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2113年 ハジメの場合
☆蟲との遭遇-2 ☆
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僕の目の前には、ジャイアントエッグが聳え立っている。
大昔、コロンブスと言う人が、自分の偉大さを示すためにテーブルの上に卵を立てたそうだが、目の前の宇宙から来た卵も、充分に偉大さを示していた。
鋼殻戦闘隊は、ジャイアントエッグの西南に集結し、二㌔手前で展開していた。
そんな時、早速、佐之助から通信が入る。
「ハジメ、皆は何を待っているんだ? 卵の見物?」
「待っている」って、まだ一分も経っていない。僕は、新米隊員の気の短さに呆れていた。
「玄関を探しているらしい。ド派手に呼び鈴は押したんだけどな」
そう、巡航ミサイル数百発でアピールしても、いまのところ、ジャイアントは居留守を決め込んでいる。
「中身が空なんじゃねぇの?」
佐之助の発言を、圭介が否定する。
「動体センサーに反応があるわ」
圭介が京訛りのアクセントで言うと、緊迫感がダウンする。だが、現実は切迫していた。
共有される動体センサーを確認すると、赤い光点が迫って来ている。その数……。気合いが入る。
「各自、射撃戦用意。敵は近い! 訓練生は働き蟻を狙え。兵隊蟻は正規兵が引き受けろ!」
鈴のような声で気合いを入れるのは、櫻井少佐だった。この命令には、佐之助が不満を洩らす。
「訓練生だって、兵隊蟻を倒せるぜ!」
佐之助は、訓練生全体を指して発言したが、本当は、「自分は!」と言う事なのだろう。何だか子供っぽくて面白い。
「佐之助、兵隊蟻より、女王蟻を倒す方が目立つぞ。一躍ヒーローになれる」
この言葉に、佐之助は目を輝かせた。
「それそれ、逆転満塁サヨナラホームラン!」
佐之助は、本当に単純で面白い。その場の事態を忘れ、圭介も話に乗る。
「ヒーローインタビューのスピーチ、考えとかんと」
そんな弛んだ空気を締めたのは、上官の声だった。
「前方二百㍍! 構え! 狙え!」
僕の小隊は慌てた。まだライフルを用意していなかったからだ。これから僕たちは、冗談など言えなくなる事を思い知る。
鋼殻体のアサルトライフルは、ジェトエンジンの左横のバックパックに収まっているのだが、背中の装備は取りにくい。それは、ドレスのファスナーが閉めにくいのと似ている。だから、肩に補助アームが付いていて、背中の装備を取ってくれる。
僕の鋼殻体も、補助アームがライフルを取り出し、メインアームが受け取る。遅ればせながら、前方二百㍍に銃の照準を合わせ、敵を待つ。
周りを見ると、全鋼殻体がライフルを構えて動かない。総ての動きが止まったような、張り詰めた緊張感。ヒタヒタと迫って来る恐怖心。唾を飲み込むのも苦労しそうな感じが、嫌な汗をかかせた。何かが、近付いていた。
一面グリーンが眩しいゴルフ場の、手入れが行き届いた芝生が盛り上がる。まるで、何かに食い破られたように無惨に散らばる芝から、黒い土を掻き分けて現れたのは、茶褐色の化け物だった。ついに、象を上回る大きさの蟻と対面する。
生ジャイアントを初めて見たが、本当に蟻そっくりだった。
昆虫の特徴である、頭部、胸部、腹部に分かれ、胸部に脚が六本で、頭部には、牙を想わせる顎と複眼に触角があり、何処にでも居る蟻と変わらない。ただ、サイズはXL ×1000くらいか?
