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#02 城壁都市レザイリア
しおりを挟む「んんっ……なにが起きたんだ……って、あれ? ここは……」
確か──僕は部屋の中にいて、あの怪しいURLをタップしたんだ。そして、なにやらカウントダウンが始まり、気づいたら見知らぬこの場所で目を覚ましたけど、この雰囲気や風景、どこか見慣れた景色のような気もする。風の感覚や土と草の匂いは嗅ぎなれたものと同じだけど、生息している草は僕が知る雑草(それ)とは違う形をしていた。夢の中か、と、一瞬だけ現実逃避を試みて、僕はその幻想を振り払うかのように頭を振った。
そう──この世界こそ、僕がいつもプレイしているゲーム、【オリジンナイツの世界】なのだ。
まだ少し怠さが残る体を起こして辺りを見渡すと、ここはどうやら【サンクチュアリ】があった場所らしい。しかし、今はただの小高い丘のようだ。確か、最後にログアウトした場所はギルドだったので、この場所で再開されたのだろう。
ギルドが削除されればギルド本部も削除される、それはゲームだと当然なんだけど──しかし、ここまで綺麗さっぱりに、跡形もなく削除されるとは、なんともゲームらしいというか、感情というものが全く感じられない無機質な仕様だ。
改めて僕は、自分の体、自分の姿を手探りで確認した。鏡はないので詳細な確認は出来ないけど、触れた感じや見える範囲だと、僕が使っている剣士のアバターとそっくり、いや、瓜二つだ。アバターに魂が移った……なんて、誰が想像する? 少なからず僕の知るプレイヤー達は、まさか、人間がそのままゲームに登場しているなんてことを想像しないだろう。
しかし、これはどういう原理なのだろうか?
URLをタップしただけでこの世界に入るのなら、それはもう【超常現象】の類いだ。仮に、この状況を考慮するに、カウントダウンが【催眠導入】となり、一種の【催眠状態】になっているとしても、本体の自分がどうなっているのか不安で堪らない。
そして、問題はまだ沢山ある──。
そのエベレスト級に山積みとなった問題点の中で、それこそ頂点に君臨している問題が【ログアウト方法】だ。
ゲームではメニューアイコンを開いてログアウトを選択すれば可能だけど、僕の目にそれらしきアイコンは見つからないし、そもそも【メニューアイコン】なんて都合のよいものが見当たらない。
「死ななきゃ戻れない……なんてこと、ないよね……?」
この不安が的中しないことを祈りながら、他の問題点を考えてみる。
ログアウト方法の次に問題なのが、この世界でゲームオーバーになるとどうなるのか? ──という点だ。
【精神と肉体】がこのアバターに宿っているのなら、それはもう【生身の体】と思って間違いはない。そうなると、ゲームオーバーは【死】と直結するのだろうか? ──どうやら当面の目標は【オリジンロードを倒して限定アイテムを手に入れる】ではなく、【生きて帰る(ログアウト)方法を探す】になるだろう。【ゲームの世界だから】という甘えのような幻想は捨て去るべき。未知──とまでは言わないけど、ここが僕の新しい住む世界と捉えて、どうやって生活するべきかを考える必要がある……のだが、その前に所持品がどうなっているのかを確認しなければ。
頭 部:なし
右 手:なし
左 手:なし
服 :布生地の服
装飾①:謎の腕輪
装飾②:謎の指輪
「……は?」
おい、ちょっと待ってくれ、今まで苦労して手に入れた武器や防具はどこに行った!? しかも右手に見知らぬ腕輪、左手の人差し指にも見知らぬ指輪──これ、なにっ!?
「嘘だろ……こんな軽装〝狩ってください〟って言ってるようなもんだよ!? 武器すらないのか」
バックパックもないこの状況は、まるで初めてログインした状態と似ている──もしかしてセーブデータが破損してこの状況になったとか? もしそうだとすると、レベルも初期状態に戻っているはずだから……って、レベルってどうやって確認するんだよっ!?
