花子さんはアプリの中にいるの

雨川 海(旧 つくね)

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エピソード 1

☆○トイレに行っトイレ

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 怖い夢を見るから恐怖が起きるのか? 恐怖するから怖い夢を見るのか? どっちなんだろう?
 とにかく私、深町早苗は怖い夢を見ていました。

 私が見る悪夢は灯油の匂いがします。そして、綺麗な女の人が明々と燃えているのです。
 所が、私はその現場を見ていないらしく、後から聞いた話を想像して、脳内映像を創ったようなのです。
 とにかく、目の前に浮かぶ鮮明な画像は、女の人が窓を突き破って終わります。
 私は、叫びながら目覚めます。

「ふぅぅぅ」
 大きく息を吐き、呼吸を整えます。気持ちを落ち着けようと努力しますが、汗が体にまとわりつき、気持ちが悪いのです。
 久々に見た悪夢は、まるで実体験のようで、バーチャルリアリティを思わせます。 

 ベッドから起き出し、カーテンを開くと、日射しの眩しさに顔をしかめます。
 窓の外には、小鳥が囀ずる平和な朝が在ります。
 この時の私はまだ知らなかったのです。悪夢から始まった何時もの朝が、人生を三百六十度変える始まりな事を……。えっ、百ハ十度だろう? ですって? いいえ、それでは収まらない出来事だったのです。

 さて、私は、階下に降りてシャワーを浴びます。まぁ、高校生ですので、汗臭いまま登校する訳には行きません。時刻は午前七時で、逆算すると三十分後には家を出る必要があります。
 仕度を整え、シリアルで朝食を摂ります。
 私の家は二階建ての一軒家で、父と二人暮らしです。父は仕事が忙しいらしく、既に出勤していました。

 さて、何時もならこの時間に茜ちゃんが迎えに来ます。同じクラスの橘 茜ちゃんは、健康的な小麦色の肌の仲良しさんです。私が色白なので、オセロみたいです。
 所が、茜ちゃんが訪ねる気配がありません。確か、両親が旅行中なので、起きられなかったのでしょうか? 私は電話をしてみます。
 間抜けなコールが続きますが、応答がありません。仕方なく、メッセージを入れて諦めます。


 さて、私は一人で登校し、教室内で居場所を確保します。茜は誰とでも打ち解けるタイプなので、こんな時は彼女の偉大さが身に染みます。私は、どうしても作り笑顔になってしまうのです。
 やがてチャイムが鳴り、担任が登場し、ホームルームの出欠から、茜が無断欠席なのが解りました。これは心配です。

 さて、茜が居なくても、時間の経過は刻刻と進みます。事件は、一時限目の授業中に起きたのです。
 発端は、柄にもなくネットサーフィンをしていた事で、突然、恐ろしい物を見ます。何と、赤い警告文字でウイルスに感染したとの通知が来たのです。
「なになに、私、やっちゃたの?」
 私は、ネット上にあるトラップに引っ掛かり、パニックになります。しかも、サマンサタバサと間違えて、サマンサタバタをクリックすると言う、初歩的なミスをやらかしました。

「なになに、下の標示をクリックして、ウイルス対策ソフトをダウンロードしましょう。決して怪しいサイトではありません」
 いちばん後ろの席とは言え、授業中なので焦ります。思えば、授業中にネットサーフィンなんぞで、ノリノリに調子こいた罸が当たったのでしょう。後悔しますが、既に遅いのです。

「よし、ダウンロードすれば良いのね」
 指示通りにクリックします。後で冷静に考えると、私は詐欺師に好かれるタイプかも知れません。
 授業中ではありますが、数学教師は熱心なタイプでは無く、時間通りに授業が終われば満足な無気力くんなので、生徒は自由を謳歌しています。
 スマホゲームやSNS、または早めの食事中の方まで居ます。もっとも、伸び伸び出来るのは数学だけで、他は厳しい教師が多いのです。だから、私がこんな目に遭うのは先生のせいです。
 怪しげなアプリをダウンロードすると、インストールが完了します。画面には、「花子さん」のタイトルが表示されました。
「ウイルス対策ソフトじゃないの?」
 そんな疑問を抱きますが、説明文を読んで安心します。

〈ウイルス対策ソフト、花子さんへようこそ。
このソフトは、決して怪しい物ではありません。
むしろ、貴方の生活を快適にします。
これから、ソフトを起動する手順をお伝えします。
まず、アプリを開いて、女子トイレへ行き、奥から三番目の扉を撮影してください。
なお、このアプリを使わないと、スマホどころか、貴方の生活もグッチャグチャになります。
ダディさんより〉 

