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今妖諸話「さとがえり」(前編)
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1
雨が降っていた。
暗い夜に雨が降っていた。
どしゃ降りの雨だった。
両手でハンドルをしっかり握りながら俺は雨の闇夜を走っていた。
「お兄さん、まだ着きませんか」
後部座席からそう問う声が聞こえた。
雨が車の屋根を叩く音とワイパーが窓ガラスを擦る甲高い響きにかき消されそうな弱々しい声だった。
「あー。後、1時間ぐらいかな」
俺の返答に失望を感じたのか、後部座席の気配が萎れた菜っ葉のような雰囲気に変わった。
その有り様に少し気を取られそうになるが、よそ見脇見は事故の元、気を取り直してハンドルを握り直す。
かれこれ8時間近い連続運転。
疲れは感じていないが、苛立ったり慌てたりすれば、事故を誘発する程度には疲労がたまっていると見込んでもいいだろう。
それに長距離ドライブは免許を取ってから初めてだ。
本当なら初心者としてちょくちょく休憩すべきなんだろうが、状況がそれを許さなかった。
駐車している車の中を誰かに覗かれるリスクは極力避けねばならなかった。
後部座席に鎮座する彼らの姿を赤の他人に拝ませるわけにはいかなかったからだ。
後部座席には二つの影があった。普通なら二人と紹介したいところだが、後ろの御仁達を「人」という単位で表せるのかどうか判断に苦しむところだ。
「人」でなければ「体」?
「匹」じゃあんまりだし、彼らに「柱」を、神様と同じ単位を、使えるのだろうか?
……いずれにしても河童の数えかたを俺は知らない。
2
梅雨に入った最初の金曜日、朝食をとっていた俺の横で、テレビの天気予報を見ていたお袋が「あら、ちょうどいいわね」と独り言を言った。
「何が?」
と、お袋に話を振ったのは二歳年上の姉、都。
「ちょっと頼まれていた事があってね。明日から雨みたいだしちょうどいいかなって」
はて、事を片づけるのに雨天の方が都合がいいとは、どんな類の頼まれ事だ?
疑問に思いながらも女達の会話には加わらず、朝食をほおばる俺。
そしてそのまま飯を食い終わると「行ってきます」の挨拶を残し大学へ向けて家を出たのだった。
大学の授業に出た後、サークルへ顔を出す。部室にいた先輩に雑用を押し付けられる。
これがまた細々とした結構やり応えのある内容で、片づけ終わったらすでに夕刻だった。
結局、俺に雑用押し付けた先輩以外は誰一人部室に顔を見せない。
押し付けたその御仁もこれからバイトだという事で、本日のサークル活動はお開きと相成る。
あまり時間が無いという事でそそくさとその場を立ち去る先輩。
終いには戸締まりまでお鉢が回って来たりする。
仕方が無いのでしっかり戸締まりをして部室を去る。
ひょいと見上げた夕空は雨雲が西日を遮り始めている。
雲行きが怪しくなってきた夕空を見上げながら校門を出る。
「そういや、明日は雨だって、お袋、言ってたな」
朝の出かけにお袋がふと漏らしていた言葉を思い出し、そしてしばし首を捻って考えてみる。
朝食中にふとよぎった疑問が再度蘇る。
「雨の日のほうが都合の良い頼まれごとって一体何だ?……田植えか?」
あいにくというか、我が家には田んぼはない。
「ま、俺には関係ないかな」
取り合えずの結論というか、根本的な解決の放棄を決めた俺はそのまま帰途につく。