「クロさん、少しくらい説明書いてくれよ……」
見上げた空は青く、どこまでも澄んでいた──。
どれくらい空を見続けていただろうか。
絶望的な状況に、僕は、現実逃避していたのかもしれない。気づけば空は少し紅が混じり、夜を告げる月が浮かんでいる。嗚呼──短い人生だったな、と、呆然と空を見つめている僕に、いつからそこにいたのか、それとも今来たのか、こんな所に用なんてないだろうに、僕の後ろから優しい声でその声の主は訊ねた。
「こんにちは、なにか困り事ですか?」
振り向くとそこには、白銀の鎧を身に纏った金髪青眼のスラッとした体型の女性キャラクターがいた。
この鎧は聖騎士の鎧だ、近くにある城壁都市の騎士団だろう。つまり、ノンプレイヤーキャラクター……のはずだけど、この世界ではNPCもアクティブに言葉を交わすらしい。
「あ、えっと……」
どう受け答えをすればいいのか、と、しどろもどろしていると、女聖騎士は僕の顔を見て驚きの声を上げた。
「テツ様ではないですか!? ……その出で立ち、間違いありません!! あの……どうしてそんな軽装備でここへ?」
「……?」
彼女は僕のことを知っているようだが、僕には彼女がどこの誰なのか見当もつかない。だって、聖騎士のグラフィックってどれも似たようなもので、名前表記も【男聖騎士】とか【女聖騎士】としか記入されないから、『テツ様ではないですか!?』と驚かれても、逆に僕が驚きたいくらいだ。でもここで「どちら様ですか?」と聞き返すのも失礼か? もしかしたら僕が覚えていないだけで、実は深く関わったことがあるNPCなのかもしれ──それはないか。
「じ、実は装備一式をどこかに落としてしまって……」
苦し過ぎる言い訳だな、と、自分でも嘘が下手過ぎて笑えてくる。でも、彼女はそんな苦しい言い訳を信じ込んだらしく、「それはお気の毒に……」と嘆きの溜め息を零していた。
仮に、本当に僕が装備品やアイテムをどこかに落としたのなら、それはそれで大問題に発展しないだろうか? だって、僕の装備はSクラスの武器や防具だし、所持品の中には魔神召喚アイテムだってあった。
悪用されたら超危険な代物ばかりなんだけど……?
そんな僕の些細な疑問など知らず存ぜぬと、彼女はあくまでマイペースだ。僕の所持品の心配ではなく、僕自身のことを心配している──いや、これが本来、普通の反応だろう。山で遭難した者に対して『持ち物は無事ですか!?』なんて心配をするヤツがいないのと同じだ。所持品を心配するのは、僕がまだ『ゲーム脳』だからかもしれない。
「サンクチュアリが崩壊して、クロ様がお亡くなりになり、ギルドメンバーの方々も行方不明……テツ様もいなくなって数ヶ月が経過して、まさか、こんな場所で出会えるなんて……これも神のお導きですね!」
「……え?」
今、サラッととんでもないことをこの女聖騎士は言わなかっただろうか? サンクチュアリ崩壊はつい昨日のことだぞ?
それにクロさんが死んだのはリアルのことで、この世界ではそんな重要なことじゃないはずだ。
ギルドメンバーが行方不明? 数ヶ月が経過? 僕も消息不明?
おいおい、幾らなんでもぶっ飛び内容が盛り沢山過ぎる。ビックリ箱を開けたらゾンビが出てきました──くらいの信じられない奇想天外な衝撃的内容の数々だけど、一体、この世界でなにが起きているんだ……?
それに、数ヶ月が経過したってことは【オリジンロード】のクエストはどうなったんだろう? もう、誰かが討伐してアイテムをゲットしてしまったのだろうか?
もしオリジンロードのクエストが誰かによってクリアされていたらクロさんの遺言はどうなる? オリジンナイツの世界を救うという僕の使命は?
わからないことが多過ぎて、頭が痛くなりそうだ──。
ここはひとまず、相手に話を合わせて話を聞くしかない。えっと、僕は消息不明だったって話だよな? じゃあ、その設定を色々と利用させて貰おう。上手く話を誤魔化せるかはわからないけど、そうするのが一番利口そうだ。
「じ、実は記憶も曖昧で……えっと、アナタはどちら様ですかね……?」
どうだろう……? 少しは【記憶喪失】っぽく話題を振れかな? まあ、さっき咄嗟に吐いた嘘を信じた相手だし、これくらいの下手な嘘も信じてくれるだろうなんて、甘い考えでいたんだが、嘘を見破られるという心配は不要だったらしい。女聖騎士は先程よりも更に驚いた表情を浮かべて、手で顔を被ってしまった。
「そんな……テツ様、それはあまりにも可哀想です……どうしてそんなに悲劇が続くのでしょうか……」
「あ、うん。そうですね……」
悲劇というか、悲運というか、あまりにも奇々怪々な出来事の連続でうんざりしているんだけど、このひとにそれを話した所でなにか変わるわけじゃないし、信じて貰えないだろう──多分、僕の状況を理解出来るのは僕と同じ【ダイバー】だけだ。
どうにかダイバーと接触出来ないだろうか──? いや、彼らが僕に好意を示すとは限らない。最悪の場合、殺されることも有り得る。
そう、クロさんと同じように──。
「居場所を失い、友人も失い、記憶すら失うなんて……うぅ……」
なんでアナタが泣いてるんでしょうかね? 泣きたいのはこっちの方だよ……。
「わかりました!! では、私がテツ様の記憶を取り戻してみせます!!」
「はい?」
「聖騎士として、困っているひとを見過ごすわけにはいきませんから!!」
女性に守ってもらうなんて情けない話だけど、現状を考えると彼女の方が強いだろう。僕のレベルが1と考えると、ここから城壁都市に行く過程でモンスターに襲われて力尽きる。でも、彼女は【聖騎士】という職業なので、今の僕よりはまともに戦えるはずだ。
「私の名は〝エルカ=スタッフィード〟と申します。城壁都市レザイリアで〝レザイリア聖騎士団〟に所属している聖騎士です。未だ未熟な聖騎士ですが、城壁都市まで道案内をさせて頂きます」
「そ、それはご親切にどうも……というか、頭を上げてください……」
エルカは地面に膝をついて大袈裟に立ち振る舞ったが、そんなことをされても僕にはどうするべきなのかイマイチわからないので、早々に立ち上がって貰う。
(道案内……つまり、守ってもらうってことだよな?)
