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#01 決意を込めて、URLをタップ!!
しおりを挟む東京都の離れにある、僕の住んでいるこの地区は、都心から電車で約一十五分離れた場所にあり、大学にも近いことからこの場所を選んで住む学生が多く、まだ大人になりきれていない子供のような僕らは、今日も学生という大きな盾とも言うべき剣を振りかざして日々を過ごしている。
学生という身分は、正直に言ってしまうと楽だ。
『まだ学生だから』
こんな暴論とも呼べる論理にも満たない一言で、ある程度の問題が解決してしまう。
そんなご身分でぬるま湯に浸かるような毎日が、僕は嫌いではない、むしろ、そのぬるま湯に自ら浸かっているのが心地よいので、井の中の蛙を楽しんでいる節まであった。
楽しむ──と、言うよりも、本当は『どす黒い〝なにか〟』で形成されているであろう二十四時間を、僕はどれだけ有意義な時間に変換出来ているだろうか。きっと、僕の私生活を覗きんだ神様は、『怠惰である』と烙印を押して、ありとあらゆる苦行を強いるだろう。だけど、まだ僕は人肌よりも少し冷たいぬるま湯に浸かって、井の中の蛙をやっていけてるのだから、神様というのは、案外、人間に興味がないのかもしれない──そんなことを考えながら、僕は駅前にある喫茶店から駅までの距離を歩いていた。
信号待ちで足を止めた時に、今考えていたことが『現実逃避』だってことに気づいた僕は、周りのひとに迷惑をかけない程度に深呼吸をした。
隣にいるサラリーマン風の男性は、腕時計を何度も確認しながらなんとも言えない、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。どうやら時間に追われているらしく、額からは汗が滲む。
彼らのような大人が、日本の経済を回しているのだと思うと、『おっさん』なんて失礼な呼び方はしないほうがいいのかもしれないが、では、代わりに彼らをなんと呼ぶべきなのだろうか? 『おじさん』とも違うし、『お兄さん』なんて若さではない。やはり、行き着く先は『あの』とか『すみません』……さん、になるのだろう。こう考えると日本語っておかしいな、『あの』は他者を呼ぶ時に使う言葉だからそこまで違和感はないけど、『すみません』は謝罪の意味がある。現代日本語で『すみません』は『感謝』の意味も含んでいるけど、文字通りだと『謝罪』の意味合いが強く見える。会って初めてのひとに謝罪するなんて、なんとも奥ゆかしくて礼儀正しいんだろう──と、僕は少し皮肉っぽく思いながら、青に代わって『通りゃんせ』のメロディーを聴きながら信号を渡った。
通りゃんせ、か──。
駅に入り、改札を抜けて電車を待っている最中、僕の頭の中で先ほど聴いた電子音の『通りゃんせ』が流れていた。この童謡は『子供の七つのお祝いに、天神さまの細道を通る母親と兵士のやり取り』を歌ったものだけど、そのメロディーと歌詞がどうも不気味だ。歌詞の中に『こわい』という言葉も使われているから、余計に恐怖を掻き立てるのだが、実はこの『こわい』とは『疲れる』という意味なのではないか、という解釈がある。まあ、どっちにしても聴き手がどう取るかなので僕の知ったことではないけど。
だけど、今の僕にはこの童謡が、どうしても心をざわつかせる。それはやはり僕自身が感じている【不安】が、不協和音とも呼べるあの旋律に同調するかのように膨れ上がるからだ。
僕はあの喫茶店で、あのURLをタップすることが出来なかった。未知への恐怖は誰にでもある、それを批難することは誰にも出来ないはずだ。言い知れぬ不安、それが僕の左手の親指の動きを止めた。あのURLをタップしたら、きっと日常には戻って来れない──そんな気がして。
『Next station is……』
次の駅は僕の住んでいる地区だ、色々考えるのは部屋に戻ってからでいい──僕は網棚に置いたプラスチック製の鞄を手に取り、電車が停車してからゆっくりと電車を降りた。