だが、その結論は間違いだったという事が俺の帰宅を待ち構えていたお袋の一声によって計らずも証明されたのだ。
「ちょっと頼まれてほしい事があるのだけれど」
夕餉の卓についた俺にお袋は開口一番、頼み事をし始めた。
「……いやだ」
即座に断る俺。
お袋がこのように切り出す時は大体厄介事と相場が決まっている。しかも妖怪がらみの、だ。
「やだ、何も言っていないじゃないの?いきなり断らないでよ」
若干、へそを曲げた感じでお袋が文句を垂れる。
「いやなものはいやだ。それに……どうせまた、妖怪がらみなんだろ?」
返答した俺に、いかにも心外だといった表情を浮かべながらお袋が言い返す。
「なんで妖怪がらみじゃ駄目なのよ。あなただって半分はその血が流れているじゃない?」
3
俺の実家はある町の神社だ。
一見、日本津々浦々にある何の変哲もない神社に見える我が家だが、
実は「妖怪神社」としてある一部限定で有名だったりする。
「妖怪神社」といっても観光名物になるような妖怪の絵巻物や鬼の手があったりするわけではない。
まあ、境内には頻繁に妖怪が現れる事は確かだが、それが売り物というわけでもない。
いや、どちらかといえばそのことはあまりおおぴっらにしていない事実である。
そもそも、その妖怪はある意味お客さんで、ここまで用事があって来訪してきていたりするのだ。
その用事とは悩み事や相談事の類で、その聞き役がこの神社に居るから、
わざわざ足を運んいるわけである。
……で、その聞き役とは、神主をしている父と、その妻の母なのだった。
即ち、神主とその妻が妖怪に関する相談所を開いているというところからそう呼ばれているわけで、正確に言えば「妖怪からの相談に乗ってくれる神社」ということになる。
何でそんな「妖怪相談所」みたいな事をやっているのか、といえばこれはもう一口に言ってお袋の所為である。
実のところお袋は天狗だ。
文字どおり妖怪の天狗である。空も飛べれば、妖術も使える。
親父といえばこれば代々続いた神社の跡取りで全くもって生物学的に正真正銘の人間、ホモ=サピエンスである。
そして、その二人の子供であるアネキと俺は、人間と天狗のハーフということになる。
半分は妖怪の血が流れているってわけだ。
ところで、何で種族の違う二人が夫婦をやっているのかと言えば、何やら色々とあったらしいのだがつまるところ端折れば、次のような経緯らしい。
実はウチの神社、頻繁に本物の今で言うところ霊能力者とやらを輩出させていて、先代まで家業として拝み屋というか陰陽師というか……要は妖怪退治を行っていたのだそうだ。
で、親父もその修行に明け暮れていた時、お袋と運命の出会い(と、当人達が言っているのだからそうなのだろう、たぶん)という奴をしたという事である。
それから、これまたすったもんだがあったらしいのだが、詳しくは知らない。
最終的には妻が妖怪なのに妖怪退治は出来んとの親父の判断により妖怪退治の家業は廃業、代わりに妻の進めで妖怪相談所を開業、今に至る……という事らしい。
そして……自営業の常で、子供は親の仕事を手伝わされているのである。
あ、そうそう。妖怪退治は廃業したといってもそれに使った技は今でも綿々と受け継がれている。
と、いうか、ただいま俺が親父に特訓を受けている最中だったりする。
妖怪の相談といっても、相談してくる妖怪も大人しい相手ばがりでなく、その相談内容も時に「それはちょっとご相談にのれません」といったものもあったりするので、結果、交渉決裂の末、荒事になってしまうケースは過去何件もあって、中には俺も巻き込まれて大変な目にあった事もあるのだった。
