もののけの森 美貌の孤児は呪われた怪物に愛される

遠間千早

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二話 青い目の男の子と森の怪物 後

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 ロイの声を聞いて、怪物は頭部にある黒い霧を一瞬さざめかせた。波打つ霧の粒が波を打つように揺れ、そしてまた薙いだ水面のように広がる。
 怪物の手が動いた。鋏ではなく、細い方の腕が持ち上がり、ロイに伸びてくる。
 掴まれて、絞め殺されるかもしれない。そう思って身体が強張ったが、その腕はゆっくりと、どこか恐る恐るというようにロイの胴に巻き付いた。
 腕に触れた怪物の肌は艶のある黒い短毛で覆われている。それは思いの外柔らかかった。

「……」

 怪物は何も話さない。口がないからそもそも声なんてないのか。
 黒い霧を見つめていると、足がふわりと地面から浮いた。
 持ち上げられて、慎重な動きで蠢く腕に身体を引き寄せられる。気づけば両腕でふんわりと抱き上げられていた。

「?」

 怪物の動作はひどく丁寧で、恭しいといってもいい。

「食べるんじゃないの?」

 大事なものを抱えるように胸元に抱き上げられて、ぽつりと声が漏れた。
 二の腕に鎧が触れてひやりとしたが、ロイに巻き付く怪物の細い腕は意外にも暖かい。鋭く尖った指先が当たらないように慎重に抱えられていることに気づき、首を傾げた。
 怪物の上に漂う黒い霧を見つめると、ロイの問いにくるくると霧の粒が動いて揺れる。細く帯状になった霧が伸びてきて、矢の刺さった肩に集まってきて触れた。
 霧に包まれた矢がくっと動いたとき、鋭い痛みが身体を貫いた。

「うあっ」

 ぎゅっと強張って身体を丸めたら、黒い霧はザアッと波打って広がり、腰に巻き付いている細い腕が慌てたようにうごうごと蠢いた。
 広がった鋏が小刻みに開閉し、カチカチと小さく音を立てる。と思ったら怪物はロイを抱えたままビュンッと跳躍した。
 下半身はあまり判別できていなかったが、ちゃんと足があるらしい。走り始めたら飛ぶような速さで木々の間を駆け抜けていく。真っ暗な闇の中を、怪物は障害物を容易く避けながら猛烈な勢いで疾走した。
 冷たい風が頬を撫でて身を縮めると、大きな鋏が前に出てきて風避けになる。まるでロイを守るように。

 どういうこと?
 どこに連れていくの?

 そう思ったけれど、怪物に抱えられて胸に抱き込まれたら、何故かそこまでの恐れを感じなかった。
 その代わりに肩の痛みが増して、毒が回っているのか、次第に口の中もピリピリしてくる。

 怪物に食べられなくても、このまま死んじゃうのかなぁ。

 闇の中で気がつかなかったけれど、もう目がよく見えない。薄れていく視界の中で残念だなと思った。
 どうせならもう少し、この怪物のことを観察してみたかった。

 ぐったりと力を抜いたら、黒い霧が顔の周りに集まってきた。口に触れた霧の粒を吸い込む。特に味はしないし、湿った水蒸気が口の中に広がるような感覚を覚える。
 吸い込んだ怪物の霧はどうなるんだろう。
 そんなことを考えながら、眠るように意識を手放した。
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