今日は午後から雨が降るらしい。電車の中にある電光掲示板が、それを教えてくれた。テレビや携帯端末を使用せずに天候がわかるのは便利だ、きっと、このお陰でずぶ濡れで帰るサラリーマンや学生は減るだろう。世の中にはコンビニという更に便利なお店もあるので、今日はビニール傘が売り切れ続出になるんだろうな──これから帰宅する僕にとっては、この情報なんて別に必要ないのだけれど。
雨が降る、か──。
確かにそう言われてみると、空気がどこか湿っているような気がしてくる。もしかしたらプラシーボ効果とかいうやつのせいかもしれない、でも、秋なのに少し湿度が気になるというのは、これもまだ夏の名残だろうか? ……そもそもプラシーボ効果で合ってるのか、なんてくだらない疑問を抱きながら、僕は借りているアパートの二階、東にある隅の部屋のドアの鍵を開けた。
築一〇年、そう聞くと結構ボロく感じるけど、二年前にリフォームしてあるので案外快適に過ごせるこの部屋は縦長の間取りで、玄関にキッチンと浴室、トレイへ続く扉があり、奥に八帖の洋室がある、所謂、ワンルームの在り来りな部屋だけど、トイレと風呂が別という点は非常に好感が持てる。オマケに申し訳程度のバルコニーもあるので、そこで植物なんかも育てられるけど、僕に植物を育てる甲斐性なんてないので、バルコニーは洗濯物を干すだけの場所と化していた。
間取り八帖となると、家具を置くのも少し工夫が必要だ。一応、自分なりに最善を尽くしてみたけど、お洒落というには程遠い配置である。
冷蔵庫を開けて、麦茶のペットボトルを取り出してコップに注ぎ、その場でグイッと一気に飲み干す。喉が渇いていたわけじゃないけど、なんとなく喉に違和感があった。苦しくない程度に首を絞められているような圧迫感、それを拭いさろうと麦茶を飲んだけど、どうやら見えない手は僕の首から手を離す気はないらしい。
さて、どうしたものか──。
部屋に戻ってきたという事は、即ち、【アレ】をどうするか考えるためだったけど、いざ現実に向き合うとなると手が止まる。壁に掛けてある時計の針が、チクタクと時を刻む音がやけに煩く感じるのは、嫌なほどに静かだからだろうか。
オリジンナイツに【スピリッツダイブ】なんていう機能は本当にあるのだろうか? ──そう思って調べてみたが、やはり案の定と言うべきか、攻略情報サイトは幾つもあるけど、そのどれにもSDについて書いているサイトはない。
「ギルドの皆は……いや、もうギルドはないのか。アキラさん達はクロさんのこと、知ってるかな……」
あのDMが送信されたのは僕だけ、と、クロさんの書いた文章にあったけど、これを僕だけに留めておいて本当にいいのか? ギルドはもうなくなってしまったけど、アキラさん達だって一応は仲間だ。彼らになんの話もせずに事を始めるのは少し違う気もしなくもないけど、それをクロさんは望まなかった。
あくまで僕だけ、か──。
どうして僕なんだよ、単純に僕が【無属性持ち】ってだけだろ? 確かに無属性は強いけど、言い方を変えれば【弱点がないだけ】だ。
オリジンナイツは登録時にランダムで自分の属性が決められて、通常攻撃がその属性攻撃になる。つまり、自分が水属性だとすると、雷属性持ちの攻撃は弱点で、大ダメージに繋がるのだけど、逆に火属性持ちの相手には強い。言い返せば、シングルプレイだと弱点攻撃をカバー出来ずに攻略不可で詰む……なんてこともあるために、このゲームではギルド必須なのだ。まあ、レベルを上げれば多少強引に進めることもなくはないけど、ギルドで仲間を募ってダンジョン攻略や白兵戦を戦ったほうが断然効率がいいんだ。それでもソロプレイをしているひともいるけど、そのほとんどが序盤で音を上げて放置になる。そういうプレイヤーを、僕は何度も見てきた。
ギルドで仲間を募るのは一見、億劫に思えるけど、ボタンひとつで済ませられるし、あとは定型文で味方とコミュニケーションを取りながら連携するだけの簡単仕様。それに、プレイを続けていればどんな風に味方が動くかも予測できるようになり、戦闘はもっと簡略化される。一言も発言しないでバトルが終わる──なんてこともしょっちゅうだ。
そうしてプレイを続けて、僕はもう三年もオリジンナイツをプレイしているけど、今の今までスピリッツダイブなんて機能があることを知らなかった。
そんな機能、本当にあるのだろうか? 人体に影響は? ログアウトはどうする? ──もし、ログアウトできなくなったら……?