そんなことで、親父の持ってる陰陽の技は今でも必要不可欠だったりする。
4
「大体、俺が手伝うときにはなんで大抵荒事になるのさ。おかしいだろ!?」
俺は今し方キッバリと断った理由をお袋へぶつける。
実際、親父やお袋から頼まれた手伝いに俺がのこのこと顔を出すと、何故か「妖怪大戦争」と化してしまう状況に巻き込まれることが多いのだ。
俺の不平に対しお袋は「のほほん」とした雰囲気で切り替えす。
「そんなことないと思うよー。考えすぎだよー、翔ちゃん」
普段、のほほんとした性格ではないお袋からのこの切り返し。怪しい。
「まさか、すでに話が決裂したケースばっかりに俺を連れていってるわけじゃないよな」
「……ソンナコトハナイデスヨ」
視線を外しながら無表情に返答してくるお袋。
……いいようにあしらわれているのは気のせいじゃないよな。
俺がより深い突っ込みを入れようとしたその時だった。
「今回に限っていえば、荒事になる事はないよ」
声のした方を見やる。ちょうど鴨居をくぐりながら親父が居間に入ってきた。
今日のお勤めが終わって社から戻ってきたところのようだ。
「親父」
「あら、あなたお帰りなさい」
親父は「ただいま」と挨拶を返しながら座布団に腰を下ろす。
そしてまじめな顔をして、再度先ほどの言葉を繰り返す。
「どうしてそんなに断言できるんだよ」
両親がらみの頼み事は、いつだって妖怪がらみで荒事ばっかり、普段がそんな普段なので素直に親父の言は信用できず、思わずそう言い返してしまう。
「単なる送迎だからな」
答えは至極簡単に返ってきた。
「送迎?」
思わず鸚鵡返しに言い返してしまったぐらいに。
「そう、送迎だ」
親父はまるで念を押すかのように繰り返し、そして説明を続ける。
「実のところ毎年この件は依頼を受けててな、俺が車で送り迎えをしているんだが、今年は俺が別の外せない用事が出来てしまってな、どうしようかと考えていたんだ」
「母さんに頼んでもいいんだがな、ほら、母さんは免許持っていないだろ。都も持っていないし」
「確かに二人とも持っていないな」
うなずく俺。まあ、姉貴の方は俺の免許を眺めながら「私も取ろうかな?」とか殊勝な事を呟いていたような気もするが。
「で、だ、ちょうどいい案配にお前が車の免許を取っただろ。それでお前に頼みたいんだ」
まあ、理屈はあっているような気もする。
「……と、いうことはさ、長距離移動は出来ない。だけど、長距離を移動する必要がある。という妖怪が依頼者なんだな」
珍しいケースだなと思いつつ俺は親父とお袋に確認してみる。
そもそも長距離移動が出来ない妖怪というのは、一個所に住み着いていてどこかに出向くなんて事はしないし、あっちこっちを徘徊する妖怪なら何らかの移動手段を持っているのが常なんだが。
俺の確認に親父とお袋は微妙な顔をする。
そして二人を代表してというような風に親父が話を切り出した。
「種族としては長距離移動することは出来る種族なんだが、いかんせん依頼者がな、もうご老体で、ちょっと自力での長旅がきついんだよ。高速道路を使っても9時間はかかる道のりだからな。自力でいったら何日かかるか……」
そんな老人(というか老妖かこの場合?)が長旅しなければならない理由というのは一体?
首をかしげながら、俺は別のことを尋ねてみる。
「でもそれだったら、お袋が空路で運んでいった方が早くないか?」
繰り返すようだがお袋は天狗で、だから空を飛ぶのもお手のものだ。
少しばかり速度を上げれば1時間足らずで目的地まで着くんじゃ?