「ダディさんって誰? ウイルス対策にトイレの写真?」
 迷っていると、警告文が追加されます。

〈あと三分以内に指示通りにしないと、ウイルス感染により、スマホが重症化します。早めの服薬です。ダディさんより〉

「スマホ、換えたばかりなの、壊れたら困る」
 私は、ダディさんの術中に嵌まってしまい、手を上げて教師に許可を求めます。
「先生、トイレに行かせてください」
 やる気の無い数学教師、日馬ティーチャーは、当然のように許可します。
 私は、無関心な教師と生徒が溢れる教室を後にして、トイレへ移動します。

 校舎のトイレは、三階に在ります。
 私は高校に入って二年になりますが、授業中にトイレへ行くのは初めてでした。
 ですが、仕方がありません。今日は健康だけが取り柄の茜が欠席なので、心配の余りムシャクシャしているのです。だから、決して数学教師や数学をバカにしている訳では無く、コサインやタンジェントなんて、意味が解らなくても響きが気に入っています。ルート記号なんて、夢に出て来た事もあるのです。

 さて、授業中の廊下は、何だか異世界に迷い込んだみたいに静かなのです。三階のトイレは、更に静かでした。
 トイレの扉は四つあり、五つ目は細めの用具入れになっています。
 私は、花子さんのアプリを起動して、〈写真を撮る〉を選択します。アプリはスマホの写真機能と連動しているらしく、カメラの画面になりました。
「あれ、私、何をしてんだろ?」
 今頃になって、やっと正気に戻ります。ですが、時既に遅しで、シャッターを押していたのです。

 カシャッ

 静かなトイレに、乾いた音が響きます。スマホの画面には、トイレのドアが写っています。
 その時、トイレのドアが開き、誰かが出て来ようとしていました。白いふっくらとした手が、ドアの端に写っています。
「え! 写っている?」
 スマホ画面の中のトイレの扉には手が写っているのに、実在のトイレの扉を見ると、何の変化もありません。
 私は、再び画面を見ます。
 そこには、小学生くらいの女の子が、トイレから出て来ていました。彼女は、オカッパ頭で白いシャツを着て、赤いスカートを穿いています。
「嘘、嘘?!」
 再び現実のトイレを見ると、やはり変化は無く、女の子はスマホ画面の中だけに存在するのです。
「うわぁ、これがウイルスじゃないの?」
 私が叫ぶと、少女が言い返してきました。
「誰がウイルスだぁ? 呪うぞ!」
 花子さんは、愛らしい小学生のクセに目付きが鋭いのです。顎を四十五度の角度に引き、顔の角度も四十五度で上目遣いな上、白目に浮かぶ小さな瞳が、常軌を逸する怖さなのです。

 私は、メンチを切られて恐怖を感じます。
 しかも、スマホが手から離れず、投げ捨てる事も出来ない。と、言うより、金縛りにあったかの様に動けません。
 脚はガクガクと震え、心臓は暴れ回り、血の気が失せています。
「お願いします。呪わないでください。殺さないで!」
 尿漏れしそうな雰囲気でお願いすると、花子さんはトラウマ級の怖い顔を普通に戻し、威嚇を中止します。
「あたしゃ、見ず知らずのJKを殺したりはしないよ」
「じゃあ、顔見知りのオジサンは殺すのですか?」
「あんたね、オジサンはJKの対義語じゃないんだよ!」 
「ごめんなさい花子さん。許してください」
「何であたしが花子だと思った?」
 このシチュエーションなら常識でしょう。などと口答えしたかったのですが、花子さんの眼力に恐れをなし、ひたすら許しを乞います。
「すみません。トイレに出没するお化けで小学生の姿なのは、花子さんが定番なんです」 
「ふ~ん、まぁ、花子で良いけど。ところで、あんたの名前は?」
「深町早苗です」
「じゃぁ、早苗って呼ぶわ。早苗、便所は飽きた。移動しろ」
 すっかり主従関係が確立されたようで、私は素直に従います。教室には戻らず、そのまま学校を脱け出しました。


