本当は、やめてほしくなかった

さい

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1章

13.老婆心

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 「母さん、ちょっと早いけど、今から寝るね」

 悠太はシャワーを終えて、体を拭きながらそう言う。

 「ご飯は? お腹空いてない?」

 「うん。大丈夫」

 「なんか、すごく眠いんだ。それと、明日は学校行くから」

 「分かった。先生に連絡しておく」

 「おやすみ」

 ♢♢♢

 まだ昼過ぎで、部屋はまだ明るかった。カーテンを閉めても、隙間から少し漏れてきている。しかしそれは、今の悠太の眠りを妨げるものではなかった。枕に頭を乗せてから数秒経たないうちに、既に深い眠りについてしまったのだ。
 
 この異常なまでの睡魔は、彼自身を少し冷静にさせていたに違いない。実際、彼がこんなにも強い眠気に襲われてなかったとしたら、冷静に何かを考えるだけの心の余裕と時間は得られなかったに違いない。すぐにでも怜の前に駆けつけて行って、何もかもを台無しにしてしまったのかもしれない。そんな老婆心から、医者は悠太のほうじ茶に睡眠薬を入れなければならなかった。

 「悪いね。悠太君」

 と、医者は、病院の屋上の欄干にもたれてタバコを吸いながら、小さく呟いた。

 「大丈夫。きっとうまくいくさ」

 気持ちの良い風が吹いて来ていた。そして見上げた先に広がっている空の青さと、日差しの暖かさとのバランスが絶妙だった。

 そのせいで医者は昼休みが終わったことにも全く気が付かずに、もう一本、タバコに火をつけてしまっていた。そして美味しそうに吸い上げて、溜息と共に吐き出した。嫌なことは、全てその煙に紛れて消えていくようだった。

 その時、携帯のベルが鳴った。あかりからの電話だった。

 「もしもし」

 「もしもし、修也しゅうや、今日帰り遅い?」

 「いいや、今日は早めに帰れる」

 「そっか…私、今日帰り遅いから、一緒に帰れるかなと思って」

 「じゃあ、ここで待ってるよ。先に帰ってもやることないし」

 「そう? じゃあ終わったらそっちに行くから、待っててね。10時前には着くと思う」

 「うん。分かった」

 「食事中だったから、もう切るね。バイバイ」

 電話を切ると、医者は携帯をポケットに戻して、吸いかけのタバコをまた吸い始める。

 「ああ、本当いい天気だな。このまま寝ちゃいそうだ」

 「まったく、羨ましいやつらだぜ。俺は妥協してばっかだったのによ」
 
 病院の駐車場を見下ろしてみた。そこには、多くの車と、多くの人たちがいた。自分に助けを求めて来ているのだ。

 「そろそろ戻らないと」

 彼らの存在に刺激を受けたからなのか、医者はようやく腕時計に目をやる。しかし休みの時間はとっくに終わっていた。
 
 「やばっ、遅刻だ」
 
 医者は急いで火を消して、診察室に戻っていく


 
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