「そうねえ、私もそうしたいんだけど、一回やってみて断られちゃって」
俺の疑問に困った表情で返答してくるお袋。
「……一体どんな手荒な飛びかたしたんだよ」
俺が呆れて言い返すと、お袋が少し息巻いて言い返してくる。
「勝手な憶測を言わないでほしいわねっ。丁寧に運びましたとも!」
「じゃあなんで断られるのさ?」
「それはまあ、依頼人が水中生活者だからではないかな」
ここで親父がお袋に助け船を出してくる。
出してくるのは別段構わないが、その言葉の中に聞きなれない単語が含まれているのに気が付く。
「ん?水中生活者?」
「そうだな」
親父は言葉を続ける。
「そう、彼らは水中生活者だな。それで、母さんの空中輸送には耐えられなかったと言うことだよ」
「まあ、母さんの飛行は術の一種だからな。航空力学的に飛んでいるわけじゃない。当然そこには天狗としての力が発揮されているわけだが……」
「……どうやら依頼者にとってはその力が良くなかったみたいだ。目的地に着いた時には衰弱していてね、翌年からはまだマシって言うことで車での移動になったんだ」
「私はただ単に上空で目を回しただけだと思うのよね、今でも」
そこへ、親父の見解に異を唱えるお袋。すかさず尋ねる俺。
「どうしてそう思うのさ」
「だって、途中までかなりはしゃいでいたのよ」
「それがいきなりぐったりなって、何がなんだかわからなかったわよ、私としては」
「ま、そんなわけでだ」
お袋の言には特段の評価を与えずまとめに入る親父。
……もしかするとこの件は、原因について二人の意見が平行線なのかも知れんと推測する俺。
「そういう訳で頼めるかな、翔」
「その前に、まだ、彼らが何者か聞いていないような気がするが?」
「それは、今回の依頼に重要なことなのかな?」
「あらかじめ依頼人の正体ぐらい聞いてたっていいだろ」
「……ふむ、そうだな」
何やらもったいぶった感じで親父は肯き、そしてこう言った。
「依頼者はふたり、さっきも言ったようにひとりは御老体だから粗相がないように気を付けねばならんぞ」
「で、もうひとりはその方の孫娘だ。喜べ、若い娘さんだぞ」
にやりと笑いながら余計な情報まで伝えてくる親父を見ながら俺は尋ねた。
「で、その二人の容貌は?」
「ああ、頭にお皿を乗っけた、キュートでチャーミングな方々だよ」
「……村人と相撲を取ったり、尻子玉を抜いたり、キューリをぽりぽり食したりする方々か?もしかして」
「さすが、翔。良く分かったな」
……ということで、俺の後ろには河童がお二方鎮座ましましている。
(続く)
雨が降っていた。
暗い夜に雨が降っていた。
どしゃ降りの雨だった。
両手でハンドルをしっかり握りながら俺は雨の闇夜を走っていた。
「お兄さん、まだ着きませんか」
後部座席からそう問う声が聞こえた。
雨が車の屋根を叩く音とワイパーが窓ガラスを擦る甲高い響きにかき消されそうな弱々しい声だった。
「あー。後、1時間ぐらいかな」
俺の返答に失望を感じたのか、後部座席の気配が萎れた菜っ葉のような雰囲気に変わった。
その有り様に少し気を取られそうになるが、よそ見脇見は事故の元、気を取り直してハンドルを握り直す。
かれこれ8時間近い連続運転。
疲れは感じていないが、苛立ったり慌てたりすれば、事故を誘発する程度には疲労がたまっていると見込んでもいいだろう。
それに長距離ドライブは免許を取ってから初めてだ。
本当なら初心者としてちょくちょく休憩すべきなんだろうが、状況がそれを許さなかった。
駐車している車の中を誰かに覗かれるリスクは極力避けねばならなかった。
後部座席に鎮座する彼らの姿を赤の他人に拝ませるわけにはいかなかったからだ。
後部座席には二つの影があった。普通なら二人と紹介したいところだが、後ろの御仁達を「人」という単位で表せるのかどうか判断に苦しむところだ。
「人」でなければ「体」?
「匹」じゃあんまりだし、彼らに「柱」を、神様と同じ単位を、使えるのだろうか?
……いずれにしても河童の数えかたを俺は知らない。
2
梅雨に入った最初の金曜日、朝食をとっていた俺の横で、テレビの天気予報を見ていたお袋が「あら、ちょうどいいわね」と独り言を言った。
「何が?」
と、お袋に話を振ったのは二歳年上の姉、都。
「ちょっと頼まれていた事があってね。明日から雨みたいだしちょうどいいかなって」
はて、事を片づけるのに雨天の方が都合がいいとは、どんな類の頼まれ事だ?