 私は、こんな不良じみた行為は初めてだったので、オドオドしていました。考えれば、歩ける時点で金縛りは解けているのだから、スマホをどうにかすれば良いのに、律儀に花子さんを表示したまま歩いています。まぁ、歩きスマホもどうかと思うのですが、奴隷は考えない物かも知れません。
「花子さんは、どうして現れたのですか? 」
 私の素朴な疑問に、花子さんは怒って答えます。
「あんたを助けるようにダディに言われたんだよ! いわば、天使だよ。花子さんを知っているんだから、天使も知っているだろ?」
 日本で天使と言われてもピンと来ないですが、妖精のような物でしょう。そして、妖精は日本で言えば妖怪やお化けとも考えられるので、ワールドワイドに繋がっているのでしょう。
「ダディさんって誰ですか? 私、何処にも手紙とか入れてないんですけど?」
 花子さんは、トイレを背景にした画面の中で、手をバタバタさせて答えます。その姿には恐怖よりも、むしろ滑稽さを感じていました。
「ダディは神様に決まってんだろうがぁ! だから全部お見通しさね。あんた、今どき手紙だって? ハッ? もう世界の裏側まで同時に共有できる時代だよ。自動運転や仮想現実が実用化されてんだよ?」
 既に二人の間には、私が丁寧に聞き、花子さんが怒って答える。この図式が出来ているようです。
「あたしゃ忙しいんだ。早く悩みを話しな」
 私は、花子さんに急かされ迷っていました。スマホに向かってブツブツと悩み事を言っていたら、完全に危ない人だと思われるし、それに、現時点での認識は、当初と変わっていたのです。
 私は、最初は花子さんの事を心霊現象だと思っていましたが、今では良く出来たアプリだと認識しています。
「AIもここまで進歩したかぁ」などと内心では感心していたのです。「新しいお悩み相談アプリかも知れない」そんな風に考えていました。
「あの、いったん終了して、後で部屋で再開しても良いですか?」
 私が聞くと、花子さんが怒ります。
「いま言えっていったろうが!」
 本当に良く出来ている。技術の進歩には驚いてしまいます。花子さんの黒い艶髪や、肌の感じ、服の濃淡まで、CG合成とは思えません。表情まで細かいのです。トイレの個室のドアを開ける演出など、腰が抜けそうでした。
「では、折角だから相談します。同じクラスの茜ちゃんが、学校に来ないんです。連絡も着かないし、心配なんです」
 花子さんは、少し考える仕草をしてから答えました。
「茜とは、橘 茜かい? 両親は共働きで、藤棚サンハイツ在住だね」
 私は、AI花子さんのリサーチ力に感心していました。本当に技術の進歩は凄いのです。まるで神様みたいにお見通しで、怖いくらいでした。 
「凄いですね。何でもパパッと解っちゃうんですね」
 とは言え、素直に受け取る反面、個人情報がだだ漏れとも言えます。
「早苗のショーツの色も解るぞ。白だろ?」
「凄い! どうして解ったんだろう?」
「教えん。まぁ、それは兎も角、藤棚サンハイツの前にコンビニが在る。そこへ行け」
「解りました」
 私は、花子さんとの会話が楽しくなっていました。乱暴な口調の小学生に、親しみを感じていたのです。


 コンビニに着くと、店内には入らず、店の横の駐車場へ行くように指示されます。命令口調のナビに、素直に従うのは、微笑ましいのか不思議なのか、判別が付かない関係が続きます。
 コンビニの駐車場にはブロック塀があり、その手前のゴミ置き場の前に年老いた猫がいました。
 猫は、哀れを誘うようにヨロヨロと近付いて来ます。目やにで塞がった目、判別不能なほど抜け落ちた毛並み、ふらつく足取り、全てが悲しみに満ちていました。

「爺ぃの猫が居るだろ? あたしに見せて」
 私は、スマホのカメラレンズの焦点を老猫に合わせます。すると、画面の中の花子さんは、酷くご立腹な様子です。暫し、気まずい雰囲気が流れます。
「猫の方に画面を向けるんだよ!」
 叱られた私は、「だったら、『あたしを見せて』だろうに……」などと思いましたが、別の言い訳で誤魔化しました。
「花子さんの目は、カメラレンズかと思って……」
 私の反論に、花子さんは怖い顔で固まります。
「そりゃまた、お気遣いどうも」
 花子さんは、嫌味たっぷりで返してきました。

 さて、無事に猫と対面した花子さんは、猫Gに気合いを入れます。
「しっかりしろよ、ツインテール!」
 花子の衝撃波を伴う大声に、老猫は目をパッチリ開けます。アーモンドの形に見開いた目には、縦線の瞳が怪しく光ります。

 ミッギャァ~!