土を掘り進み、鋼殻戦闘隊を囲むように次々と出現する。
「撃て!」
ジャイアントに向けて、一斉に射撃を開始する。だが、あまり効果が無い。この事実は、心理的に怖い。特に初体験の訓練生なら、尚更だった。
蟻の体には、鋼鉄より硬い微細毛が生えていて、それが弾丸の直撃を逸らしてしまう。もちろん、同じ場所に当て続ければ、外骨格の体にもダメージを与える事はできるし、現に、仕留めている数も多い。だが、ジャイアントの動きは早い上に、力も強い。さらに、ジャイアントと戦う時の注意点は他にもあり、それは、格闘の間合いだった。射撃に夢中になりすぎると、ジャイアントに急接近されている事がある。そうなると、顎で鋏まれ、軽々と持ち上げられてしまう。だから、格闘間合いに入る前に、剣と持ち換えなくてはならない。
ブレードと呼ばれる剣は、刃渡り三.五㍍、柄の部分が一.五㍍の、両手で持つ事も可能な特大サイズの物だった。ジェトエンジンの右側に収納され、補助アームがメインアームに渡してくれる。
訓練生の誰かが、持ち換え動作が間に合わず、ジャイアントに持ち上げられ、投げられた。体長七㍍、重量五㌧の鋼殻体が宙を舞い、頭から落ちた。メインカメラがある頭部が破損して、コックピットもかなりの衝撃だろうが、パイロットは無事だろうか? 何て、心配している場合じゃない。ジャイアントは、僕らの小隊にも迫っていた。
敵は、体長三㍍の働き蟻で、明らかにこちらよりチビなのだが、やっぱり軽々と持ち上げる能力がある。それに、どのジャイアントにも共通する事は、表情が無いので、背筋がゾクゾクするほど怖く、生理的な圧迫感が凄い。だが、プレッシャーに負けずに冷静に指示を出す。
「圭介は僕と一緒に正面から撃ち続けろ。その間に佐之助とススムは左右に移動して、脚を切り取れ」
この作戦は、訓練生の時に教官から教わった物で、実戦経験の無い新米としては、他に選択肢がなかった。
僕と圭介は、ジャイアントの頭部に集中的に射撃を加える。いくら化け物と言えども、さすがに怯む。その隙に、佐之助は右側からブレードで脚に斬りつけ……。れば良かったのだが、硬い頭部に刃を降り下ろした。
佐之助の攻撃は弾かれ、蟻に反撃の隙を与える。佐之助の鋼殻体は、蟻の顎に捕まった。
機体が宙に浮き、佐之助は大慌てだろうが、既に手遅れだし、慌てても問題は解決しない。その時、ジャイアントの体のバランスが崩れた。
ススムが、左側から脚を切断したせいだ。
圭介が、素早くブレードに持ち換え、ジャイアントの首に斬りつける。頭部と胸部を繋ぐ細い部分なのだが、一太刀では切れない。
「一匹を相手に四人がかりか……」
現実の戦いの厳しさに、ため息がでる。
「何をしている佐之助! 死ぬ所だぞ!」
小隊長として、厳しく叱責する。あの場面で、もしススムが居なかったら、蟻は佐之助の鋼殻体を振り回して突進し、僕と圭介は薙ぎ倒されていただろう。ほんと、マジで勘弁して欲しかった。誰かのミスが、小隊ごと全滅に繋がる事も有り得るのを実感していた。
一方、叱責に対する佐之助の言い訳は、こんな感じだった。
「だって、兜割りを試したかったから……」
兜割りとは、訓練生養成所で習った技の一つで、練習で佐之助は、ジャイアントの頭のレプリカを、ブレードで叩き割っていた。僕の小隊でこれができるのは佐之助だけだし、訓練生全体でも数人しか居なかった。
だが、教官からは、「本番では練習どおりに行かない」とも聞いていたはず。自慢したい気持ちは解るが、佐之助のスタンドプレーにはうんざりしていた。
大昔、コロンブスと言う人が、自分の偉大さを示すためにテーブルの上に卵を立てたそうだが、目の前の宇宙から来た卵も、充分に偉大さを示していた。
鋼殻戦闘隊は、ジャイアントエッグの西南に集結し、二㌔手前で展開していた。
そんな時、早速、佐之助から通信が入る。
「ハジメ、皆は何を待っているんだ? 卵の見物?」
「待っている」って、まだ一分も経っていない。僕は、新米隊員の気の短さに呆れていた。
「玄関を探しているらしい。ド派手に呼び鈴は押したんだけどな」
そう、巡航ミサイル数百発でアピールしても、いまのところ、ジャイアントは居留守を決め込んでいる。
「中身が空なんじゃねぇの?」
佐之助の発言を、圭介が否定する。
「動体センサーに反応があるわ」
圭介が京訛りのアクセントで言うと、緊迫感がダウンする。だが、現実は切迫していた。
共有される動体センサーを確認すると、赤い光点が迫って来ている。その数……。気合いが入る。
「各自、射撃戦用意。敵は近い! 訓練生は働き蟻を狙え。兵隊蟻は正規兵が引き受けろ!」
鈴のような声で気合いを入れるのは、櫻井少佐だった。この命令には、佐之助が不満を洩らす。
「訓練生だって、兵隊蟻を倒せるぜ!」
佐之助は、訓練生全体を指して発言したが、本当は、「自分は!」と言う事なのだろう。何だか子供っぽくて面白い。
「佐之助、兵隊蟻より、女王蟻を倒す方が目立つぞ。一躍ヒーローになれる」
この言葉に、佐之助は目を輝かせた。
「それそれ、逆転満塁サヨナラホームラン!」
佐之助は、本当に単純で面白い。その場の事態を忘れ、圭介も話に乗る。
「ヒーローインタビューのスピーチ、考えとかんと」
そんな弛んだ空気を締めたのは、上官の声だった。
「前方二百㍍! 構え! 狙え!」
僕の小隊は慌てた。まだライフルを用意していなかったからだ。これから僕たちは、冗談など言えなくなる事を思い知る。
鋼殻体のアサルトライフルは、ジェトエンジンの左横のバックパックに収まっているのだが、背中の装備は取りにくい。それは、ドレスのファスナーが閉めにくいのと似ている。だから、肩に補助アームが付いていて、背中の装備を取ってくれる。
僕の鋼殻体も、補助アームがライフルを取り出し、メインアームが受け取る。遅ればせながら、前方二百㍍に銃の照準を合わせ、敵を待つ。
周りを見ると、全鋼殻体がライフルを構えて動かない。総ての動きが止まったような、張り詰めた緊張感。ヒタヒタと迫って来る恐怖心。唾を飲み込むのも苦労しそうな感じが、嫌な汗をかかせた。何かが、近付いていた。
一面グリーンが眩しいゴルフ場の、手入れが行き届いた芝生が盛り上がる。まるで、何かに食い破られたように無惨に散らばる芝から、黒い土を掻き分けて現れたのは、茶褐色の化け物だった。ついに、象を上回る大きさの蟻と対面する。
生ジャイアントを初めて見たが、本当に蟻そっくりだった。
昆虫の特徴である、頭部、胸部、腹部に分かれ、胸部に脚が六本で、頭部には、牙を想わせる顎と複眼に触角があり、何処にでも居る蟻と変わらない。ただ、サイズはXL ×1000くらいか?