疑問に思いながらも女達の会話には加わらず、朝食をほおばる俺。
そしてそのまま飯を食い終わると「行ってきます」の挨拶を残し大学へ向けて家を出たのだった。
大学の授業に出た後、サークルへ顔を出す。部室にいた先輩に雑用を押し付けられる。
これがまた細々とした結構やり応えのある内容で、片づけ終わったらすでに夕刻だった。
結局、俺に雑用押し付けた先輩以外は誰一人部室に顔を見せない。
押し付けたその御仁もこれからバイトだという事で、本日のサークル活動はお開きと相成る。
あまり時間が無いという事でそそくさとその場を立ち去る先輩。
終いには戸締まりまでお鉢が回って来たりする。
仕方が無いのでしっかり戸締まりをして部室を去る。
ひょいと見上げた夕空は雨雲が西日を遮り始めている。
雲行きが怪しくなってきた夕空を見上げながら校門を出る。
「そういや、明日は雨だって、お袋、言ってたな」
朝の出かけにお袋がふと漏らしていた言葉を思い出し、そしてしばし首を捻って考えてみる。
朝食中にふとよぎった疑問が再度蘇る。
「雨の日のほうが都合の良い頼まれごとって一体何だ?……田植えか?」
あいにくというか、我が家には田んぼはない。
「ま、俺には関係ないかな」
取り合えずの結論というか、根本的な解決の放棄を決めた俺はそのまま帰途につく。
だが、その結論は間違いだったという事が俺の帰宅を待ち構えていたお袋の一声によって計らずも証明されたのだ。
「ちょっと頼まれてほしい事があるのだけれど」
夕餉の卓についた俺にお袋は開口一番、頼み事をし始めた。
「……いやだ」
即座に断る俺。
お袋がこのように切り出す時は大体厄介事と相場が決まっている。しかも妖怪がらみの、だ。
「やだ、何も言っていないじゃないの?いきなり断らないでよ」
若干、へそを曲げた感じでお袋が文句を垂れる。
「いやなものはいやだ。それに……どうせまた、妖怪がらみなんだろ?」
返答した俺に、いかにも心外だといった表情を浮かべながらお袋が言い返す。
「なんで妖怪がらみじゃ駄目なのよ。あなただって半分はその血が流れているじゃない?」
3
俺の実家はある町の神社だ。
一見、日本津々浦々にある何の変哲もない神社に見える我が家だが、
実は「妖怪神社」としてある一部限定で有名だったりする。
「妖怪神社」といっても観光名物になるような妖怪の絵巻物や鬼の手があったりするわけではない。
まあ、境内には頻繁に妖怪が現れる事は確かだが、それが売り物というわけでもない。
いや、どちらかといえばそのことはあまりおおぴっらにしていない事実である。
そもそも、その妖怪はある意味お客さんで、ここまで用事があって来訪してきていたりするのだ。
その用事とは悩み事や相談事の類で、その聞き役がこの神社に居るから、
わざわざ足を運んいるわけである。
……で、その聞き役とは、神主をしている父と、その妻の母なのだった。
即ち、神主とその妻が妖怪に関する相談所を開いているというところからそう呼ばれているわけで、正確に言えば「妖怪からの相談に乗ってくれる神社」ということになる。
何でそんな「妖怪相談所」みたいな事をやっているのか、といえばこれはもう一口に言ってお袋の所為である。
実のところお袋は天狗だ。
文字どおり妖怪の天狗である。空も飛べれば、妖術も使える。
親父といえばこれば代々続いた神社の跡取りで全くもって生物学的に正真正銘の人間、ホモ=サピエンスである。
そして、その二人の子供であるアネキと俺は、人間と天狗のハーフということになる。
半分は妖怪の血が流れているってわけだ。
ところで、何で種族の違う二人が夫婦をやっているのかと言えば、何やら色々とあったらしいのだがつまるところ端折れば、次のような経緯らしい。
実はウチの神社、頻繁に本物の今で言うところ霊能力者とやらを輩出させていて、先代まで家業として拝み屋というか陰陽師というか……要は妖怪退治を行っていたのだそうだ。
で、親父もその修行に明け暮れていた時、お袋と運命の出会い(と、当人達が言っているのだからそうなのだろう、たぶん)という奴をしたという事である。