 老猫は快音を発すると、みるみる若返ります。茶虎の毛並みも艶々に生え揃い、ヨボヨボの脚もしゃんとし、そして、尻尾が二つに割れて二本になります。正に、ツインテール!
「なんにゃ花子か、花子かと思ったにゃ。一緒に居るのも花子か? 花子が花子に連れられ花子と一緒に来たにゃ?」
 ツインテール、言い難いのでツイちゃんは、ハイカラな名前の割りに間抜けな声で喋ります。

 さて、私は驚きます。変身する上に喋る猫の登場に、衝撃を受けたのです。しかも、リアルな現実となれば、もののけや妖怪としか思えません。
「えっ? 花子さんも現実の妖怪?」

♪もののぉ~けぇ~たぁちぃ~だけぇ~♪

 無意識に、頭に抜ける高音で歌っていました。こうでもしないと平静を保てません。
 私は、高音で歌唱する事で理性の崩壊を食い止めると、花子さんと化け猫を現実として受け止めます。この懐の深さは、凄い才能かも知れない。
「ツインテールは地域に出没する妖怪をチェックしている情報屋さ。茜の不登校の原因が解るかも知れない」
 花子さんは、私に化け猫の説明をします。一般人としては、頷くしかありません。
 花子さんは、今度は化け猫の方に話し掛けます。
「ツインテール、この辺りで妖怪を見なかったか?」
 化け猫は、考えるふりをしています。
「最近は栄養不足のせいか? 物忘れが激しいにゃ」
 化け猫の報酬請求に応えるのは、私の役目になるようです。花子さんから指令が飛びます。
「早苗、コンビニへ金のスプーンを買いに行くぞ!」
 私は、花子の指令に従い、金のスプーンのマグロを買って戻ります。
 化け猫は、二本の尻尾を海で漂う昆布の様に揺らしながら待っていました。
 金のスプーンをパッ缶し、化け猫の前に置きます。
 ツイちゃんは、夢中で食べ始めます。花子さんはバカ猫、いや、化け猫に呼び掛けました。
「記憶は戻ったか? ツイン?」

 ガツガツガツガツ

「もう話せるだろ?」

 ムシャムシャムシャムシャ

「満腹になったか?」

 ムニャムニャムニャムニャ

 花子さんは、呼び掛けに答えないツイちゃんに痺れを切らします。
「寝てんじゃねぇ!」
 彼女は、スマホの中に居ても迫力が有ります。
 怒鳴られたツイちゃんは、目を明け、何が可笑しいのかニヤニヤしている。
「悪い悪い悪い悪い悪い悪い」
「もういいよ! それより、妖怪情報を寄越しな!」
「う~ん、ここの団地にゃ邪鬼が居るにゃ。かにゃ棒で叩いて人の骨をバラバラのグチャグチャにして、餅みたいに喰らうにゃ」
 ツイちゃんの報告は、かなり物騒でした。私は、ツイちゃんと花子さんの会話を聞いて、内心穏やかでは居られません。友達が鬼に食べられそうなら、不安になるのも当然なのです。
「茜ちゃんは両親が旅行に行っていて、家に独りなんです」
 私は、すっかり動揺します。
「早苗、落ち着け。茜が邪鬼に喰われたとは限らん。それに、相手は鬼だからな、助っ人が必要だ」
 花子さんがツイちゃんを見ると、ツイちゃんも振り返ります。当然、誰も居ません。昭和の残り香のようなボケです。 
「お前だ! 化け猫」
「オイラかにゃ?」
「そうだ。お前が手伝ってくれたら、早苗が好きなだけ撫で撫で揉み揉みしてくれるぞ」
 ツイちゃんは、花子さんの提案を聞いてハシャギ出します。頭フリフリ、お目目パチパチ、尻尾ユラユラさせて跳び跳ねるのです。
「手伝ってやっても良いにゃ」
 話が纏まった三人? は、茜の家へ向います。


 茜が住む五階の一室へ到着した一行は、チャイムを鳴らします。応答は無く、玄関には鍵が掛かっていました。
「早苗、玄関の扉の写真をスマホで撮影しろ」
 私は、花子さんの指示に従います。
 花子さんは、取り込まれた写真へ移動し、ヘアピンを加工してピッキングをします。写真の中のドアが開錠すると、現実のドアからも開錠音が鳴ったのです。
 私は玄関ドアの取っ手を下げ、室内へ侵入しました。

 室内は静かでした。恐る恐る玄関から上がり、廊下を進みます。他人の領域に入り込む後ろめたさ以上に、何か重苦しい雰囲気を感じます。
 廊下の先は、ダイニングキッチンになっていました。私が突き当たりのドアを開けた先に見た物は、縛られている少女でした。
「茜ちゃん!」
 茜ちゃんは、椅子に縄で固定され、口と目には手拭いを巻かれています。モゴモゴと声が出ない所を見ると、口の中に布の様な物を詰め込まれているのかも知れません。
 私が茜ちゃんの縄を解こうとすると、ツイちゃんが異常行動を起こします。
 化け猫は、テーブルの上に飛び乗ると、背中の毛を逆立て、ある方向を威嚇します。爪をビシビシ突き立て、牙を見せたのです。