土を掘り進み、鋼殻戦闘隊を囲むように次々と出現する。
「撃て!」
ジャイアントに向けて、一斉に射撃を開始する。だが、あまり効果が無い。この事実は、心理的に怖い。特に初体験の訓練生なら、尚更だった。
蟻の体には、鋼鉄より硬い微細毛が生えていて、それが弾丸の直撃を逸らしてしまう。もちろん、同じ場所に当て続ければ、外骨格の体にもダメージを与える事はできるし、現に、仕留めている数も多い。だが、ジャイアントの動きは早い上に、力も強い。さらに、ジャイアントと戦う時の注意点は他にもあり、それは、格闘の間合いだった。射撃に夢中になりすぎると、ジャイアントに急接近されている事がある。そうなると、顎で鋏まれ、軽々と持ち上げられてしまう。だから、格闘間合いに入る前に、剣と持ち換えなくてはならない。
ブレードと呼ばれる剣は、刃渡り三.五㍍、柄の部分が一.五㍍の、両手で持つ事も可能な特大サイズの物だった。ジェトエンジンの右側に収納され、補助アームがメインアームに渡してくれる。
訓練生の誰かが、持ち換え動作が間に合わず、ジャイアントに持ち上げられ、投げられた。体長七㍍、重量五㌧の鋼殻体が宙を舞い、頭から落ちた。メインカメラがある頭部が破損して、コックピットもかなりの衝撃だろうが、パイロットは無事だろうか? 何て、心配している場合じゃない。ジャイアントは、僕らの小隊にも迫っていた。
敵は、体長三㍍の働き蟻で、明らかにこちらよりチビなのだが、やっぱり軽々と持ち上げる能力がある。それに、どのジャイアントにも共通する事は、表情が無いので、背筋がゾクゾクするほど怖く、生理的な圧迫感が凄い。だが、プレッシャーに負けずに冷静に指示を出す。
「圭介は僕と一緒に正面から撃ち続けろ。その間に佐之助とススムは左右に移動して、脚を切り取れ」
この作戦は、訓練生の時に教官から教わった物で、実戦経験の無い新米としては、他に選択肢がなかった。
僕と圭介は、ジャイアントの頭部に集中的に射撃を加える。いくら化け物と言えども、さすがに怯む。その隙に、佐之助は右側からブレードで脚に斬りつけ……。れば良かったのだが、硬い頭部に刃を降り下ろした。
佐之助の攻撃は弾かれ、蟻に反撃の隙を与える。佐之助の鋼殻体は、蟻の顎に捕まった。
機体が宙に浮き、佐之助は大慌てだろうが、既に手遅れだし、慌てても問題は解決しない。その時、ジャイアントの体のバランスが崩れた。
ススムが、左側から脚を切断したせいだ。
圭介が、素早くブレードに持ち換え、ジャイアントの首に斬りつける。頭部と胸部を繋ぐ細い部分なのだが、一太刀では切れない。
「一匹を相手に四人がかりか……」
現実の戦いの厳しさに、ため息がでる。
「何をしている佐之助! 死ぬ所だぞ!」
小隊長として、厳しく叱責する。あの場面で、もしススムが居なかったら、蟻は佐之助の鋼殻体を振り回して突進し、僕と圭介は薙ぎ倒されていただろう。ほんと、マジで勘弁して欲しかった。誰かのミスが、小隊ごと全滅に繋がる事も有り得るのを実感していた。
一方、叱責に対する佐之助の言い訳は、こんな感じだった。
「だって、兜割りを試したかったから……」
兜割りとは、訓練生養成所で習った技の一つで、練習で佐之助は、ジャイアントの頭のレプリカを、ブレードで叩き割っていた。僕の小隊でこれができるのは佐之助だけだし、訓練生全体でも数人しか居なかった。
だが、教官からは、「本番では練習どおりに行かない」とも聞いていたはず。自慢したい気持ちは解るが、佐之助のスタンドプレーにはうんざりしていた。
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