それから、これまたすったもんだがあったらしいのだが、詳しくは知らない。
最終的には妻が妖怪なのに妖怪退治は出来んとの親父の判断により妖怪退治の家業は廃業、代わりに妻の進めで妖怪相談所を開業、今に至る……という事らしい。
そして……自営業の常で、子供は親の仕事を手伝わされているのである。
あ、そうそう。妖怪退治は廃業したといってもそれに使った技は今でも綿々と受け継がれている。
と、いうか、ただいま俺が親父に特訓を受けている最中だったりする。
妖怪の相談といっても、相談してくる妖怪も大人しい相手ばがりでなく、その相談内容も時に「それはちょっとご相談にのれません」といったものもあったりするので、結果、交渉決裂の末、荒事になってしまうケースは過去何件もあって、中には俺も巻き込まれて大変な目にあった事もあるのだった。
そんなことで、親父の持ってる陰陽の技は今でも必要不可欠だったりする。
4
「大体、俺が手伝うときにはなんで大抵荒事になるのさ。おかしいだろ!?」
俺は今し方キッバリと断った理由をお袋へぶつける。
実際、親父やお袋から頼まれた手伝いに俺がのこのこと顔を出すと、何故か「妖怪大戦争」と化してしまう状況に巻き込まれることが多いのだ。
俺の不平に対しお袋は「のほほん」とした雰囲気で切り替えす。
「そんなことないと思うよー。考えすぎだよー、翔ちゃん」
普段、のほほんとした性格ではないお袋からのこの切り返し。怪しい。
「まさか、すでに話が決裂したケースばっかりに俺を連れていってるわけじゃないよな」
「……ソンナコトハナイデスヨ」
視線を外しながら無表情に返答してくるお袋。
……いいようにあしらわれているのは気のせいじゃないよな。
俺がより深い突っ込みを入れようとしたその時だった。
「今回に限っていえば、荒事になる事はないよ」
声のした方を見やる。ちょうど鴨居をくぐりながら親父が居間に入ってきた。
今日のお勤めが終わって社から戻ってきたところのようだ。
「親父」
「あら、あなたお帰りなさい」
親父は「ただいま」と挨拶を返しながら座布団に腰を下ろす。
そしてまじめな顔をして、再度先ほどの言葉を繰り返す。
「どうしてそんなに断言できるんだよ」
両親がらみの頼み事は、いつだって妖怪がらみで荒事ばっかり、普段がそんな普段なので素直に親父の言は信用できず、思わずそう言い返してしまう。
「単なる送迎だからな」
答えは至極簡単に返ってきた。
「送迎?」
思わず鸚鵡返しに言い返してしまったぐらいに。
「そう、送迎だ」
親父はまるで念を押すかのように繰り返し、そして説明を続ける。
「実のところ毎年この件は依頼を受けててな、俺が車で送り迎えをしているんだが、今年は俺が別の外せない用事が出来てしまってな、どうしようかと考えていたんだ」
「母さんに頼んでもいいんだがな、ほら、母さんは免許持っていないだろ。都も持っていないし」
「確かに二人とも持っていないな」
うなずく俺。まあ、姉貴の方は俺の免許を眺めながら「私も取ろうかな?」とか殊勝な事を呟いていたような気もするが。
「で、だ、ちょうどいい案配にお前が車の免許を取っただろ。それでお前に頼みたいんだ」
まあ、理屈はあっているような気もする。
「……と、いうことはさ、長距離移動は出来ない。だけど、長距離を移動する必要がある。という妖怪が依頼者なんだな」
珍しいケースだなと思いつつ俺は親父とお袋に確認してみる。
そもそも長距離移動が出来ない妖怪というのは、一個所に住み着いていてどこかに出向くなんて事はしないし、あっちこっちを徘徊する妖怪なら何らかの移動手段を持っているのが常なんだが。
俺の確認に親父とお袋は微妙な顔をする。
そして二人を代表してというような風に親父が話を切り出した。
「種族としては長距離移動することは出来る種族なんだが、いかんせん依頼者がな、もうご老体で、ちょっと自力での長旅がきついんだよ。高速道路を使っても9時間はかかる道のりだからな。自力でいったら何日かかるか……」
そんな老人(というか老妖かこの場合?)が長旅しなければならない理由というのは一体?
