花子さんはアプリの中にいるの

雨川 海(旧 つくね)

文字の大きさ
2 / 22
エピソード 2

奇蹟の生還

しおりを挟む
 早苗の手から滑り落ちたスマホは、自然の法則に従って落下する。
 画面には、トイレを背景に少女が映っていて、険しい顔で早苗を睨んでいた。
 少女は、歳は小学生くらいで、おかっぱ頭をしていて、目は切れ長で鋭い。
 服装は、白いシャツに紅いスカートの、トイレの花子さん2018モデルだった。

 花子は、早苗に罵詈雑言を吐きながら小さくなる。
 そのまま、彼女の到着を待ちわびる川面へ近付いて行く。


 ポッチャン

 その時、大きな水音がして、水面が割れた。水中から川嘘、いや、カワウソが現れ、立ち泳ぎを継続する。
 その愛らしい目には、落下するスマホが映っていた。

 そしてカワウソは、名外野手顔負けのスーパーキャッチでスマホを確保した。
 小さな前足で前へ習えのポーズでのキャッチは、かなりの偉業であろう。


「沙悟浄、助かったよ」

 花子がカワウソに礼を言う。

「いえいえ、あっしは花子さんのお役に立てて嬉しいんです。水族館で捕らわれの身だったあっしを、助けてくれたのは花子さんですから」

「そんな事があったっけ?」

 花子が疑問を投げ掛けると、カワウソが勝手に解釈する。

「またまた、ご謙遜を」

 噛み合わない会話が尽きた頃、カワウソは花子を岸に置いた。

「これであっしは退散しやす」

「おう、ご苦労様。ダディに宜しく」

 カワウソは、水中へ潜って行った。


 暫く静寂な時が流れる。葦の原から、虫の音が聞こえて来た。
 天空には、真ん丸の月が輝いている。
 普通なら、花子は月を眺めながら風流に早苗を待っていた事だろう。
 所が、カワウソは、スマホの画面を下に向けて置いて行った。
 これでは、近すぎて砂利も見えない。

「全くもう、どいつもこいつも!」

 花子は、ご立腹モードに入っていた。


 さて、花子が次に景色を見られたのは、その数分後だった。


「花子ちゃんごめんね。手が滑ってさ。怒ってない?」

 早苗が、申し訳なさそうに言う。
 花子は、ここは大人な対応が求められている気がして、冷静に返事をした。

「いいよ。失敗は誰にでもある」

「ありがとう。それでさ、さっきの凄かったね。ラッコがスマホをキャッチしたよ。

♪ラッコが両手で上手に上手にスマホをキャッチした♪」

 花子は、少し苛っとする。第一、歌に無理がある。

「あんた、あれをラッコだと思ったの?」

「うん、前に水族館で見たのと同じだから、間違いないよ」

 早苗は、キッパリと断言する。そして、花子の苛苛線を刺激する。もう、ソロで暴走する様に掻き鳴らす。

「橋の上から見てさ、『ブッラボー!』なんて叫んじゃった。もう拍手喝采」

 花子は、陽気なラテン系気取りで話す早苗を、冷ややかな目で見ていた。

「原因を作ったあんたが、大はしゃぎしていたんだ……」

 早苗は状況が不利だと感じ、話題を変える事にする。

「でもさ、ラッコが落下、ん、ん、ん? ラッコがラッカ?

♪ラッコがラッカでラップでキャッチ。イエーイ!♪」

 花子の苛苛が頂点を迎える。

「あんた、何が言いたいの?」

「いやいや、あの、偶然にしては出来すぎかな?」

 早苗の言いたい事を察した花子は、説明した。

「簡単に言うと、神様ダディの強制介入だね。人間の世界では、奇蹟と呼ばれている。聖書の時代から今日まで、神は偶然を装った必然で、人間世界に介入しているんだよ」

 花子のうんちくに、早苗は感嘆した。

「へぇ、そうなんだ。オーマイゴット! じゃあ、家に帰りましょうか?」

 早苗は、感嘆した振りだけで、それほど興味はないらしい。
 とは言え、花子も早苗の提案に異存はない。

 そもそも、花の女子学生に神だの何だの話しても、ピンと来ないだろう。
 事によると、トイレで神に紙を求めようとはするかも知れないが、一過性の問題でしかない。

 奇蹟の生還を果たした花子は、早苗と共に帰路につく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

私を襲った獣は、人ならざるものでした。〜溺れるほどの愛に、身を任せようと思います〜

こころ ゆい
キャラ文芸
東堂 桜子は、代々、神の『寵愛』を受ける家の娘として育つも、何の力も出現せず家族から虐げられていた。 二つ上の姉・麗子は特別な力を持っている。 婚約者との婚姻の日を支えに、日々何とか耐えていたが、卒業を間近に控えたある日、姉に婚約者を奪われる。 人生を諦めようとした矢先、森で大きな獣と出会った。 彼は何故か桜子を『待ち人』だと言ってーー? ※『25人の花嫁候補から、獣人の愛され花嫁に選ばれました』も連載中です🌱 ※このお話は獣人ではないのですが、モフモフ出てきます🌱

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...