まさか、僕がフィールドに出現する雑魚モンスターに恐怖する日が来るなんて想像もしなかった……。
城壁都市に戻るまでに何度かモンスターと遭遇して戦闘になったが、僕が思っていた以上に彼女の剣の腕は有能だった。ひとを守りながら戦うのは結構面倒なのに、エルカはそんなことなど当然というような迷いのない動きで、向かってくるモンスター達を次々に殲滅していった。
オリジンナイツでは稀に、NPCが戦闘に参加することがある。聖騎士ならば平均レベルは30相当だけど、彼女の動きや技のキレはレベル30とは思えないほどに冴えていた。もしかしたらもっと上のレベルかもしれないけど、NPCってレベルが上がったりするのか? オリジンナイツにNPC育成要素なんてなかった気がするんだけど……。
城壁都市レザイリアは、その名の通り円のように組まれた城壁に囲まれた都市で、その中は東西南北の四つのエリアに分かれている。そのため、都市に入る入り口は全部の四つあり、その全てに見張りの聖騎士が張り付いていて、都市に入る前に審査をするのだが……それはゲームでの設定だけだと思っていた。
エルカに案内されて来たのは【東の門】で、ゲームの設定だと一番審査が厳しいが、東エリアは一番安全とされている。それは当然で【レザイリア聖騎士団本部】があるのがこの東エリアだからだ。因みにだが、この世界での【聖騎士】は戦士の上位互換クラスであり、都市、街、村などを守る存在でもある。つまり、簡単に言えば【国家公務員】的な役割を持っているというわけだ。それゆえに、治安は折り紙付きということだろう。
僕はエルカの指示に従いながら入国審査のようなものを受けて、ようやくこのレザイリアに足を踏み入れた。
この都市、レザイリアは先も述べたように四つのエリアに分かれていて、そのどれもに【色】というような特徴がある。
【東エリア】は聖騎士が完全統治している【青】、その反対にある【西エリア】は【ギルド管理局】がある【赤】、【東エリア】は店などが立ち並ぶ商業地区で【緑】、【南エリア】はNPC達が暮らす住居地区で【黄】と表記される。そして、真ん中には【クエスト】に挑戦する【クエストポータル】と呼ばれる転移装置がある。クエストに挑戦する際にはこのポータルをタップして、挑戦するクエストを選ぶ──のがオリジンナイツの仕様だけど、実物はどうなっているのか気になる。もし【オリジンロード】のクエストが終わっていたら、その項目は削除されているはずだ、ここは早めに調べておきたい。
門を抜けた少し先にある広場でエルカは立ち止まり、くるりと回り僕に向き直った。
「私はこれから聖騎士長にテツ様をお連れしたと報告をしたいのですが、テツ様が早急の用事がないのなら、ご同行願いたいのです……いかがでしょうか?」
ポータルを調べたい気持ちもあるけど、もう辺りは暗くなり夜になってしまっている。歩き疲れてしまったし、この世界に来たばかりで勝手もわからない以上、もう少しエルカと同行した方がいいかもしれない。
「わかりました、僕も一緒に行きます」
「そう言って頂けて嬉しいです。本部に着いたら少し休憩とお食事にして、その後、聖騎士長に面会……という段取りで宜しいでしょうか?」
「はい。そうしてくれると助かります」
よかった、実は喉も腹もカラカラだったんだよ。汗もかいたし、お風呂かシャワーにも入りたいけど、聖騎士団本部にそこまで期待してはいけないか。
「では、参りましょう!!」
僕は自信満々に歩くエルカの後ろ姿を見ながら、あまり距離を取らないように後ろを歩いた──。
応援ありがとうございます!
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