 フーッ、フーッ ニャギャギャー

 かなり興奮しているようで、気が触れた様でした。
「早苗、ビックリするなよ」
 花子さんの警告の後、それは現れました。

 キッチンから続く応接間のドアが開き、異形の物が入って来ます。それは、人の様であり、人では無い物で、皮膚が蒼く、頭部に三本の角を持ち、手には金棒を持っています。
 異形の怪物は、服を着ておらず、蒼くて長い体毛が渦を巻いています。
 顔は、轢かれた犬の様で、歪さが際立っています。目の大きさも位置も不揃いで、大きく裂けた口には、乱杭歯が並んでいるのです。怪物は、左右対称の美とは無縁で、手足の長さまで左右で違うので、動き自体に違和感が有ります。そのグロさは、心を不安にさせます。
「これが邪鬼? 倒せるの?」
 私が不審に思うのも無理は無いのです。邪鬼は大きさこそ人間サイズですが、横幅が有り、力も強そうな上、金棒を持っているのです。
 所がこちらは、スマホの中で威張っている小学生と、少し大きめの猫でしかありません。
「『倒せるの?』とか言うけどさ、倒すしかねぇだろ!」
 花子さんは、私に決意表明をした後、ツイちゃんに指示を出します。
「ツイン、邪鬼の真後ろにトイレがあるから、そっちへぶっ飛ばせ」
 ツイちゃんは、髭がピンと立ち、一本一本が針になって飛びそうでした。
「方角は良いにゃ」
 この言葉と共に、ツイちゃんの背中の皮が伸び始めます。
 猫の皮は、柔軟性が有って伸びそうですが、ツイちゃんの場合は異常でした。本体のサイズを無視した大きさの腕を形成します。
 背中に生えた巨人豪腕は、反動を付け、邪鬼に襲い掛かります。
「猫パンチ!」
 ツイちゃんの猫パンチは、邪鬼の鳩尾にヒットし、弾き飛ばします。

 一方、花子さんは、画面の中のトイレに駆け込んでいました。もう、緊急事態の勢いでドアを閉めます。
 そして、今度は茜の家のトイレから出て来たのです。
 その姿はリアル花子さんで、実体が有りました。彼女は、身長百四十センチ位の小学生で、可愛らしいのです。

 花子さんは、トイレのドアを開け放ち、邪鬼のご来店を待ちます。ドアノブを持って跪き、来賓を迎える姿勢は、礼儀と言うより慇懃無礼なのかも知れません。
 トイレでは、水流の渦が出迎えます。個室内に渦潮が出現していました。
 渦潮に飛び込んだ邪鬼は、クルクル回りながら飲み込まれ、やがて便座に収縮し、渦潮と一緒に消えて行きます。物理を越えた何かが起きたのでしょう。
「成敗!」
 花子さんが決めポーズのまま、トイレのドアを閉めます。

 花子さんは勝利の余韻に酔う暇もなく、再びリアルトイレに駆け込むと、今度はスマホの写真の中のトイレから出て来ました。
 私は、花子さんとツイちゃんの見事な連係プレイに感心していました。大掛かりなマジックを観た様な感動を覚えます。


 さて、事件を解決した帰り道、私は歩きスマホをしていました。そうしないと花子さんと話せないのです。 
「茜ちゃんは、邪鬼に襲われた記憶が残るの?」
 私の質問に、花子さんが答えます。
「いや、ダディが後始末のエージェントを送って痕跡も記憶も綺麗にするから、トラウマの心配はない」
「へぇ、なんか、黒いスーツのエージェントが来そうだね」
「まぁ、そんなとこさね」
 その後、会話が途切れます。
 茜の団地から国道沿いに下ると、大きな橋があります。夜空に伸びる街灯が等間隔で並び、とても綺麗でした。  

 その時、後方からスマホに夢中のボーイが自転車で走って来ます。もっとも、私が自転車だと認識したのは、ぶつかった後でした。
 幸い、スピードはそれほど出ていなかったようで、衝撃は受けたましが、よろけて橋の手摺から身を乗り出す程度でした。
 ですが、手から何かが滑り落ちるのを感じました。
 花子さんが驚愕します。
 私も驚愕します。
 スマホが、自然の法則に従って落下します。
「早苗のバカ! ドジ! 間抜け! オタンコナスゥゥゥゥゥ」
 スマホが小さくなると、花子さんの声もフェードアウトしました。

 
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