首をかしげながら、俺は別のことを尋ねてみる。
「でもそれだったら、お袋が空路で運んでいった方が早くないか?」
繰り返すようだがお袋は天狗で、だから空を飛ぶのもお手のものだ。
少しばかり速度を上げれば1時間足らずで目的地まで着くんじゃ?
「そうねえ、私もそうしたいんだけど、一回やってみて断られちゃって」
俺の疑問に困った表情で返答してくるお袋。
「……一体どんな手荒な飛びかたしたんだよ」
俺が呆れて言い返すと、お袋が少し息巻いて言い返してくる。
「勝手な憶測を言わないでほしいわねっ。丁寧に運びましたとも!」
「じゃあなんで断られるのさ?」
「それはまあ、依頼人が水中生活者だからではないかな」
ここで親父がお袋に助け船を出してくる。
出してくるのは別段構わないが、その言葉の中に聞きなれない単語が含まれているのに気が付く。
「ん?水中生活者?」
「そうだな」
親父は言葉を続ける。
「そう、彼らは水中生活者だな。それで、母さんの空中輸送には耐えられなかったと言うことだよ」
「まあ、母さんの飛行は術の一種だからな。航空力学的に飛んでいるわけじゃない。当然そこには天狗としての力が発揮されているわけだが……」
「……どうやら依頼者にとってはその力が良くなかったみたいだ。目的地に着いた時には衰弱していてね、翌年からはまだマシって言うことで車での移動になったんだ」
「私はただ単に上空で目を回しただけだと思うのよね、今でも」
そこへ、親父の見解に異を唱えるお袋。すかさず尋ねる俺。
「どうしてそう思うのさ」
「だって、途中までかなりはしゃいでいたのよ」
「それがいきなりぐったりなって、何がなんだかわからなかったわよ、私としては」
「ま、そんなわけでだ」
お袋の言には特段の評価を与えずまとめに入る親父。
……もしかするとこの件は、原因について二人の意見が平行線なのかも知れんと推測する俺。
「そういう訳で頼めるかな、翔」
「その前に、まだ、彼らが何者か聞いていないような気がするが?」
「それは、今回の依頼に重要なことなのかな?」
「あらかじめ依頼人の正体ぐらい聞いてたっていいだろ」
「……ふむ、そうだな」
何やらもったいぶった感じで親父は肯き、そしてこう言った。
「依頼者はふたり、さっきも言ったようにひとりは御老体だから粗相がないように気を付けねばならんぞ」
「で、もうひとりはその方の孫娘だ。喜べ、若い娘さんだぞ」
にやりと笑いながら余計な情報まで伝えてくる親父を見ながら俺は尋ねた。
「で、その二人の容貌は?」
「ああ、頭にお皿を乗っけた、キュートでチャーミングな方々だよ」
「……村人と相撲を取ったり、尻子玉を抜いたり、キューリをぽりぽり食したりする方々か?もしかして」
「さすが、翔。良く分かったな」
……ということで、俺の後ろには河童がお二方鎮座ましましている。
(続く)
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