kindleで電子書籍化されている「ダークイースター(雨川 海 作)」の前編になります。ご愛読に感謝します。
玄関から正面に延びる廊下の先に、息づかいが荒い何かが居た。異様な雰囲気に、目が釘付けになる。人は、非現実的な物を見た時、どんな反応を示すだろうか? 恐らく、息をするのも忘れるだろう。今の僕は、そんな状態だった。
ダン
ダン
ダン
床板を踏み鳴らし、巨大な犬が姿を現す。
長い鼻に皺を寄せ、鋭い牙を剥き出しにする。
威嚇の呻きを上げながら、涎をダラダラと流していた。どう見ても、狂暴かつ肉好きな動物だと解る。
もし、建物の中で猛獣に出会ったらどうするだろうか? よく熊に襲われた話がニュースになるが、ハイキングや山登りと無縁だったせいで、他人事と思っていた。つまり、僕は覚悟ができていないので、体が固まってしまった。
巨大な犬、いや、魔獣は、こちらの事情などお構い無しで廊下を走り出す。獲物を見た場合の当然の反応だった。
僕は、綾香を見つめる。彼女は青ざめ勇気を失っていた。それは、今の僕と同じ状況だろう。僕は、彼女の為にも強くなる必要があった。それが、勇治と政成さんを死なせた者の責任でもあった。覚悟を決め、自分の足に「動け!」と命令する。慌ててドアを開け、綾香の手を取って寺務所内に逃げ込んだ。思えば、彼女の手を握ったのはこれで二回目だった。柔らかい手の感触は、小さくてひんやりしていた。こんな状況では無かったら、どんなに良いだろう。
さて、ドアに鍵を掛けた途端、物凄い衝撃が伝わった。
「今の怪物は何?」
僕は、綾香の疑問に答える事ができない。と言うより、答えたり考えたりしている状況ではない。現在進行形で襲われているのだ。
カブの鍵は、壁に打った釘から下がっていた。引きちぎる勢いで鍵を取る。
その途端、ドアに穴が空き、魔獣の前足が突き出た。
僕は、強靭で毛深い前足に、お洒落なアンクレットが付いているのに注目する。
それは、水晶玉が繋がった物で、見覚えが有った。
「和尚の数珠か!」
魔獣の正体は和尚で間違いないだろう。
和尚狗は、すぐにドアを破ってしまう。僕たちは、寺務所の裏口から脱出を計った。
カブまで走り、声を掛ける。
「姫岡、乗りな!」
こんな台詞を決めたい所だが、実際に言ったのは逆だった。
「姫岡、乗せて」
彼女は、僕が投げた鍵をキャッチすると、カブのエンジンを始動する。ホンダが作った原付の傑作は、快調に唸る。彼女が今日は動きやすいジーンズを選んだのは正解だろう。スカートだったら運転しにくい。
さて、僕が綾香に運転を任せたのは、彼女が宅配鮨チェーン店「銀の小皿」でバイトをしていた為で、そこでのあだ名が「小皿史上最速の配達人」だからだった。
僕が大人しく荷台に乗ると、原付が急加速した。
その後を、獲物を追う猟犬の様に魔獣が走って来る。全部で十二匹が追って来ていた。
備考 今作品は、Amazon Kindleで電子書籍化されている「ダークイースター(雨川 海 作)」の前編になります。ご愛読に感謝します。
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