というか、ゲームバランスが崩壊するアイテムを配るなんて、運営もどうかしてるだろ。そんなのが実装されたら、他のプレイヤーからブーイングの嵐だ、炎上待ったなし。それでも強引に実装しようとしているのだから質が悪い。それを僕が回収しなきゃならないなんて、それこそ知ったことではない……だけど、実際にクロさんは殺されてしまった。こうなると『イタズラ』では済まされない事態。少なからず僕にこのDMを送ったってことは、【他のダイバー達】にも情報が回っている可能性もある。
次に狙われるのは、僕──?
嫌な予感がして、戸締りが甘くないか部屋の中を急いで確認してみるが、大丈夫、鍵は全部締めてある。それでも不安が収まることはなく、僕は窓のカーテンを力任せに締めた。
「はぁ……はぁ……」
先ほどよりも苦しく締まる首の圧迫感を拭いさろうと、自分の左手で喉仏のある場所を軽く揉んでみるが、まるで内側から締め付けられているかのように違和感は拭いされない。
「こうなったら、見てみるしかないか……」
跳ね上がる鼓動、ポタリ、ポタリ──と、床に冷や汗を垂らしながら、僕は携帯端末を両手で掴むようにして、クロさんが貼ったURLをタップした──。
『ユーザー名tetushi、承認完了。スピリッツダイブシステム起動します。スピリッツダイブまで、残り10、9、8……』
「え……、ええッッッ!? いやいや、ちょっと待ってくれよ!? これ、サイトのURLじゃないの!?」
僕の質問も虚しく、プログラムのような機械の女性声は無慈悲にもカウントダウンを続けていく。
(どうやって止めればいい──そうだ、電源だッ!!)
意を決してURLをタップしたのに、想定外の出来事が発生したために、僕の決意は何処かへと引っ込んでしまったようだ。
必死に電源ボタンを押しているが、まるでこの機械の女性声のプログラムが僕の携帯端末を乗っ取ったかのように微動だにせず、ついにカウントダウンは三秒を残すまでになってしまった。
『3、2……』
「や、やめろ……やめろおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!!」
『──ゼロ』
プツン──、と画面が暗くなった。真っ暗でなにも見えない……いや、暗くなったのは携帯端末の画面じゃなく、僕の視界だ。ただ真っ暗で、なにもない……自分が立っているのか浮いているかもわからなければ、右も左もわからない暗黒空間に僕は存在している。
「ここ、どこだよ……誰か、助けて……」
やがて背中越しに、なにやら暖かいような冷たいような、サラサラしてるようで湿っているような感覚を覚えた。
「なんだ、これ……? いや、僕はこの感触を知ってる……」
その感覚は背中越しから僕の背面全体に伝わってくる。なにかが耳に触れているのか、少しこそばゆい感覚までも表れ始めた。そして、なにより優しく吹き抜ける風と、草の匂い……それらに神経を研ぎ澄ましていると、永遠にも思えた暗闇に一筋の光が差し込み、その光が次第に大きく、明るくなってきて、その光を掴もうと手を伸ばした瞬間、僕は目を閉じて眠っていたことに気づいた。
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